VSエルノール①
瓦礫に埋もれ、イッキの安否は定かではない。
(大丈夫! イッキくんなら、絶対大丈夫!)
リコはアリスに駆け寄ると、小さな身体を抱きかかえた。
「……はな、して……」
エルノールの冷ややかな瞳が、リコを見下ろしている。
ぎゅっと唇を噛み、リコはエルノールの放つ威圧感に耐えた。
「リコさん、あなたが今、なにをなさっているのか、ご理解していますか? そこの人間は、王殺し――つまりあなたの父親を殺した重罪人ですよ?」
「アリスちゃんには、そんなことできない!」
「映像を見たでしょう? 人間を信じたい気持ちはわかりますが――」
「強化魔法と催眠魔法で、アリスちゃんを操った」
エルノールの表情が、一層険しくなる。
「これは意外でしたよ。魔法の知識もおありだったとは。しかし、そんな妄想で使徒である私を疑うのですか?」
「――わたし、エルノール様が、なんて、一言も言ってないですよ」
「……ふふふ。その屁理屈、まるで人間のようだ」
エルノールの右手に赤い光が収束してゆく。
いくつか、リコには不審な点がある。
討伐ギルドで確実に死ぬように『操作』したのに、なぜ生きているのか。
それに、普段のリコは自ら他人を疑うような真似はしない。
「まあいいでしょう。つくづく、愚かな親子ですね。あなた方のような危険な思想はいつか世界を破滅へ導く」
「やっぱり、あなたが、おとうさんを……?」
「ええ。まったく、仕えるに値しない、無能の、王でしたよ」
「…………」
「――炎魔法」
ゴオッ!
エルノールの右手から放たれた炎が、部屋全体を包み込む。
炎の揺らめきを眺めながら、エルノールはつぶやく。
「……よく、避けましたね」
エルノールが振り向く。
そこにはアリスを抱きかかえ、小さな機械のようなものをエルノールに見せつけるリコが立っていた。
(あれは……小型投影機?)
「これに、全部録画しました。これであなたが犯人だって、もう言い逃れはできません」
「小賢しい真似を。ですが、ここから逃げられるとでも――」
「くくく、絶対的に優位に立つと、お喋りになるよなあ」
ドゴォ――ン!
崩れた瓦礫の爆散音。
咄嗟にエルノールが振り返ると、目の前に殺したハズの人間が迫っていた。
イッキが振り上げた長剣を振り下ろすと、謎の青い障壁に阻まれる。
「なぜ、生きているのです?」
「あんなぬるい魔法じゃ、死ねないな。――行け! リコ!」
イッキの合図で、リコは駆け出した。
以前より、各段に身体が動けるようになっている。あの急激なレベルアップのおかげだろう。
「……あの人……死ぬ、よ……?」
腕の中のアリスが言った。
「わたしは、イッキくんを信じてる」
イッキとの作戦内容を、リコは思い出していた。
『――おそらく、怪しいのはエルノールだ。だから、わざと油断させる。そこからは、リコがうまく証言を引き出してみてくれ。録音は忘れないようにね』
『わ、わたしに、できるかなあ』
『そのあとは、俺がエルノールを押さえる。リコはアリスを連れて逃げるんだ』
『エルノール様を、イッキくんが⁉ そ、そんなの無茶だよ!』
『討伐ギルドの上級エリアで、リコは言ったじゃないか。信じてくれって。――今度は俺を、信じてくれ』
「イッキくんは――とってもとっても、強いんだから!」
「不浄なる人間が……。いい加減に、消えなさい!」
エルノールがイッキの剣先に触れる、と、そこから急速に氷で覆われてゆく。
「氷結魔法」
ピキ、パキィ――ン。
瞬く間に、イッキの身体は氷で覆われてしまった。
(一体、何者だったんでしょう。この人間は……)
氷漬けになったイッキの顔をまじまじと見つめる。
討伐ギルドで会った、リコの奴隷の人間だ。
「彼女に入れ知恵をしたのはこの人間でしょうか――いや……そんなことより、今は彼女を」
「もう終わったつもりか?」
「――ッ⁉」
氷が湯気を上げたかと思いきや、中から一気に砕かれる。
「言ったろ? ぬるいって」
「重力魔法!」
――ズン!
イッキの頭上に強い重力がのしかかった。
足場が沈み、凹みを形成している。
「あー、重い重い」
言葉とは逆の軽い口調で、イッキは言い放つ。
エルノールは戦慄した。
イッキは笑いながら、平然と突っ立っているのだ。
目の前の人間は、エルノールの思う人間の常識から、遠くかけ離れている。
(嘘だ……ありえない――なんだ、こいつは……!)
「な、なぜ、笑うのです⁉ なぜ笑っていられるのです⁉」
「笑う? ああ、前にも言われたっけな」
イッキは自覚していなかったが、戦闘においての笑みは、クセのようなものになっていた。
あの空間で正気を保つには、戦いを無理にでも『楽しむ』こと以外、なかったのだ。
「重力魔法‼」
さらに重力を上げる。
だが、周囲の凹みが深くなっただけで、イッキは笑みを浮かべ続けている。
(なんなんだ⁉ なんなんだこの人間は⁉ 理解できない!)
「くく、美形が台無しじゃないか。――エルフっていっても、おまえも、そう人間と変わりないぞ?」
「…………」
人間と同列扱い。
それは、エルノールにとって最大級の侮辱の言葉。
怒りが驚きに勝ったことで、エルノールの思考はいくらか平静を取り戻した。
重力魔法を解き、呼吸を整えイッキを見下ろす。
「人間、名前はなんというのです?」
「イッキだ」
「イッキ――汚らわしい人間の名前を今、この胸に刻むとしましょう。そしてあなたという存在を一刻も早く消すことで、この屈辱を、晴らすことにします」
エルノールの周囲が、青く発光を始めた。
「分不相応な力は、後悔することになりますよ? 人間の身である以上、あなたは絶対に私には勝てないのだから」
それは虚勢ではなく、確信があってのものだった。
(――そう、この力がある限り、人間に、私が負けることはあり得ない)
「絶対に? 勝てないだって?」
――絶対に勝てない。
過去、何度思ったことか。
絶対の強者に立ち向かう度に、湧いた感情。
けれどいつしか、イッキは気付いたのだ。
そんな感情は、ただの足かせにしかならないということを。
「懐かしい感情だな。そんなの、とっくの昔に忘れたよ」




