第8話 4人目のプレイヤー
10ヶ月ぶりの更新です…
過去日記からの転載なのでおかしなところがあってもお気になさらないよう。
王都<スリーシュライン>。
城塞都市であるこの都は全周34Kmあり、北側は高い山脈で、それ以外は高さ50mの外壁で囲まれており、あらゆる外敵の侵入を拒んでいる。
名前の由来ともなっている三つの寺院は中心にある王城を囲むように正二等辺三角形の位置に建てられている。
たくさんある門の一つの前に三人は佇んでいた。
「さーて、どうやってこの中に入るかが問題ね」
アリシアが固く閉ざされた巨大な鋼鉄製の門を見上げる。
「さっきの雷バカもこの中に入ればただのバカだしね。うーん、やっぱり<開錠>の呪文は効かないみたいだ」
エリックの頭の上の魔法判定に使ったサイコロがゆっくり消えていった。
「ねえねえ、ここになんかかいてあるよー」
少し離れたところでミイカとリュウガが何かを見つけたようだ。
「えー、なになに?『ご用のある方はこちらのボタンを押して下さい。係の者にお繋ぎ致します』」
音も無くアリシアとエリックはズッコケた。
「インターホン!?インターホンなの?ねえ!」
「どうやらそのようだ。それポチッとな!」
リュウガがボタンを押すと間もなく女性の声が流れてきた。
「はい。こちら王都受付係のシンシアでございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「用?用などない!ぐおっ?!」
ドカシィッ!アリシアのドロップキックがリュウガを吹っ飛ばす。
「あの!悪い奴らに追われているんです!小さい女の子も一緒なんです!助けて下さい!」
「はあ。悪い奴らに。・・・うーん、今はうちもバタバタしてまして上司に聞いてみないと・・・」
「んな悠長な事言われても!ほら、あの男なんて奴らにやられて瀕死の重傷なんですよ!?」
アリシアの指差した先にはリュウガが転がっている。当然『奴ら』の仕業ではない。
「少しお待ち下さい。カメラの調子が悪くて・・・あ、映った」
どうやらインターホンの上に付いている小型カメラからの映像が受付に流れたようだ。
「早くしてよ!」
「はやくしてよー!」
カメラに向かって話し掛けるアリシアをミイカが横で真似る。
一瞬の沈黙。
「・・・・・ええっ!?王女様!?なんでそんなところに!!?」
インターホンのスピーカーが壊れんばかりの音量で受付嬢のシンシアが叫んだ。
「隊長!王女様が門の外に!」
「何!?リリーナ様が?!どの門だ!」
「48番ゲートです!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
向こうでは何やらえらい騒ぎになっているようだ。
「・・・王女?」
思わずミイカの顔を見るアリシア。
「?」
小首を傾げて不思議そうな顔のミイカ。
「ミイカちゃんが行方不明の王女・・・どういうことなの?」
「リリーナが見つかっただと!?」
《勇者王》ことアレキサンドル・ポチョムキンが玉座から立ち上がった。
その場にいた将軍達が大きくどよめく。
「リリーナ様が!」
「姫様が見つかったと!?」
「間違いないのだな!」
再度目の前の兵士に確認するポチョムキン。
「門に設置されている小型水晶球で複数の兵が確認致しました。リリーナ様に間違いございません」
玉座の前に膝まずいた伝令が返答した。
「リリーナ・・・良かった。」
ほっとしたのかズシリと玉座に座り込み、安堵の声を漏らすむ。
「良かったですな、王よ」
王の横に立っていた、背が低く口髭を伸ばした小肥りの男が話し掛けた。
「かたじけない、ウィルム公。これで床に伏せっているユリアも元気になるだろう」
「王妃に連絡はまだですな。私が知らせて参りましょう」
「公爵にそのような雑用をさせるわけには」
「お気に召されるな王よ。王妃の喜ぶ顔を一番に拝見させて戴きますゆえ」
「すまぬ。では俺は一足先に娘の無事な顔を見させてもらってくるとしよう」
「御意」
玉座の間を退出したウィルム公爵は周りを気にしながら人気のない所まで小走りで行くと、辺り見渡してある人物の名前を呼んだ。
「カロザース!カロザース卿!」
すると暗がりからつばの広い帽子を被った痩せた男が姿を現した。
「はっ、ここに」
「カロザース、どういうことだ!リリーナ姫が見つかったと城中大騒ぎだぞ!」
「私も聞き及んでおりますがウィルム公爵、そのようなはずはございません!」
「・・・貴公、間違いなく姫を攫ったのであろうな。まさか影武者を掴まされたのではあるまいな!」
「滅相もない!確かにリリーナ姫でございましたとも!その証拠に現に今我々はここにおります。もし計画を看破されているとしたら、今頃は牢獄か・・・」
カロザースは首を掻き切る仕草をした。
「では現在門の前にいるのは誰なのだ!?わしも水晶を見たがリリーナ姫に瓜二つだったぞ」
「我々の計画を知る第三勢力か王の罠か。あるいは単に他人の空似なのか・・・」
「とにかくお前は姫が例の場所にいるか確かめろ。とりあえずわしは王妃のところに行ってくる」
「はっ」
二人はそれぞれの役目を果たすため、別々の方向に歩き出した。
「ちょっといつまで待たせるのよー」
48番ゲートの前では待ち疲れた4人が座り込んでいた。そこに微かに地鳴りに似た音が響いてきた。
ゴゴゴゴ。
「なにか音が聞こえないか?」
エリックが耳に手をあてた。
「空耳じゃないの?」
めんどくさそうにアリシアが言う。
ゴゴゴゴゴゴ。
「あら、ホントだ」
「な?」
キョロキョロと辺りを見回してみる。音はどうやら門の方からしているようだ。すると突然案内音声が流れ出した。
『ピンポンパンポーン。48番ゲートが開きます。門の前にいらっしゃる方は速やかに退避して下さい。万が一押し潰された物品、人命その他がありましても当都市は一切関知致しませんのでそのつもりで。ピンポンパンポーン♪』
放送が終わるやいなや。
アリシアはミイカの手を掴んで左へ。エリックは右へ猛ダッシュした。
一瞬取り残されたリュウガも少し迷って走り出した。
事もあろうか門とは正反対の縦方向に。
バシッ!と何かが外れたような音が響くと同時に門がこちら側に開き始める。いや、正確には『倒れ』始めた。
「あのバカ!」
いち早く安全圏内に逃げ出したエリックが毒づいた。
横に逃げれば数メートルで済んだものをあのバカ(←リュウガ)は縦に逃げ出したのだ。その距離50メートル。門の前にいる外敵を押し潰すために造られた重さ数10トンの木と鉄の固まりは容赦ないスピードで全力疾走しているリュウガへと迫っていく!
「見ちゃダメ!」
アリシアがミイカの頭を抱えた次の瞬間。
ズズズーンンッ!!!
轟音と共に砂煙が辺りを黄色く染める。
「・・・リュウガ。とりあえずいいヤツだったのに・・・」
魔法障壁で砂煙から守られながらエリックが呟いた。
アリシアとミイカもエリックと同じように風の精霊に護られていた。
「リュウガおじちゃんしんじゃったの?」
「ううん。リュウガはね、お星さまになったのよ!」
キラーン!と空を指差すアリシア。だが、砂煙で星なんか見えないぞ。
とその時、轟!と突然紅い突風が巻き起こって辺りの砂煙を吹き飛ばした。
「勝手に人を星にするなっ!!」
身体を紅く光らせたリュウガが倒れた門の上に立っている。足があるから幽霊ではなさそうだ。
「・・・生きてたの。チッ」
若菜姫ばりに舌打ちをするアリシア。
「舌打ちすんな!ぎりぎりで『紅彗星斬』を発動できてだな」
「あー、別に解説とかいいから」
「無事で良かった!とか言えっつーの!」
「ぶじでよかったね。リュウガおじちゃん」
ミイカがとびきりの笑顔をリュウガに向ける。
「おじちゃんの味方はミイカちゃんだけだよ・・・」
「・・・泣くなよ」
「よし、そこまでだ!人攫いめ!」
いつの間にか三人の周りを十人以上の甲冑姿の兵士が取り囲んでいた。全員が槍を構えている。リュウガに向けて。
「な、なんだてめぇら!」
「動くな!」
流石のリュウガも四方から槍を突き付けられて逆らう程バカではない。
「ちょっと待って!あたし達は!」
アリシアがミイカを連れてきた理由を話そうとしたその時、兵士達の奥から黄金色にきらめく豪華な鎧を着た精悍な顔付きの男が姿を現した。
周りの兵士達が一斉に膝をつき、臣下の礼を取る。
現れた男、ポチョムキン王は涙を流しながらおもむろに両腕を広げた。
「おお!娘よ!」
(やっぱりミイカちゃんが王女だったんだ!)
「違うんです、あたし達は人さらいじゃなくてこの子を」
むぎゅ。
「連れてきただけって・・・え?」
ポチョムキン王に抱きしめられたアリシアは一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「・・・リリーナ、無事で良かった。もう安心だよ」
「え?リリーナって?え?え?」
右手でアリシアの肩を抱いたまま、王は左手をリュウガの方に向けると兵士達にこう命令した。
「その人さらいを引っ立てい!後でわし自ら尋問する!それまで牢にぶち込んでおけ!」
「ちょ!?俺がなんで!!」
「姫様だけでなく、あのようないたいけな幼女にまで手を出すとは!」
「この性犯罪者め!」
・・・あながち間違いではないが、せめて予備軍と言ってあげてほしい。
「誤解だああぁぁぁぁ・・・」
兵士達に連行されるリュウガの叫びが空しく辺りに響き渡った。
「助けてやらないのか?」
アリシアの耳元で声がした。エリックの声だ。しかし姿はない。<インビジブル>、不可視の呪文を使っているようだ。
「まあ誤解なんだしすぐ解放されるでしょ。あんたもいるんだし。それより・・・」
「王女の事か」
「うん。あたしが間違われるくらい似てるって事はもしかして王女様っていうのは・・・」
「ヤバい!街に入ったら魔法が解ける!また後で合流しよう、じゃあ」
エリックの気配が遠ざかる。だがアリシアは自分の立てた仮説について考えていた。
(あの人がこの世界に・・・まさかな。考えすぎだよな)
そのまさかだった。
「ちょっと!ここから出しなさいよ!!誰か!本気で怒るわよ!!」
城の地下にいくつかある牢獄の一つ。巧みにカモフラージュされたそこは、城の者はもちろん王家の者でも忘れ去った場所だ。
そこに大声が反響している。カロザースはそこへと続く石でできた螺旋階段を下りながら毒づいた。
「ええい、あのじゃじゃ馬め!あんなに大声を出されてはいくら『忘却の牢獄』といえども見つけられてしまうわ!」
階段を下まで降りると狭い部屋に辿り着いた。ランタンの明かりに照らされたその部屋には粗末な机と椅子しかなく、少し肌寒さすら感じる。
椅子に座っていた覆面で顔を隠した兵士がカロザースの姿を見つけて立ち上がった。ちなみに兵士といっても城付きのではなく、ウィルム公の私兵である。
「カロザース卿、何用でございましょう」
「姫は牢にいるであろうな」
「あの大声が聞こえませぬか。間違いなくいらっしゃいます」
疲れた声で見張りの兵が答える。腕をよく見ると無数の引っかき傷がミミズ腫れになっている。
「ほら、傷口に塗るといい」
カロザースは腰の小袋から女の子の絵の描かれた軟膏の入った小さな容器を取り出すと姫の爪の犠牲者に放った。そして頭を下げる兵の前を通り過ぎ、奥にある姫のいる牢獄へと歩を進める。
「あ!性懲りもなく来たわね、この鼻でか男!」
姫とおぼしき若い女性はカロザースの姿を見つけると鉄格子を折れんばかりの勢いで握りしめた。その容姿は確かにアリシアに酷似している。髪と瞳の色を除いては。
「リリーナ姫様におかれましてはご機嫌うるわしゅう」
身体的特徴をけなされたカロザースは全く意に介さない様子で、王族に対する礼儀正しい挨拶を行った。まあさらったあげくこんな場所に閉じ込めておいて礼儀もくそもあったもんじゃないが。
「何度も言うけど、あたしはリリーナなんて変な名前じゃありません!」
リリーナ姫と呼ばれた少女は、いーだ!という表情でカロザースに舌をだした。
「はいはい、えーと何とお呼びすればよろしいんでしたかね。確か・・・」
カロザースの問い掛けに茶色い瞳をした少女はこう答えた。
「瀬良チヒロ!」