第4話 異世界へようこそ!
いよいよ、ダンバインで言うところのバイストン・ウェル(古っ)編ですっ!
-中村アズマは目を覚ました。目覚ましが鳴る前に起きたのは久しぶりだ。
はっきりと意識が覚醒する前に何か違和感を感じる。何かが違う。でも何だろう?
!?・・・・・!!
アズマは唐突に理解した!
いつもの見慣れた風景ではないのだ。例えるなら旅行に行った最初の朝、目覚めた時に自分の家ではないと認識したあの感覚。
当然アズマは旅行になど出かけていない。夕べは晩御飯を食べて風呂に入った後、送られてきた『本』を一通り読んで眠りについたのだ。
(ここはどこだ!?)
アズマは起き上がって辺りを見回した。
見知った自分の部屋ではないことは間違いない。
パソコンやテレビはもちろん、マンガや小説はおろかそれが入っていた本棚や勉強机すらない。
自分の座っているベッド(当然アズマのものではない)に簡単な造りの木製の机と椅子、壁に掛けられた衣服、楕円の鏡と大きな窓、それがこの部屋の全てだった。
「どうなってんの?夢?」
思わず呟いたアズマをまた違和感が襲った。
僕の声じゃない?!
普段聞き慣れた自分の声より数オクターブ高い。例えるなら、まさしく女性のそれだ。
「ごほん。あ、あー。あめんぼあかいなあいうえお。ど、どうなってるんだ?」
そういえば、身体も少し軽い気がする。と、下に視線を移してまた驚いた。
「む、む、むむね、胸があああっ!!」
白い木綿のような生地のシャツが二つの小さな丘のように盛り上がっている。その丘陵を手のひらで包み込んでみる。
「や、柔らかい・・・!ま、まさか・・・」
シャツをめくって胸元を覗き込んでみたが、予想に反していつも通りの平らな胸しかなかった。どうやらシャツの内側にパッドが縫い込まれているようだ。
「・・・ない」
次に恐る恐る下腹部へと手を伸ばしてみる。いつも履いているトランクスではなく、小さい三角の布切れで覆われているそこには・・・
「・・・ある。なんか小さくなった気もするけど・・・」
アズマは訳が分からなくなり、放心状態になった。焦点の合わない目が壁の鏡を見つめる。
・・・・・!
やおら立ち上がると壁を突き破るかの勢いで鏡を覗き込んだ。そこに写っていたのは、自分ではないが見知った顔だった。
「ち、ちーちゃん?いや、この瞳の色は・・・まさかアリシア!?」
アリシアはアズマが瀬良チヒロをモデルに作り上げた。背格好から髪型までチヒロに瓜二つだが、唯一瞳の色彩だけがオリジナルの茶色とは違い、エメラルドグリーンなのだった。
その翡翠色の瞳が鏡の中から不安げにこちらを見ている。
「何がどうなってるんだ~」
頭を抱えるアズマ=アリシア。その可愛らしい顔を初冬にしては暖かい日差しが照らす。
窓から差し込む光に気付いたアズマ=アリシアは部屋の窓を開けて外を見た。冷たい空気と共に人々のざわめきが部屋に流れ込む。
そこには街が広がっていた。
日本の、見慣れた風景ではなく、テレビや写真で幾度も見たことのある、中世ヨーロッパのそれに近いものが。
下の通りには人々や馬車が行き交っている。いや、よく見ると人ではない人影も結構いる。
耳先の尖った細身で長身の者や、髭を蓄えた肥満とは違うずんぐりむっくりの背の低い者。つまりはエルフやドワーフ達だ。子供に見えるのはひょっとするとホビットかも知れない。
「RPGの世界だ・・・」アズマは呟いた。
まずアズマは頬っぺたをつねってみた。痛い。夢じゃない。次に首にジャックイン端子が埋まってないか探ってみた。ない。とすると・・・
部屋中を探したがカメラらしきものはなかった。
夢でも電脳世界でもドッキリでもないらしい・・・・
こうしててもしょうがない。アズマはさっき見つけた荷物らしきものを掴むと、意を決して部屋の扉を開いた!
そこは廊下だった。片方の突き当たりに階段がある。窓から見た感じだと三階くらいの高さだったから、いったん下に降りて見ることにする。
二階とおぼしきところを通り過ぎ、さらに下に降りる。
いい匂いと大きな話し声が聞こえてきた。
階段を下りるとそこは小さな酒場だった。その呼び名が一番しっくりくる。
どうやら一階が酒場で二階より上が宿屋になっているみたいようだ。
「なるほど。ファンタジーの典型的な宿屋、だね」
そこには人間だけではなく、先程窓から見たエルフやドワーフ、ホビットまで様々な人種が酒や料理を食べている。
その中にアズマは見覚えのある顔を見つけて慌てて駆け寄り、恐る恐る声を掛けた。
「・・・エリックとリュウガ?」
3D化してるとはいえ、自分で描いたキャラクターだ。見間違いようがない。
そのテーブルにいた二人組は同時に振り向き、声を上げた。
「セイラさん!じゃねえ、アリシアか!」
「てことは・・・まさかお前、アズマか?」
「岩田に御手洗!?」
「あ、あんまりジロジロ見るなよ!」
なぜか顔を赤らめる二人であった。
「どうやら、夢でもなけりゃバーチャルリアリティでもドッキリでもないみたいだぜ」
二人ともアズマと同じ行動をとったらしい。
アリシア=アズマは空いた席に腰を下ろすと、テーブルの上の料理に目をやった。
「何これ、頼んだの?言葉は通じるの?」
「ほれ、そこにメニューがあるだろ」リュウガ=岩田が銀のフォークでテーブルの隅にあるメニュー表とおぼしき物を指し示した。
それには、平仮名でも片仮名でもアルファベットでもヒンドゥーでもハングルでも象形でもゼントラーディでもない文字列が書かれている。
「え?何語?え?でも・・・」
「読めるだろ?なぜかは分からんけど」
メニュー表を手に取って不思議そうに見ているアリシア=アズマにエリック=御手洗が話し掛けた。
「ドードーの照り焼き900ギル、コーベ牛のステーキ5000ギル、エール大ジョッキ400ギル」
「実際、目の前にあるこのドードーの照り焼き。確かにうまい」
リュウガ=岩田が鶏のモモ肉らしきものを豪快に食いちぎる。
エリック=御手洗も目の前のジョッキになみなみと注がれたエールに口をつける。
「・・・少し甘味のあるビール、いやアルコールの入ったジンジャーエールって感じかな。エールだけに」
「いや、そんなダジャレ言ってる場合?もっと今の状況を考えてみようよ!」
アリシア=アズマに正面から見つめられて、エリック=御手洗の頬が赤くなった。
おいおい。まあ、仕方ないっちゃあ仕方ないけどな。
「えー。考えうる可能性としては、1.全員で同じ夢を見ている。2.異世界に飛ばされた。3.それ以外の超常現象」
エリック(めんどくさいので以下キャラ名のみ)が指を折りながら仮説を並べていく。
「希望としては2だけど、たぶん1だろうなー」とリュウガ。
「でも頬っぺたつねったら痛かったよ」自分の頬をつねるふりをするアリシア。
「夢だから痛覚がない、ってのもおかしくないか。痛みを感じる夢もあると思うけどな」エリックは同じように頬をつねった。痛い。
「確かに一理ある」リュウガが頷いた。そして二人の顔を見回して言った。
「じゃあ、なぜ俺達はココにいるのか考えてみよう」
「あの後、家に帰ったら『本』が届いててさ・・・」アリシアが昨日の事を思い出しながら説明した。
「一緒だ」
「俺も」
どうやら二人の家にも『本』が届いていたらしい。
「んで、目が覚めたらこの宿屋に居たってわけ」
「一緒だ」
「俺も」
「むう・・・」
腕組みをして首を傾げる三人。文殊の知恵、とはいかないようだ。
「しかし・・・」
エリックがアリシアに視線を向けた。
「え?なに?」
「いやー、ほんっとにお前アズマなのか?セイラさんがコスプレしてるようにしか見えんのだが・・・」
「え!?俺は俺だよ!」
「声もセイラさんそっくりなんだよなー」
「まあ中身がアズマとはいえ、女子とTRPGをするという夢は叶えられた!我が生涯に一片の悔いなーし!! 」
リュウガが泣きながら右腕を高々と突き上げる。ホントに嬉しいんだな。よかったな、リュウガ。いや、岩田シュンスケ。
「いや、それが実はさ・・・」
アリシアが自分に男の大事な部分が付いていることを話そうとしたその時。
「おぬし達!冒険者じゃな!」
「!!!」
三人のテーブルに唐突に白い髭を蓄えたじじいが現れた。
「こ、この唐突な現れ方!二ノ宮くんのシナリオにありがちだ」
「やっぱりあの人が関係してるのか!?」
アリシアとエリックが汗をかきながら、突然現れた闖入者を凝視する。
しかし、リュウガだけは違った反応をみせた。
「いかにも。お察しのとおり冒険者だ。俺達はな!」
「リュウ・・じゃない岩田!?」
アリシアが驚いたように声を掛ける。
「理由は分からんが俺達はココにいる。なら楽しまないと損だろ?『毒を喰らわば皿まで』だ」
眼帯の無い方の目を輝かせてリュウガが答える。
「・・・なるほど!」
二人の目からものすごい勢いで鱗が落ちた。
「俺達が冒険者だってよく分かったなじいさん」リュウガはふたたび老人に話しかけた。
「剣士に僧侶に魔法使いの三人組、とくれば冒険者以外にはトリオ漫才師くらいしかいないじゃろ、確率論じゃよ。ぎりぎりの判断じゃったがな」
ふぉっふぉっふぉっと笑いながら、老人は言った。
「ぎりぎりなのかよ!」リュウガが突っ込む。
「剣士+僧侶+魔法使いのトリオ漫才師が流行っているのか。やな世界だな・・・」
「それでぼ…あたし達に何か用なの?」
アリシアの言葉に老人は顔を曇らせた。
「・・・実は、わしはこの近くにある村の村長なのじゃが・・・」
村長の話によると、村外れにある古城に最近ゴブリンの一団が住み着いてしまい、夜中に家畜を襲われる事件が多発しているという。
いつ村人に被害が及ぶかも知れず、ゴブリンを退治してくれる冒険者を探しにここ、ウエストセントラルの街までやってきたということだった。
「ゴブリンの一団!王道だな!」リュウガが腰のカタナに手をかける。
「でもそんな事件なら国に直談判すれば、警備団なり騎士団なりを派遣してくれるんじゃないんですか」エリックが老人に疑問を投げ掛けた。
「この国は今隣国と開戦寸前のピリピリした状態じゃ。小さな村の小さな問題なんぞに騎士団はおろか、剣一本出さんよ。」
「なるほど!そこであたし達《アリシアと愉快な下僕ども》に白羽の矢が立ったってわけね!」
すっくとアリシアが立ち上がる。
「・・・アズマ、お前ノリノリだな。いいけどさ」
思わず本名で呼んでしまうエリック。
「そんなパーティー名は拒否するぞ!断固な!《名もなき隻眼の侍とその従者》、これでどうだ!」
「いやいや。なら《天才魔導師エリック+2》この方が洗練されてていいって!」
ワイのワイの。すでに村長は蚊帳の外。村八分状態だ。
「・・・むう。こやつら冒険者ではなく、トリオ漫才師の方じゃったか。勘が外れたわい」
お茶をすすりながら、他に冒険者らしき人物がいないか見回す村長、エドモンド三世(72歳)であった。