第2話 やっぱり六面体ダイスでしょ!
昔TRPGやってた方は懐かしさを感じていただければ幸いです♪
TRPG<テーブルトークロールプレイングゲーム>という言葉をご存知だろうか。
コンピューターゲームが出来るより遥か前、悠久の昔。人はシリコンとチップと電気の力を借りることなく、剣と魔法の世界を旅していたのだ。
それを楽しむために必要なのは二人以上の人間(お互いにコミュニケーションが取れることが前提)、ルールブック(まあ特に無くても構わない)、キャラクターシート(あった方がやりやすい)、ダイス(乱数を出せるものならなんでも構わない)、そして最後に一番重要なもの、地球上で人間にのみ与えられた何でも実現出来る能力。
そう、イマジネーション-想像力-ってやつだ!
「何が-イマジネーション-よ!さっきの鐘の音が聞こえなかったの!?」
年の頃ならまだ十代半ばの、大きな瞳に可愛らしい唇、子供から大人への移行期の身体を持った少女が、セミロングの薄茶色をした髪を揺らしながら、非難の声を上げた。
ん?
どこかで見たような風貌だが、着ているものは僧侶のそれではなく、白いシャツにえんじのネクタイ、紺色のブレザーとタータンチェックのプリーツスカートに黒いハイソックスだ。
履いている上履きから瀬良という苗字だと分かる( ちなみに名前はチヒロという)。
間違いない。どこからどう見ても女子高生だ。僧侶のその字も感じられない。
女子高生の僧侶なのかも知れないが。
それもそのはず、ここは遥か昔の吟遊詩人の唄に出てくる古代の王国に造られた地中深くの遺跡の最深部。ではなく。
どこにでもある県立高校の一教室であるからなのである。
あるが多いアルな。
「さっきの鐘の音、というのは邪神グゥルディルヌンに囚われた少女達の魂が天に召される時に鳴り響いた、あれか?」
蹴り飛ばされた3人の男子学生と瀬良さん以外にこの教室にいた5人目の人物。
細い銀縁の眼鏡を掛けたその顔は、少し冷たく感じられるが十分イケメンの上位に分類されるだろう。
彼はちょうど3人の対面に置いた机の上で両手を目の前で組んでいる(平たく言えば、人型決戦兵器の初号機のパイロットのお父さんみたく)。
「グルグルヌンヌン?は?何言ってんの!?あれは帰宅のチャイムよ!さっさと帰りなさいってこと!いつまでも居残って何やってんのかと思ったらなんか地味な遊びしてるし、あたしら風紀委員の苦労も考えてよね!二ノ宮セイイチロウ!」
一気に言い放つと瀬良という少女は腕を組んでちょっとアゴを上げ、眼鏡の男子生徒-二ノ宮を見据えた。
「地味な遊びだなんて、非道いなセイラさん」
その射抜くような視線を微動だにせず受け止め、二ノ宮は立ち上がった。
「セイラじゃない、瀬良だっつーの!あたしは小公女か!」
セイラさんもとい瀬良さんが反抗の声を上げる。
「・・・おい、ボケた・・のか?セイラさんといえばガンダム、ガンダムといえばセイラさんだろ?」
「いや、リア充ならそっちが普通なんじゃね?」
「ちーちゃんは気は強いけど天然だからな」
さっきチヒロに蹴り飛ばされた三人が、教室の隅で頭を寄せ合ってヒソヒソと話をしている。
「そこ!聞こえてるよ!」
瀬良が振り向いた。
「あっくん・・・じゃない、中村アズマ、岩田ケンスケ、御手洗シュン!あんたたちも早く帰んなさい!」
三人に向かってビシィッと指を指しながらも二ノ宮の動きをチェックすることを忘れない。
「おい、俺フルネームで呼ばれたよ!しかも女子に!ま、まさか俺に気が?!」と岩田。
「気をつけろ!必殺『誰にでも見せる優しさ』ってヤツだ!」と御手洗がアセりながら続けた。
「え?そうなの?じゃあ、僕との結婚の約束は?遊びだったの?」
呆然とした表情の中村アズマくん。
「あんな子供の約束なんか、とっくに時効を迎えてるわよ!あと、どこかに『優しさ』なんて混ぜた覚えなんてないから」
コメカミを押さえながらチヒロが言った。
「そうか、セイラさんとアズマは幼なじみだったよな」
という御手洗の言葉を聞いた岩田が驚愕の声を上げた。
「マジで?!幼なじみの女の子って、空想上の生き物じゃなかったのか!?」
その疑問に御手洗が答える。
「いや、1963年にチャーリー・ウィリアムスによって実在が確認されたはずだ」
「あたしはフクロオオカミかなんかか!てかチャーリー・ウィリアムスって誰よ?」
律儀にツッコミを入れる瀬良さん。当然チャーリー・ウィリアムスなる学者はいません。いないはず。ググるなよ。
「そんなことはどうでもいい!セイラさん!さっきの地味という言葉を取り消して貰おうか!」
思い出したように二ノ宮が叫んだ。
「セイラじゃなくて瀬良!放課後に男が四人も集まって、テーブル囲んでるなんて地味以外になんて言やいいのよ」
やれやれとでもいうかのように頭を左右に振ると、二ノ宮は眼鏡をクイッと持ち上げて瀬良を見据えた。
「フッ。いいか!TRPGは誰にでも出来るもんじゃない!自分を完全に別のキャラクターに出来る演技力、そして世界を脳内で構築できる想像力が求められる、いわば最高の役者レベルの能力を持つ者だけに許された至高なる遊びなのだ!」
握りしめた右拳を高々と突き上げて、力説する二ノ宮。
そんな二ノ宮を瀬良は軽く無視して、三人組の一人中村アズマに話し掛けた。
「アズマくん。一応幼なじみのよしみだから忠告してあげるけど、遊ぶ友達は選んだほうがいいわよ。不良もダメだけど暗いのも止めときなさい」
デカデカと『暗い』と書かれた見えざる巨大な岩を三人の頭の上に落としたチヒロ。悪意のない女子の一言は感性豊かな男子生徒に大ダメージを与えてしまうのだ!そこの女子、気をつけろよ!
「で、でも楽しいんだよ!そ、それでいいじゃないか」
「そうだ。アズマは別に誰かに強制されてココにいるわけじゃない。いわば必然なのだ!見よ、彼の描いたキャラシートのイラストを!」
「うわ!止めてくれ!」
アズマより素早く、二ノ宮が机の上に置かれた三枚のキャラシートのうちの一枚を取り上げる。
そこには漫画的にディフォルメされているが、間違いなく瀬良チヒロと見てとれる女僧侶が描かれていた。
「他の二人のイラストも彼が描いてくれた。」
当然、そこには優男の魔法使いと隻眼のサムライが描かれていた。
「このイラストにより、プレイヤーはより自らの分身たるキャラクターに感情移入することが出来、それゆえ的確な場面描写も出来るのだ!」
「アズマはキャラ描写も的確だよな」
「ま、まあ幼稚園からの腐れ縁だからな・・・」
「しかし、いきなり人に飛び蹴りくらわすような女が実在するとは・・・ツンデレとかのレベルじゃねーぞ」
チヒロは突き刺すような視線をアズマに向けた。
「アーズーマーくーん、一体どんな風にあたしを描写してくれたのかなー」
「ち、ちーちゃん、目が怖いよ・・・」
「とにかく!さっさと荷物まとめて帰んなさい!それともここで一泊すんの!?」
「合宿か・・・いいかもな」
「楽しそうですね!」
「キャンペーンシナリオできるんじゃね?」
「んじゃ俺キャラ換えよっかなー」
四人がチラッとチヒロの顔色を伺う。そこには。
まさしく阿修羅がいた。
「う、嘘だよ、コワイ顔しなさんなせっかくの美人が台なしだぜ」
「・・・ケンスケ、なんでセイラさんの方見ないで言うの?」
「いいんだよ!とりあえず『死ぬまでに使ってみたい台詞』77個のうちの23番目を言えて本望だ!」
「・・・強制退去!!」
我慢の限界か、堪忍袋の緒が切れたのか、はたまた仏の顔も三度までか、セイラさんもとい瀬良さんは叫ぶと同時に指をパチンとやった。
ドドドドド!数秒で屈強なマッチョ風紀委員が10名ほど現れた。そして男子生徒達を荷物ごと抱え上げると、来た時同じ勢いで去っていった。
「ホントにルールを守らない人達には困ったもんだわ」
やれやれというように両手を広げるチヒロ。
「全くだ」
そのすぐ隣で同じポーズを取っている二ノ宮。
「!!」
その存在に気付いたチヒロは思いっきり飛びずさる。
「な!ななななんで!!?一緒に運ばれていったハズでしょ!?」
チヒロの問い掛けを無視するかのように口を開く二ノ宮。
「現実世界であれ虚構世界であれ、定められた最低限のルールというものは必要だな」
「あんたが言うな!しかし成績優秀、ルックスも悪くない-って、あたしはタイプでもなんでもないけど-あんたがなんでこんな暗い遊びするんだか」
サイコロを転がしながらチヒロが言った。
二つの六面体ダイスが両方とも6を上にして止まる。
二ノ宮の銀で縁取られた眼鏡が光った、ようにチヒロには感じられた。
「いいか。現実世界に神は存在しないが、TRPGではゲームマスターとは神にも等しい存在、いや神そのものなのだ!自分の定めたルールと世界でプレイヤーが右往左往する様を愉しむ。それこそが私がTRPGを好む理由だ!」
えー、ゲームマスターというのはプレイヤーを楽しませるのが本来のお仕事なので、よい子は誤解しないように。
「・・・なんか歪んでるわね」
ほら、セイラさんも引いてるぞ。
「まあいいわ。とりあえずここは現実で、あなたの創ったファンタジー世界じゃないの。とにかく学校の決まりは守ってもらいますからね!分からなかったら生徒手帳を見ること!いいわね!」
「仕方ない。ではそれを呑む代わりに、今度セッションに参加してくれないか?本物の女子がいるといないでは大違いだからな。アムロ君も待っているし」
「誰がやるか!訳のわかんないこと言ってないでさっさと帰れ!!」
瀬良チヒロが机を頭上高く掲げた時、二ノ宮セイイチロウの姿はすでになかった。