決着
「ぎゃああああああああっ!」
バラムが目つぶしの時とは比べ物にならないほどの悲鳴を上げる。
角を折られたオーガの王は、イバラを引きちぎる勢いでのたうちまわった。
「くそ……。おのれ、人間……。許さん、許さんぞ……」
痛みと屈辱にふるえるバラム。イバラから脱出したオーガの王は、左手でオノを引きずりながら、カイたちの方へよろよろと歩み寄る。
血走ったその目からは、鬼気迫る気配が感じられた。
「チッ! 角を折っただけじゃダメなのか」
カイが舌打ちしながら、再び剣を構える。
「消えろ!」
「やらせない!」
オノをふりかぶったバラムの腕をねらって、葵が矢を放つ。
その時、驚くべきことが起こった。
「ぐわっ!」
なんと放たれた矢が、吸い込まれるようにバラムの腕を貫いたのだ。
「何だ? さっきまでは、傷一つ付けられなかったのに……」
「もしかしたら、あの角がバラムの力の源だったのかも。それがなくなって、鉄の肌を保てなくなったんじゃ……」
無敵を誇っていたバラムの鉄の肌が、ついに破られた。
その事実におどろくカイの後ろで、総司が考えられる可能性をつぶやく。
それはつまり、今ならどんな攻撃もバラムに通るということだ。
「ソウジの予想が当たったってわけか……。何にしても、今がチャンスだ。一気に勝負を決める!」
「うむ。行くぞ、カイ!」
カイとアルバスが、それぞれバラムに向かって走る。
けれど、バラムもただ立ちつくしてはいない。すぐに応戦のため、オノをふりかぶった。
「調子に乗るな、人間ごときがぁ!」
「そんな大振り、くらうかよ!」
どなり声と共にふってくるオノを、カイはバラムのふところに潜りこんでかわす。そのまま先ほどと同じように股の間を抜けながら、今度はその足を深く切りさいた。
「ちょこまかとしおって」
だが、バラムは傷をものともせず、走り抜けたカイの背に追い打ちをかけようとする。
「そうはさせぬ!」
「ぐぬぅ!」
アルバスが傷を負っていない方の足に思い切りかみつき、バラムの動きを止めさせる。
両足に深い傷を負い、バラムは立っていることができずに両ひざをついた。
「忌々しい、忌々しい……。またも我の前に立ちはだかるのか、人間……」
バラムはオノを杖代わりにして立ち上がり、カイと対峙する。
その目の宿るのは、決して消えることのない恨みの炎だ。
「その目……、その目だ。アスランと同じその目……。気に入らぬ、気に入らぬ……。人間など我の前にひざまずいておればよいのだ! ぬがぁああああああああッ!」
不屈の闘志を見せるカイの中に、かつて自分を倒した英雄の姿を見たのだろう。
眼前に立つカイをにらみ、バラムが雄叫びを上げる。怒りに燃えるバラムに、もはや理性は残っていない。今のバラムにあるのは、カイを倒すという意志だけだ。
次で勝負が決まる。
直感でそう悟ったカイも剣を構え、バラムに向かって叫び返した。
「バラム、最後の勝負だ!」
「こしゃくな! 蹴散らしてくれるわ、人間!」
カイが真正面からバラムに向かって突っこむ。バラムもそれを待ちかまえるように、オノを頭上にふりあげた。
「消えろ、我に刃向う虫けらが!」
「――ここだ!」
バラムの渾身の一撃が放たれる寸前、カイが懐から短刀を投じる。
「ぐわっ!」
短刀は狂いなく右目に突き刺さり、バラムは悲鳴を上げながらのけぞった。
今こそ、最大のチャンス。カイが渾身の力で地面を蹴る。
『いけ、カイ!』
「うぉおおおおおおおお!」
総司たちの声を背に受け、カイがバラムにせまる。
裂ぱくの気合と共に全身の力を集めたカイは――、
「これで――終わりだぁああああ!」
のけぞったことでガラ空きになったバラムの胸に剣をつき立てた。
瞬間、バラムの目が、カッと大きく見開かれる。
「ば、ばかな! 我が、このような人間ごときに……。人間ごときにぃいいいいいいいいっ!」
断末魔を上げたバラムが、あお向けに倒れて動かなくなる。その目に、すでに光はない。
そして、まるで地獄へ帰って行くように、バラムの体は黒い煙となっていった。
「……オレ、やったのか?」
煙になっていくバラムを見つめ、カイが呆然と立ちつくす。まだ、勝ったという実感がないのだ。
ただ、カイが呆けていられたのも、束の間のことだった。なぜならカイに向かって、総司、葵、アイリスがものすごい勢いで飛びついてきたから。
「やったよ、カイ! ぼくたち、勝ったんだ!」
「もう誰も、辛い思いをしなくてすむのよ!」
「こんな日が来るなんて……本当に信じられません!」
カイに抱きつき、喜びを爆発させる総司たち。カイも最初は「おお?」と目を白黒させていたが、すぐに力強い笑みを見せ――、
「ああ! オレたちの――ケセド王国の勝利だ!」
と、気炎をあげた。
するとそこへ、エドワード率いる騎士団が駆けこんできた。
「みなさん、バラムは?」
「もう大丈夫だ。この子たちが見事、打ち倒してくれた」
煙に帰って行くバラムを示しながら、アルバスが言う。
狼の言葉を聞いたエドワードは、「そうですか」と表情をゆるめた。
「みなさん、本当に良くやってくれました。どうもありがとう」
まるで国民を代表するように、エドワードが心から感謝の言葉を述べる。
そして騎士たちも、新たな英雄の誕生をたたえながら、喜びと共に総司たちへ駆け寄った。
百年の時を越えて、再びケセド王国に訪れた危機。しかしその災厄は、四人の小さな英雄と勇敢なる狼によって打ち払われたのだった。




