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王 後編

※王 前編/後編 は王サイドの物語となっております。

「アリス! どこだ⁉」


 アリスは話せない。

 返事がないのはわかりきっている。

 だが、叫ばずにはいられなかった。


《不躾をお許しください、王様。庭園でお待ちしております》


(エルノールの、感知魔法(テレパシー)……!)



 月明かりに照らされたエルフ――エルノールは、いつもと変わらぬ穏やかな笑みで、駆け付けた王を出迎えた。


「どうしてきみが、ここにいる……?」

「今日は使徒を代表して、王様と一度お話したく、参上いたしました」

「アリスは、どこだ?」

「――お話いただければ、すぐにでもお会いできます」


 王はエルノールの『気』を探る。

 ――殺意は、ない。

 使徒が王への敵意を抱けば、すぐに察知できる。


 それを実行しようものなら、神の定めた禁忌に該当し、使徒の権利ははく奪される。


「……なんの話だい?」

「人間の、愚かさについて」


 王の眉がかすかに動く。


「王にとっては酷かもしれませんが、よもや『奴隷解放』などとお考えですので、使徒である我々の弁明も、ぜひご参考していただきたく」


 使徒に通達せず、独断で奴隷解放を宣言する――それは、王の後ろめたさでもあった。


「ですから、たいへん恐縮ながら『決闘』という形式で、弁明の機を与えていただけないかと」

「……決闘、で?」


 決闘とはなにも、力だけの解決ではない。

 双方合意の上であれば、なんであれ可能なのだ。


「私の説得で、王が人間に対する考えを改めてくだされば、私の勝利。王には奴隷解放を取り下げていただく。もし私が説き伏せることができなければ、我々使徒は王の意思を尊重し、尽力させていただく――いかがでしょう?」


 本来なら、王の命令で従わせれば済む話である。

 そもそも、王に決闘を挑むのは言語道断――だが、王が受けるのなら話は別だった。


「わかった、それでいい」


 王の承諾を得て、エルノールはニヤリと笑った。

 これで決闘は成立。逆らうことは許されない。


「では――我々エルフはこの世界の住人ではありません」


 エルノールは淡々と語る。


「他の伝説種はどうかはわかりませんが、我々は俗に言う『異世界』から、この世界へ神の加護を受け、逃れてきたのです。この世界への難民なのですよ」


(難民……?)


「前の世界でも、人間同士による衝突は絶えませんでした。それが破滅につながった。これがどういうことか、おわかりですか?」


 王はただ黙って、エルノールの話に耳を傾けている。


「どの世界でも、どの時代でも、人間は愚かで、浅ましく、自由を手にしていい存在ではないということです」

「…………」



「――」


 虚ろな意識の中で、アリスは王の姿を見つめる。

 ここがどこなのかわからない。

 手を伸ばしたいのに、身動きさえ取れない。


 王と対面しているのは、アリスをさらった『悪い人』だ。



 王は、エルノールの言動にどこか違和感を覚えていた。

 説得するといっておきながら、言葉に熱を感じない。


「――王として命じる、その言葉に偽りはないか、答えよ」

「もちろん」


(嘘じゃない……か)


「エルノール、きみがこれまで見てきた人間は、可能性のひとつに過ぎない。今までがそうだからといって、今回もそうなるとは限らない」

「違います、王様。必然です。『力』を得た彼らは必ず、この美しい世界を破壊する。今、お見せしますよ」


 コホン、と咳払いすると、エルノールは突然座り込み、王へ恐怖の表情を向けた。


「や、やめてくれ! 助けてくれ! 殺さないでくれぇぇぇ!」

「きみは、急になにを――」



「――!」


 そのエルノールの声は、アリスの中に『王の声』と変換され、入ってくる。

 ――王が危ない。

 そうアリスが感じたとき、おぼろげだった意識は覚醒し、力がみるみる湧いてくる。


 手を動かしたとき、冷たいなにかが触れた。

 アリスは、ためらわなかった。



 王の背後、魔法空間によって閉じ込められていたアリスが解放され、一直線に駆け出した。

 手にはその体格に不釣り合いな大剣を携えている。


 まるで羽が生えたように身体は軽く、大剣の重さも気にならない。

 狙いは、あの背を向けた――悪い人。


 しかし、近付くにつれ、アリスは不思議な感覚に陥った。

 アリスの瞳に映るのは背を向けたエルノール。だが、その匂いは――。


「――‼」


 足を止めようとしたアリスだったが、止まらない。

 なにかに操られているように、身体が制御できなかった。


「――! ――!」


 アリスは必死にもがく。

 声にならない声を、無我夢中で振り絞った。


 王は背後の気配には気付いていた。

 誤算があるとすれば、『王』への殺意が感じられなかったこと、そして。


「――げ――て――に、げ……て……にげて! おうさまぁぁぁッ!」

「アリ、ス?」


 王を唯一殺せるのは、人間。

 現在の人間は人ではなく――『物』なのだ。



「どうですか? 力を持った人間は愚かでしょう?」


 ――なんらかの事情により相手が存続不可能な状態に陥った場合、その決闘は無効となる。


 胸を大剣で貫かれ、虫の息の王を、エルノールは見下ろした。

 かたわらでは、アリスが王にすがりつき、泣きわめている。


強化魔法(エンハンス)で一時的に身体能力を高めて、催眠魔法(ヒプノ)で私と王を入れ替える。たったそれだけで、こんな幼い少女も狂気へと堕ちるのです。嘆かわしいと思いませんか?」


 王は短い呼吸を繰り返しながら、エルノールを睨む。


「ご安心ください。彼女にはまだ役目を果たしてもらわなければいけません。『王殺し』の罪を、つぐなってもらわないと。それでは王様、私は忙しくなりますので、これにて」


 ああ、とエルノールは最後に付け加える。


「ふふふ、愛する人間(もの)に殺される――ありきたりで陳腐ですがなかなかどうして、素敵、でしたよ?」


 エルノールが闇に消え、王は泣きじゃくるアリスの頭を、震える手で撫でた。


「だいじょうぶ、だよ。きみの、せいじゃない……」


(ああ……ダメだな……これは……)


 徐々に、血だまりが作られてゆく。

 急速に命が失われてゆくのが、自分でもわかる。


 後悔は、ないといえば嘘になる。

 王の器が自分にはなかった――それだけだと、王は思った。

 心残りがあるとすれば、娘との約束を果たせなかったことだ。


「おうさま……おうさまぁ……ッ! ごめん……ごめん、なさい……!」

「アリス……それが……きみの、声かい……? 喋れるように……なったん、だね……よかっ、た……」


 ――この死に、意味はあった。それだけで、王は救われた気がした。


「やっぱり……きみたちには、無限の……可能性、が――」


 アリスの頭から、王の手が滑り落ちる。


「おう、さま……? おうさま! おうさま……――いやだあああああああ!」



 翌日の早朝、イッキは謎の音に起こされ、外に出る。

 リコは先に出て、ジッと空を眺め続けていた。


 世界中の空に響く、サイレン。

 まるでイヌの遠吠えのようなそれは――王の死を告げるものだった。


「リコ……?」


 イッキは動かないリコの顔を覗き込む。

 一筋の涙が、リコの頬を伝っていた。


「――おとう、さん……」

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