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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第三章 百年前の英雄
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ケセド王国の昔話

 総司と葵がカイの家で世話になり始めて、一週間が経った。

 その間に、カイやヘンリーとすっかり仲良くなった、総司と葵。二人は、家事や宿屋の仕事を手伝いながら、物語に動きがないかを探っていた。


「そういえばさ、カイは何で英雄になりたいと思うようになったの?」


 それは、家の裏手で総司とカイが薪割りをしていた時のこと。

 ふと手を止めた総司は、同じく薪を割っていたカイへ、唐突に質問をぶつけた。総司としては、一応これも調査の一つ――と言いたいところだが、半分は純粋な興味だ。

 対して寝耳に水の質問にきょとんとしたカイは、不思議そうに首をかしげた。


「なんだよ、急に」


「いや、何となく気になって。最初に会った時に、『英雄になる』って言っていたから、何か理由があるのかなって思っただけ」


「そっか。いや、別に大した理由はねえよ。ただ、小さいころに母さんから、この国の昔話を教えてもらってさ。その話の中に出てきた英雄に憧れたのが、きっかけと言えばきっかけだな」


「へえ、なんかおもしろそうだね。それって、どんな話なの?」


「うーん。オレだとあんまりうまく話せないけど、それでもいいか?」


「うん! 構わないから、聞かせてよ」


 総司が目を輝かせて、カイを見る。読書好きの総司にとって、この手の話は大好物だ。調査のことなんてすっかり忘れ、英雄の物語とやらに集中する。

 そんな総司の姿に、カイは苦笑いしつつオノを置いて、昔話を語り始めた。


「これは百年くらい前、このケセド王国がまだできたばかりのころの話だそうだ。ケセド王国ができたころ、王都の近くに凶暴なオーガの軍勢が住み着いたんだと。そんで、オーガの王バラムってのが、手下のオーガたちに王都を襲わせたらしい」


 何度も何度も聞いてきた話なのだろう。カイの語りにはまったく淀みがない。

 彼はバラムが王都の近くに城を建て、人々にひどいことをしていた(くだり)を臨場感たっぷりに話した。


「王国の人たちは、バラムとオーガたちを倒そうとはしなかったの?」


 ふと疑問に思ったことを、総司がカイに尋ねる。

 そうしたらカイは、聞かれることがわかっていたかのように、さらりと答えた。


「バラム自身が恐ろしく強い上に、手下のオーガもたくさんいたそうだからな。当時の騎士団じゃあ、手も足も出なかったらしい」


「そうだったんだ……」


「そんな時に、四人の旅人が現れたんだ。彼らはバラムとオーガたちに苦しめられるケセド王国を見て、心を痛めたらしい。それで、四人は王国を救うため、オーガ退治に向かったんだ」


 カイは興奮した様子で、旅人たちの活躍を語る。

 旅人たちがバラムの城に真正面からのりこみ、オーガをなぎ倒していったこと。彼らのあまりの強さに、手下のオーガたちがバラムを残して逃げ出したこと。彼らがいかに強く、聡明で、勇敢だったかを、カイは身ぶり手ぶりを交えて総司に教えた。

 昔話を語るカイの目にうかぶのは、旅人たちに対する純粋な尊敬、そして憧れだった。


「城の玉座の間で、旅人たちはついにバラムと対峙し、圧倒的な強さで追いつめた。最後は勝てないと悟ったバラムが、命ごいまでしたそうだ。旅人たちは命を助ける代わりに、二度と人々を苦しめないことをバラムに約束させた。その後、バラムは手下のオーガ共々、どこかへと逃げて行ったんだとさ」


「へぇ、たった四人でオーガを追い払ってしまうなんて、本当にすごい人たちだったんだね」


「やっぱり、ソウジもそう思うか!」


 感心した様子で言う総司を前に、カイもうれしそうに笑う。まるで、自分がほめられたかのような喜びっぷりだ。カイにとって、この英雄たちはそれだけ大きな存在ということなのだろう。


「そんで、オーガたちを追いはらった四人の旅人は、ケセド王国の民から英雄と称えられたんだ。彼らはその後、騎士団を強く鍛え上げ、また旅立ったんだと」


「なるほどね。で、カイはその人たちのような英雄になりたいんだね」


「そういうこった。オレもこの四人みたいに、国を守れるくらい強い男になりたい。だから、小さいころから毎日素ぶりとかして鍛えてんだぜ!」


 そう言って、カイが力こぶを作ってみせる。

 その腕は、子どもとは思えないほど良く鍛えられていた。


「今この国に訪れているのは、百年前に匹敵する危機だ。だから今度はオレが、四人の英雄たちに代わってケセド王国を守りたいんだ」


 森の方を見て語るカイの目は、真剣そのものだ。総司はその姿に、今まで読んできた物語の主人公に通じるものを感じていた。


(やっぱり、この本の主人公はカイに違いない。なら、ぼくもカイを精一杯サポートしよう。カイが過去の英雄たちに肩を並べる、真の英雄になれるように……)


 それこそが、この世界で自分の果たすべき役目。カイの思いの丈を聞き、総司もまた、自らの決意を新たにするのだった。


「あ、そうだ! ねえ、カイ。その旅人たちの名前は、伝わってないの?」


「当然伝わっているぞ。剣聖アスラン、賢者メルリウス、大魔女マリア、名射手ディアナだ!」


「剣聖、賢者、大魔女に、名射手か。かっこいいなぁ。正に英雄って感じだね」


「だろう! オレはアスランのような英雄になりたいんだ。アスランは常に戦いの最前線に立って、剣で道を切り開いた人なんだぜ! すごくかっこいいだろう!」


 カイがまた興奮した様子で、総司に語る。

 目をキラキラ輝かせたカイの姿には、自然と応援したくなるような魅力があった。


「そうなんだ。なんかカイらしい気がする。ぼく、応援するよ」


「えへへ。ありがとな、ソウジ」


 照れくさそうに笑いながら、カイが総司に礼を言う。

 さらにカイは、『秘密だぜ!』という顔で、そっとこんなことを打ち明けた。


「あとさ……実はオレ、最初にお前たちを見た時、百年前みたいに英雄が現れたのかと思ったんだぜ。――でもお前ら、あんまり強そうには見えないからな。世の中そんなうまくはいかないってこった」


 やっぱりオレが魔女を倒すしかないな、とカイが笑う。


「あはは。そうだったんだ。ご期待にそえなくてごめんね」


(ごめんね、カイ。正解は本の中に吸い込まれた、ただの迷子でした……)


 カイに相づちを打ちながら、総司は心の中であやまるのだった。



     * * *



「じいちゃん、薪割り終わったぞ!」


「――ああ、ありがとう……」


 薪割りを終えたカイと総司が家に入ると、いつもおだやかな表情をしているヘンリーが険しい顔をして二人を出迎えた。その手には、一通の手紙がにぎられている。

 ヘンリーのただならぬ雰囲気に、総司とカイはどうしたのだろうと目を見合わせた。


「カイ、ちょっとこっちに来なさい」


「なんだ? どうしたんだよ、じいちゃん」


 軽い調子で聞き返しながら、カイがヘンリーに歩み寄る。だが、ヘンリーの表情は変わらず、固いままだった。


「あ、ぼくは部屋にもどりますね……」


「すまないね。ありがとう、ソウジ君」


 何となく自分がここにいるべきではないと察し、総司が部屋を出ていく。総司が二階に上がっていったのを見届けて、ヘンリーはカイへ持っていた手紙を差し出した。


「先ほど、お前の父さんから手紙が来た」


「父さんからの手紙! 二か月ぶりだな。何て書いてあったんだよ、じいちゃん。父さんたち、元気なのか?」


 父親からの手紙と聞いて、カイが喜びの表情を見せる。

 だが、そんなカイとは対照的に、ヘンリーの顔色はどんどん暗くなっていく。


「……どうしたんだよ、じいちゃん」


 祖父の表情に、よからぬ気配を感じたのだろう。カイがとまどいながら、ヘンリーに尋ねる。

 対してヘンリーは絞り出すような声音で、こう答えた。


「手紙によると……お前の母さんが倒れたそうだ」


「え……?」


 母親が倒れた。

 ヘンリーから聞かされた思いがけない言葉に、カイの表情が凍りつく。しかし、すぐ我に返り、カイは必死な顔をしてヘンリーにつめ寄る。


「母さんが倒れたってどういうことだよ。母さん、大丈夫なのか?」


「とりあえず、すぐにどうこうということはないようだ。だが、この寒さに加えて、今は何かと物不足だ。病気がどれだけ長引くかわからんし、場合によっては……」


 ヘンリーが、窓の外を悲しそうな顔でながめる。言葉にはしなかったが、カイにはヘンリーが言いたいことがわかった。

 それほど、カイの母親は危ない状態なのだ。


「だったら……」


「カイ?」


 下を向いたカイが、何かをつぶやいた。

 ただ、それはあまりにも小さな声だ。何と言ったのか聞き取れず、ヘンリーが眉をひそめて聞き返す。

 すると、カイが顔を上げて、大きな声でさけんだ。


「だったら、今からオレが森の魔女を倒してくる! そうすれば、雪もやんで寒くなくなる。行商人も来て、物不足もなくなる。母さんの体調も良くなるかもしれない!」


「バカなことを言うな! お前はまだ子供なんだぞ。それに、騎士団でもダメだったことを、お前一人でどうにかできるわけがないだろう!」


 カイに負けない大声で、ヘンリーがどなる。

 普段、声を荒らげることのないヘンリーの強い怒声に、カイが驚きの表情を見せた。

 しかし、こうなっては売り言葉に買い言葉だ。頭に血を上らせたカイは、すぐさまヘンリーにどなり返した。


「でも、オレはこのまま何もせずにいるなんてできないよ!」


「とにかく、魔女を倒しに行くなんて、やめるんだ。そういうことは、騎士団に――大人に任せておけばいい」


「いやだ! オレは絶対に行くんだ!」


「そんなことはわしが許さん! お前にもしものことがあったら、わしはお前の父さんと母さんに顔向けできん!」


 カイが何と言っても、ヘンリーは頑としてゆずらない。

 カイを危険な目に合わせたくない。この子だけは、自分が命に代えても守る。

 ヘンリーの目からは、そんな思いが痛いほど見て取れた。


(でも、それでもオレは……)


 カイにしても、ヘンリーの思いは十分に理解している。ヘンリーは、カイのことを心配して止めてくれているのだ。

 しかし、母親の話を聞いた今、カイもだまっていることはできなかった。


「じいちゃんのわからず屋!」


 最後にそう言い残し、カイは家から飛び出したのだった。


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