第9話 二人の王女
これで過去日記分は終わりなので、またしばらくかかるかも(^_^;)
「くそ!街に入られたか!」
「あんたがのろのろしてるからよ!」
王都を見下ろす小高い丘の上に立っているのは、ザジとイヴァリアの二人だ。ザジは単眼の望遠鏡らしきものを覗いている。
「『沈黙の都』か、やっかいだな」
あらゆる<魔法>が使えないとなると、肉体の雷化はもちろんレベル1の電撃すら放てなくなる。
つまりあの街ではザジは単なる馬鹿にすぎないのだ。
「なんか誰かに悪口を言われてる気がする・・・」
勘は鋭いらしい。
「まあ街に入ったからといって、我らの追跡から逃げられるわけではないがな」
二人の背後に音もなく第三の人影が現れた。長い黒髪を後ろで縛って背中に垂らしたその男は右手に持ったバスタードソードを王都の方向に突き付ける。
「バーン、どうしてあなたがここに?」
イヴァリアの問い掛けにバーンと呼ばれた黒髪の剣士が答える。
「聞くまでもなかろう。魔法主体のお前達ではあの『沈黙の都』では役に立たんからな」
「おい、聞き捨てならねえな。まるでこの<雷鳴>のザジが役立たずみたいに聞こえたぜ」
当然、聞き間違いではない。
パリパリッとザジの周りで放電が起こる。
「ちょっとザジ、やめなさい!」
イヴァリアが今にも起こりそうな仲間割れを止めに入った。が、予想に反してバーンがザジに頭を下げた。
「いやザジ、そうは言ってない。君の力は同志たる私が一番よく理解しているつもりだ。万が一奴らが王都を出た時は君の出番だ、その時まで待機しておいてくれ」
「な、なんだよ。それならそうと最初から言えってんだよ。なら俺はちょっくら一眠りしてくるわ。がんばれよバーン。じゃあなー」
少し照れ臭そうな顔をしてザジは雷鳴と共に姿を掻き消した。
「・・・単純馬鹿が」
「やっぱり本心じゃなかったのね」
バーンが毒づいたのをイヴァリアは聞き逃さなかった。
「馬鹿と議論する程無駄な事はないし、たとえ戦ったとしても結果は見えている。やはり時間の無駄だ」
あの雷そのものといってもいいザジに勝てるとバーンは言っているのだ。そしてイヴァリアはその通りになるであろうことを知っていた。目の前にいる剣士はそれほどの実力の持ち主なのだ。
「まさか四天王最強のあなたまで出てくるなんて、計画に変更があったの?」
「マスターがおっしゃるには不確定因子が紛れ込んだらしい。それで計画を早める必要性が出てきたとの事だ」
「不確定因子って?」
「さあな。俺が命令されたのは連中を殺せ、ただそれだけだ。理由など必要ない」
王都を指差してそう言うとバーンは歩き出した。
王都に背を向けて。
「バーンって確かに強いんだけどめちゃめちゃ方向音痴なのよねえ・・・」
イヴァリアは溜め息を一つつくと、バーンの後を追って駆け出した。
「リリーナ!今までいったいどこに行っていたの!」
城門をくぐったアリシアを待ち受けていたのは、数百人の街の人々と数十人の城の人々とたった一人の王妃であり母である人だった。
優しさの中に凛とした佇まいを見せるその人の瞳には、怒りよりも安堵の色が見てとれる。
「え?いや、その・・・」
いきなり怒られてしどろもどろになるアリシア。
「城の者達はもちろん、街の民達にも迷惑をかけて!」
凄い剣幕で近づいてくる王妃に人違いだと説明する余裕すらない。
「あ、あの!ヒャッ!」
殴られるのを覚悟し、身をこわばらせたアリシアを王妃が力強く、そして優しく抱きしめた。
「この馬鹿娘!心配させて・・・」
「・・・ごめんなさい」
思わず謝るアリシア。かなり雰囲気に流されているようだ。
その様子を傍らで見ていた王は人々の方へと向き直るとこう言った。
「皆の者!心配させて済まなかった!とりあえずリリーナはこうして無事に戻った!今宵は無礼講だ!払いは全て俺がするから思う存分飲み食いするが良い!!」
全ての城壁が崩れんばかりの人々の歓喜の声が街中に響き渡った。
「さあキリキリ歩け!この変態めが!」
同時刻。リュウガは両手を後ろ手に縛られて二人の兵に城の地下へと護送されていた。
「だから言ってるだろ、誤解だって!」
「この街じゃあテロリストとロリコンに人権はないんだ、覚えとけ!」
「あれ?牢獄ってどっちだったっけ?」
「こっちじゃね?」
「そっちだった?まあいっかー」
「・・・軽いな、こいつら」
奇跡的に兵士は道を間違えた。あるいはどちらかが特殊な才能を持っていたのかも知れない。三人は石造りの螺旋階段を降りていく。囚人を永久に忘れ去るために造られた『忘却の牢獄』へと。
その頃エリックは。
「うまい!この料理もこの酒も!あー最高!!あ、お姉さん!こっちイーセエビの丸焼き一つ追加ね!」
無礼講を味わい尽くしていた。
そしてアリシアに戻る。
「さあさあ姫さま、早くお着替え致しましょう」
「そんな小汚いお洋服など早くお脱ぎになって」
「そちらの可愛らしいお嬢さんはお友達ですか?」
「いったい今まで何処にいらしたのです?」
「魔術結社<闇の福音>に捕らえられていたというのは本当ですか?」
「違うわ!反政府組織<竜の爪>に捕まっていたのですよね?」
(おそらく)自分の部屋で十数名のメイドさんに囲まれていた。
「あー!もう、うるさい!あたしは疲れているんです!着替えも一人でできるから、みんな出ていって!」
「しかしリリーナ様・・・」
「早く!」
「ではお着替えはこちらに掛けておきます。そちらのお嬢さまの分も」
渋々全員が出て行くとアリシアは部屋の中央にある天蓋付きのベッドに倒れ込んだ。
「ふー。ぴーちくぱーちくと、これだから女ってヤツは・・・」
「おねえちゃんもおんななのに、へんなの!」
アリシアの独り言を聞いたミイカが隣りに飛び乗った。ポヨンと跳ねる。
「うわー!ふかふかだねー!」
嬉しそうに跳ねまわるミイカを優しい目で見ながらアリシアは自分の頬をつねってみた。
(痛い。やっぱり夢なんかじゃないんだ。・・・信じられないけど僕らはファンタジーRPGの世界に入り込んでいる。どうやって?いや、それを考えても仕方ない。問題は、誰が?何のために?だ。それと永遠にこのままなのか、もしくはシナリオをクリアすれば元の世界に戻れるのか・・・)
考え込みながらうとうとしていると、沢山の視線に囲まれていることにアリシアは気が付いた。
さっき出て行ったメイドさん達がベッドをぐるりと取り囲んでいる。
「え!寝ちゃってた?!す、すぐ着替えるから!」
慌てるアリシアを無視してリーダーらしきメイドさんが右手を鳴らす。
「問答無用!皆の者、かかれ!」
「うわあぁぁあああ!!」
「姫さま!胸がこんなに萎んでしまわれて!」
「あの片目の男にさぞ非道い目にあわされたのですね!」
「お可哀相に!」
「ぐわ!苦しい!肋骨が、肋骨が折れる!」
「我慢なさい!あら?少し痩せられたのかしら、コルセットが以前より閉じるわ」
「きっと何も食べさせてもらえなかったんですわ!」
「お可哀相に!」
「きれいになるってたいへんなんだね・・・」
リリーナ姫の幼少時のドレスを着させてもらいながら、ミイカはつぶやいた。
そしてまたリュウガのターン。
「姫さまを誘拐するなんて千回死刑だな」
「だーかーらー!無実だって言ってるだろ!俺は!」
薄暗くかび臭い石の螺旋階段を松明の明かりを頼りにリュウガと二人の兵士は下っていた。
「なあアインス、本当にこっちで合ってるのか?こんなとこ初めてくるぜ?」
「お前はつくづく心配性だなツヴァイ。牢屋に行く道なんてどれも似たようなもんだよ。暗くてジメジメしてて・・・っと、ほら着いたぞ」
そこは牢獄の監視室のようだった。狭い部屋には粗末な机と椅子があるだけだ。
その椅子に座っている覆面を被った兵士が腕になにやら塗り込んでいる。
「なんだ貴様ら?どうやってこの『忘却の牢獄』に入り込んだ?」
目の前の覆面が同じ城の兵士にしては明らかに違う空気を漂わせていることにリュウガは気が付いた。殺気だ。それも強烈な。
「このロリコンを牢屋にぶち込んどけって王の命なんだよ。しかしお前なんで覆面なんかしてんだ?それに何て言った?『忘却の牢獄』って?」
全く空気を読めていないアインスが、世間話をするように覆面兵に話し掛けながら一歩踏み出した。
その瞬間、リュウガがアインスの膝の裏側に蹴りを入れた。崩れ落ちるアインス。
間髪を置かず、一瞬前まで首があった空間を覆面兵の剣が切り裂いた。
「!!」
「早く切れ、縄を!」
リュウガの勢いに気圧されたようにツヴァイが短剣で後ろ手に縛られた縄を切った。
ほぼ同時にリュウガの頭上に覆面兵の剣が振り下ろされる!
パシィッ!リュウガの頭蓋を割るはずだったその剣はリュウガの両の手の平に挟み込まれていた。力を入れてもまるで岩に挟まれたかのようにびくともしない。
「柳生流格闘術奥義、真剣白刃取り!アーンド、キック!!」
みぞおちに蹴りを入れられた覆面兵はあっけなくその場に崩れ落ちた。
「助かったぜ、あんた強いんだな。ロリコンのくせに」
アインスがリュウガに握手を求めた。リュウガがその手をきつく握り返す。
「ロリコンは余計だ。否定はせんがな」
いや、そこは否定しろよ。
「一体何者なんだ、こいつ」
ツヴァイが気を失っている男の覆面を剥いだ。
「こいつは?」
「知らん、全く、とか言うなよ」
自分の事を棚に上げるリュウガ。
「いや、見たことある顔だ。確か、ウィルム公の近衛隊の者だな」
その時、奥の牢屋から女性の声が響いてきた。
「ちょっと、騒がしいわね!寝られないじゃない!」
「誰かいるのか?」
アインスの問い掛けに声が答える。
「誰かいるのかですって?!ここに放り込んだのはあんたらでしょーが!いい加減にしなさいよ!?」
「なんか聞き覚えのある声だな・・・」
三人が奥の牢屋を覗きに行く。そこにいたのは・・・
「リリーナ姫!?」×2
「アリシア!?」
怪訝そうに顔を見合わせる三人。
「リリーナ姫?」
「アリシア?」×2
リリーナと呼ばれた女性は食べ飽きたおかずを出された子供のような表情を浮かべた。
「またリリーナ姫?あと何て言ったっけ?アリシア?・・・なんか聞いたことのある名前ね」
軽く小首を傾げる。
「まあいいわ。あたしはリリーナでもアリシアでもないの!あたしの名前は-」
腰に手を当てて、リリーナでもアリシアでもなく、瀬良チヒロは自分の名を告げようとした。
「セイラさん!!」
チヒロが言うより先にリュウガが驚いたように叫んだ。
「セイラじゃない!瀬良チヒロだ!って、なんであたしの名前知ってんの?お侍の知り合いなんていないんだけど・・・」
「な、なんでセイラさんがこの世界に?やっぱり夢なのか?」
「何言ってんの?でもあなたどこかで見た覚えが・・・」
リュウガをジロジロと見回すチヒロ。そして何かに思い当たったようにポンと手を叩いた。
「あ!昨日学校で見た、あっくんの書いた絵にソックリ!!」
「いやセイラさん、実は俺は・・・」
「あのー、お取り込み中のところすいません・・・」
ツヴァイが遠慮がちに割って入ってきた。
「一体何がどうなってるんでしょ?」