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リコ、確信する

 通常、ダンジョンのフロアが他のギルドメンバーと重なることはほとんどない。が、稀に攻略直後のダンジョンに別のメンバーが転移されてくることはある。


「こ、これは――」


そこで彼らが発見したのは――砂漠一帯に広がる、おびただしい数の、リザードマン亜種の亡骸(なきがら)だった。



「――……イッキくん⁉ ……あれ?」


 リコが目覚めた場所は、討伐ギルド――治癒室。

 ここでは帰還した者のケガ、疲労回復などが行われる。


「スピー……ぷぴー……」


 ギルド専属の治癒魔法師(ヒーラー)である、ヒツジ種のノノが、鼻ちょうちんを作りながら眠っていた。

 白い角が揺れ、白衣をヨダレで汚している。

 リコと同い年で、友だちでもあるノノのこの光景は日常茶飯事のものだった。


 そっと指先を鼻ちょうちんに近付けると、パン、と割れる。


「ふひぇっ⁉ ――あ~、リコちゃ~ん。おはよー。どう~? 治ったかな~。治癒魔法(ヒール)しっかりかけといたよ~」

「ノノちゃん! イッキくんは⁉ 無事なの⁉ わたしなんで助かってるの⁉」

「お、おお、落ちちつつ、いい、てええぇ……」


 肩をガクガクと揺らされ、ノノは目を回した。


「あの奴隷の人なら~、リコちゃんを連れ帰ってから~、ギルドの人たちと~、飲んでるよ~」

「へ?」



「がははははッ! 気に入ったぜ人間! ホラ遠慮せず飲め飲め!」

「――じゃ、次はこのギルドで一番高いヤツを」

「あはははははッ! 少しは気ィ遣いなよッ!」


 リコが治療室から出ると、イッキが大勢のギルドメンバーに囲まれていた。

 あの冷たく、重い空気はどこにもない。


「おォ⁉ ようやく姫様のお目覚めか」

「びえ~! リコちゃ~ん‼」


 事態を呑み込めずにいると、パタパタと受付嬢のアミがリコに駆け寄り、抱きついた。


「だいじょうぶ⁉ ケガない⁉ アタシ心配で……心配で~……!」


 泣きじゃくる姿は、子どもそのもの。

 リコは苦笑しつつ、アミの背中を撫でる。


「ま、魔法陣の誤作動で、リコちゃんたちだけ上級エリアに転移させちゃったみたいなの……! 帰還(リターン)の条件もむちゃくちゃで――」

「その窮地をこの奴隷が救ったってわけだ。よくもまあ帰還(リターン)の魔法陣を見つけて、倒れたリコちゃん背負って無事に戻れたもんだ。こいつ根性あるぜ。人間にしとくにはもったいねえ!」

「リコちゃんは俺らのアイドルだもんな! それを救ったこいつも、俺らにとっちゃ恩人よ!」


 リコのぼんやりとした記憶に残る光景――リザードマン亜種を次々に薙ぎ払ってゆく、まさに鬼神のような強さのイッキ。


 しかし、今はそれが夢か現実なのかは、どうでもよかった。


(これ酒でもないし、ただの濃厚オレンジジュースじゃないか……)


 イッキは運ばれたドリンクに脳内で文句を垂れつつ、口を付けている。


「――イッキくん」


 リコが、イッキを見下ろしている。


「ああ、リコさん、無事でよかっ――」

「よかった! イッキくん……ッ!」


 ギュッと強く抱きしめられ、イッキは椅子から転げ落ちる。

 床に倒れたあとも、リコはイッキの胸に顔をうずめたままだった。


 なぜかそこで盛り上がるガヤは、どんちゃん騒ぎを始めていた。


(まったく、騒がしい連中だな)



 夕方。

 アルモニアが一望できる、リユニオンの丘。

 昔、よくリコが父親に連れてきてもらったことがある、思い出の場所だった。


「奇麗でしょ。わたしの、特別な場所」

「――そうだね」


 イッキのその言葉に、嘘はない。

 夕日に照らされた神秘的な情景は、そのすべてがイッキの目には新鮮に映る。


「あれは?」


 中央付近に、ひときわ目立つ巨大な建造物があった。


「王宮だよ。普段はあそこに王様がいるの」

「……直接会うには、どうすればいいかな」

「世間に認められるだけの功績を残すとか――あ、まずは使徒の人たちにも認められないと」


(使徒――)


 エルフの使徒、エルノールの顔が浮かぶ。


「そうだ――ありがと、イッキくん」

「ダンジョンのこと? 気にしなくていいのに」

「そういうわけにはいかないよ。わたしが守るっていったのに、結局イッキくんに助けられちゃうなんて。……あの、さ」


 リコが意識を失う前に見た、『夢』。

 あれが夢だったのか現実なのか、まだ本人にはしっかりと確認していない。


「――す、すごく打ち解けてたよね! 動物種(ギルド)の人たちとあんなに仲良くなった人間ってイッキくんが初めてだよ!」


 直前で、リコは話題を変えた。

 冷静に考えれば、夢であるとしか考えられない。

 モンスターを、それもリコが手こずる上位種をあっさりと倒してしまう人間なんて、いるハズがないのだ。


「別に仲良くなったわけじゃなくて、普通に絡まれてただけと思うけど」

「その『普通』が難しいの」

「人間は、種族ランク最下級で、奴隷だもんね」

「そ、そうだけど、でも」

「――あの魔法陣で上級エリアに飛ばされたのって、本当に事故だと思う?」


 ――事故。

 なぜかリコたちの間だけで偶然に起こったもの、アミはそう言っていた。


「う、うん」

「本当に、リコは信じやすいなあ」

「え? え⁉ 違うの⁉」

「だってメンテナンスのあと、すぐにだよ? それも今までにないことが、偶然、狙ったかのように、起こるわけがない」


 ほえ? とリコは小首を傾げる。


「つまり、意図的に仕組まれたってことさ。対象者に触れることで、転移魔法陣の原理を歪ませる魔法をほどこした。僕たちを始末するためにね」


 イッキはリコの肩に指先を向けた。


「わたしの、肩? ……あ!」


 去り際、確かにエルノールはリコの肩に触れていた。


「理由はわからないけど、彼は僕たちを罠にはめ、殺すつもりだった」

「そ、そんな……!」

「予想としては、彼が大の人間嫌いで、リコはその人間に理解を示す目障りな小娘ってところかな」


 エルノールは世界の象徴たる王の使徒――そんな卑劣な真似はしない、とリコは否定したかったが、言葉には出せなかった。

 イッキの指摘通り、エルノールは人間を毛嫌いしている。


「この世界は人間(ぼくら)にとって不自由過ぎる。だから決めたよ、リコ」


 イッキは狂気の混じった笑みで、宣告する。


「――まずは人間に対する価値観をぶち壊してやる、って」


 ごくり、とリコは息を呑む。

 静かな迫力のある、初めて見るイッキの表情だった。


「――な~んて言ったら、リコは協力してくれるかな?」

「はうぅ⁉ じょ、冗談だったの?」


 イッキはニコリと笑い、(きびす)を返した。


「そろそろ戻ろうか。日が暮れそうだ」

「そ、そだね……」


 ふと、リコはギルド(ライセンス)の存在を思い出した。

 パーティでダンジョンに挑んだ場合、モンスター討伐の経験はパーティメンバーと均等に分配されるのだ。


 ゆっくりと、胸のギルド(ライセンス)を手に持った。

 そこに記載された数字に、目を疑う。


(レベル、50……⁉)


 つい先日まで、30レベルのリコからすれば考えられない数字だった。

 常識を逸した急激なレベルアップ――思い当たるものは、ひとつしかない。


(夢じゃ、なかったんだ)


 リコはイッキの後ろ姿を見た。


 ――人間に対する価値観をぶち壊してやる。


(イッキくんならほんとに、世界を――)


 リコさえ無意識に否定していた、人間の『可能性』。


 奴隷市場でイッキを目にしたときに感じた胸の高鳴りの正体を、ようやくリコは理解した。

読んでいただいている方、ブクマしていただいている方、ありがとうございます。

次回投稿は4/27を予定しております。

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