表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/24

白紙の本の物語

 総司と葵が目を開けると、そこは元の図書室だった。

 窓の外は日が暮れ、大きな三日月が出ている。


「ここは……学校の図書室?」


「ぼくたち、帰ってきたのかな……」


 ぼう然とした様子で、顔を見合わせる二人。まだ夢見心地といった顔だ。

 すると、カウンターの方から女の人の声が聞こえてきた。


「あら? あなたたち、まだ帰ってなかったの? もう閉室の時間は過ぎているわよ」


「神田先生!」


 注意するような口調で話しかけてきたのは、学校司書の神田先生だ。

 なつかしい先生の姿に、総司の気がゆるむ。おかげで口をついて、タイムトラベラー御用達の質問が飛び出してしまった。


「先生、あの、今日は何日ですか?」


「へ? 十五日よ。急にどうしたの? まさか、転寝しちゃって寝ぼけているとか?」


 おかしそうに笑いながら、先生が壁にかけたカレンダーを示す。

 日めくりカレンダーの日付は四月十五日。総司たちが、本の世界へ送りこまれた日のままだ。加えてカレンダーの上にある壁時計を見てみれば、針は五時十分を指していた。


「たったの三十分くらいしか経っていない……」


「どういうことなの、ソージ。わたしたち、あっちで一カ月以上過ごしていたのに……。もしかして、今までのは全部夢だったの?」


「そんなまさか! 二人とも同じ夢を見るなんて、あるわけないよ」


 総司が戸惑いながらも首をふる。

 二人とも、まるで狐につままれたような心地だ。

 あの世界での出来事は、本当に夢だったのか。カイたちとの出会いは、ただの幻だったのか。

 答えがわからず、もやもやとした思いが、総司と葵の心を満たした。


「二人とも、何かあったの?」


 総司と葵のただならぬ雰囲気に気づいたのだろう。神田先生も、不思議そうな様子で二人を見ている。

 と、そこで先生が総司の手元に目を向けた。


「あら? 総司君、その古そうな本は何?」


「え? ああ、ええと、この本は……」


 神田先生に言われ、総司は自分がまだ白紙の本を持ったままであることに気づいた。

 何気なく、手の持った本へ目を落とす総司。そして彼は、「え!」とおどろきの声を上げた。


「アオイ、見て!」


「どうしたのよ、ソージ。そんな血相を変えて」


 言われた通り、葵も総司が持つ本をのぞきこむ。

 次の瞬間、彼女も総司同様、おどろきで目を丸くした。


「本が……白紙じゃなくなってる!」


 そう。総司の手にあったのは、あの白紙の本ではなかったのだ。表紙には綺麗な絵が描かれ、背表紙には『カイの大冒険』と箔押しのタイトルが刻まれている。

 中を見てみれば、そこには無数の文字で懐かしい冒険の数々が描かれていた。

 そして、本の最後のページには――。


「あはは」


 最後のページを見た総司と葵が、とびっきりの笑顔になる。そこには、満面の笑みをうかべるカイとアイリスの挿絵が描かれていたのだ。

 カイとアイリス、他のみんなも確かにここにいる。

 仲間たちの存在を本から感じ、二人の心がじんわりと温かくなる。

 すると、その時だ。本が再び光を放ち、総司と葵を包みこんだ。



     * * *



 光が弱まり、二人が眼を開けると、そこは真っ白な空間だった。


「ここは、一体……」


「わたしたち、また本の世界に来ちゃったの?」


 辺りを見回す総司と葵。しかし、その表情に不安や恐怖はない。

 ここはきっと怖いところではない。

 そんな確信が二人にはあった。

 すると……。


 ――総司君、葵さん。


 二人を呼ぶ声が、白い世界に響く。それは、総司たちは本の世界に導いた、あの声だ。

 しかし、今回はそれだけで終わらなかった。

 なんと二人の前に、突然一人の若い女の人が現れたのだ。

 ゆるい三つ編みがよく似合う、ほんわかした温かみを感じさせる女性だ。彼女は、総司と葵に笑いかけ、ペコリと頭を下げた。


 ――ありがとう、総司君、葵さん。カイとアイリスを助けてくれて。この本の物語を、もう一度つむいでくれて。本当に、本当にありがとう。


 今まで頭の中に聞こえてきた声と同じ声で、彼女は総司と葵にお礼を言う。

 総司と葵はすぐに悟った。彼女は、この物語を書いた作者さんなのだと……。

 二人に助けを求めてきたのは、本に宿った作者さんの思いだったというわけだ。

 そして彼女は、願いを聞き届けた二人に、感謝を伝えに来てくれたのだろう。

 ただ――。


「あの、お顔を上げてください」


 彼女に伝えたいことがあったのは総司たちも同じ。二人は、真っ直ぐ作者さんを見つめ、こう言った。


「ぼくたちの方こそ、ありがとうございました。あんなにも素敵な物語に出会えて、すごくうれしかったです」


「カイたちと出会えて、いっしょに冒険できて、わたしたち、すごく楽しかったです!」


 先ほどの作者さんと同じように、総司たちもペコリとお辞儀をする。

 二人にとって、人生の宝となるような出会いと冒険。そこへ導いてくれた彼女に、総司と葵もあふれんばかりの感謝を伝えた。


 ――楽しかった、か……。うふふ。そう。そう言ってもらえて、私もとてもうれしいわ。


 総司と葵――最高の読者たちの感想を聞き、彼女がふわりとほほ笑む。

 すると、白い光が再び総司と葵を包み始めた。

 彼女との束の間の語らいが、もう終わりを迎えるのだ。

 光が次第に強くなり、女の人の姿は見えなくなっていった――。



     * * *



 ハッとして、総司と葵が周囲を見回す。そこはもう、いつもの図書室だった。


「二人とも、どうかしたの?」


 急におかしな行動を取った総司たちへ、神田先生が首を傾げながら聞く。どうやら先生には、本の光も何も見えなかったらしい。

 一方、総司は「なんでもありません」といたずらっ子のような笑みで答える。

 そう。それはまるで、カイのような笑顔だ。


「それよりも先生、ぼく、この本を借りたいんですけどいいですか?」


「え? ええ、もちろん」


「やった! ありがとうございます!」


 本をしっかり胸に抱き、総司が神田先生に向かって頭を下げる。

 そうしたら、葵が不満そうな声を上げた。


「あ、ソージだけずるい。私もその本を読みたいよ!」


「なら、いっしょに読もうよ、アオイ」


「うん! そうこなくっちゃ!」


 すぐに貸し出しの手続きをして、総司と葵は図書室を飛び出していく。

 そのまま校舎を出た二人は、競うように校庭を駆け抜けた。


「ソージ、はやくはやく! 急いで帰って、その本読むんだから!」


「待ってよ、アオイ。そんなに急がなくても本は逃げないよ」


 前を走る葵が、家に着くまで待ちきれないといった様子で総司を呼ぶ。総司からも、言葉とは裏腹に、早く本が読みたいという思いが伝わってくる。

 月明かりに照らされる街の中、二人は思い出の詰まった本を手に、満面の笑みで家路に着くのだった。


〈了〉


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ