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時間遡行

 西暦2092年、今からちょうど75年後の世界では時間遡行という技術が生み出された。まぁSFとかでお馴染みのアレである。一時期は歴史の解明が出来るようになったとかで世界中が大騒ぎだったらしい。


 しかしそんな中一部の者たちの間でとある懸念が囁かれるようになった。時間遡行による歴史改竄、歴史を正確に調べることが出来るようになった代わりにそもそも歴史を未来の都合で狂わせられるようになったというのは何とも皮肉な話である。


「ん? ちょっと待てよ? それなら俺たちが習っている歴史って正しいのか? いや最早正しいという言い方はおかしいのかもしれないけれど、今習っている歴史は未来の意思で逐一変わっているのか? 例えば徳川幕府とかも未来の意思が介在しなければ成り立たなかったってことはあり得るのか?」


 というかちょくちょく変えることが出来るのなら、それが原因で世界がおかしくなったりしないのだろうか。何度でも塗り替えられるならどんどん歪みが大きくなりそうなものだが……。第一同じ人間が同じ時間軸に存在することは出来るのか。よく言われるタイムパラドックスみたいなものはどこまで適用されるのか。分からないことしかない。


「結論から言っておくけれど、それはまず無いから安心してくれていいわ。何故なら時間遡行と人間の寿命は密接に関係しているからよ」


 そういうと彼女はチョークを手に取り黒板に図を描き始めた。どうでもいいけど意外と字下手なのね……。


「例えば私は今十五歳で、運命に逆らうことなく天寿を全うしていれば七十五歳まで生きられるとする。となると今の私には本来余命六十年の命が存在することになる」


 言いながら数直線の五分の四を切り取り、そこから転送装置と書かれた部分に矢印を引いた。


「転送装置の起動条件および出力の強さは寿命に依存する。いえ、寿命の通り結果が現れるというべきかしら。要は六十年分の余命がある私は六十年分の時を飛び越えることが出来るということよ」


「ん? それじゃ老人とかは飛ばせねぇじゃねぇか」


 俺の疑問に答える代わりに九重はこくりと一つ頷き、


「飛ばすだけならば可能だけれど確かに老人で行きたがる人はいないわね。それ以前に時間遡行はそう簡単には認められないのだけれど」


「簡単には認められない?」


「さっきあなたが自分で言ったじゃない。時間遡行による危険性」


 あ、そうか。過去を簡単に改竄できてしまうようなことをそう易々と許可するわけがない。だがそうすると今度は何故コイツがここにいるのだろう。許可を簡単に受けられるほどのお嬢様かなんかなんだろうか。


「私は別に許可をもらったわけじゃないわ。国に命令されてこっちに来ただけよ」


「命令?」


「ええ、選ばれたのよ私は。クロノスの使徒にね」


 クロノスの使徒、時空保持機構の通称。いくら時間遡行をするのに許可証のようなものが必要とは言え、当然その目をかいくぐり悪用しようと企むものが一定数存在する。そういったものたちに対抗するため作られたのがクロノスの使徒というものらしい。


「クロノスの使徒には大きく分けて二つの部署があるわ。一つ目は未来、私たちのいた時代で取り締まりを行っているタイプ。要するに警察みたいなものね。そして二つ目、こちらが私の所属している実働班。つまり過去に実際に行って未来から来た悪人を取り締まる役職」


 この言い方からするにコイツ以外の実働班も来ているのだろうか。


「さぁ?」


「さぁってお前自分の同僚だろ? 話したことは無くても何人か知ってるだろ?」


 確かにあんまり他人に興味がなさそうなタイプではあるが、仕事を真面目にやるタイプであるのもまた事実だ。だからこちらに来た同僚の人数を知らないなんてことはないはずなのだ。だが、


「そうは言われても本当に知らないのよ。彼らがどの時代に飛ばされたのか知らないし」


「は?」


 開いた口が塞がらない。どの時代に飛ばされたか分からないだと?


「だってそうでしょう? 人の天命なんて普通に考えてわかるわけないじゃない」


「いや待て。だとしたらなんで時間遡行に必要なのが寿命なんてことが分かったんだ。まさか机上の空論じゃないだろうな?」


「理論上そうというのは確かにあるけれどそれだけではないわ。証拠はこれ」


 彼女はポケットからスマホを取り出しこちらにとある画像を突きつけてきた。どうやら江戸時代か何かに描かれた絵らしいが、何やらよく分からない生き物だ。現実にこんなのがいるのだろうか。


「河童よ」


「河童じゃなくて証拠を出して!?」


 証拠はこれといいながら伝説上の生き物を出されるとはさすがに予想していなかった。しかし九重はいたって真面目な表情で、


「河童は現実に存在するわ」


「一体どこからその論理展開になったのか聞きたいんだけど!?」


「だってこの河童を転送したの私達だもの。ちなみに伝説とかなんとか言われてるけど、あれただのカワウソと亀のキメラよ」


「知りたくなかったわそんな夢のない話!!」


 成る程ね。つまりその河童(キメラ)や他の動物で実験して、時間遡行に必要なのが寿命や天命であると割り出したってわけか。だから証拠を示すために河童の話になったと。お前ら一回UMA愛好家に謝ってこい。


「だから学者たちは理論と実験に基づき時間遡行に必要なのが天命であると判断したのだけれど、肝心の個々人の寿命がいつまでなのかという点だけは結局分からなかったわ。それこそ実際に時間遡行してみるまではね。困り果てた彼らが下した決断は十年程度訓練させた子供を過去の世界に送り込むことだった」


 成る程。確かにその発想は理にかなっている。人間いつ寿命が来るかなんて誰にも分らない。十年先に生まれた人間の方が後に死ぬことだっていくらでも考えられることだし、事故に遭って死ぬことも寿命というくくりに含まれるのかどうかも分からない。けれど子供と大人であれば普通に考えてその年から数えて長く生きることが出来るのは子供の方だ。だから子供の方が必然的に遠い過去まで飛べる可能性が高くなる。策としては悪くない。


 だがそれはあくまで効率面での話でしかない。まだ物心ついてない子供たちに仕事に必要なスキルを叩きこみ、幼いうちに過去に飛ばしてしまう。それは彼らの人生を縛り付け、考える自由を奪うことに他ならない。しかし、


「別に本人がどうとも思っていないならそんなのただの余計なお世話よ。見当違いの同情や義憤なんてはっきり言ってただの迷惑でしかないわ」


 そう言われてしまうと何も言い返せない。俺はあくまでこの件については部外者であり、部外者が口を出していいような話ではないからだ。そんな無言の俺を九重は納得とみなしたらしく、


「じゃあそろそろミラージュがあなたを狙った理由、そしてなぜわざわざ大量殺人を行っているかについて話しましょうか」


 やっぱり奴が俺を襲ったのは偶然じゃなかったのか。となると、


「俺が超能力者だからか? 奴が俺を襲ったのは」


「あら意外ね。部長から聞いたのかしら?」


 どうやら弘人の言っていたことは正解だったらしい。腐っても新聞部の部長だけあって恐ろしい情報収集能力である。


「んで、ミラージュって野郎はお前の口ぶりからしてお前と同じ未来人なんだろ? 未来から来てわざわざ超能力者を殺して何の意味があるんだよ?」


「簡単な話よ」


 九重は相変わらず淡々とした口調のまま、








     「時間遡行が出来るようになったのはあなたたち超能力者がいたからなのだから」

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