ケセド王国の昔話
総司と葵がカイの家で世話になり始めて、一週間が経った。
その間に、カイやヘンリーとすっかり仲良くなった、総司と葵。二人は、家事や宿屋の仕事を手伝いながら、物語に動きがないかを探っていた。
「そういえばさ、カイは何で英雄になりたいと思うようになったの?」
それは、家の裏手で総司とカイが薪割りをしていた時のこと。
ふと手を止めた総司は、同じく薪を割っていたカイへ、唐突に質問をぶつけた。総司としては、一応これも調査の一つ――と言いたいところだが、半分は純粋な興味だ。
対して寝耳に水の質問にきょとんとしたカイは、不思議そうに首をかしげた。
「なんだよ、急に」
「いや、何となく気になって。最初に会った時に、『英雄になる』って言っていたから、何か理由があるのかなって思っただけ」
「そっか。いや、別に大した理由はねえよ。ただ、小さいころに母さんから、この国の昔話を教えてもらってさ。その話の中に出てきた英雄に憧れたのが、きっかけと言えばきっかけだな」
「へえ、なんかおもしろそうだね。それって、どんな話なの?」
「うーん。オレだとあんまりうまく話せないけど、それでもいいか?」
「うん! 構わないから、聞かせてよ」
総司が目を輝かせて、カイを見る。読書好きの総司にとって、この手の話は大好物だ。調査のことなんてすっかり忘れ、英雄の物語とやらに集中する。
そんな総司の姿に、カイは苦笑いしつつオノを置いて、昔話を語り始めた。
「これは百年くらい前、このケセド王国がまだできたばかりのころの話だそうだ。ケセド王国ができたころ、王都の近くに凶暴なオーガの軍勢が住み着いたんだと。そんで、オーガの王バラムってのが、手下のオーガたちに王都を襲わせたらしい」
何度も何度も聞いてきた話なのだろう。カイの語りにはまったく淀みがない。
彼はバラムが王都の近くに城を建て、人々にひどいことをしていた件を臨場感たっぷりに話した。
「王国の人たちは、バラムとオーガたちを倒そうとはしなかったの?」
ふと疑問に思ったことを、総司がカイに尋ねる。
そうしたらカイは、聞かれることがわかっていたかのように、さらりと答えた。
「バラム自身が恐ろしく強い上に、手下のオーガもたくさんいたそうだからな。当時の騎士団じゃあ、手も足も出なかったらしい」
「そうだったんだ……」
「そんな時に、四人の旅人が現れたんだ。彼らはバラムとオーガたちに苦しめられるケセド王国を見て、心を痛めたらしい。それで、四人は王国を救うため、オーガ退治に向かったんだ」
カイは興奮した様子で、旅人たちの活躍を語る。
旅人たちがバラムの城に真正面からのりこみ、オーガをなぎ倒していったこと。彼らのあまりの強さに、手下のオーガたちがバラムを残して逃げ出したこと。彼らがいかに強く、聡明で、勇敢だったかを、カイは身ぶり手ぶりを交えて総司に教えた。
昔話を語るカイの目にうかぶのは、旅人たちに対する純粋な尊敬、そして憧れだった。
「城の玉座の間で、旅人たちはついにバラムと対峙し、圧倒的な強さで追いつめた。最後は勝てないと悟ったバラムが、命ごいまでしたそうだ。旅人たちは命を助ける代わりに、二度と人々を苦しめないことをバラムに約束させた。その後、バラムは手下のオーガ共々、どこかへと逃げて行ったんだとさ」
「へぇ、たった四人でオーガを追い払ってしまうなんて、本当にすごい人たちだったんだね」
「やっぱり、ソウジもそう思うか!」
感心した様子で言う総司を前に、カイもうれしそうに笑う。まるで、自分がほめられたかのような喜びっぷりだ。カイにとって、この英雄たちはそれだけ大きな存在ということなのだろう。
「そんで、オーガたちを追いはらった四人の旅人は、ケセド王国の民から英雄と称えられたんだ。彼らはその後、騎士団を強く鍛え上げ、また旅立ったんだと」
「なるほどね。で、カイはその人たちのような英雄になりたいんだね」
「そういうこった。オレもこの四人みたいに、国を守れるくらい強い男になりたい。だから、小さいころから毎日素ぶりとかして鍛えてんだぜ!」
そう言って、カイが力こぶを作ってみせる。
その腕は、子どもとは思えないほど良く鍛えられていた。
「今この国に訪れているのは、百年前に匹敵する危機だ。だから今度はオレが、四人の英雄たちに代わってケセド王国を守りたいんだ」
森の方を見て語るカイの目は、真剣そのものだ。総司はその姿に、今まで読んできた物語の主人公に通じるものを感じていた。
(やっぱり、この本の主人公はカイに違いない。なら、ぼくもカイを精一杯サポートしよう。カイが過去の英雄たちに肩を並べる、真の英雄になれるように……)
それこそが、この世界で自分の果たすべき役目。カイの思いの丈を聞き、総司もまた、自らの決意を新たにするのだった。
「あ、そうだ! ねえ、カイ。その旅人たちの名前は、伝わってないの?」
「当然伝わっているぞ。剣聖アスラン、賢者メルリウス、大魔女マリア、名射手ディアナだ!」
「剣聖、賢者、大魔女に、名射手か。かっこいいなぁ。正に英雄って感じだね」
「だろう! オレはアスランのような英雄になりたいんだ。アスランは常に戦いの最前線に立って、剣で道を切り開いた人なんだぜ! すごくかっこいいだろう!」
カイがまた興奮した様子で、総司に語る。
目をキラキラ輝かせたカイの姿には、自然と応援したくなるような魅力があった。
「そうなんだ。なんかカイらしい気がする。ぼく、応援するよ」
「えへへ。ありがとな、ソウジ」
照れくさそうに笑いながら、カイが総司に礼を言う。
さらにカイは、『秘密だぜ!』という顔で、そっとこんなことを打ち明けた。
「あとさ……実はオレ、最初にお前たちを見た時、百年前みたいに英雄が現れたのかと思ったんだぜ。――でもお前ら、あんまり強そうには見えないからな。世の中そんなうまくはいかないってこった」
やっぱりオレが魔女を倒すしかないな、とカイが笑う。
「あはは。そうだったんだ。ご期待にそえなくてごめんね」
(ごめんね、カイ。正解は本の中に吸い込まれた、ただの迷子でした……)
カイに相づちを打ちながら、総司は心の中であやまるのだった。
* * *
「じいちゃん、薪割り終わったぞ!」
「――ああ、ありがとう……」
薪割りを終えたカイと総司が家に入ると、いつもおだやかな表情をしているヘンリーが険しい顔をして二人を出迎えた。その手には、一通の手紙がにぎられている。
ヘンリーのただならぬ雰囲気に、総司とカイはどうしたのだろうと目を見合わせた。
「カイ、ちょっとこっちに来なさい」
「なんだ? どうしたんだよ、じいちゃん」
軽い調子で聞き返しながら、カイがヘンリーに歩み寄る。だが、ヘンリーの表情は変わらず、固いままだった。
「あ、ぼくは部屋にもどりますね……」
「すまないね。ありがとう、ソウジ君」
何となく自分がここにいるべきではないと察し、総司が部屋を出ていく。総司が二階に上がっていったのを見届けて、ヘンリーはカイへ持っていた手紙を差し出した。
「先ほど、お前の父さんから手紙が来た」
「父さんからの手紙! 二か月ぶりだな。何て書いてあったんだよ、じいちゃん。父さんたち、元気なのか?」
父親からの手紙と聞いて、カイが喜びの表情を見せる。
だが、そんなカイとは対照的に、ヘンリーの顔色はどんどん暗くなっていく。
「……どうしたんだよ、じいちゃん」
祖父の表情に、よからぬ気配を感じたのだろう。カイがとまどいながら、ヘンリーに尋ねる。
対してヘンリーは絞り出すような声音で、こう答えた。
「手紙によると……お前の母さんが倒れたそうだ」
「え……?」
母親が倒れた。
ヘンリーから聞かされた思いがけない言葉に、カイの表情が凍りつく。しかし、すぐ我に返り、カイは必死な顔をしてヘンリーにつめ寄る。
「母さんが倒れたってどういうことだよ。母さん、大丈夫なのか?」
「とりあえず、すぐにどうこうということはないようだ。だが、この寒さに加えて、今は何かと物不足だ。病気がどれだけ長引くかわからんし、場合によっては……」
ヘンリーが、窓の外を悲しそうな顔でながめる。言葉にはしなかったが、カイにはヘンリーが言いたいことがわかった。
それほど、カイの母親は危ない状態なのだ。
「だったら……」
「カイ?」
下を向いたカイが、何かをつぶやいた。
ただ、それはあまりにも小さな声だ。何と言ったのか聞き取れず、ヘンリーが眉をひそめて聞き返す。
すると、カイが顔を上げて、大きな声でさけんだ。
「だったら、今からオレが森の魔女を倒してくる! そうすれば、雪もやんで寒くなくなる。行商人も来て、物不足もなくなる。母さんの体調も良くなるかもしれない!」
「バカなことを言うな! お前はまだ子供なんだぞ。それに、騎士団でもダメだったことを、お前一人でどうにかできるわけがないだろう!」
カイに負けない大声で、ヘンリーがどなる。
普段、声を荒らげることのないヘンリーの強い怒声に、カイが驚きの表情を見せた。
しかし、こうなっては売り言葉に買い言葉だ。頭に血を上らせたカイは、すぐさまヘンリーにどなり返した。
「でも、オレはこのまま何もせずにいるなんてできないよ!」
「とにかく、魔女を倒しに行くなんて、やめるんだ。そういうことは、騎士団に――大人に任せておけばいい」
「いやだ! オレは絶対に行くんだ!」
「そんなことはわしが許さん! お前にもしものことがあったら、わしはお前の父さんと母さんに顔向けできん!」
カイが何と言っても、ヘンリーは頑としてゆずらない。
カイを危険な目に合わせたくない。この子だけは、自分が命に代えても守る。
ヘンリーの目からは、そんな思いが痛いほど見て取れた。
(でも、それでもオレは……)
カイにしても、ヘンリーの思いは十分に理解している。ヘンリーは、カイのことを心配して止めてくれているのだ。
しかし、母親の話を聞いた今、カイもだまっていることはできなかった。
「じいちゃんのわからず屋!」
最後にそう言い残し、カイは家から飛び出したのだった。