友達だから
二階にいた総司は、カイとヘンリーのどなり声を聞き、びっくりして一階へもどった。
その途中、同じく台所から飛び出てきた葵とばったり出くわす。
「ソージ、今の……」
「とにかく、行ってみよう」
顔を見合わせた二人は、そろって玄関へ駆けていく。すると、開いたままの扉を前に、ヘンリーがうなだれながら立ちつくしていた。
「ヘンリーさん、今の声は何ですか? カイはどうしたんですか?」
「ソウジ君、アオイちゃん……。すまない、驚かせてしまったかな。ちょっと、カイと口ゲンカをしてしまってね。それで、カイが飛び出して行ってしまったんだ……」
矢継ぎ早に尋ねる総司へ、ヘンリーは力ない口調でわけを話す。
ヘンリーの顔色はわるく、今にも倒れてしまいそうである。ちょっとした口ゲンカと言うには、あまりにもひど過ぎる気の落ちようだ。
ケンカの原因はわからない。それでも、何か大変な事情があることだけは、総司たちも理解できた。
「ヘンリーさん、とりあえずこっちへ行きましょう。いつまでも玄関にいたら、カゼひいちゃいます」
葵がヘンリーの手を取り、家の中へと連れていく。
ヘンリーも葵の気遣いに、「ありがとう、アオイちゃん」と、弱々しいながらも笑顔で応えた。
「二人とも、申し訳ないが、カイを迎えに行ってくれないかね。私が行くと、またケンカしてしまうかもしれないから……」
「わかりました。それじゃあ、行ってきます。――アオイ、行こう」
「うん。ヘンリーさん、行ってきます」
「ああ。よろしく頼むよ」
ヘンリーのことも気になったが、総司と葵は彼の頼みを聞いて外に出た。二人とも、ヘンリーには一人になる時間が必要だと思ったのだ。
それに、飛び出していったカイが今どうしているのかも気がかりだった。
「カイ、どっちに行ったんだろう?」
玄関の前で、葵がキョロキョロと辺りを見回す。辺りには、すでにカイらしき姿はない。
そうしたら、足元を見ていた総司が、森の方面に向かう道を指し示す。
「玄関の前の足跡が、あっちに向かっている。多分、森の方じゃないかな」
「なるほど! ソージ、頭いい!」
二人で足跡をたどって歩いて行く。そのまま村のはずれまで来たところで、二人は森をにらみつけているカイを見つけた。
「カイ、こんなところにいたんだ」
総司がホッと安心しながら声をかけると、カイは険しい顔のままふり返った。
「なんだよ。じいちゃんに言われて、迎えに来たのか?」
「ええ、そうよ」
「カイ、とりあえず一度もどろうよ。ヘンリーさんも心配していたよ」
総司がカイに手を差し出す。カイはその手を見つめながら、総司に尋ねた。
「じいちゃんからは、何か聞いたのか?」
「いや、ケンカをしたとしか聞いてないよ」
「そうか……」
総司の答えに、カイがそう一言だけつぶやいた。
彼は総司の手を取ることなく、再び森の方を見てポツリポツリと話し始めた。
「出稼ぎに出ている母さんがさ、倒れたらしいんだ。しかもこの寒さと物不足で、大変なことになっているらしくてさ。それで、オレが魔女を倒しに行くって言ったら、じいちゃんに怒られて……。オレ、思わず家を飛び出してきちまったんだ」
「そうだったんだ……」
「お母さんの病気、そんなに悪いの?」
葵が心配そうにカイに聞いた。彼女のとなりでは、総司もしずんだ顔をしている。そして、カイが「かなり危ないみたいだ」と告げると、二人はさらに表情を曇らせた。
暗い顔の総司と葵に向かって、カイは妙に清々しい表情で、こう言うのだった。
「オレさ、やっぱり魔女のところに行ってみる。じいちゃんがオレのことを心配してくれているのはわかるけど、このまま何もしないでいるなんてできない。魔女のところに行って、この雪を止めさせる。それで、母さんに少しでも早く元気になってもらうんだ」
だから悪いけど、じいちゃんにあやまっておいてくれ。総司と葵にそう言い残し、カイが森へと向かおうとする。
しかしその時、総司がカイの行く手をふさいだ。
「……どいてくれ、ソウジ」
「このままカイを一人で行かせるなんてできないよ。それに、ヘンリーさんに何も言わずに行くなんて、絶対にダメだ!」
カイのにらみつけるような視線にさらされても、総司は道をゆずらない。
だが、その代わりに総司は再び手を差し出し、カイにほほ笑みかけた。
「ねえ、カイ。カイがどうしても行くっていうなら、ぼくも君についていくよ」
「ついていくって……危険なんだぞ!」
突然の申し出にカイが目を見張る。
おどろく彼に向かって、総司は「確かに危険だ」と言いつつ、しかしさらに言葉を重ねた。
「でも大丈夫。どんな危険があったって、一人じゃなければ――ぼくとカイの二人なら、きっと乗りこえられるさ」
「ソージの言うとおりよ」
総司の言葉に同調したのは葵だ。そのまま彼女は、総司のとなりに並ぶ。
そして、総司と同じように、カイに向けて自らの手を差し出した。
「でも、それなら二人より三人の方がもっと心強いよね。――だから、二人が行くって言うなら、わたしもいっしょに行くわ」
「ソウジ……。アオイ……」
カイが信じられないという顔で、総司と葵を見る。二人がこんなことを言い出すなんて、カイにも予想外だったのだ。
「それに、魔女を倒すことは、ぼくたちにとっても大切なことだと思うんだ」
「うん? そうなのか?」
首をかしげるカイへ、「あくまで推測だけど」と総司が続ける。
だが、総司たちがカイに協力したいと思った本当の理由は、そこではない。
「でも、そんなこと関係なく、大切な友達が困っていたら助けるのが当然だよ」
「それに、カイだって初めて会ったわたしたちを助けてくれたでしょ。だから、今度はわたしたちがカイを助ける番だよ」
自分たちの目的以前に、友達としていっしょに行きたい。
そう告げる総司と葵を、カイがもう一度見る。
そして、カイはいつもの人なつっこい笑顔を見せて、今度こそ二人の手を取った。
「わかった! 二人とも、いっしょに来てくれ!」
『もちろん!』
三人は互いの手をしっかりとにぎり合う。
すると、キュピーンと目を光らせた総司と葵が、カイを村の方に引っぱった。
「でも、その前に一度帰りましょう。魔女を倒しに行くなら準備も必要だし、ヘンリーさんにもちゃんと話さないと」
ニコニコ笑う葵が、さらにカイの手を強く引く。もちろん、総司も同様だ。
二人に引きずられる形となったカイは、途端にバツのわるそうな顔をした。
「やっぱり、じいちゃんと話さないとダメか?」
『ダメ!』
「……はあ。わかったよ。それじゃあ、一度帰るか」
二人に根負けした様子で、カイが頭をかく。
ぼやくカイを連れて、総司と葵は宿屋への道を歩き始めるのだった。