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密告者を追って

 皆の姿が見えなくなって、周りの景色は空一色になる。

 けれどもクロエの目はずっと、ジルの横顔を映していた。

 この数日毎日夢に見ていたせいで、こんなに近くにいるのにまだ幻を見ているようだ。食い入るように見詰めていると、やがて視線に気づいたジルが振り返って――柔らかく微笑む。

 

「ただいま」


 ――その瞬間、頭が真っ白になった。

 気付けばクロエは、彼にしがみ付いていた。

 強く抱き返してくれる腕の力が、クロエの肌にその存在を実感させてくれる。確かな温もりに涙が込み上げて、伏せた睫毛を濡らした。無事で良かったと、改めて心から思った。

 セドリックは大丈夫だと言ってくれたけど、ずっと不安だった。エドワードがジルを魔道士だと証明するためにどんな暴挙に出るかと考えたら、恐ろしくて眠れなかった。

 

「心配掛けて、ごめん」


 耳に吹き込むように、彼が囁く。その声がまたクロエの涙を誘って、もう誤魔化しようも無い想いが溢れては、頬を濡らしていく。

 この数日、嫌と言う程思い知った。

 どれだけその事実に目を背けようとしても、クロエの心はとっくの昔に、この少年に持って行かれてしまっているのだ。

 好きになったらダメとか、そんな権利が無いとか、足掻くだけ無駄だった。自分の手元に無い心を、自分の思い通りに出来る筈がないのだから。

 

「…ごめんなさいっ…」


 ジルの肩口に顔を埋めて、震える声を絞り出す。クロエの大好きな優しい声が「なにが…?」と耳元で囁くように問い掛けた。

 

「私…私のせいで……私が、偽物だったせいでジルまでっ…」

「違うよ。そんなの全然クロエのせいじゃない。…エドワード様が悪いとも、あんまり思わないけど。…仕方ないんだよ、半分はほんとの事なんだから」

 

 ジルは苦笑しつつそう言った。

 

「俺の本当の父親は、ジェラール・エンバリーなんだ」


 次いで鼓膜を打った衝撃的な告白に、クロエは声を失った。呼吸と一緒に、涙も止まる。

 躊躇いながら顔を上げると、ジルの静かな瞳と出会った。

 

「え…」

「俺の母さん、一度結婚してるって話したでしょ?その嫁ぎ先がル・ブランだったんだ。エドワード様は多分、俺の父親がジェラールだっていうことを知った上で、今回の訴えを上げてる。困ったことに、それ自体は嘘じゃないんだよな…」

「じゃぁ……、じゃぁ、ジルが魔道士っていうのは…」

「……うん、多分ね」


 ジルは曖昧に頷いた。そして「本人に自覚は無いけど」と言い添える。

 

「ル・ブランに行った時、あの人は一目で俺を分かってくれた。たぶん、母さんに似てるからだけど…。…その時に戻りたいかって訊かれたから、戻りたいって答えたんだ。あの人はその希望に応えてくれただけなんだよ。許されることじゃなかったのかもしれないけど…俺は本当に感謝してるから…、俺のせいで嘘の判定をしたことがバレて、あの人が責めを負うことになるのは嫌なんだけど…」


 でももう今頃報せが届いてるかなと、ジルは小さく呟いた。彼の言う通り、クローディアを発ったカミラは間も無くル・ブランに着くだろう。そうしたら評議会も、今回の騒ぎの発端を知ることになるかもしれなくて――。

 

「でも、本当にただの人間だっていう可能性もあるよ!私みたいに!」

 

 クロエはとっさにそう言った。

 

「…私、両親は魔道士だけど、何の力も持たないで生まれたの。そういうこともあるから…!」

「そうなんだ…」

「うん!別に魔道士の子供が魔道士になるとは限らないの。ジルの場合お母さんは人間なんだし、なおさらだよ!それは私、主張できるから」


 事実がどうでも、この際関係が無い。ジルが魔道士だという確たる証拠が無ければ、彼をクローディアから追い出すことなんて誰にも出来ないはずだ。

 クロエの熱弁に、ジルは目元を綻ばせて「有難う」と呟いた。

 

「う、ううん。…もとは私の責任だし…」

「だからそれは違うって。クロエがフランシア姫の逃亡に加担した上で、権力への欲にかられて俺と結婚しようと画策したっていうなら分かるけど…」 

「――し、してない!してません!!」


 反射で否定すると、ジルは声を上げて笑った。そんな笑顔が、罪悪感に苛まれていたクロエの心を軽くしてくれる。改めて抱き付きたい衝動に駆られたが、流石に二度やる度胸は無かった。気を取り直して、ふと気になったことを問い掛ける。

 

「ジルのお父さんのことを、他に知ってる人は…?」

「ル・ブランでは分からないけど、こっちでは俺と母さんと、あと皇帝陛下だけだよ」


 つまりこの件はジョシュアすら知らない事だったのだ。秘密の重大さに今更気付き、クロエは「そんな大事な話…、私が聞いちゃって良かったの?」狼狽える。けれどもジルの方は事も無げに言った。

 

「本当はもっと前に話すつもりだったよ。あの迎賓館では弟として出迎える予定だったから。……出来なかった理由は分かると思うけど」


 ――弟…。

 遅れて気付く。確かにジルの父親がジェラールならば、フランシアとは実の姉弟ということになる。クロエを本物のフランシアだと思っていれば、あんな事の後で、確かに伝えられる筈も無いことだった。

 再会した後のジルの様子を思い出し、今更ながら申し訳なくなる。そんな彼の衝撃には、全く思い至っていなかった。

 ジルはふと長い睫毛を伏せて言った。

 

「…もし一緒に呑んだだけだったら、やっぱり話してたと思うけどね。踏み込んじゃいけない相手だっていうのは、お互いに知っておいたほうがいいし。……でも、もう後戻りできないくらいに、踏み込んじゃった後だったから…」


 彼の紫色の瞳が、またクロエを映す。思わず俯くと、ジルがふと呟いた。

 

「なんか、初めて会った時みたいだね…」

「え…」


 言われて初めて気付く。そういえば今の恰好は最初に会った時とほぼ同じだった。最近ずっとして貰っていたお化粧もしていないし…。クロエは自分の顔に触れて言った。

 

「化けの皮を脱いじゃったから…」

「うん、可愛い」


 不意打ちの返しに、鼓動が跳ねる。あまりの動揺に、クロエは「か、可愛くはないでしょう…!」と声を上擦らせた。

 

「なんで?可愛いよ。化粧してるのも綺麗だけど、素顔は素顔で可愛い。言ったじゃん、好みだって」


 あまりにも真っ直ぐに賛美されて、クロエは声を失った。

 確かに最初に一緒に呑んだ夜にそう言われたのは憶えてる。やたらと嬉しかったから、忘れようにも忘れられなかった。

 でも再会してからのジルがクロエに対して甘い言葉を口にするようなことは一切無くて、だからこそあの夜のことは全部お酒が見せたひと時の夢だったのだと思っていた。のに――。

 

「…ジル、………酔ってる?」


 真剣に問い掛けると、ジルは呆れたような半眼になった。

 

「それ本気で訊いてるの?この数日牢屋に居た男に対して?」

「いえ、ごめんなさい…」

「本当の名前、なんていうの?」


 ふとそう訊かれ、クロエは自分がまだ彼に対してちゃんと名乗ってないことに気付いた。

 

「……クロエ・ノアと申します…」


 漸く本名を伝えられた。ジルはそれを聞いて、微笑みを浮かべる。改めて「クロエ」と呼び掛けられて、胸が鳴った。

 

「はい」


 何かを言い掛けたジルが、ふと言葉を呑む。そしてふと、罰の悪そうな顔になった。

 

「…ダメだ。流石に今言うべきことじゃないや」

「え…」


 ジルは「なんでもない」と首を振った。そして再びクロエに真剣な目を向ける。

 

「…ちゃんと自分の潔白を証明できたら、改めてクロエに伝えたいことがあるから。…それだけ、覚えておいて」


 クロエは息をするのも忘れて彼の言葉を聞いていた。

 その音が鼓動と伴に耳の奥で響いて、全身が激しく脈打ち始める。体中の血が一気に沸騰したみたいだった。

 ジルはふとクロエから目を背けると、竜の向かう先を見て告げた。

 

「じゃぁ、とりあえず橋の国に向かうから」

「あ、ま、待ってジル!」


 大事なことを思い出し、クロエは話を締めようとした彼を呼び止めた。ジルが振り返る。

 

「…なに?」

「わ、私の本当の年齢のことはジョシュア様から聞いた?」

「本当の年齢?」


 何のこと?というようにジルが訊き返す。やはりまだその重大な嘘を彼は知らないのだ。「…聞いてないよね、そうだよね」と呟きながら、クロエは覚悟を決めた。打ち明けるのは怖いけど、嘘を吐いた状態のクロエに、ジルと向き合う資格なんて無い。

 

「――あのね、本当は私、16歳じゃなくて20歳なの」

「え?」

「し、しかも間も無く21になるの!…だからジルより…5歳も年上で…」


 突然の告白に、ジルは呆気に取られた。その顔を見ていたら今更怖じ気づいて、弁解じみた言葉が口をついて出る。

 

「あ、でもル・ブランでは成人年齢が20歳なの。だから最初に会った時はジルが成人してるって聞いて、20歳なんだって思い込んで…。ま、まさか5歳も年下だなんて思わなくて…!いや20歳ならいいってことでもないんだけど…!」

「……だから?」


 クロエの言葉を遮って、ジルが結論を促す。だからなんだと言われると返答に困り、クロエは「え、えぇと…」と言葉を濁した。

 

「5歳年上だから……なに?」


 ジルの表情は、どんどん険しくなるようだった。冷や汗を滲ませながら、クロエは「…だから…」と情けない顔になる。

 膝に手をつき、深く頭を下げた。


「……………ごめんなさい…」

「――はぁ?!」


 クロエが謝ったと同時に、ジルは素っ頓狂な声を上げた。

 ぎょっとするクロエに、彼は怒ったように言う。

 

「なにそれ!なんでそうなる?!全然納得いかないんだけど!」

「そ、そうだよね!引くよね!ご、ごめ――」

「――俺、年齢で振られるの?!」


 束の間2人の間の時が止まった。

 

「え…」

「え?」


 クロエの反応で、ジルの纏う空気がふと緩む。暫しクロエの顔を見ていた彼は、躊躇いながら訊いた。

 

「……あれ?…今の…”ごめんなさい”は…?」

「あ、だから……嘘を吐いていて、ごめんなさい…?」


 何故か尻上がりな説明になる。ジルは気が抜けたように息を吐き、頭を抱えてしまった。次いで、ひどく疲れたような溜息が漏れる。

 

「………勘弁してよ…」

「あ、あれ?ご、ごめん。なんか言い方を間違えて…」


 ふと顔を上げたジルの目に囚われ、クロエは言葉を呑んだ。

 

「俺の本当の年齢を知って後悔した?」


 怖いくらい真剣な目だった。クロエはとっさに首を横に振っていた。

 反省は散々したけど、後悔なんて、あの日から一度だってしていない。

 

「…俺のこと、男として見れなくなった?」


 声を失うクロエに、ジルは「どうなの?」と詰め寄る。

 本気で訊いているのだろうかと不思議に思った。彼は本気で、クロエが自分を振ったりすると思っているのだろうか。

 ただ見詰められるだけでこんなにも鼓動が暴れて苦しい程なのに。

 5歳も年上の、何の取柄も無い女を相手に、――どうしてそんなことを想像できるんだろう…。

 ジルは黙ってクロエの答えを待っている。

 彼が15歳でも16歳でも、それ以上でも以下でも、クロエの答えはひとつだった。

 

「男の人にしか、見えない、よ…」


 直視出来なくて、クロエは言葉の途中で俯いていた。

 少し間を置いて、額にジルの温かい唇が、軽く触れた。

 5日後の未来が見えないのはクロエも同じ。でもどうかこの高い壁を2人で越えられますようにと、改めて、心から祈った。


 ◆


 ジルの宣言通り、竜はクロエ達を橋の国まで連れて行ってくれた。

 人気(ひとけ)の無い海岸で降りると、そこから先は通常の交通機関で移動する。橋の国では魔道士も住んでいて、空には普通に竜も飛んでいる。だがジルが正確に地理を把握していない場所での移動となると、竜では却って不便らしい。

 ジルとクロエは首都に向かうべく、汽車の走る街を目指して辻馬車に乗った。

 

「首都の何処に行くの?」


 馬車には他にも人が乗っている。ジルは周りを気にして、クロエの耳に口を寄せた。

 

「役所」


 …やばい。

 物凄く普通の答えなのに、心臓が元気よく跳ねた。

 クロエはそれを誤魔化すように「役所…」と繰り返した。

 

「ル・ブランに送られる人達は皆、一旦ここに集められるんだよ。それでル・ブランへの定期船を待つんだけど、連れてこられた時に身元を確認されて記録されるんだ。つまり――」

「カーライルの記録も残ってる筈…!」

「うん」

「凄い、ジル!よく知ってるね、そんな事!」

「いや、俺もそうやって送られたから」

「あ、なるほど…」


 経験者は語る、だ。クロエは納得して頷いた。

 

 かつて一度来ただけのディバプールは、雰囲気的にはクローディアと大きく変わらない。ただ歩いているだけでは、魔道士が住んでいる気配を感じない街並みだった。

 途中で地図を買って、役所を目指す。

 そうこうしているうちに時間は経ち、着いた頃には日が傾き始めていた。

 ジルは役所の窓口に向かいながら、ふと服の下から首に下げていたらしい金の鎖と、その先に繋がるペンダントトップを引っ張り出した。

 

「…それなに?」

「俺の秘密兵器」


 そう言って、ジルは悪戯っぽく笑った。

 

 窓口に立った彼は、応対に出た役人にル・ブランに送られた者の記録を閲覧したい旨を伝えた。個人情報なのでと退けようとした彼に対し、”秘密兵器”を示す。役人はそれを認め、驚愕の表情になった。

 

「俺はクローディア騎士団の者で、勅命により参りました。ご協力下さい」

「…少々お待ちください!上を呼んで参ります!」


 役人は慌てて裏手へと走って行った。

 クロエが不思議に思ってジルの手元を見ると、彼はそれをクロエに見えるように向けてくれる。純金の板には、どこかで見たような形の彫り物があった。


「クローディア帝国の紋章。それを身に着けられるのは、皇族だけなんだ」


 …それは凄い秘密兵器だ。

 

「……ジョシュア様から借りたの?」

「いや、俺の。初めて持ち出したけど」

「あぁ、そうか!ジルも持ってるんだ!…ごめん、忘れてた…」

「うん、そういうの忘れてるところが、クロエのいいところだよね」


 ジルはそう言うと、再び紋章のついた鎖を首に付け、服の中に戻した。

 

 

 結局、記録を閲覧する許可は下りなかったが、ディバプール側はこちらの調査に最大限に協力してくれた。条件を提示し、記録の中から該当の人物を探し出して貰えることになったのだ。

 クロエの曖昧な記憶からカーライルがル・ブランに来たというだいたいの時期を推測し、その近辺の情報を洗ってもらう。幸いカーライルと名前と年齢が合う男は1人しか居なかった。しかもその人物は記録上、ル・ブランから戻っていないという。

 条件は全て揃っている。その者のもとの国籍や住所を書き写して貰い、クロエ達はお礼を言って役所を後にした。

 なんだかんだで時間が掛かったようで、建物を出た時には、外は暗くなっていた。

 とりあえず食事をとろうということになり、2人は適当な店に入った。以前のようにカウンターで並ぶと、料理を注文する。それを待っている間、貰った記録を眺めていたジルは、ふと「…アルムント王国か…」と呟いた。

 

「そこが出身地なんだ?」

「そうらしい」

「知ってる国?」

「知ってるけど……予想が外れた」


 そう言ったジルに、クロエは驚いて「予想してたの??」と訊いた。彼は「うん。ラフレシアだと思ってた」と答える。

 

「どうして?」

「相手が俺の情報に詳しすぎるから。ラフレシアで手に入れたとしか思えないし、その(つて)があるっていうことはラフレシアに住んでるとしか思えなかった。5年間人の地を離れてて最近戻ったばかりだっていうなら、なおさらね」


 確かにその通りだった。ジルは「それに」と続ける。

 

「前にエドワード様が言ったことも気になっててさ。俺の父親は誰だって母さんに詰め寄ってる時に、”ラシェルの前に暮らしていた場所で出会ったのでしょうね”って言ったんだよ」


 …そんなことを言っただろうか?

 思い出そうとしても、クロエの記憶からは見付からない。顔をしかめるクロエを見て、ジルは「クロエが覚えてるわけないよ」と笑った。

 

「…ラシェルっていうのはラフレシアの地名で、俺と母さんが居た教会があった場所なんだ。あの場で”ラシェル”の意味が分かったの、俺達しか居なかったんじゃないかな。皇帝陛下にだって地名まで伝えたことは無いし。ラフレシアの国民に言ってもほとんど伝わらないくらい辺鄙な場所なんだよ。それがクローディアのエドワード様の口から出てきたのに、凄い違和感があったんだ」


 ジルの言いたいことを理解して、クロエは後を続ける。

 

「それも密告者からの情報なんだ…!」

「…そんな気がする。だから普通にラフレシアに居ると思ったんだけど…。気になるのは、あっちにフランシア姫が付いてることだよな…」


 忘れかけていた事実が、クロエの目の前に突き付けられる。フランシアは確かにカーライルの傍に居るし、今回の事に関与している可能性は充分にある。

 普通の子になると書き残して去った彼女が、魔道を使ってカーライルに加担したなんて、あまり考えたくないことではあったけれど…。

 

「…でも、フランシア様はジルを知らないから遠見も出来ないし、何の情報も無く探ることは出来ない筈だよ。なんか私も、カーライルがラフレシアに居る気がしてきた」


 願望にも近い考えを口にすると、ジルは指に挟んだ紙をひらひらと揺らして言う。

 

「もしそうだとすると、この情報が嘘だっていうことになる。それも普通は有り得ないんだよな」


 橋の国で残されている記録は本人の申告によるものではなく、その者を連れてきた者――つまりは魔導士の疑いがあると訴えを上げた側が報告する仕組みなのだと、ジルはクロエに説明した。

 つまり情報が嘘だとすれば、カーライルと、彼をル・ブランに送った者が一緒になって嘘を吐いていたことになるという。

 クロエは思わず腕を組んで唸った。

 

「…普通に考えたら結託しない関係だよね」

「うん。それはそれで不自然なんだよ」

「何のために嘘を吐いたんだろう…」

「…分からない」


 揃って首を捻っているところに、料理が運ばれてくる。その魅惑的な香りに誘われた2人はとりあえず話を中断し、食事にとりかかることにした。

 食べながら、ジルがふと呟く。

 

「今日は何処で泊まろうかな…」


 泊まる――その一言に反応して、クロエの手が止まる。こちらを見たジルの視線に気づき、「あ、そうだね。何処がいいかな…」とぎこちなく返した。

 

「大丈夫だよ。部屋は別にするから」


 クロエの反応をどう解釈したのか、ジルがそんなことを言う。

 

「あ……そっか…」


 そう呟いたクロエの声には、自分でも驚くほどに明らかな落胆の色が表れた。

 ジルの眉が軽く持ち上がる。

 

「一緒にする?」

「え!!」


 冗談交じりの問い掛けだったのだろうが、不意打ちに肩が跳ね、取り落としかけたスプーンが食器に当たって音を立てる。絵に描いたような動揺を見せたクロエは、目を丸くしたジルと顔を見合わせて固まった。

 慌てて目を逸らすと、不自然に水を飲む。

 暫しの沈黙の後、クロエは意を決して、小さく呟いた。

 

「う、うん…」


 何が”うん”なんだと自分に突込みを入れたが、ジルには伝わったようだった。お互いに束の間硬直し、揃って赤くなる。

 

「……やばい。一瞬目的を忘れかけた」


 ――私もです、すみません。

 

 クロエもまた内心で、誰に対してか分からない謝罪の言葉を呟いた。

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