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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第八章 新たな英雄
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また会おう

 祭も終わり、平和な日常がもどったケセド王国。

 その王都を後にした総司たち三人は、久しぶりにエルピス村へともどってきた。

 もちろん、魔女の親子とアルバスもいっしょだ。魔女の親子は国王の勧めもあり、村に住むことになっている。アルバスはさすがに村の中へ入れないので、森の中から親子を見守るそうだ。

 カイの両親は、残念ながらいっしょに帰ってこられなかったが、悲しむことはない。彼らも、出稼ぎの仕事が終わればすぐにでも帰ってくるだろう。

 みんな、それぞれの幸せを手に入れ、明るい未来へと歩き出している。

 ただ、そんな中にあって、少しうかない表情をしている者が二人いた。そう――総司と葵だ。


「わたしたちの役目は……もう終わっちゃったんだよね」


「うん。ぼくらは、きっとやり遂げることができたんだ」


 オーガたちを倒し、アイリスも助けだした。ケセド王国も平和を取り戻した。まごうことなきハッピーエンドだ。

 それ故に、白紙の本に書かれた物語はもう終わりが近いと、二人は考えていた。


「元の世界にもどったら、もうみんなと話せなくなっちゃうんだね。わたし、アイリスともっとお話ししてみたかったなぁ」


「うん……。ぼくも、もっとみんなといっしょにいたいよ」


 村へもどった日の夜、総司と葵はこの世界での冒険を思い出していた。

 突然放りこまれてしまった、本の中の世界。最初は、すぐにでも帰りたいと思っていた。

 でも、総司と葵は二人きりじゃなかった。カイやアイリス、他にもたくさんの仲間ができた。辛いこともあったけど、いっぱい笑い合うことができた。たくさんの出会いと冒険の中で、絆を育むことができた。

 考えれば考えるほど、ここで出会った人々との別れが悲しく思えてくる。

 それくらい、この世界のことが大好きになった。

 でも、別れの日は必ず訪れる。きっと今夜が、この世界で過ごす最後の夜になるだろう。

 総司と葵は、直感的にそう理解していた。


「明日、みんなにしっかりお別れを言おう。それに、お礼も」


「うん、そうね。――最後まで笑っていられるか、自信ないけど……」


 二人はみんなに別れを告げる決心をして、眠りに落ちていくのだった。



          * * *


 

 次の日、総司と葵はカイやヘンリー、魔女の親子と共に、森の入口へやってきた。総司たちが頼み、みんなに集まってもらったのだ。

 総司たちが来たことに気づき、アルバスも森から出てくる。

 共に戦った仲間達。お世話になった人々。集まったみんなの顔を見回し、総司はゆっくりと口を開いた。


「みんな、集まってくれてありがとう。今日は、みんなに大事な話があります」


「どうしたんだよ、ソウジ。急に改まって」


 いつになく真剣な面持ちで話す総司に対し、カイがいつもの気楽な調子で尋ねる。

 だが、総司のうかべる緊張気味の表情は崩れない。

 葵とアイコンタクトを交わし、総司は真実を語るための口火を切った。


「今まで黙っていたけど、ぼくたちは別の世界からここへ来たんだ」


「わたしとソージは、声しか知らない誰かの意思で、突然ここに送りこまれたの」


 二人で何度も練習したセリフを、大切な仲間たちへしっかりと伝える。

 総司と葵にとって、これは正に一世一代の告白だ。

 別の世界から来たなんて、ふつうに考えても突拍子もない話である。

 この告白を聞いたみんながどんな顔をするか。あきれられるかもしれないし、ありえないと笑われるかもしれない。

 正直なところ、二人の心の内は不安でいっぱいだ。

 それでも、みんなには本当のことを伝えたい。たとえ信じてもらえなくても、真実を黙ったままお別れはしたくない。

 そんな二人の決意に満ちた告白に、カイは『思い出した!』という顔で手を打った。


「ああ、そっか。だからお前ら、初めて会った時、旅人っぽくない格好でここにいたんだな。何か変だなとは思っていたけど、そういうことだったのか」


 納得したという面持ちで、カイがうんうんとうなずく。総司たちの話を疑っている気配はこれっぽっちもない。完全に二人の話を信用している様子だ。

 おかげで総司と葵は、肩すかしを食らったような顔になってしまった。まさかこんなにもあっさりと納得されるとは思っていなかったのだ。


「ええと、ぼくたちの話、信じてくれるの?」


「当然だろ。まあ、確か途方もない話だけど、お前たちがそう言うなら信じるさ」


 とまどいながら聞く総司に、カイがあっけらかんと答えた。

 いつもと変わらない調子のカイに、総司と葵は目を白黒させる。

 するとカイは、戸惑う二人へ自分の思うところをありのままに告げた。


「いいか? 例えこの世界の誰もがお前たちの話を信じなかったとしても、オレは信じる。共に戦い、共に笑った仲間の言葉を疑ったりしない。――みんなもそうだろ!」


 ニカッと笑ったカイが、ヘンリーたちの方をふり返った。


「ああ、カイの言う通りだ。それに、どこから来た人であろうとも、君たちがいい子であることに変わりないよ」


「短いつき合いとはいえ、私もお前たちの人柄はよくわかっているつもりだ。お前たちの目を見れば、先ほどの話が真実であるとすぐにわかるさ。疑うわけがない」


「ええ。あなた方がそう言うのであれば、それがきっと真実なのでしょう」


 ヘンリー、アルバス、メアリが迷いなく肯定する。みんなの信頼から出る言葉に、総司と葵は胸がジーンと温かくなった。


「ありがとう、みんな。ぼくたちの話を信じてくれて。それと、今まで黙っていてごめん」


「あはは、そんなこと気にするなよ」


 あやまる総司を、カイが笑って許す。

 文字通り、まったく気にしていないのだろう。まったくもってカイらしい。


「でも、何でいきなりそのことを話す気になったんだ?」


「バラムを倒したことで、ぼくたちがこの世界にいる理由はなくなった。だからぼくたちは、もう元の世界に帰るんだ」


「それで、昨日の夜にソージと話し合ったの。みんなに本当のことを話そうって。そして、ちゃんとみんなにお礼とお別れを言おうって」


 突然のお別れ。今日ここに呼ばれた理由を知り、カイたちが息を飲む。

 みんなが言葉をなくす中、総司はヘンリーの方を見た。


「ヘンリーさん、ぼくたちのことを温かく迎えてくれてありがとうございました。ヘンリーさんが作ってくれたスープの味、一生忘れません」


「いやいや、わしも楽しかったよ。君たちが来てから家がにぎやかになって、久しぶりに充実した日々だった。ありがとう、二人とも。元気でな」


 ヘンリーはこれまでの日々をなつかしむように、しわだらけの顔をほころばせる。

 続いて、今度は葵がメアリとアルバスの方を向いた。


「メアリさん、アルバスさん、お世話になりました。お二人のおかげで、わたしたちは今回の事件の真実にたどり着くことができました」


「いいえ。お世話になったのは、私たちの方です。あなた方には、どれだけ感謝しても足りません。本当にありがとうございました」


「アオイ、ソウジ……。お前たちがいなければ、私は今も他人を頼ることができずにいただろう。お前たちとの出会いで、私も変わることができた。ありがとう」


 メアリとアルバスは別れを惜しむ様子で、改めて二人に感謝の言葉を述べる。

 そして、総司と葵はそろって、カイとアイリスへと向き直った。


「ぼく、カイと友達になれて、本当にうれしかった。この世界で最初に会えたのがカイで、本当に良かった」


「オレもだ。旅に出る時、『いっしょに行く』って言ってもらえて、それに『大切な友達だ』って言ってもらえて、すげぇうれしかった」


 カイと総司がしっかりと握手をする。

 その横では、今にも泣き出しそうなアイリスが葵に抱きついていた。葵も、そんなアイリスの頭をやさしくなでている。


「アイリスもありがとう。本当はもっとたくさんの話ししたかったけど、残念……。村のみんなと仲良くね」


「はい……。アオイさんもお元気で……」


「うん、ありがとう。アイリス、大好きだよ」


 最後にギュッと抱きしめ、葵がアイリスから離れる。

 それぞれへの別れも済み、総司と葵が改めてその場にいるみんなを見回した。


「ぼく、この世界に来られて、本当によかった。みんなと出会えて、色んな冒険をして、大変だったけど、すごく楽しかった」


「わたしも! 怖いこともあったけど、みんなと出会えて、みんなといっしょに笑い合えて、本当にうれしかった。だから……、」


『大切な思い出をくれて、本当にありがとうございました!』


 総司と葵は目に涙をうかべながら、しかし笑顔でみんなにお礼を言う。

 すると、それに合わせたかのように、二人の体が白い光に包まれ始めた。

 元の世界に帰る時がやってきたのだ。


「色々もらったのは、オレの方だ。お前たちといっしょだったから、この国に平和を取りもどすことができた。大切なことも学べた!」


「私もお二人が助けに来てくれた時、本当にうれしかったです。もっとお二人と仲良しになって、いっぱいお話ししたかったです!」


 カイとアイリスが、光に包まれた二人へ思いの丈をぶつける。


「お前たちのこと、忘れないぜ。ソウジ、アオイ、絶対また会おうな!」


「さよならは言いません。また会えるって信じています!」


 最初に会った時と同じ人なつっこい笑顔のカイと、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえるアイリス。対照的な表情ながら、二人とも再会を信じる言葉を送る。

 その間にも、総司とアオイを包む光は強くなっていった。


「ぼくも絶対忘れない。みんな、元気でね!」


「わたしも! みんな、きっとまた会いましょう!」


 思いは総司と葵も同じだ。二人も再会を誓う言葉をカイとアイリスに返す。

 そして、ついに時間が来たようだ。総司と葵の視界は完全に光に包まれた。

 みんな、本当にありがとう。大好きだよ。

 総司と葵が強く思ったところで、二人の意識は途切れたのだった。


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