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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第八章 新たな英雄
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再会

 バラムは消え去り、手下のオーガたちもいずこかへと逃げていった。これでもうケセド王国をおびやかす者はいない。

 すべての危機を打ち破ったカイたちは、すぐさまメアリの家へ向かった。


「ママ!」


 家の前に立つメアリの姿を見つけて、アイリスが駆け出す。

 およそ一年ぶりの再会だ。アイリスはそのまま、おどろいた顔を見せるメアリに全力で抱きついた。


「ママ……。ママ……」


「ああ、アイリス。無事だったのね。良かった、本当に良かった……」


 再会した我が子を抱きしめ、メアリも安心した様子で涙を流す。彼女の顔にうかぶのは、陽だまりのように温かく、やさしい笑顔だ。

 アルバスも母娘のそばへ行き、満足げに二人を見つめていた。


「カイさん、ソウジさん、アオイさん、本当にありがとうございます。娘を――アイリスを助けだしてくれて……」


「私からも、改めて礼を言わせてくれ。お前たちがいなければ、アイリスを助けることはできなかった。本当にありがとう」


 メアリは三人の手を取ってお礼を言い、アルバスも感謝の言葉を述べる。

 すると、カイは頭の後ろで腕を組み、ニシシと笑った。


「気にするな。オレたちは約束を守っただけだ」


「アイリスを救出できたのは、ぼくたちだけの力じゃないです。エドワードさんや騎士団の人たちがサポートしてくれたおかげです」


 この勝利はみんなでつかんだものだ。

 メアリにそう伝えながら、総司は森の方へ目を向ける。そこには、泥にまみれながらも胸を張って佇む、誇り高い騎士たちの姿があった。


「それに、助けられたのはむしろオレたちだよ。アイリスの魔法がなければ、バラムを倒すことはできなかったからな」


「本当にね。あの時のアイリス、すごくかっこよかったわ」


「私たちの知らないところで、アイリスも成長していたということだよ、メアリ」


 カイと葵が、口々にアイリスの勇気と魔法をほめたたえる。

 アルバスも、アイリスが強く成長したことがうれしいといった様子だ。


「そうですか。――がんばりましたね、アイリス」


 メアリがアイリスの頭をなでる。みんなからほめてもらい、アイリスはうれしさとはずかしさが入り混じった表情で、頬をピンク色にそめた。


「何にしても、これであんたも望まない魔法を使い続けなくていいな」


「はい、そうですね。すぐに雪をふらせる魔法を解きましょう」


 急いで家に入ったメアリが、雪をふらせていた水晶をくだく。

 すると、雪はピタリとやみ、雲も次第にはれて、澄んだ青空が顔を見せた。

 こうして、ケセド王国へ一年ぶりに日の光がふりそそいだのだった。



     * * *



 再会を果たした魔女の親子とアルバス、そして総司たち三人は、騎士団と共に王都へ向かった。これまでに起こったことを、国王に直接伝えるためだ。

 王都にたどり着いた一行は、休む間もなく、国王との謁見にのぞんだ。


「私がこの国にしたことは、許されることではありません。どのような罰でも受け入れる覚悟です」


「ただ見ていることしかできなかった私も同罪です。メアリと共に、いかなる罰でも受けましょう」


 年老いた国王の前でひざまずき、すべての真実を伝えたメアリとアルバス。彼女らは自らの罪を認め、審判の時を待つ。

 そのかたわらで、目に涙をためたまま国王を見つめるアイリス。

 自分のせいで家族が裁かれる辛さ。また一人になることへの恐怖……。

 国王を見つめる瞳には、すべての悲しみがつまっているように思えた。


「……そなたたちの話はわかった。では、そなたたちに罪を償うための罰を与えよう」


 国王の声が謁見の間にひびき、その場にいる全員の視線が集まる。

 ついに判決が下る。全員が声もなく見守る中、国王はおごそかにメアリたちへの罰を告げた。


「メアリ、アルバス……。そなたたちは、もう二度とアイリスの手を離してはならぬ。ずっとそばにいてやれ。――それが、そなたらに与える罰である」


 与えられた罰に驚き、顔を上げるメアリとアルバス。

 その視線の先では、国王がおだやかにほほ笑んでいた。


「しかし、それでは……」


「母が子を思うのは当然のこと。すべては仕方がないこと。そなたらは、自らの罪を心から悔いている。償いは、それだけで十分だ」


 メアリの言葉をさえぎり、国王が彼女たちをやさしく諭す。

 そして、母親と同じく目を丸くしたアイリスを見やり、愉快そうにこう言った。


「それに、アイリスはこの国を救った英雄だ。このくらいの褒美が与えても、誰も文句を言うまいて」


「ありがとうございます、国王様」


「感謝いたします」


 メアリとアルバスの感謝の言葉に、国王は笑みを深める。

 そして、国王はその場にいる者たちを見回しながら高らかに宣言した。


「この話は、これでお終いだ。今は国が救われたことと、新たな英雄の誕生を祝おうではないか。すぐに祭を行うぞ。国民達にも知らせるのだ」


『はい!』


 王の命令を受けて、大臣達が意気揚々と謁見の間を出ていく。

 ケセド王国にとって、久しぶりの明るいイベントだ。

 祭りは三日にわたって続き、国民にも久しぶりに笑顔がもどったのだった。



     * * *



 国王への謁見に祭のパレード、その他もろもろ……。カイは国を救った英雄として、たくさんの仕事をこなさねばならなかった。正に目も回るような忙しさだ。

 おかげで彼が両親のもとを訪ねることができたのは、祭りが終わって三日後のことだった。


「父さん、母さん!」


 逸る気持ちを抑え切れず、カイが王都にある両親の仮住まいへ飛びこむ。

 そんな彼を迎えたのは、ベッドの上で上半身を起こした母とその横に立つ父だった。


「いらっしゃい、カイ」


「母さん、体の方は大丈夫なのか?」


「ええ。雪もやんで、暖かくなってきたからかしら。ここ数日で、大分体が楽になってきたわ」


 ニコニコと力こぶを作ってみせる母親。

 ほほ笑む母親を前にして、カイは満面の笑顔を見せた。


「そうか。あはは、良かった……」


「王都中あなたたちの話で持ちきりよ。私もお父さんから話を聞かせてもらったわ。それに、おじいちゃんからも手紙が来た。――カイ、私のために頑張ってくれたのね。ありがとう。私はあなたの母親であることを誇りに思うわ」


 母親はカイの頭にやさしく手を置く。

 しかし、最後に「でも、もう無茶はしないようにね」と、少し心配そうに釘を刺した。


「えへへ、努力するよ。――でも、約束はできないな。だって、オレはいつかアスランを越える英雄になるんだから」


 ただし、カイは母の心配などどこ吹く風。いたずらをする時のような笑顔で、母の顔を見返す。

 その頭を、今度はカイの父親がなでた。


「ハハハ。アスランを越えるか。さすがはオレの息子だ。大きく出たな。まあ、好きなようにやってみるといいさ」


「まったく、あなたはまたそんなこと言って」


 能天気な父に、母が苦言をもらす。

 しかし、父親もカイと同様、反省した様子はない。

 その証拠に――、


「夢は大きな方がいいじゃないか。それに、カイはもう王国を救った英雄の一人だ。意外と、本当にアスランを越えてしまうかもしれないぞ」


 なんて無責任なことを言い出す始末だ。カイの無鉄砲さは、明らかに父親譲りである。

 そろいもそろってやんちゃな親子に、母親はやれやれとため息をつくのだった。


「まあいいわ。ただし、アスランを目指すのもいいけど、体を壊さないようにね。それと、おじいちゃんに迷惑をかけちゃダメよ」


「うん。わかったよ、母さん」


 いたずらっ子の笑顔をうかべたまま、カイが大きくうなずく。

 その日、久しぶりに両親と再会したカイの顔から、笑顔が消えることはなかった。


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