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ミラージュ

新作です!

 すべての事象には起源が存在する。種をまかなければ芽を出すことはないし、水が与えられなければ育つことはない。考える必要すらないくらい簡単で当たり前な話。小学生だって知っていること。


 けれど、もしも起源が消されれば、そこから派生した事象は全て跡形もなく消える。いや正確に言うのであれば最初から存在しなかったことになる、と言うべきか。


 故に私たちは時間遡行が可能になった2160年にとある役職を創設することにした。時空保持機構、通称クロノスの使徒を。






 ミラージュ、それは市内を騒がすある通り魔に付けられた二つ名である。奴の手口は非常に単純明快、衆人環視で行われる刺殺。にもかかわらず警察は捕まえるどころか手掛かりすらつかむことが出来ていない。何故か。


 その答えは至極単純、ミラージュの犯行はどこにも映らず何も残さないからだ。奴自身は愚か、凶器すらも防犯カメラなどに全く映っておらず、目撃証言も一切ない。だから捜査は完全に難航しており、何の対策も講じることのできないまま既に十七名もの死者が出てしまうという大惨事になっているわけである。


「そこで!! 我々鳥羽北高校新聞部では特別号を増刊し、大々的にミラージュについての記事を書こうじゃないか!!」


「異議あり~」


 のんびりとした声でいつも通り過ぎる能天気部長に異議を唱えたのは副部長である真野美月だった。ちなみにこの二人どちらも俺の幼馴染であり、俺と美月は半ば強引に部長改め宇和島弘人にこの部に連れてこられたという経緯がある。一応美月と弘人は俺の一個上だから本来なら敬語を使わなければいけないのだが、敬語を使う正人とか気持ち悪いと言われ相変わらず先輩もつけないし敬語も使っていない。あの二人人を一体何だと思っているんだ。

「なんだ美月。今回はきちんと新聞部らしいことではないか」


 口をとがらせてるけどお前全然新聞部らしいことじゃねぇよ。いやそりゃUFOを追いましたとかに比べればマシだけどさぁ……。


「増刊号とかうちの新聞部らしくないって~。もっと緩くいこ?」


「そっちに異議唱えてんの!?」


 美月が極度の怠け者だということを完全に失念していた。いやてか増刊号に反対するって部員としてどうなんだろうか……。


「馬鹿野郎! 新聞部なんだからスクープ拾ってなんぼだろうがァ!!!」


 正しい。今回は明らかに美月の言うことより弘人の言うことの方が正しい。ただしネタがミラージュでなければ。


「いや部長、頼むから正気に戻ってくれ。スクープを拾うのは正しいんだ。大きいネタがありゃ増刊号出すことにも反対はしないさ。けどな、お前なんで学生団体が殺人鬼の調査するんだよ……」


 忘れてはいけない。相手は殺人鬼だ。警察や本職ほどの情報が集まるとは思えないし、もし仮に集まってしまったら今度は逆に口封じされる危険性がある。残念ながら部活程度で部員を命の危険には晒せない。だが奴は何故か不敵に笑い、


「愚か者! 俺が口封じの危険性を考えないとでも思ったか」


 ……ここまで自信満々に言い切るということは何かあるのだろうか。この能天気の代名詞ともいえる男に一体どんな秘策が……、


「俺が全部調べて全部書く!!」


「お前俺の話聞いてた!?」


 あるわけがなかった。俺の期待を返して欲しい。


「む? これなら部員を危険にさらしていないだろう? 何が不満だというのだ?」


「いや不満しかねぇわ!! つかお前は部員じゃねぇのか!?」


「いや部員の危険は部長である俺が一手に引き受けるものだろう?」


「だからって自分から危険背負いこみに行く必要がどこにある!?」


 ダメだ……。コイツと話していると恐ろしく疲れる……。というか何? 昼休みに緊急で集められたのって単純に増刊号出していいかってだけ? それなら会計にそのまま言ってくれ……。アイツ常識的だからその時点で絶対止め……、いやそしたら結局こうなるのか八方ふさがりじゃねぇか。


「ごめんね? 私がメール受けた時点でしっかり止めておけば正人君まで呼ばれることにはならなかったんだけど……」


「大丈夫。どう考えても里香のせいじゃない」


 園部里香、俺のクラスメイトにして新聞部会計。新聞部唯一レベルの良心。ぶっちゃけ俺より常識人なんだけど、それ故に弘人や美月の暴走を止められないし、かといって常識人が他にいないためいつも損な役回りになっている。


「はぁ……。とりあえずもう私帰ってもいいでしょうか? これ以上話しても意味があるとは思えませんし」


「ん、ああ。どうやら全員反対みたいだし今日の所はもういいぞ。すまんな」


「いえ、それでは」


 出たよ、最後の一人。クールというかドライ、いやむしろ絶対零度というべきか。……この女を言い表すにはどんな言葉を駆使しても足りない気がする。新聞部最後の一人にして実質的権力者、九重鏡花とはそういう女だ。


 容姿端麗、成績優秀、家事万能。おまけに纏う雰囲気は深窓の令嬢だから当然男にモテるモテる。そりゃこれだけ見りゃ一切悪いところはないもんな。だから最初のうちは彼女への告白が絶えなかった。そう、最初のうちは。しかし彼女に告白した人間は皆知ることとなる。彼女の性格の苛烈さを。


 最初はサッカー部の部長だった。彼女が入学して一ヶ月も経たないうちにいきなり彼女にアプローチをかけたのだ。彼は朝の正門でアプローチをかけたため、衆人環視の中でそれは起きてしまった。ちなみにアプローチとは言ったが、ただ食事に誘っただけ。まぁ嫌なら断ればいいだけのことだ。


 しかし彼女は違った。当然だ、美しい薔薇には棘があると相場は決まっているのだ。



『なんですか気持ち悪い。あなたのために時間を割けるほど私は暇人ではないので』



 場が凍ったよホントに。聞いたことねぇよ、食事に誘っただけで気持ち悪いと言われた挙句時間を割く価値もないとか言われるとか。あの時の先輩のひきつった笑みが今でも忘れられない。公衆の面前であの仕打ちを受けるとか考えただけでぞっとする。


 その後サッカー部部長が振られたという噂は学園中を駆け巡り、彼女を落としてやろうとどこぞの部長だの委員会役員だの成績上位者だのがこぞって告白するも、結果はあえなく全滅。そうしているうちに次第に告白の数は減りだし、彼女が入学して五ヶ月ほど経った現在彼女への告白は完全になくなった。


 ただどうやらそんな氷結女がいいというもの好きも結構いるらしく、同学年だと里香と人気を二分。学園全体だと美月、里香、九重ともう一人で人気を四分するというなんともな事態になっている。


 ちなみに俺は里香派である。美月は姉みたいな感じだし九重は論外だしそもそももう一人は人を良く知らないしで結果的に里香になった。消極的すぎて何とも里香には悪い話だが仕方ない。


「うぅ……。今日も話しかけられなかったよ……」


「気にすんな。俺だってアイツとほとんど口聞いたことねぇし」


 常識人代表の里香は相変わらず進んで貧乏くじを引こうとしていた。いや里香と九重が仲良くなってくれれば伝達事項とか楽だしいいんだけど、まぁ十中八九無理だろうな。なんせ部室に二人きりにされて気まずくなった俺が話しかけた時も、


『手』


 嘘じゃないからな? たった一文字、『手』だぞ? 俺はあれ以来奴と話すことをあきらめた。作業中だし『口動かすなら手を動かして』程度ならわかる。若干イラっとはするが正論だしまぁそんなことで反発することも友人になることを諦めることもない。流石にそこまでガキじゃない。が、しかし流石に『手』だけで会話を終わらせようとした奴と友人になろうとするほど俺は人間が出来てない。いくらルックスがよくても願い下げだね。


「き、きっと何か深い事情があるんだって! 九重さん悪い人じゃなさそうだし……」


「ああ。悪い奴じゃない。単純に興味がないだけだ」


 だから余計に質が悪い。こっちが嫌いとかならまだ和解の余地はあるが、そもそも興味がないなら改善のしようがない。人はいつだって興味がないものに対してはいくらでも残酷になれるのだ。


「おいおい正人。部員同士でもめ事とかくれぐれもしないでくれよ? 同じ部の仲間だろう?」


「同じ部なら仲間なんて決まってるわけじゃねぇだろ。それにもめ事なんて起きねぇから安心しろ。もめ事はどちらかが相手の事を気にしているから起こるものであって、端から興味のないもの同士で起こるわけねぇだろ」


 喧嘩は同じ土俵にいるからこそ起こる。小学校で習うような話だがようやくその意味が身に沁みて分かったよ。俺と九重はたまたまこの部に所属しているというだけでそれ以上でも以下でもない。そもそもそんな事言いだしたら同じ学校にいる、同い年である、もっと言えば同じ日本人であるとさえ言えてしまう。こんなものは同じ土俵に立っているということの必要条件でも十分条件でもないのだ。単にまとめているだけ、他人が見て判別しやすいように記号付けしているに過ぎない。


「小難しい話ばっかりしてると~女の子にもてないぞぉ~?」


「うぉ!?」


 いつの間にか背後に立っていたらしい美月が背中にのしかかってきた。


「重いから離れてくれ……」


「あ~重いって言った~! 罰としておんぶしたまま教室まで送ってけ~」


「流石にこれ以上噂になるの嫌なんだけど!?」


 美月の幼馴染かつ学内トップクラスの美少女(性格はともかく)三人を有している新聞部に所属しているという立場の俺はただでさえ男子共の羨望の目にさらされているのだ。もし仮に美月を背負って教室まで運んでみろ、学園中の男子から刺すような嫉妬の視線が飛んでくるに決まっている。


「正人君って本当に美月さん女性として見てないんですね……。あれだけスタイルもよくて美人なら嫌でも意識しちゃいそうですけど……」


「まぁ俺たちは兄弟みたいなものだからなぁ……。正直今更というのはある」


 ホントそれだ。小さいころからコレなのだから今更意識しようもない。


「ほら! じゃれてないで教室に戻るぞ! 新聞部員たるもの遅刻は許されん!」


 いや遅刻の常習犯が何言ってんだと言い返したくなったが、時計を見ると確かにマズイ時間帯に突入していた。二年のクラスは同じ階にあるからいいとしても、一年の俺と美月は一つ下の階なので急がないと間に合わない。


「それじゃ俺たちもそろそろ行くわ! じゃ!」


「お疲れさまでした!!」


「はいはい~遅刻しないようにね~」


 お前も急げと言いたいがまぁ性格的に美月が急ぐことはまずないだろうし、一応いつも通りスレスレで間に合うだろう。とりあえず俺は美月を放置して里香と二人教室への道を急ぐのだった。




「え~つまり整数というのは加法について群を成し、乗法について半群を成すため環としての性質を持つことになり~」


 ……相変わらずこの数学教師は意味が分からないことをしている。群とか半群とかどう考えても高校範囲でやる事じゃない。この人が何故研究職に就かず教師になったのかはとても謎である。


 どうせ聞いても理解できないので俺は窓越しに見えるグラウンドに目をやった。なんかひたすら走っているが、持久走でもやっているのだろうか。しばらく見ているとその集団の中にぬぼーっとした表情で走り続ける美月を発見した。アイツ絶対五限間に合わなかっただろ……。


 と、そんな感情を抱きながらもしばらくぼーっと見ていると、不意に美月と目が合った。いや目が合ってしまった。ヤバいと思った俺は瞬時に目をそらしたが美月はその一瞬を見逃さなかった。彼女はそのまま大きく手を振り、


「やっほ~!! 正人見てる~!?」


 時すでに遅し。奴は手をぶんぶん振りながら大声で俺の名前を呼びやがった。その後クラス中から嫉妬と好奇の視線を浴びせられたのは言うまでもない。はぁ……。







「お前いいよな~。美月先輩とあんな仲良くってさ~」


「別によくねぇよ。お前らが考えてるような甘い展開なんざ一切ないからな?」


 五限が終わると案の定俺の右斜め前に座っている阿部徹が話しかけてきた。阿部曰く美少女三人に常に囲まれている俺は幸運な立場にいるとのことだが、彼女らから恋愛感情を一切持たれていないのに周囲からの嫉妬の視線に晒されるというのは対価として見合っていないと思う。


「でもそれだと部長も嫉妬の視線に晒されないとおかしくない?」


 と、急に里香が話に入ってきた。だが奴はやれやれと言ったような表情で首を横に振り、


「あの宇和島先輩が君たちとどうこうなると思うか?」


 …………この説得力が悲しすぎる。流石の里香もその説得力の前には苦笑いするしかなかったようだ。あの三度の飯よりジャーナリズムの男が美月たちと付き合う可能性は冷静に考えてゼロに近い。折角そこそこイケメンなのに勿体なさ過ぎる。


「その点お前はまんま庶民だし誰でもそのポジション務められるじゃん?」


「失礼過ぎるわ!! 人の事没個性代表みたいに言ってんじゃねぇ!!」


 確かに! 確かに自分でも個性ないと思うけどさぁ!! でも普通そこは言わなくないか!? もうちょいなんか包み隠すような言い方なかったのか!?


「あはは……、まぁでも確かにそれだけ聞くと羨ましがられてもおかしくはないよね」


 他人事みたいに言ってるけど原因の一端君にもありますからね? 


「ま、もう一人の原因はまーたどこか行ったみたいだけどな」


 言いながら俺は右隣の席を見ると、そこにはやはり人の姿はなかった。奴は休み時間になるたび誰とも喋ることなくどこかに行ってしまうのだ。


「九重さんクラスになじめてなさそうだよなぁ……。お前どうにかできねぇか?」


「どうにかってなんだよ。アイツと喋れるような仲になれってんなら間違いなく無理な話だぞ?」


 阿部も男子側のクラス委員だけあってその辺りはよく考えているみたいだ。だが残念ながらこればかりは相手があまりに悪すぎる。ただ大人しくて人と喋れないというのであれば、まだ協力しようという気にもなるし積極的に話しかけようとも思う。しかし九重の場合そもそも俺たちをNPCとかモブキャラにしか見ていない節があり、単に俺たちと話すのを時間の無駄としか考えていない。そんな相手に一体どうやって話しかければいいと言うのだ。


「そこはほら、ラブコメの主人公みたいな感じでさ」


「それ現実でやったらキモがられるだけだろうが」


 いや勿論現実でもそれが使える場面もあるだろうが、残念ながら現実ではその前に一言、『ただしイケメンに限る』という文言が必ず付くのだ。全く本当に世知辛い世の中だ。


「同性で部活もクラスも同じなのに私も全然喋ったことないもんなぁ……。できれば仲良くしたいんだけど……」


「あれはもうそういう次元じゃねぇから。てかそんなことより問題は部長だ。あいつ多分まだ懲りてねぇぞ?」


 とりあえず解決の糸口が見えない話から話題をそらす。幸いにも里香たちはそちらに乗ってくれたおかげでさっきの話は流れることになった。


 別に俺は九重が嫌いなわけじゃない。あくまで線引きをしているだけだ。里香や阿部みたいに根が明るくて人と一緒にいることを全力で楽しめる人間にはわからない感覚かもしれないが、人には大なり小なり触れられたくないものがある。だから全部馬鹿正直に人に話す人なんていないし、もしいてもそんな人間は限られている。九重はそれが人より敏感で、自分に触れられることそのものを忌避しているだけ。よって彼女に話しかけようとするのはただの善意の押し付けでしかない。


 故に俺は必要最小限しか九重と関わらない。部活で、クラスで、連絡事項についてだけ。それがお互いのためであるとわかっているから。俺と九重鏡花は決して交わることはない。この時の俺は確かにそう思っていたんだ。





 ミラージュ。それは巷を騒がす殺人鬼の通称であり、この名の由来は彼の犯行の特徴から来ている。衆人環視の中で行われる人目に付かない殺人。正直俺は影が薄いとかそういうことだと思っていた。影が薄い上に監視カメラに映らないよう移動する人間。精々その程度の犯人だと思っていたのだ。そう、俺がそいつに出会うまでは。


「救急車だ! 救急車を呼べ!!」


 ぼんやりした意識の中で慌てふためく周囲の人たちの声が聞こえた。あれ? 俺なんでこんなことになってんだっけ? 母さんから買い出し頼まれて駅に来てそれで……。ああそうだ、気づいたら腹が異様に熱くなってて何かが抜ける感覚がしたのにどこにも何もなくて……。そうか、あれがミラージュなのか……。見えない殺人鬼、やられてようやくその意味が分かった。てか死ぬのかな俺こんなところで。まだ死にたくないなぁ……。


 自分の事なのになぜか他人事みたいな思考しかできない。死の間際になったら死ぬってことが理解できるのかなって思ったこともあるけれど、どうやら人間本当に死んでみるまでは死というものを理解できないらしい。


(あれ? なんでアイツがこんなところに……?)


 霞んだ視界で周りをぼーっと見渡していると何故かそこには見知った姿があった。間違いない、九重だ。印象の強すぎるアイツを見間違えるようなことはまずない。しかし相変わらず奴は何の表情も浮かべずにそのまま去って行ってしまった。顔見知りがこんな状況なのだから少しは顔色変えるくらいしてくれ。


「大丈夫ですか!?」


「担架! 運ぶぞ!!」


 ああ、意外と早く着いたのか。警察らしき人間もちらほらいる。何者かに担がれる感触の中、ぎりぎりで保っていた俺の意識は闇に沈んでいった。


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