再会
バラムは消え去り、手下のオーガたちもいずこかへと逃げていった。これでもうケセド王国をおびやかす者はいない。
すべての危機を打ち破ったカイたちは、すぐさまメアリの家へ向かった。
「ママ!」
家の前に立つメアリの姿を見つけて、アイリスが駆け出す。
およそ一年ぶりの再会だ。アイリスはそのまま、おどろいた顔を見せるメアリに全力で抱きついた。
「ママ……。ママ……」
「ああ、アイリス。無事だったのね。良かった、本当に良かった……」
再会した我が子を抱きしめ、メアリも安心した様子で涙を流す。彼女の顔にうかぶのは、陽だまりのように温かく、やさしい笑顔だ。
アルバスも母娘のそばへ行き、満足げに二人を見つめていた。
「カイさん、ソウジさん、アオイさん、本当にありがとうございます。娘を――アイリスを助けだしてくれて……」
「私からも、改めて礼を言わせてくれ。お前たちがいなければ、アイリスを助けることはできなかった。本当にありがとう」
メアリは三人の手を取ってお礼を言い、アルバスも感謝の言葉を述べる。
すると、カイは頭の後ろで腕を組み、ニシシと笑った。
「気にするな。オレたちは約束を守っただけだ」
「アイリスを救出できたのは、ぼくたちだけの力じゃないです。エドワードさんや騎士団の人たちがサポートしてくれたおかげです」
この勝利はみんなでつかんだものだ。
メアリにそう伝えながら、総司は森の方へ目を向ける。そこには、泥にまみれながらも胸を張って佇む、誇り高い騎士たちの姿があった。
「それに、助けられたのはむしろオレたちだよ。アイリスの魔法がなければ、バラムを倒すことはできなかったからな」
「本当にね。あの時のアイリス、すごくかっこよかったわ」
「私たちの知らないところで、アイリスも成長していたということだよ、メアリ」
カイと葵が、口々にアイリスの勇気と魔法をほめたたえる。
アルバスも、アイリスが強く成長したことがうれしいといった様子だ。
「そうですか。――がんばりましたね、アイリス」
メアリがアイリスの頭をなでる。みんなからほめてもらい、アイリスはうれしさとはずかしさが入り混じった表情で、頬をピンク色にそめた。
「何にしても、これであんたも望まない魔法を使い続けなくていいな」
「はい、そうですね。すぐに雪をふらせる魔法を解きましょう」
急いで家に入ったメアリが、雪をふらせていた水晶をくだく。
すると、雪はピタリとやみ、雲も次第にはれて、澄んだ青空が顔を見せた。
こうして、ケセド王国へ一年ぶりに日の光がふりそそいだのだった。
* * *
再会を果たした魔女の親子とアルバス、そして総司たち三人は、騎士団と共に王都へ向かった。これまでに起こったことを、国王に直接伝えるためだ。
王都にたどり着いた一行は、休む間もなく、国王との謁見にのぞんだ。
「私がこの国にしたことは、許されることではありません。どのような罰でも受け入れる覚悟です」
「ただ見ていることしかできなかった私も同罪です。メアリと共に、いかなる罰でも受けましょう」
年老いた国王の前でひざまずき、すべての真実を伝えたメアリとアルバス。彼女らは自らの罪を認め、審判の時を待つ。
そのかたわらで、目に涙をためたまま国王を見つめるアイリス。
自分のせいで家族が裁かれる辛さ。また一人になることへの恐怖……。
国王を見つめる瞳には、すべての悲しみがつまっているように思えた。
「……そなたたちの話はわかった。では、そなたたちに罪を償うための罰を与えよう」
国王の声が謁見の間にひびき、その場にいる全員の視線が集まる。
ついに判決が下る。全員が声もなく見守る中、国王はおごそかにメアリたちへの罰を告げた。
「メアリ、アルバス……。そなたたちは、もう二度とアイリスの手を離してはならぬ。ずっとそばにいてやれ。――それが、そなたらに与える罰である」
与えられた罰に驚き、顔を上げるメアリとアルバス。
その視線の先では、国王がおだやかにほほ笑んでいた。
「しかし、それでは……」
「母が子を思うのは当然のこと。すべては仕方がないこと。そなたらは、自らの罪を心から悔いている。償いは、それだけで十分だ」
メアリの言葉をさえぎり、国王が彼女たちをやさしく諭す。
そして、母親と同じく目を丸くしたアイリスを見やり、愉快そうにこう言った。
「それに、アイリスはこの国を救った英雄だ。このくらいの褒美が与えても、誰も文句を言うまいて」
「ありがとうございます、国王様」
「感謝いたします」
メアリとアルバスの感謝の言葉に、国王は笑みを深める。
そして、国王はその場にいる者たちを見回しながら高らかに宣言した。
「この話は、これでお終いだ。今は国が救われたことと、新たな英雄の誕生を祝おうではないか。すぐに祭を行うぞ。国民達にも知らせるのだ」
『はい!』
王の命令を受けて、大臣達が意気揚々と謁見の間を出ていく。
ケセド王国にとって、久しぶりの明るいイベントだ。
祭りは三日にわたって続き、国民にも久しぶりに笑顔がもどったのだった。
* * *
国王への謁見に祭のパレード、その他もろもろ……。カイは国を救った英雄として、たくさんの仕事をこなさねばならなかった。正に目も回るような忙しさだ。
おかげで彼が両親のもとを訪ねることができたのは、祭りが終わって三日後のことだった。
「父さん、母さん!」
逸る気持ちを抑え切れず、カイが王都にある両親の仮住まいへ飛びこむ。
そんな彼を迎えたのは、ベッドの上で上半身を起こした母とその横に立つ父だった。
「いらっしゃい、カイ」
「母さん、体の方は大丈夫なのか?」
「ええ。雪もやんで、暖かくなってきたからかしら。ここ数日で、大分体が楽になってきたわ」
ニコニコと力こぶを作ってみせる母親。
ほほ笑む母親を前にして、カイは満面の笑顔を見せた。
「そうか。あはは、良かった……」
「王都中あなたたちの話で持ちきりよ。私もお父さんから話を聞かせてもらったわ。それに、おじいちゃんからも手紙が来た。――カイ、私のために頑張ってくれたのね。ありがとう。私はあなたの母親であることを誇りに思うわ」
母親はカイの頭にやさしく手を置く。
しかし、最後に「でも、もう無茶はしないようにね」と、少し心配そうに釘を刺した。
「えへへ、努力するよ。――でも、約束はできないな。だって、オレはいつかアスランを越える英雄になるんだから」
ただし、カイは母の心配などどこ吹く風。いたずらをする時のような笑顔で、母の顔を見返す。
その頭を、今度はカイの父親がなでた。
「ハハハ。アスランを越えるか。さすがはオレの息子だ。大きく出たな。まあ、好きなようにやってみるといいさ」
「まったく、あなたはまたそんなこと言って」
能天気な父に、母が苦言をもらす。
しかし、父親もカイと同様、反省した様子はない。
その証拠に――、
「夢は大きな方がいいじゃないか。それに、カイはもう王国を救った英雄の一人だ。意外と、本当にアスランを越えてしまうかもしれないぞ」
なんて無責任なことを言い出す始末だ。カイの無鉄砲さは、明らかに父親譲りである。
そろいもそろってやんちゃな親子に、母親はやれやれとため息をつくのだった。
「まあいいわ。ただし、アスランを目指すのもいいけど、体を壊さないようにね。それと、おじいちゃんに迷惑をかけちゃダメよ」
「うん。わかったよ、母さん」
いたずらっ子の笑顔をうかべたまま、カイが大きくうなずく。
その日、久しぶりに両親と再会したカイの顔から、笑顔が消えることはなかった。




