森へ
雪の中を歩き慣れていない総司と葵に合わせ、三人はゆっくり森の道を歩いて行った。
森の中はとても静かだ。しんしんと雪がふる中、三人が歩く音だけが響く。
「そろそろ昼飯にしようぜ!」
先頭を歩いていたカイが、総司と葵の方をふり返る。
村を出てから、数時間。厚い雲でわかりにくいが、確かにちょうど昼時だ。
三人は近くに合った石の上に座り、荷物から干し肉とパンを取り出した。
「昨日言っていた小屋まで、あとどのくらいなの?」
パンを食べながら、葵がカイに聞く。
葵の言っているのは、旅人が寝泊まりするために用意された小屋のことだ。ヘンリーが言うには、森の中には何カ所かそういう小屋が用意されているらしい。
村から一番近い小屋は、霧のすぐ手前にある。そこで三人は、暗くなる前にその小屋へ到着することを目指していた。
「このペースで進めば、夜になる前には着けると思うぞ」
干し肉を食べていたカイが、「うーん」とうなりながら答える。
そんなカイに、今度は総司が思い出したかのように尋ねた。
「ねえ、カイ。ちゃんと聞いていなかったけど、森の奥にかかっている霧って、何が変なの?」
「あ! すまねえ。そういや、そこんとこを話してなかったな」
問われたカイが、やってしまったという顔で額に手を当てる。どうやら、話すつもりですっかり忘れていたらしい。彼は干し肉を口へ放りこみ、「これは騎士団から聞いた話だけどな」と話し始めた。
「霧の中を進むと、なぜか元の場所にもどっちまうそうだ。騎士団も、入る場所や時間を変えるとか色々試したけど、どうやっても霧を抜けられなかったって言ってた」
カイが聞いた話を思い出しながら、総司に説明する。カイの話を聞いて、総司は腕を組んで考えこんだ。
「なるほど、それは厄介だね。騎士団の人たちも考えつく限りの手を試しただろうし……」
「ソージ、何かいい手は思いつきそう?」
「うーん……。実際に見てみないと、何とも言えないね」
霧を突破しないことには魔女のところに辿り着けない。しかし話を聞く限り、魔女の霧は難攻不落。
これはなかなかの難題だと、総司と葵は頭を悩ませる。
だが、難しい顔をしている二人へ向かって、カイが気楽に笑うのだった。
「霧を突破する方法は、着いてから考えればいいさ。まずは、無事に小屋へたどり着くことだけ考えようぜ」
「そうだね。一つ一つ目標を達成していこう」
「よーし。午後もがんばって歩くわよ!」
カイの笑顔を見ていると、どんなことでもできそうな気がしてくる。不思議な活力を得た総司と葵は、カイへ力強くうなずくのだった。
* * *
昼ご飯を食べ終えた三人は、再び森の奥へと歩き始めた。
午前中と同じように、休みをはさみながらの進行だ。結果、小屋に着く前に辺りはすっかり暗くなってしまった。
家などがない森の中は、夜になると真っ暗になる。空には雲がかかっているため、星の明かりさえもない。三人は荷物からランタンを取り出して、慎重に夜道を進んだ。
「森の中って、こんなに真っ暗になるんだね」
森の奥をランタンで照らしながら、総司がつぶやく。
現代の日本で暮らしていた総司と葵にとって、これほど暗い夜は初めての体験だ。二人は、明かりがないと夜はこんなにも暗いものなのかと改めて感じた。
そして、ランタンを片手に森の道を進んで行くこと、さらに一時間ほど。とうとう目的の小屋が見えてきた。
「おお、あれだ。これで野宿しないですむな!」
「ごめんね、カイ。わたしたちに合わせたせいで、小屋に着くのが遅くなっちゃって……」
「迷惑ばかりかけちゃって、本当にごめん」
「あはは。気にするなよ、二人とも。ちゃんとたどり着けたんだから、それでいいじゃんか」
あやまる総司と葵を、カイがまったく気にしていない様子で笑い飛ばす。
小屋の中に入ると、しばらく誰も使っていなかったせいか、少しほこりっぽい。
しかし、そこは総司と葵が思っていたよりも、ずっと立派な小屋だった。ランタンで小屋の中を照らしてみると、奥の方には暖炉まである。暖炉の横には、前にこの小屋を使った旅人が残していったのか、薪も置いてあった。
「おっ、ラッキー! 薪が置いてあるな。湿気てもなさそうだし、これですぐにでも暖炉が使えるぜ!」
早速カイがその薪を使い、暖炉に火をつけ始めた。普段から家でやっているだけあって、カイの手際は見事なものだ。その間に、総司と葵がランタンの明かりを頼りに、床のほこりをはらっていく。
暖炉に火がつき、部屋が暖かくなったところで、三人はホッと一息ついたのだった。
「ようやくゆっくり休めるぜ」
「そうだね。一日中歩いたから、足がパンパンだし、体もクタクタだ。……というか、もう一歩も動けない」
「あはは。これにこりたら、もうちょっと体力つけなさい、ソージ」
「うぐっ! 反省します……」
うなだれる総司を見て、葵が得意げな顔をする。それ見たことか、といった様子だ。
さすがに分がわるいと感じた総司は、話題を変えようとカイに話をふった。
「ねえ、カイ。例の霧がかかっている場所まで、あとどのくらいかな?」
「そうだな……。多分、この小屋からそれほど離れてはいないはずだぞ。目と鼻の先って感じじゃないか」
「そっか。それじゃあこの小屋は、わたしたちの基地ってわけね」
「キチ? 何だ、それ?」
葵の言葉にカイが首をかしげながら、聞き返す。
「活動のよりどころとする場所のことだよ。魔女を倒すまで、この小屋がぼくたちの家になるだろうからね」
カイの疑問に総司が答える。
すると、カイはニヤリと笑って、二人を見た。
「なるほどな。確かにその通りだ」
「さてと、それじゃあ夕ご飯にしましょう。わたし、もうお腹ぺこぺこ」
葵の言葉に反応したのか、カイと総司のお腹が鳴り、三人で笑う。
「あはは。オレも腹へったぜ!」
「うん、ぼくもだ。さっさとご飯を食べて、しっかり休むようにしよう。明日からが本当の本番なんだから、体調を整えておかないと」
言うが早いか、三人ですぐにご飯の準備に取り掛かる。
持ってきた水を温めてココアを作り、三人は遅めの夕食を取った。
夕食の後はすぐに寝る支度だ。ランタンの明かりを消して毛布にくるまると、疲れがたまっていたのだろう。三人ともすぐに眠ってしまったのだった。