表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/42

リコ、奮闘する

 リコは急いでギルド(ライセンス)の裏面を確認する。

 エリアに到着すると、登録した帰還(リターン)条件がそこに記載されるのだ。


帰還(リターン)条件――リザードマン亜種100体の討伐』


「………そん、な」


 設定した憶えのない、デタラメな条件。

 あまりに、絶望的な数字だった。


 上級エリアから出現する、上位モンスター、リザードマン亜種。トカゲに似た中型モンスターで、槍を手に向かってくるモンスター。


 通常のリザードマンは弱点である腹を狙えば討伐は難しくないが、亜種の場合、運動能力が向上している他、腹に強力な魔法障壁(ガード)が張られている。

 リコは亜種と戦ったことはない。事前情報なしに初遭遇のモンスターと戦うことがどれほど危険なことか、リコは理解していた。


「イッキくん……ごめ――」


 震える声を、ぎゅっとつむぐ。


(ダメ、諦めちゃダメ……イッキくんは、わたしが守らなきゃ。だって――)


「――大丈夫! 運がよければ近くに帰還(リターン)の魔法陣があるから! 青く光る魔法陣を探して!」

「……くく、そんな暇はなさそうだよ」


 イッキの視線の先――砂が盛り上がり、ボコッ、と槍を掲げる緑の手が現れる。

 イッキは笑い、腰の長剣を抜いた。


「……イッキくんは、動かないで、ここにいて。絶対に、動いちゃダメだよ」


 リザードマンの特徴は、動く者を優先して狙うことだった。


「ひとりじゃ無理だよ。あいつは――」

「お願い、だから。わたしを信じて」


 リコの瞳は、真っすぐにイッキをとらえている。


(――リコの強さと、動物種の戦い方……興味はあるな)


「……じゃ、とりあえずアドバイスだけ」

「アドバイス?」

「まず、最初に全力で弱点の腹を狙う。それで腹に張られた魔法障壁(ガード)が壊れなければ、リーチのある槍を無効化させる。そうすれば隙の多い肉弾戦を仕掛けてくるから、背後の尻尾にダメージを与える。すると仰向けに倒れて魔法障壁(ガード)も解除されるから、がら空きの腹に、一撃」


 イッキのアドバイスは、実際に自身がリザードマン亜種を倒すために編み出した攻略法だった。

 イッキも魔法障壁(ガード)の罠という所見殺しに合い、幾度となく殺された経験がある。


「モンスターのことには少し詳しくてね。役に立ったかな?」

「――うん、ありがとう」


 リコは、パンパン、と頬を叩いて気合を入れたあと、腰を深く落とし、構える。

 リザードマンは全身を大地に立たせ、『獲物』を睨み付けた。


「ニク……ニク……エサ」

「――ふッ!」


 ボフッ! と砂煙が舞い、リコの姿がイッキの隣から掻き消える。


 ――ギィィィ……ン……!


「エ……サ?」


 リザードマンが、音の鳴った場所を見下ろした。

 弱点の腹を狙ったリコの拳が、魔法障壁(ガード)に阻まれていた。


 通常のリザードマンなら、これで終わりだったろう。


 即座にリコは次の行動に切り替え、振り上げていたリザードマンの槍を回し蹴りで中央部分からへし折った。

 槍を失ったリザードマンは口を開き、リコに襲い掛かる。

 リコは跳躍し、リザードマンの頭を飛び越え、そのまま尾へかかと落としを決めた。


「ギャ――!」


 後ろに転倒したリザードマンから、魔法障壁(ガード)が解ける。

そこへリコ渾身の拳を腹に与えられ――リザードマンは絶命した。


(へえ――満点、だな)


 イッキは手にしていた長剣を砂に突き刺し、腕を組む。


 余りに呆気なく終わってしまい、リザードマンを倒した当人のリコでさえ驚いていた。なにより、イッキのアドバイスの的確さだ。

 実践で戦い続けていたかのような説得力と、実際の、この結果。


(イッキくんって何者なの……? ううん……今は目の前に集中しなきゃ)


 ボコ、ボコ、と、今度は立て続けに砂が盛り上がった。


 リコは呼吸を整え、駆け出した。



「――ハッ、ハッ、はぁ……ッ」


 リコは手で汗を拭う。


(えへへ……参ったな……ちょっときつい、かも)


 倍々形式で増えていくリザードマン。


 十体以上は倒したものの、間髪入れずに砂が盛り上がり始めている。

 その総数は、二十に迫る。


「…………」


 リコは無言でイッキを見た。

 そして、グッと拳を掲げて見せ、にこっと笑う。


(かっこ悪いとこ、見せられないよね)


 リコは必死に自分を奮い立たせた。


(守る。絶対に……だって――)


 遠い日の記憶――父と交わした約束をリコは思い出していた。


『――いいかい、リコ。もし、君が人間を買うことがあったら』

『わたしは、買わないよぉ』

『もしもの話さ。君には、責任が生まれる。今の世の中は、人間に対して優しくない。だから、守ってあげるんだよ。他の人がどう言おうと、君だけは裏切っちゃダメだ。彼らだって僕たちと同じ生命(いのち)で――』


(――家族、だから!)


「はあああああッ!」


 リコを突き動かしているのは、信念と本能。

 驚異的な勘と戦いのセンスで立ち回り続けていたが、圧倒的な敵の数を前に体力は限界に近付いていた。


「ギャォッ‼」


 リコはリザードマンの槍の一振りを避け、


「負けない! わたしが――守るんだああああッ!」


 リザードマンの腹に、カウンターの拳を叩き込んだ。

 ピシッ、と魔法障壁(ガード)にわずかな亀裂が走る。


 それが、振り絞った最後の力だった。


「あ……れ……?」


 身体が動かない。糸が切れた人形のように、リコは膝をつき、ゆっくりと仰向けに倒れてゆく。

 リザードマンが揃って槍を振りかざした。

 薄れゆく意識の中、リコは悔しさに涙を浮かべ、ぎゅっと口をつぐむ。


(ごめん……イッキくん)


 刹那――リコの真上を、突風が通り過ぎた。


「……ほえ……?」


 リザードマンたちの槍は振り下ろされることはなかった。

 十数体が一斉に――魔法障壁(ガード)もろとも真っ二つにされていたのだ。


 後ろへ倒れる前に、リコはガッシリと抱きかかえられる。

 ――イッキだった。


「よく頑張ったな、リコ」


 イッキがリコの髪を優しく撫でる。


(……おとう、さん……?)


 かつて、父が同じように撫でてくれた記憶と重なった。

 とても心地よく、安心して、リコは瞳を閉じる。



 リコを砂の上に寝かせると、イッキは立ち上がった。

 すると、ボコ、ボコ、ボコ――と、失った数の倍を補充するかのように砂が盛り上がってゆく。


「くくく――言っておくが、復讐の対象は『(あいつ)』だけじゃない。モンスター(おまえら)、もだ」


 あの地獄のような世界――モンスターに襲われ、殺されては生き返り、こちらが倒すと別の新しいモンスターが現れる。

 いつしか、イッキは理不尽さを感じていた。


 モンスターの圧倒的な力による蹂躙――こちらは数十、数百と殺されるのに、なぜモンスターにはたった一度の死しか与えられないのだろうと。

 モンスターを倒すときに湧き出るものは、達成感などではなく――ああ、また、逃げられた、という虚しさに似た感情だったのだ。


 だからエデンでゴーレムを見たとき、イッキは高揚(こうよう)していた。


 ――モンスターにも復讐できる、と。


リザードマン(おまえ)には何回殺されたっけなあ……ま、俺が殺された回数としちゃ割に合わないが、ストレス解消にはさせてもらうぞ。今度は俺を、楽しませろよ?」


 八十体近くにのぼるリザードマンの大群が、一斉に雄叫びを上げる。


 イッキは(おく)するどころか鼻で笑うと、長剣(ロングソード)の切っ先を大群にかざした。


「――さあ、復讐の時間だ」

予想以上の方に読んでいただき、また、ブックマーク、評価をいただき、誠にありがとうございます。

執筆の励みになっております。

次回投稿は4/24を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ