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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第二章 雪の国
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エルピス村

 三人が歩き始めて十五分ほど経ったころだろうか。ようやく、カイが暮らすエルピスの村が見えてきた。


「うわぁ、きれい……」


「うん。日本では、ちょっと見られない光景だね」


 初めて見る美しい景色に見とれながら、総司と葵が感嘆の声をもらす。

 そこは、まるで童話の中にでも出てきそうな村だった。

 並び立つ石造りやレンガ造りの家々。村の真ん中に建つ、小さいが荘厳な教会。そして、カイと同じく民族衣装のような服をまとって道行く人々。

 そのすべてが、総司と葵にとって目新しいものだ。

 しかし同時に、二人はここが日本ではないのだと、改めて感じるのだった。


「ボケッとして、どうしたんだ? さっさと行こうぜ」


 立ちつくす二人に声をかけながら、カイが先を進む。カイの後について村の中を歩いていると、騎士と思われる身なりの男たちをちらほら見かけた。


「あれが、カイの言っていた村に留まっている騎士団の人たち? 彼らは、どこに寝泊まりしているの?」


 騎士団の人々をながめながら、総司がカイに尋ねる。

 するとカイは、何と言うことはないという様子で答えた。


「この村は、元々宿場町なんだ。だから、泊まれる場所ならたくさんあるんだよ。ちなみにオレの家も、小さいけど宿屋をやっているんだぜ!」


「そうなの? でも、さっきお母さんとお父さんが出稼ぎに出ているって言ってなかった?」


 葵が、カイの言葉に反応して首をかしげる。

 葵の方を向いたカイは、厚い雲のかかった空を見上げながら肩をすくめた。


「この雪のせいで、旅人や行商人が全く来なくなっちまったからな。出稼ぎにでも行かないと、生活できないんだ。まあおかげで、今は部屋も余っているからさ。気がねなく、ゆっくりしてってくれ」


「でもぼくたち、お金持ってないよ?」


「お前たちみたいな迷子の子供から、金を取ろうなんて思ってねえよ。言っただろう? 困った時はお互いさまだって。気にせず泊まっていけ!」


 カイがにっこりと笑いながら言う。

 そんな会話をしている内に、カイの家である宿屋が見えてきた。カイの家はこじんまりした二階建ての建物で、文字通り民宿のようなたたずまいだった。


「じいちゃん、ただいま! 言われた通り、薪を取ってきたぞ!」


 玄関のとびらを開けながら、カイが声をかける。

 しばらくすると、奥から白いひげをたくわえた老人が出てきた。


「お帰り、カイ。そちらは、お客さんかい。めずらしい格好をしているが……」


 カイの後ろにいる総司と葵に気づき、カイの祖父がものめずらしそうな顔をする。そんな祖父へ向かって、カイは元気に首をふった。


「違うよ。こいつらとは、森の外れで会ったんだ。旅をしているらしいんだけど、その途中で道に迷ったんだと。ほっとくわけにもいかなかったから、連れてきた。しばらく、うちに泊めてやってもいいだろ?」


「そうなのか? まあ、客もいなくて、部屋も空いているからな。別に構わんよ」


「さすが、じいちゃん! 話がわかるぜ!」


 パチンと指を鳴らしたカイが、うれしそうに祖父へ歩み寄る。喜ぶカイの頭をなでつつ、カイの祖父が総司と葵に声をかけた。


「とりあえず、中にお入り。そんな格好のまま外にいたら、体に毒だ。ええと、二人とも名前は何というのかな?」


「ぼく、総司です。お世話になります!」


「わたしは葵です」


 総司と葵がペコリと頭を下げると、カイの祖父はやさしくほほ笑んだ。


「おやおや、ずいぶん礼儀正しい子達だね。わしはヘンリー。カイの祖父だ。ソウジ君、アオイちゃん、何もないところだけど、ゆっくりしておいき」


『ありがとうございます!』


 元気にお礼を言う総司と葵へ、ヘンリーが目を細めたままコクコクとうなずく。


「さてはて、まずは着替えと風呂を用意せねばな。その様子では、すっかり体も冷えてしまっておるだろう」


 ヘンリーが、あれこれ準備をするために奥へ引っこんでいく。宿屋の主人をやっているだけあって、ヘンリーの手際の良さは折り紙付きだ。すぐに風呂と着替えが用意される。

 総司と葵は順番で風呂に入り、用意してもらった服に着がえた。

 総司の服は、背格好の近いカイのものだ。そして葵は、カイの母親が子供のころに使っていた服を貸してもらった。


「二人とも、服はそれで大丈夫かい? 大きすぎたりしないかな?」


「はい。ぴったりです。どうもありがとうございます!」


「わたしも大丈夫です。こんなすてきな服が着られて、とれもうれしいです」


 葵は先ほどから、ずっとごきげんだ。おとぎ話に出てきそうなかわいい洋服が着られて、よほどうれしいのだろう。ニコニコ笑いながら、スカートをつまんだり、クルッと回ったりしている。


「おっ! 二人とも、出てきたな。それじゃあ、付いて来な!」


 総司と葵が互いの服を見せ合っていると、二階からカイが下りてきた。

 どうやら部屋の準備をしてくれていたらしい。カイに連れられ、総司と葵は客室がある二階へ向かった。


「急に客が入るかもしれないから、二人とも同じ部屋ってことでいいか?」


「泊めてもらえるだけでもありがたいんだから、わたしは大丈夫よ」


「アオイが構わないなら、ぼくもそれでOK」


 すまねえな、と言いつつカイが案内したのは、ベッドが二つと机が一つあるだけの小さな部屋だ。二人の自宅の部屋とは比べると、実に簡素である。

 けれど、急に知らない世界へ投げ出された二人にとって、その部屋は涙が出るほど心落ち着ける空間であった。


「何もない部屋だが、まあ自由に使ってくれよ」


「ううん。すごくいい部屋だよ。ありがとう、カイ」


「ありがとう」


 そろって何度目になるかわからないお礼を言う、総司と葵。

 すると、カイもまた照れくさそうに笑った。


「だから、気にするなって。さて、それじゃあ下にもどって、メシ食おうぜ!」


「うん!」


「わたし、お腹ペコペコ」


 カイに続いて一階におりる。そうしたら、ヘンリーが二人のために温かいスープを用意していてくれた。ヘンリーの気づかいに、二人は体だけでなく心も温まる気がしたのだった。



          * * *



 食事を終えて部屋にもどった総司と葵。

 窓の外は、すっかり真っ暗だ。二人は明かりをつけたランプを間に置いて、今後のことを話し合っていた。


「やっぱりぼくは、ここがあの白紙の本の中だと思うんだ」


「うん。わたしもそう思う。でもそれなら、わたしたちはちゃんと元の世界に帰れるの? もしかしたらわたしたち、このまま……」


 ここが本の中の世界だということは、二人とも何となく理解していた。

 だが、それがわかったところで、帰り方がわかるわけではない。昼間は色々あって深く考えずにいられたが、こうやって落ち着いてしまうと恐怖が先に立つ。

 このまま家に帰れないのではないか。そんな不安が見え隠れする表情で、葵はうつむく。


「大丈夫だよ、葵。ぼくたちはきっと帰れるよ」


「どうしてそんなことが言えるの?」


「ぼくたちがこの世界に来る前に聞こえた、あの声。あれがきっとヒントなんだ」


「あの声って、あの頭の中に聞こえてきた、『物語をつむぎ直して』ってやつ?」


 首をかしげた葵に、総司がコクリとうなずく。彼はそのまま「ぼく、ちょっと考えていたんだけどさ……」と話を切り出した。


「あの本は、何らかの理由で自分の物語を忘れちゃったんじゃないかな。だから、自分の物語を思い出すために、ぼくらを物語の世界に招いた」


「そうね。そうかもしれない。でも、それがどうしたの?」


「だったらさ、この本が物語を思い出したら、ぼくらはこの世界に入らなくなる。そしたら、ぼくらも元の世界に戻れるんじゃないかな」


 そう言って、総司が葵にほほ笑む。

 知らない世界に放りこまれて、総司だって内心では心細い。しかし、それでも総司は葵を安心させるように笑うのだ。

 自分たちは一人きりじゃない。二人ならきっと乗りこえられる。そう葵に伝えるように。


「ソージ……。うん、そうね。二人できっと帰りましょう」


 そして、総司が笑顔に託した思いは、葵にもしっかり伝わったようだ。葵の顔から、少しだけ不安の色が消えた。


「でね、ぼくはやっぱり、カイが何かカギをにぎっていると思うんだ。ぼくたちとカイが出合ったのは、きっと偶然じゃない。だから、もう少し様子を見てみるべきだと思う」


「なるほど……。うん、そうね。わたしもソージの意見に賛成」


「よし! これからの方針も決まったことだし、今日はもう寝よう。色々あって、今日はつかれたよ」


 これからどうするか決まったことで、緊張の糸が解けたのだろう。総司が「ふぁ~」と大きなあくびをした。


「あはは。私も眠たいかも。――それにしても、ソージと同じ部屋で寝るのって、すごく久しぶりだね」


「小学校の低学年くらいまでは、よくお互いの家に泊まったりしていたけどね」


「最近は、そういうこともしなくなったもんね。そう考えると、こういうのも林間学校みたいでなんか楽しいかも」


 ベッドに入った葵が、ニッコリと笑う。不安が薄らいで、葵もいつもの調子がもどってきたようだ。


「そうだね。せっかく本の中に来たんだ。楽しんでいこう。――さてと、それじゃあ明かりを消すよ」


「うん、わかった。おやすみ、ソージ。」


「おやすみ、アオイ」


 ランプの明かりを消し、総司も布団の中へもぐりこむ。

 完全につかれ切っていた二人は、すぐに深い眠りへと落ちていったのだった。


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