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妄想の膨らみ

作者: 石坂 颯

 不思議な声が聞こえてくる。声の主はわからない、可愛らしい声をしていた。体の奥底から響くその声は、私の体を温めていくようだった。

 十一月にもなると、この町の空気はすっかり冷え込み、こたつによる支配が町中に広がり始める。私もその被害者の一人であったが。

田舎に生まれ、田舎で育ち、もう十八年になる。同郷の友はほとんど上京をしてしまい、残った者たちも皆働いている。比べて私は、一週間のうちの三日間しか学校へ行かず、休みの日もアルバイトには行かず、両親に半ば強制的に入所させられた教習所にも行かない筋金入りの怠け者であった。

だが、怠け者としての生活は大変心地よいものであると、読者諸賢には伝えたい。では貴様は何をして休日をつぶしているのだ。と考える方もおられることであろう。ここからは私の怠け者としての生活を語っていくことにする。

 怠け者の朝は温かい飲み物から始まる。緑茶、麦茶、面倒な時にはお湯を飲むこともある。温かい飲み物は荒廃しきった心に潤いとぬくもりを与えてくれる。温かい飲み物の後は朝食だ。その日の気分によってメニューは異なる。おにぎりや冷凍のスパゲッティ、マヨネーズをのせたトーストなど様々である。しかしどんな朝食にも味噌汁を付けなければならない。味噌汁にはビタミンやらミネラルなどの栄養成分を具材と一緒に摂取することができる。もし、青春というものがなんらかの成分で構成されているとすれば、きっと味噌汁にも含まれているのかもしれない。あくまで個人的見解である。

朝食を終えたら、次はひたすらグウタラするのみである。これこそが怠け者としての生活でもっとも重要なことだ。

「さあ、私の中の怠け者たちよ!好きなだけ怠けるがいい!」

私は内なる怠け者たちを扇動するのである。


 布団の中に下半身を収め、枕元のデスクライトをつける。これで読書をする最高の環境は整った。あとはひたすら文章に没頭するだけである。そうしているうちに二時間は過ぎたであろうか、不思議な現象が起こり始める。なにやら奇妙な膨らみが発生したのだ。その膨らみは拡大を続ける。しかし、しばらくすると拡大は止まってしまう。

「おやおや」

せっかくだからもっと膨らませてみたい。私の内なる子どもたちが童心を武器に取り、そう主張するのである。それに抵抗することはできない。私はキッチンに向かう、そうしてお湯を沸かし、紅茶を淹れる。紅茶がなければ珈琲を沸かすことある。だが私は珈琲が苦手である。

こうして一服すると、再び膨らみは拡大し始める。その膨らみからさらに膨らみが生まれる。ぷくぷくと湧き上がってきた膨らみはやがて分離し、その場を漂うのである。分離した膨らみをよく見てみると、それが「妄想」だということがわかる。妄想が妄想を膨らませ、そして私の中を漂っているのだ。

幾つも発生した妄想が溜まってくると窮屈になってくる。部屋に籠っていては妄想に押しつぶされてしまう。私はそれらの妄想を抱え、外へ出るのだ。

町は静かであった。平日の昼間ということもあり、見渡す限りの孤独が広がっている。でも私は歩く。幾多の妄想を抱えて。北から吹く風を受け、妄想がさらに大きく膨らんだ。巨大である。風が吹きつけるたびに妄想は膨らみ、ついに路地で詰まってしまった。するとなんだか素敵な匂いが私の鼻に入ってきた。あまりにもいい匂いだったので、私は無意識のうちにそいつにかじりついていたのである。温かくて、甘くて、少しだけ苦い味もした。それは驚くほどにもちもちとしていて、とても軽い感触だった。

この得体のしれない物体を、私は知っている。青春の味だ。

そしてとうとうそいつを噛み切った。刹那、中からとてつもない爆風がやってきて、私を優しく空へ舞いあげた。その爆発は周りの妄想を誘爆させ、町中に妄想が飛び散った。

 ずいぶん高く飛ばされた。眼下には具現化した妄想に溢れかえるわが故郷が広がっている。なんだかよくわからないが、とにかくお祭り騒ぎである。南のほうを見た。東京のある方角だ。私は上京した同郷の友に思いを馳せ、心の中で激励した。

「おうい」

どこからか可愛らしい声が聞こえてきた。私は声のする方角を向いた。小柄で髪を短く切りそろえている女性がリアカーに乗って飛行していた。

「やあ、こんにちは」

私は紳士的な挨拶をした。

「こんにちは」彼女も淑女的な挨拶を返した。「こんなところでなにをしているの?」

「見ればわかるだろう、見事なまでに落下中だ」

私は笑顔で自分の危機的状況を説明し、彼女のリアカーに乗り込んだ。その時私は気づいた。彼女が空でリアカーを走らせるほど、具現化した妄想が一体となっていく。一体となった妄想が彼女の体へと吸い寄せられていることに。

そしてついに、彼女は全ての妄想を吸収しきった。色とりどりの妄想を吸った彼女自身、七色に輝いていた。

しかしそろそろお別れの時間のようだ。私は彼女に話しかけた。

「これから私は何度も君に会うだろう。その時はまたよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

我々は温かい握手を交わした。そしてお土産を受け取った。太陽にあてると七色に光る大変美しい餅であった。きっと今にも破裂しそうなまでに膨れ上がった妄想が詰まった餅であろう。一口ばかりかじってみた。甘い。

さらば可愛らしい声の主、私が創り出す青春にはきっと君が存在するだろう。

かくして私は自身の中で発生した妄想を物語という形で書くことを決心したのである。膨れ上がる青春は止まることを知らない。私も止めるすべを知らない。


 家に戻って、今度は珈琲を沸かした。すでに夕方、宿題を進めなくてはならない。いくら怠け者といえど、最低限のことはするのである。珈琲の入ったマグカップを持ち、自室へ戻った。通学用のリュックサックから英語のテキストと大学ノートを取り出した。宿題が終わるまでは読書はお預けだ。

宿題を進めながら、内なる青春を妄想し、珈琲をすすった。口の中と甘い妄想の中に少しだけ苦い味が広がった気がしたのである。


☆あとがき☆

初めまして。ここまで読みにくい文章を最後まで読んでくださりありがとうございます。

現在私は長編小説を書いています。八月中には完成させる予定が、気が付けば十一月になっていました…。

私が長編小説を書くきっかけを少しばかりファンタジーっぽくしてみたのが今回の物語です。

私はとある作家さん(すでにお気づきのかたもいらっしゃるかも…)が大好きで、よく文章の雰囲気を真似て文を書く練習をしているのですが自身の長編小説はなるべく意識しないように自分の文体で書くことを心がけています。このサイトには息抜きとして書いた短い物語を載せていこうと考えています。いつか自分の書いた長編小説が世に出るまで、練習のため書いていこうと思います。練習なので、至らない点はビシバシご指導いただけるとありがたいです。そして得た技術を自分の長編小説に反映させることができたら良いなと思います。


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