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波乱の結婚式

 結婚式当日、クロエは朝早くから数人の侍女の手によって支度が施されていた。

 髪を結うもの、化粧をする者、衣装と小物を揃える者、その中にはカミラの姿もある。彼女は昨夜からクロエと一緒に、皇宮に来てくれていた。

 婚礼衣装は、艶のある純白の生地に鮮やかな金の刺繍が散りばめられているものだ。細身だが裾は長く、地面に引きずる仕様になっている。袖は長いが、肩は出ていて、大きく開いた胸元にはいかにも高価な首飾りが輝きを添えている。

 クロエのベージュブラウンの長い髪は前髪も一緒に後ろに引っ張られ、頭の後ろで纏められた。更にこれまたずっしりと重い額飾りが乗せられ、全開のおでこを見事な金細工が彩る。それの中央では巨大なエメラルドが、強く存在を主張していた。

 さらに細かいレースで縁取られた純白のベールが被せられ、花嫁の完成となる。

 侍女達はふぅと一息吐き、片付けのためその場を離れた。残ったカミラは、クロエの顔を覗きこんで言う。

 

「とても綺麗ですよ」

「……有難うございます…」


 その暗い表情に、カミラは苦笑を漏らした。

 

「そんな顔しないの。大丈夫よ。あなたは間違っていないわ。魔道力をひけらかさないという心掛けは責められるものじゃないんだから」


 他の侍女が戻って来て、会話はそれで終わりになった。

 クロエはエドワード殿下との食事会であったことを、カミラにだけ打ち明けていた。フランシアでないことがバレてしまったかもしれないと落ち込んだが、カミラはそんな発想があるわけがないとクロエを励ましてくれた。

 ジルは戻ったクロエに会いに来てくれたけれど、全てを話すことは出来なかった。あまり仲良くなれなかったかもとだけ伝えたら、それは俺も同じだよと笑って言った。

 そして今日、いよいよ結婚式の本番。エドワード殿下も、参列する。

 緊張と不安で頭が一杯で、クロエは自分の晴れ姿を鑑賞する余裕も無かった。

 不意に部屋には、硬そうな靴音が響く。

 

「ジュリアン様…!」


 驚きを含んだ侍女の声で、クロエはハッと振り返った。その場には、支度を終えたジルが立っていた。

 

「っ…ジル…」


 彼は詰襟の礼服姿だった。こちらは黒い生地に金の刺繍が施されたもので、華やかさの中に品のあるデザインだった。上衣は腿までの長さがあり、腰のベルトにも金色が映える。羽織ったマントを肩口で留めているのも見事な金細工で、両肩のそれから連なる飾りが胸元を彩っていた。更にマントの裏地の赤が全体に華を添える。

 

 ――にににに似合うっ…!!かかかかかっこいいぃぃ……!!!

 

 クロエは内心で絶叫した。先程まで頭を占めていた靄が、一瞬で吹き飛ぶ破壊力だった。

 ジルもクロエを見て固まっている。しばし呆然とお互いを見ていた2人は、ほぼ同時に我に返った。

 

「あ、ごめん、準備が出来たって聞いて…」

「あ、はい!できっ、出来ました!」


 迎えに来てくれたのだと気付き、クロエは侍女の手を借りて腰を上げた。そしてジルの手を取る。

 向き合うと、ジルは小さく呟いた。

 

「…びっくりした」

「び、びっくりした?」

「うん……なんか思った以上に…」


 言葉を濁して、ジルはこほんと咳払いする。

 

「なんでもない」


 目を背けた彼の顔が赤くなっているのに気付いて、クロエの頬まで熱くなる。

 

「て、照れるよね」

「…だから言うなってそういうことを…」

「はは…。ごめんね、また笑っちゃったら」

「いや、許さない」

「げっ…!」

 

 笑い合う2人が、介添えの女官とともに部屋を出ていく。

 カミラは腕を組んでその姿を見送ると、ふっと嘆息した。2人の醸し出す空気が、甘すぎて嫌になる。自覚が無さそうなところが更に質が悪い。

 この先は侍女は同行出来ない。後は祈るしかない。「無事に…」と呟いて、空を仰ぐ。

 

「…離婚してくれますように」


 結婚式を前にして不謹慎なことを呟きつつ、カミラは再び重い溜息を漏らした。

 

 ◆

 

 皇宮に建つ白亜の神殿ではその日、帝国を支える各地の領主が一堂に会していた。

 祭壇に続く道の両側で、全員が中央の神像に向かって立つ。最前列にのみ並べられている椅子には、皇帝陛下と皇妃エヴァンゼリン、そして3人の皇子とその妻が座していた。

 神官が神に祈りを捧げ、結婚式の始まりを告げる。ジルと伴に神殿に足を踏み入れたクロエは、練習通りに祭壇に向かって歩き始めた。

 参列者の端っこにはジュディやララベルもいて、小さく手を振ってくれる。この一ヶ月で既に『フランシア姫を囲む会』は10回を超えている。すっかり打ち解けた2人に、クロエは笑みで応えた。

 やがて祭壇へと続く階段に辿り着くと、そこで跪く。

 無事躓かずに歩けたことに安堵しながら、クロエは目を閉じた。

 神官は徐に、口を開き――。

 

 不意に、神殿内にさざ波のようなざわめきが起こった。目を閉じていたクロエとジルは、揃って振り返る。その場にはいつの間に椅子を立ったのか、エドワードの姿があった。

 祭壇の階段下で、真っ直ぐこちらを見据えている。数日前にも見たその鋭い目に射抜かれ、クロエは身を竦ませた。

 

「エドワード!何をしている?!」


 息子の奇行に、皇帝陛下は戸惑いの滲む声でそう訊いた。

 彼は父親を振り返り、よく通る声で応える。

 

「父上、失礼を承知で今、お時間を頂きたく存じます。式を挙げる前に、皆が集まるこの場でこそ、確認しておくべきことがあるのです」

「……確認?」


 神殿に集まる者達は一様に当惑顔になる。そんな中、クロエだけが蒼くなっていた。

 悪い予感に、鼓動が警鐘を鳴らす。

 震えるクロエを一瞥したエドワードは、次の瞬間、皆に向かって高らかに告げた。

 

「私は先日、ある密告を受けました。ル・ブランのジェラール・エンバリーが、自分の娘ではなく、ただの人間を娘と偽って嫁がせているというものです!」


 それはクロエが予想していたより、遥かに恐ろしい言葉だった。

 場がどよめく。隣のジルがクロエを見たのが分かったが、振り向くことは出来なかった。指先まで凍り付いて、息が出来ない。

 椅子を立った皇帝陛下が、エドワードに向かって声を上げた。

 

「何を言いだすのだお前は…!誰がそのようなことを…!」

「情報の出所は明らかに出来ません…が、ある程度、信頼できるものでした」


 エドワードはそう応え、すっと片手でクロエを指す。

 

「私はフランシア姫を領地に招き、その魔道力を証明して頂けるようお願いいたしました。ですが、聞いては頂けなかった。魔道力をひけらかすことをジェラール殿から禁じられているという理由からです。だがそれは、私達の中の疑惑を払拭するよりも優先されることでしょうか。――改めてお願いしたい、フランシア姫。あなたの魔道力の証明を。そうしてくだされば、私はあなたに謝罪し、改めてこの結婚を祝福することをお約束する」


 全員の視線が、クロエに集中した。真っ青になったクロエは、声を発することすら出来ずにいた。

 跪いていたジルがすっと立ち上がる。

 

「失礼ですがエドワード様。ジェラール殿のご令嬢であっても、魔道力が強いと決まったわけではないでしょう」

「その点は既に彼女に確認済みだ。フランシア姫は上級魔道士であるし、御自身もその事実を認めている」


 即座に反論を受け、ジルは眉を顰めた。

 クロエは彼に対して自分の魔道力は強くないのだと話したことがある。エドワードの話と食い違い、困惑するのは当然だった。

 

「…クロエ」


 ジルが手を差し伸べて、クロエを立たせてくれる。震える足で、クロエはエドワードと向き合った。

 

「さぁ、見せてください。あなたが魔道力を発揮するところを。その瞳が赤く色を変える様を!」


 その場は水を打ったように静まった。誰もがクロエの一挙一動を見張っているようだった。それでも何も出来ないまま立ち尽くすクロエを、ジルはただ戸惑いの表情で見詰める。

 

「もしあなたが本当に上級魔道士のフランシア姫であるならば、ル・ブランの名誉を守るためにすべきことはひとつ。こうなってもまだ応じて頂けないとすれば、その答えはひとつでしょう。――この女はジェラールの娘ではない!!偽物なのです!!」


 断じられた瞬間、クロエは倒れ込みそうになった。ジルに支えられていなかったら、再び膝をついていたことだろう。

 どよめきが、どこか遠くに聞こえる。全ての音が、急速に遠ざかっていくようだった。

 エドワードはふと、皇族席を振り返った。その動きでまた、場は静寂を取り戻す。


「さて、密告の正しさが証明されたところで……、父上、私はもうひとつ、捨て置くことの出来ない情報を得ております」


 呆然と立ち尽くす皇帝に、彼はそう告げる。そして手を上げ、すっと指をさした。思わず肩を震わせたクロエは、だがその先が自分に向いていないことに気付く。自然とその先を追ったクロエの瞳は、ジルを映した。

 

「ここに居る男は魔道士であり、ル・ブランの密使であるという疑いがあります」


 自分に突き付けられた指を見て、ジルが瞠目する。クロエもまた、目を見開いて絶句した。

 再び神殿にざわめきが起こる。

 

「な、んだと…?!」


 当惑の声を上げたのは、皇帝陛下だった。エドワードは皆に向かって立ち、全ての参列者に聞かせるようにして言う。

 

「もう一度申し上げましょうか。この者は魔導士なのです!ル・ブランが人間だと偽って人の地に送り込んだ魔道士です!――エヴァンゼリン姫、これは事実なのですか?!」

「事実なものか!」

「私は義母上に窺っているのです!!」


 即座に反論した皇帝を制し、エドワードは声を荒げる。

 彼の隣で、水を向けられたエヴァンゼリンは凍り付いている。その唇は、明らかに震えていた。

 話が思わぬ方向へ向かっている。クロエはただ混乱していた。ジルが魔道士だなんて、有り得ないことだった。彼は既にル・ブランで判定を受けていて――。

 

「その男を捕えろ!」


 不意にエドワードが命じ、後ろで控えていたグリフォンの騎士達が素早く祭壇へと駆けてくる。事前に準備していたと分かる動きだった。

 彼等に腕を掴まれそうになり、ジルはとっさに振り払った。エドワードが窘めるように言う。

 

「あぁ、ジュリアン。下手に抵抗はしないほうがいい。疑惑を肯定することになる」


 ジルは紫色の瞳に怒気を滲ませ、彼を睨み返した。

 

「…身に覚えが無いからこそ、抵抗するのですが」

「事実無根とも思えないがな。エヴァンゼリン姫の顔を見れば」

 

 エヴァンゼリンが、息を呑む。そんな彼女に対し、エドワードは冷酷に告げた。

 

「あなたの息子の身柄は私が預かります。魔道士かどうか確かめなくてはなりませんから」


 息子の言葉に、皇帝は訝し気に問う。

 

「……どうやって確かめるのだ…」


 エドワードはふと、その口元に意味深な笑みを浮かべる。

 

「……どうやりましょうか?」


 クロエの背筋に冷たいものが走った。

 かつて習った歴史が、突然脳裏に甦る。魔道士と疑われた者は、その力を引き出すために拷問にかけられ――。

 

「――やめてぇぇ!!!」


 突然、エヴァンゼリンの悲痛な声が辺りに響いた。息子に駆け寄ろうとしたその行く手を、皇帝の腕が遮る。

 

「離して!!」

「リゼ…!」

「やめてぇ!!お願い、エドワード様…!やめて…。止めて下さい…!…お願い…!」

「義母上、ジュリアンの父親は何者ですか?」


 懇願するエヴァンゼリンに、エドワードは静かに訊いた。皇帝は目を閉じ、疲れたような溜息を漏らす。

 

「…エドワード…」

「あなた達がラシェルの前に暮らしていた場所で出会ったのでしょうね。それが何処で、その者が何者か、皆の前で明らかにして貰いたい。父親がただの人間であることが分かれば、この疑惑は晴れるのです」

「ただの人間だというのを、どうやって証明するのだ」


 皇帝は息子に問い返した。

 

「例えジルが魔道士であったとしても、それが密使であることの証明にはならない。お前はジルが何をしたと言うのだ。我が国にどんな害を為したと?」

「何かあってからでは遅いのです!!――この者が魔道士だとしたら、何故ジェラールは嘘の判定をしたのですか?何の目的で?それが分からないのに、この者をクローディアの皇族として認めることなど私には出来ません!エヴァンゼリン姫も然りです。疑惑がある限り、これ以上皇妃の座に居て頂くわけにはいかない!」


 誰もが、束の間声を失った。

 涙で顔を濡らした美しい皇妃は、第一皇子の言葉に静かに項垂れる。そして、全てを諦めたように言った。

 

「分かりました…私は…」

「リゼ!」

「――はいはい、ちょっと失礼いたしますよ!」


 突然、場の空気をぶち壊すような第三者の声が割って入った。

 その者に皆の目が集中する。彼はそれに、片手を挙げて応えた。――第三皇子、セドリックだった。

 

「兄上、少し落ち着いてください。神前で声を荒げるなど、礼儀にうるさいあなたらしくもない。皆も驚いているではありませんか」


 ほら、とばかりに参列者を掌で指す。

 エドワードは弟に諌められ、僅かに罰の悪そうな顔になった。

 

「……お前は下がっていろ」

「まぁまぁ。今日この場で何もかもの結論を出すことなど、もとより不可能でしょう。ジルの父親に関しても皆の前に連れて来るならばそれなりの時間が要る。フランシア姫にもよく話を聞かなくては、何故こんな事態になっているのか分からない。――ここは時間を置いて、場を改めませんか?」


 弟の提案に、エドワードは苦い顔になった。

 

「なにを悠長な…」

「おや、弁解の機会も与えずに断罪するおつもりですか?」


 両手を顔の横にあげ、びっくり顔を作って見せる。こんな時までよくそんなふざけた態度になれるものだと、エドワードは眉を顰めた。

 

「セドリックの言う通りだ」


 不意に第二皇子のジョシュアが立ち上がって賛同する。

 

「フランシアはもともと私の地で預かっていたのです。偽物だったとは、由々しき一大事。彼女の侍女共々、私が責任を持って追及させて頂きましょう」

 

 そう宣言して、エドワードに彼独特の柔和な笑みを向ける。

 

「国のためを思っての兄上の訴え、痛み入ります。それでも施政者たるもの、常に公正であらねばなりませんからね。詮議の時間を頂きたく存じます」

 

 芝居がかった調子で頭を下げられ、エドワードは呆れ顔になる。

 揃って緊張感に欠ける弟達だが、それがエドワードの気勢を殺ぐ効果はそれなりにあった。彼はふぅっと肩を下ろし、目を背けて言った。

 

「……いいだろう。では10日だ。10日後に改めて話を聞かせてもらう。ただし、適当な父親を仕立てるなどの小細工は止めて貰おう。素性を調べれば直ぐに分かることだ」


 行くぞと目で合図され、エドワードの騎士達はジルの両側から彼を拘束する。ジルは今度は抵抗する素振りを見せなかった。縋るように見詰めるクロエに、彼もまた何か言いたげな目を向ける。

 

「ジルを連れていくのか?」


 皇帝陛下が、ふと訊いた。エドワードは「はい」と応じる。

 

「この男は私が追及するのが適当でしょう。何か問題が?」


 挑むような息子の問いに、皇帝は「いや」と首を振った。

 

「あなた…!」

「大丈夫だ、リゼ。エドワードは私の息子だよ。罪人でもない者に無体なことはしない」


 不安気な妻に、そう声を掛ける。

 

「私を信じなさい」


 クロエは思わず、エドワード皇子を見た。彼は一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、直ぐに気を取り直したようだった。父親と兄弟を、振り切るように背を向ける。

 連れて行かれそうになった一瞬、ジルはクロエの方を見た。

 

「クロエ――!」

 

 見つめ合えば、クロエの目には涙が浮かぶ。


「………ごめんなさい…」

 

 耐え切れず、クロエは両手で顔を覆った。もう他に言葉は見付からなかった。

 動かないジルを、騎士達が半ば強引に神殿から連れ出して行く。

 夫婦となる筈だった2人が引き離されていくのを、祭壇に立つ神官は途方に暮れて見送っていた。

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