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姉弟の対面

 雲の上は、一面の星空だった。

 以前ジルと見た時にはいたく感動したものだが、この状況ではそうもいかない。クロエは前にフランシア、後ろにカーライルと挟まれた状態で、フランシアの背にしっかりと張り付いていた。そうしないと背中がカーライルに当たってしまうのだ。

 

「やだぁー!付いて来るー!」


 フランシアの嘆きに、カーライルが「嘘だろ?!」と声を上げる。その声が間近で聞こえるのも辛い。


「嘘じゃないわ!よく考えたらそりゃそうよ!お父様も竜に乗ってるわよ!」

「なんてこった…」

「しかも凄い速さなんだもの!!引き離せない!!」

「頑張ってくれ、シア!!愛してるから!!」

「……」


 クロエはひとり半眼になった。

 

 その時、不意に竜の羽音が重なって聞こえた。

 フランシアが「来たわ!」と叫び、クロエとカーライルは揃って振り返る。暗闇の中、浮かぶ影は確かに翼竜のものだった。あれに人が乗っていられるのかと心配になるほどの速度でぐんぐんと迫って来る。このままではぶつかるという距離に来たところで、竜は突然ぐんと高度を下げた。そしてクロエ達の竜をくぐるようにして前方へと躍り出る。下を通った一瞬でも、大きさの違いは歴然としていた。

 先を行った翼竜は大きく旋回し、ゆっくりと向きを変えた。その動作を、全員が息を詰めて見守った。

 完全に向き合う形になると、竜の羽ばたきは穏やかなものに変化する。ふとその背で、人影が動いたのが見えた。

 誰かがゆっくりと立ち上がる。こちらに存在を示すように。

 瞬間、クロエの心臓は全身に響くほどに激しく鼓動した。

 

「…誰?!」


 ジェラールの姿を想像していたフランシアが困惑の呟きを漏らす。だがクロエの目は、既にその答えを見付け出していた。

 月明かりが彼の均整の取れた痩身を縁取る。風が髪を煽る。墨に塗り潰されたかのような影の中、真紅の輝きを発する双眸だけが強く存在を主張し、真っ直ぐにこちらを見据えていた。

 お互いの竜は、いつしかその場で浮遊していた。

 誰もが声を失っていた。クロエの鼓動は今や、胸を突き破って飛び出るかと思うほどに暴れていた。

 ふとフランシアが、躊躇いがちに声を発する。

 

「……あなた…、ジル…?」


 それは相手に届く筈もないと思える、小さな声だった。だが不意にクロエの耳は、ジルの声を聞いた。

 

『そうだよ』


 頭蓋骨に反響するような、不思議な音――。

 魔道士は離れた場所でも空気を震わせて声を届けることが出来る。フランシアはそうやって語り掛け、ジルもまた同じようにして応えたのだ。

 一呼吸置いて、ジルは続けた。

 

『――はじめまして、姉さん』

 

 クロエは思わず息を呑んだ。

 

「……姉、さん…?」


 フランシアが呆然と、掛けられた言葉を繰り返す。クロエの後ろでカーライルが「やっぱり…!」と興奮した様子で声を上げた。

 

『…クロエを返して貰うよ』


 ジルが告げる。その言葉と伴に、クロエの体は見えない力でふわっと持ち上げられた。

 ジルがしていることだと分かったから、恐怖は無かった。だが目の前でクロエを連れて行かれそうになったカーライルは、反射的にその体を掴んで引き戻した。思わぬ妨害に、クロエは顔をしかめて身を捩る。

 

「離して…!!」


 だがカーライルの目はクロエを見てはいなかった。遠くのジルを映して、呆然と言う。

 

「なんであいつまで…?!収監されてる筈じゃ…」


 クロエはぴたりと動きを止めた。

 ばっとカーライルを振り返ると、彼の視線も我に返ったようにクロエに戻る。

 

「今、収監されてる筈って言った!?」

「……え?」


 噛みつくような問い掛けに、カーライルが僅かにたじろいだ。フランシアがこちらを向いたのが目の端に映る。今を逃すわけにはいかないと、クロエは必死にカーライルに詰め寄った。

 

「どうして知ってるの?!確かにジルと私はクローディアで収監されていたけど、それをどうしてラフレシアに居たあなたが知ってるの?!」

「え?なに?!何も言ってないよ僕は!」

「言ったわ!――言いましたよね?!」


 つい追及に力が籠り、フランシアにまで同意を求めてしまう。振り返って目を合わせたクロエは、彼女の表情に固まった。フランシアの赤みがかった瞳は、ただ静かにクロエを見詰めていた。

 感情の見えない無表情に、しまったと思ったが既に遅い。

 反射で謝ってしまいそうになった時、フランシアの唇が動いた。

 

「……言ったわ」


 カーライルの表情が、さっと強張った。フランシアの目は、カーライルに移る。

 

「クローディアで収監されてたって何?…どういうこと?クロエ」


 視線はカーライルに当てたまま、フランシアはそう訊いた。その目に魔道の光が閃いているせいだろうか、物凄く威圧される。クロエはたどたどしく答えた。

 

「あ、あの、密告があったんです!私がフランシア姫の偽者だって…!魔道力なんか無いただの人間だって…!それで――」

「違う、シア!!聞いてくれ!!」


 不意にカーライルの手が、クロエの体を薙ぎ払うようにして脇に押しやった。それは追い詰められた彼のとっさの行動だったが、場所が悪かった。クロエの体はバランスを崩して竜の背を滑り、結界を外れた。

 不意に今まで感じたこともなかった冷気と突風が襲い掛かる。

 クロエの体は一瞬にして、夜空に放り出されていた。

 

「クロエ――!!」


 フランシアの悲鳴が追う。けれどもクロエの耳がそれを聞くことは出来なかった。

 あっという間に闇に攫われ、呑み込まれる。瞬間、竜の背から身を乗り出したフランシアの瞳は、かぁっと火がつくように色を変えた。

 

 ――止まれ!

 

 念じたのは同時だった。

 2人の魔道士が発した力は夜空で重なり合い、増幅した。やがてそこに確かな手応えが伝わる。

 クロエの落下を食い止めた実感に、フランシアは詰めていた息をゆっくりと吐き出した。

 目を上げれば、自分と同じ紅い瞳と出会う。その表情は少しも見えないのに、何故か微笑んでいるような気がした。

 

『…有難う』

「……クロエを…、お願い…!」

『うん』


 そう応えると、ジルの竜はすぅっと動き出す。

 

「待って…!」


 フランシアは慌てて彼を呼び止めた。ジルが振り返ったのを感じて、ふぅっと溜息を漏らす。


「……まだ、クロエの話を聞いてないの」


 場所を改めてもう一度――そう言おうとしたフランシアの耳に、ジルの声が届く。

 

『聞いたはずだよ。セントレイアの街で』


 それはクロエと再会したあの街の名前だった。

 あの時、全て嘘だと言って耳を貸さなかったフランシアに、クロエは何を言っただろう。ゆっくりと思い起こせば、フランシアの眉根がきゅっと寄る。

 

『……後の話は、その男から聞いて』

 

 じゃぁねと言って、ジルが去って行く。クロエのもとへ――。

 あんなにも力を尽くして、彼が探していたのはクロエのことだったのだ。

 竜の影が見えなくなるまで見送ると、フランシアはふっと肩を下ろした。振り返れば、カーライルが蒼くなって震えている。

 

「……落とす、つもりじゃ…」


 フランシアは「大丈夫よ」と彼に向き直った。

 

「落下は食い止めたわ。私とあの人と2人で」

「……そ、そう…、良かった…」


 カーライルは安堵したようだった。気を取り直すと、フランシアの両肩をがっと掴む。

 

「シア、逃げよう!今のうちに!」


 その提案に、フランシアは可愛らしく小首を傾げる。

 

「どうして?愛してるから?」

「え?」

「愛してるから逃がしてくれって…そう言うの?」

「そ、そうだよ!!僕はきみとずっと一緒に居たいから――」


 途端、フランシアはカーライルの手を振り解き、彼の頬を力一杯叩いた。

 所詮は少女の細腕だ。痛みは大したことはなかった。それでも殴られたことに驚き、カーライルは呆然とフランシアを見返した。

 月明かりに照らされたフランシアの瞳には、涙がゆっくりと膜を張る。

 その雫が溢れて頬を伝うのを、カーライルは息を止めて見詰めていた。

 

「……バカ」


 囁いて、フランシアの瞳は微笑みを形作る。

 意外な表情を前に瞠目するカーライルに、彼女は晴れ晴れとした顔で告げた。

 

「愛してるからこそ、逃がさないのよ」


 ◆

 

 クロエの体は広大な夜空に、月のようにぽっかりと浮いていた。

 ジルとフランシアが2人がかりで作った結界に包まれているので安全なのだが、クロエにそれを実感することは出来ない。自分の意志で浮いているわけでもないので、いつまた落ちるとも分からず、足元に果てしなく広がる闇はただひたすらクロエの不安を煽っていた。少しでも和らげたくて、両手で顔を覆い、視界を遮った状態で胎児のように身を縮こまらせている。それでも全身の震えは止まらず、クロエはひたすら恐怖と闘っていた。

 そしてどれ程経ったか、不意にクロエの体に誰かの手が触れる。

 

「クロエ…」


 ジルの呼び掛けで、クロエは漸く目を開いた。彼は竜の背に立った状態で、クロエの体を抱きとめるように両手を差し伸べていた。その手にそっと引き寄せられた瞬間、クロエは堪らず自分から、ジルの肩にかじりついていた。

 縋るクロエの体を、力強い腕が抱き留めてくれる。漸く湧き上がった安堵感に緊張の糸を一気に切られ、気付けばクロエは子供のように声を上げて泣いていた。

 

「クロエ、良かった…」


 クロエの頭に頬を当て、ジルは息を吐き出しながら言う。クロエはしゃくりあげながらも、声を振り絞って言った。

 

「ご、ごめ、…なさい…!」

「…どうしてクロエが謝るの?」


 そんな理由はないとばかりにジルは笑う。けれどもクロエには彼が何故魔道力を使うに至ったか、その理由が分かっていた。

 

「わ…、私が…ば、馬鹿なこと、して…、足を、引っ張って…!」

「ううん。ちゃんと伝わったよ。…手掛かりを有難う」


 優しいジルはそう言って、クロエに責任を負わせないようにしてくれる。そしてふと自嘲的に呟いた。

 

「……馬鹿なこと仕出かしたのは俺の方だよ」


 その声があまりに弱々しく聞こえて、クロエの胸に不安が過る。彼の肩口から顔を上げると、改めて目を合わせた。

 ジルの瞳はいつの間にか、もとの色を取り戻していた。微笑みを浮かべていても、その顔はどこか悲し気に映る。

 クロエの問うような目に応えて、彼は告げた。

 

「ラフレシアの国王と貴族達の前で…魔道力を披露しちゃったよ」


 クロエの息が止まる。

 彼の表情が翳るのが暗闇でも分かって、胸はきゅぅっと痛みを覚えた。

 声を失くすクロエに、ジルは苦笑を漏らす。

 

「…馬鹿だよね。議会場に乗り込んで行って、折角カーライルを動かした張本人に辿り着いたのに、気付いたら全員の前で魔道力を使ってた。…危うく、議会場を潰すところだったよ」


 その時のことを思い出したのだろう。ジルは苦し気に眉を歪め、目を伏せた。

 

「…俺、一瞬本気で思ったんだ。全部消えればいいのにって…。何もかも無かったことに出来れば、俺はまた人間の振りをして生きていけるんじゃないかって……それで――」


 クロエはとっさに、ジルを抱き締めていた。

 言葉が出てこなくて、そうする以外に崩れそうな彼を支える術が見付からなかった。

 彼をそんな状態に追い込んだのはクロエだ。クロエがジルに黙って居なくなったりしたから――。それが分かっているから遣り切れない。それでもクロエの自責や謝罪が今のジルにとって何の力にもならないことも確かだった。

 ジルはクロエの肩に顔を埋め、小さく訊いた。

 

「俺のこと…怖くない…?」


 クロエはきゅっと目を閉じ、彼を抱く腕に力を込めた。


「ジル、忘れてる?…私こんなだけど、ル・ブラン生まれのル・ブラン育ちだし、両親伴に魔道士なんだからね?…魔道士を怖いなんて思ったことない。…ジルの紅い瞳、綺麗だった。あの色を見ると私、故郷に帰ったような気がして、ほっとするの」


 その言葉に、ひとつも嘘は無かった。

 ジルが魔道士だと分かって驚いたのは確かだけど、恐怖など感じようもない。むしろさきほどクロエは彼の姿に圧倒され、見惚れていた。

 けれどもジルは、消え入りそうな声で囁く。

 

「俺は怖い。……自分が、怖いよ」


 彼の感じている不安や戸惑いが、流れ込んでくるようだ。

 切なさに泣きたくなるのを、クロエはぐっと息を呑んで堪えた。

 ここがル・ブランなら、彼は上級魔道士として順風満帆な人生を送れていたことだろう。でもここは人の地で、彼はこの地で育ってしまった。

 立場は真逆だけど、クロエもかつて同じ思いを味わったことがある。周りに居る普通の人達と自分は違うのかもしれないと、不安を抱いた。そしてある時遂に、それを認めざるを得なくなった。

 だからってジルの気持ちが全て分かるなんて、偉そうなことは言えないけれど…。

 力が有るのと無いのでは、悩みも苦しみも違う。ジルは更に、制御の効かない力に対する恐怖とも闘わなくてはならないのだから――。

 

「大丈夫よ…?」


 クロエはゆっくりとジルの髪を撫でながら言った。自分の声が彼の耳に、少しでも頼もしく聞こえるようにと願いながら。

 

「ジルは今まで自分の力を知らなかったんだから、制御の方法が分からないのは当然だよ。これから覚えればいいの。最初は誰だって魔道力の扱いに戸惑うし、暴走させてしまったりするものだから。…私、魔道力は無いけど知識だけはあるから、そんな人、沢山見てきた。でも皆すぐに慣れちゃうの。ジルもきっと、あっという間よ。もとが器用だもの。だから…」

「――俺、今度こそル・ブランに行くんだね…」


 絶句するクロエの耳元で、ジルは「…クロエと、同じ国で住めるんだ」と続ける。

 無理に前向きに考えようとしているのは、その力無い声から明らかだ。クロエは「ううん」と首を振って、再びジルと顔を見合わせた。

 

「ル・ブランじゃないでしょ?…一緒に橋の国で住もうって…言ったじゃない」

「……でも俺…もう人の地には入れなくなるから」


 まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。きっとそれこそが、ジルにとっては何より受け止め難い事実だったことだろう。

 

「そんなことない」


 クロエは力強くその懸念を否定した。ジルが虚を突かれたような顔になる。

 

「…そんなことあるよ…。魔道士は人の地への立ち入りを禁じられてる」

「大丈夫よ。ジル、自分のお父さんを誰だと思ってるの?あのクローディアの皇帝陛下なんだから!陛下の一言で入国許可証っていうのが出るんでしょ?里帰りのたびに出してもらおうよ!」

「いや、俺の入国に政治的な意味は何もないから!それはいくらなんでも権力の乱用だよ!」


 どこかで聞いたような台詞だ。クロエは反射的に「いいじゃない!」と返していた。

 

「それをやらなかったら何のための権力?!今使わずにいつ使うの?!」


 誰かが乗り移ったかのような熱弁を振るったが、呆気にとられるジルの顔で我に返る。クロエはぎこちなく笑い、「…って、陛下は仰ると思うの」と付け足した。

 

「…言わないよ、そんな子供みたいなこと」

「……」


 クロエの脳内で、皇帝陛下がしょんぼりと肩を落とした。

 

「でも!…でももしかしたらってこともあるよ?もしそう言ってくれたら…!」


 ジルは目を閉じ、緩く首を振った。

 

「……ダメだよ。甘えられない。エドワード様だって、納得しないよ」


 エドワード皇子――その難関を忘れていた。クロエは返事に窮した。

 ジルが頑なになる理由は、彼の存在にあるのだ。また自分のことで、皇帝陛下とエドワード皇子の間に不和を生みたくないと思っているに違いない。その気持ちも痛い程に分かるから、何も言えない。

 ジルは長い睫毛を伏せて押し黙る。

 クロエは手を伸ばし、そっとその頬に触れた。

 

「…それでも、…橋の国にしよう?」


 ジルは何も言わず、クロエの目を見返した。

 

「人の地の人達が、会いに来れるところにしよう?」

「……どちらにしろ会いに来れないよ。…遠すぎる」

「だったらどっちでもいいでしょ?可能性のある方にしよう?ジルにまた会いたいって思う人達のためにも、諦めてしまわないで。――人の地にだって昔は竜に乗れる人が居たんだよ?今は廃れてしまった技かもしれないけど、また甦るかもしれないじゃない!そうでなくても、凄く速い船が作られるかもしれないし、もっと違う乗り物が生まれるかもしれないし…、橋の国がうんと近く思える日だって来るかもしれないじゃない…!」


 必死の訴えに、ジルは悲し気な笑みを浮かべる。

 

「……そうまでして、俺に会いたいって思うかな…」

「思うよ!!」

「俺が人間じゃないって分かっても…?」

「当たり前でしょう!そんなの全然、問題じゃないよ!」


 クロエは涙を堪え、声を上げた。

 

「ジルが人間だとか魔道士だとか、皇帝陛下にとっては問題じゃない!陛下だけじゃなくて…、ジルのことを大事に思ってる人は皆同じ気持ちだよ!――私も昔、ずっと悩んでた。私は魔導士じゃないかも、皆と違うかもって。成長し切っても結局魔道力には目覚めなくて、確定しちゃった時には望みが断たれた気がして…!でもうちのお父さんもお母さんも言ってくれたもの!私が人間でも魔道士でもどっちでも――」


 不意に抱きすくめられて、クロエの言葉が途切れる。

 その力に応えるように、クロエも彼の背中を抱き返した。目を閉じれば、ジルの肩越しに見えていた夜空が瞼に焼き付いて、残像が瞬く。

 まるで未来へ向けた希望の光のように。

 少しの間そうして抱き合っていた2人は、ふと顔を合わせると、唇を重ね合った。そしてこつんと額を合わせる。

 ジルがふっと笑みを零した。


「俺も…クロエならどっちでもいい」


 クロエの顔も綻ぶ。

 私も――なんて、今更言うまでもない。

 

 だって私達は、お互いのことを何も知らないまま、恋に落ちたんだから――。


「行こうか」

 

 ジルの言葉に、クロエは眉を上げる。

 

「…何処に?」

「まずはセントレイアに。あの宿、泊まらないのは勿体ないし」

「!…確かに。お金払っちゃったんだった」

「それに…――俺にはまだ、やることが残ってるからね」


 そう言ったジルの目は、もう前しか見ていなかった。

 そこに居るのはもう誰かに守られる少年ではない。

 どんな未来が自分に待っていても、母のことだけは守りたいと願う、1人の立派な男性だった。

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