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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希
第二章 雪の国
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カイ

 光がおさまると、総司と葵の体を冷たい空気が包みこんだ。

 固く閉じていた目を、二人が恐る恐る開ける。するとそこは、総司たちが見慣れた図書室ではなくなっていた。


「ここは……一体……」


 目の当たりにした光景に、総司がぼう然とした様子でつぶやく。となりでは、葵も言葉が出ないという顔で立ちつくしていた。

 二人の眼前に広がるのは、見渡す限り一面の銀世界だった。空は厚い雲に覆われ、しんしんと雪がふっている。

 総司たちからしてみれば、ひどく現実味のない景色。しかし、ほっぺたに落ちてくる雪の冷たさが、これが夢ではなく現実なのだと物語っていた。


「ソージ……。これ、どういうこと?」


「ぼくにも、何が何だか……。けど、とにかくどこか寒さをしのげるところを探そう。こんな格好で外にいたら、カゼひいちゃうよ」


「う、うん……」


 春物の洋服では、防寒具にはなりえない。それに、上履きに雪解け水が染みこんできている。このままではカゼをひくどころか、すぐに凍え死んでしまうだろう。

 放心状態から脱した二人は、あわてて寒さをしのげる場所を探し始めた。

 とりあえず辺りを見回すと、すぐ近くに暗い森が広がっているのが見える。森の反対側は、雪で真っ白になった丘となっていた。

 だが、近くに雪と寒さをしのげそうな建物などは見当たらない。


「小屋どころか、人の気配もない」


「どうしよう、ソージ……」


 何もない雪原で、途方に暮れる総司と葵。

 すると、その時だ。


「おーい! お前ら、そんなところで何してんだ?」


 突然、森の方から声をかけられた。

 総司と葵がびっくりしてふり返ると、栗色の髪をした男の子が、森の中から出てきた。

 ヨーロッパの方の民族衣装みたい服の上にマントという出で立ち。もしかしたら、この近くに住んでいる少年かもしれない。

 男の子は薪とオノを乗せたそりを引いて、総司と葵の方へ歩いてきた。


「お前ら、旅人か? そんな格好していると、カゼひいちまうぞ」


 人なつっこい笑みをうかべ、少年が総司たちに話しかける。明らかに日本人には見えないが、とても上手な日本語である。それと、見たところ総司や葵と同じくらいの年ごろのようだ。


「いや、ぼくたちは、ええと……。なんて言ったらいいのかな?」


「わたしたち、ちょっとしたわけがあって、二人で旅をしているの。だけど、道に迷ってしまって……。わるいけど、ここがどこか教えてくれない?」


 口ごもってしまった総司の横で、葵が機転を利かせて少年に応じる。

 すると、少年はきょとんとした顔で、葵の質問に答えた。


「ここか? ここはケセド王国のはずれにある、エルピスって村の近くだ。それよりお前ら、道に迷ったってことは泊まる場所もないのか?」


「うん。実はそうなんだ……」


 少年の言葉に、総司がしょんぼりとうなずく。

 そんな総司たちを、気の毒に思ったのだろう。少年は、すぐさまこう提案してきた。


「なら、オレの家に来いよ。いつまでも、こんなところにいたらカゼをひいちまうし」


「それはうれしいけど……。本当にいいの?」


「困った時は、お互い様だろ! 気にするな。オレの名前はカイ。お前たちの名前は?」


「ぼくは総司。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


「わたしは葵よ。よろしくね!」


「ソウジとアオイか。よろしくな! まあ、立ち話もなんだし、早速行こうぜ」


 そう言ったカイは再びそりを引き、丘の方へ向って歩き出した。

 総司と葵も、その後ろについて歩き出す。


「よかったね、ソージ。凍える前に人と会えて」


「うん。それに言葉も通じるみたいだし、本当に助かったよ」


 カイの後ろを歩きながら、総司と葵が小さな声で会話をする。

 すると、前を歩いていたカイが突然ふり向き、二人に話かけてきた。


「なあ、お前ら、どこから旅してきたんだ? めずらしい格好だし、旅人にしては荷物も少ないようだけど」


「ええと、ぼくたちは『日本』っていうところから来たんだ。荷物が少ないのは、何も持たずに来てしまったせいというか、なんというか……」


「ニホン? 聞いたことのないな。そこって遠いのか?」


「そうね。たぶん、とても遠いところよ」


 カイの問いかけに、葵が遠くを見るような目で答える。

 葵の表情に何か感じるものがあったのだろう。カイも神妙な顔つきで、言葉を続けた。


「そんな遠いところから、子供二人で旅をしてきたのか。そいつは大変だな。しかも、旅の荷物も満足に持たずになんて……。大方、旅の途中で路銀がつきて、さまよう内に道に迷ったとか、そんなところか?」


「うん、似たようなものだよ。でも、すぐにカイが通りかかってくれて助かった。君に会えなかったら、ぼくらはあの場で凍え死んでいたかもしれない。本当にありがとう」


「ハハハ。そいつはよかった!」


 お礼を言う総司に向かって、カイが豪快に笑う。そんな彼に対し、今度は葵が質問を投げかけた。


「ここは、雪がすごいよね。ねえ、カイ。ここは雪がよくふる土地なの?」


「…………。いいや、そんなことはない。昔は、こんなに雪ばかりの土地じゃなかった」


 急にピタリと笑うのを止めたカイが、かたい声でつぶやく。

 彼は森の方へと視線を向け、さらに言葉を続けた。


「でも一年くらい前、あの森の奥に魔女が住み着いて、雪をふらせ始めたんだ。おかげで、今は国中大変なことになっている。オレの父さんと母さんも仕事がなくなって、王都へ出稼ぎに行っちまった」


 くやしそうな顔で、カイが森の奥をにらむ。

 カイが語るには、半年前、王都から騎士団がやってきて、魔女を倒しに行ったらしい。

 しかし、森の奥には変な霧がかかっていて、魔女のアジトまでたどり着けなかったそうだ。


「騎士団は村に留まって何とかしようとしているけど、今のところ打つ手なしなんだ」


「そうだったんだ。ごめんなさい。『雪がすごいね』なんて、無神経なこと言って……」


 カイの話を聞いて、葵がしょんぼりしながらあやまる。


「気にするなよ。悪気があったわけじゃないんだしさ。それにあんな魔女、いつかオレが倒してやるんだ!」


「魔女を倒すって、そんなことできるの?」


 総司がびっくりした声で、カイに尋ねる。

 するとカイは、総司の前でこぶしをグッとにぎりしめ、力強い笑みをうかべた。


「今は無理かもしれないけど、いつか倒してやるさ。それで、オレはみんなからしたわれる英雄になるんだ! ――って、すまねえ。こんなところで立ち止まっている場合じゃないな。体が冷えちまう」


 そう言って、カイが再び前を向いて歩きだす。

 総司と葵もその背中を追って、再び雪道を進み始めるのだった。


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