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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希
第一章 白紙の本
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図書室の不思議な本

 ――キーンコーン、カーンコーン。


 校舎に放課後を知らせるチャイムが鳴りひびく。生徒たちにとって、一日で一番うれしい鐘の音だ。


「よし。今日のホームルームは、これで終わりだ。日直、号令」


「起立、礼」


『さようなら!』


 帰りのあいさつをして先生が出ていくと、クラス中が一気にさわがしくなる。みんな、放課後に何をして遊ぶか、話し合っているのだ。行動の早い男子たちにいたっては、すでに教室から飛び出していった。

 そんな活気に満ちた教室で総司が帰り支度をしていると、葵が話しかけてきた。


「ねえ、ソージ。今日もこれから図書室に行くの?」


「うん、そのつもりだよ」


「じゃあ、いっしょに行こうよ。わたしも先週借りた本があるんだけど、まだ読みたいから続けて借りたいんだ」


「うん、わかった。すぐに支度するから、少し待っててよ」


 葵に返事をしつつ、総司が急いで帰り支度を終える。ランドセルを背負った総司は、葵といっしょに学校の図書室へ向かった。


「そういえば、アオイが今読んでいる本って、どんな本?」


「アーチェリーの入門書よ。お父さんといっしょに教室へ通い始めたから、少しお勉強しているの」


「なるほどね。アオイは運動神経いいから、すぐ上手になりそうだよね」


 うれしそうに本を取り出す葵を見て、総司が何度もうなずく。

 総司には、的の真ん中に次々と矢を命中させる葵の姿が見えているようだ。


「ソージも本ばかり読んでないで、少しはスポーツもやろうよ。いっしょにアーチェリー教室へ通ってみない?」


「うーん、気が向いたらね」


「まったくもう……。いつもそればっかりなんだから」


 興味なさそうな総司の返事に、ほとほとあきれる葵だった。



          * * *



 ――ガラリ……。


 引き戸を開けて図書室に入ると、本特有のにおいが鼻をくすぐった。総司の好きなにおいだ。

 この小学校の図書室は、教室四部屋分の広さがあり、本の数も多い。総司は一年生のころから図書室に通いつめており、卒業までにすべての本を読むのが目標だ。


「じゃあ、わたし、貸し出し更新してくるね」


「了解。ぼくはそこら辺で本を読んでいるよ」


「わかった。じゃあ、またあとでね!」


 そんなやり取りをして、二人は入口のところで一度別れた。葵はカウンターへ行き、総司は四人がけの閲覧席で読みかけの本を開く。

 しばらくすると、手続きを終えた葵ももどってきた。総司の向かいに座った彼女も、黙々とアーチェリーの入門書を読み始める。

 そのまま二人で本を読み続けること、およそ一時間。


「ふぅ……」


 本を読み終えた総司が、力を抜くように一息ついた。時計を見ると、針は四時三十分を指していた。

 総司が向かいの席を見ると、葵はまだ本を食い入るように読んでいた。

 時々、「ふむふむ……」という小さな声が聞こえてくる。これは、葵が集中して本を読んでいる時のクセだ。


「ぼく、この本を返して、次の本を借りてくるね」


「うん……」


「もう少ししたら図書室が閉まる時間だから、帰る支度を始めた方がいいよ」


「うん……」


 総司が何を言っても、葵は本から顔を上げず、生返事をするのみ。心ここにあらずといった様子だ。仕方なく、総司はそのまま席を立つ。

 総司が貸出カウンターへ行くと、エプロンをした女の人が彼を出迎えた。


「あら、総司君。いらっしゃい」


「こんにちは、神田(かんだ)先生」


 名前を呼ばれた女性が、総司に向かってふわりとほほ笑む。

 彼女は神田菜月(なつき)先生。二年前からこの図書室で働いている、学校司書である。図書室に通い詰め総司とは顔なじみで、よくオススメの本を紹介してくれるやさしい司書さんだ。


「その本、もう読んじゃったのね。どうだった?」


「すごくおもしろかったです。義経も彼の家来達も、とてもかっこよかった」


 本を手に持ったまま、総司が興奮した様子で感想を語る。楽しそうに本の話をする総司の顔を見て、神田先生はさらに笑みを深めた。


「うふふ。総司君は本当に読書の天才ね。それとも、本に愛された子かしら?」


「ふえ? そ、そんなことないと思いますけど……」


 急に天才などと言われて、総司が照れくさそうにほっぺたをかく。すると、神田先生はほほ笑んだまま首を横にふった。


「そんなことあるわよ。総司君の歳で、『義経記』を読みこなせる子って、そんなに多くないんだから。十分すごいわ」


「えへへ。ありがとうございます」


 大好きな読書をほめられた総司は、顔を真っ赤にしてペコペコと頭を下げるのだった。


「で、今日はどうする? また何かオススメの本を紹介しましょうか?」


「いえ、今日は大丈夫です。ちょっと読みたい本があるので。また今度、教えてください」


「そう。わかったわ」


 持っていた本を神田先生に返し、総司は書架へ向かった。次に借りたい『平家物語』は、図書室の奥の方だ。総司は胸を躍らせながら、書架の森を進む。

 だが、目的の本棚に向かう、その途中……。


「あれ? 書庫のとびらが……」


 いつもは閉まっている書庫のとびらが開いているのに気づき、総司は足を止めた。


(これは、チャンス!)


 ずっと図書室に通っている総司でも、書庫の中を見たことはない。とびらの前まで行った総司は、書庫の中をこっそりとのぞいた。


「へえ。書庫の中ってこうなっているんだ」


 うす暗い部屋の中には、総司よりもずっと背の高い書架がぎっしりと並んでいる。

 図書室よりも濃い本のにおいに、総司の心はときめいた。

 と、その時だ。


「あれ? これは……」


 書庫の壁際に、ぽつんと一台だけある机。おそらく、本を一時的に置いておくためのものだろう。その机の上にのっていた一冊の本が、総司の目に入った。


 ――総司君……。


「え?」


 その本を目に留めた瞬間、総司の頭の中に夢の中で聞いた女性の声がひびいた。

 ハッとした様子で辺りを見回す総司。彼はとっさにその本をつかみ、急いで葵の所へともどって行った。



          * * *



 閲覧席にもどると、葵は先ほどと変わらず、本を読み続けていた。


「アオイ、大変だ!」


「うわっ!」


 総司のあわてた声に、葵がびっくりして顔を上げる。葵は、まるでお化けでも見るような表情で、総司を見上げた。


「そんな大きな声出してどうしたの? ここ、図書室だよ」


「この本から、声が聞こえたんだ!」


「声? 何それ?」


「今朝話した、夢の中で聞こえた声だよ!」


 興奮した様子でまくし立てる総司に、葵があきれた様子でため息をついた。


「ソージ……。本を読みすぎて、とうとう頭がおかしくなっちゃった?」


「本当なんだってば!」


 信じてくれない葵にムッとしながら、総司は机の上で持っていた本を開いた。


「あれ?」


 開いたページを見て、総司がきょとんとした声を上げる。総司の反応が気になったのか、葵も本をのぞきこんだ。


「何も……書いてないね」


「うん……」


 葵の言う通り、その本には何も書かれていなかった。総司がパラパラとページをめくってみるが、どのページも白紙だ。

 一度本を閉じて、表紙や背表紙を見てみるが、タイトルも作者も書かれてはいない。


「何なんだ、この本。何も書かれていない」


「ソージ、本当にこの本から声が聞こえたの?」


 葵が総司に疑いの眼差しを向ける。葵から向けられた視線に、総司はだんだん自信がなくなってきていた。


(うーん……。確かに声が聞こえた気がしたんだけど……)


 白紙の本を前に、総司が首をひねる。

 すると……。


 ――お願い、二人とも。この本の物語をもう一度つむいで……。


 自らの存在を証明するように、総司の頭に再び声がひびいた。それも、今までよりずっと強くはっきりと。


「そ、ソージ……。何なの、今の声……」


「もしかして、アオイにも聞こえたの?」


 総司がおどろいた様子で尋ねると、葵がぼう然とした顔でうなずく。どうやら総司だけでなく、葵にも声が聞こえるようになったようだ。

 だが、彼らの身に起きた変化は、それだけにとどまらなかった。


「うわっ!」


「何よ、これ!」


 総司と葵が、自分たちの体を見つめ、戸惑いの声を上げる。何と二人の体を、白い光が包み始めていたのだ。

 あわてて二人が白紙の本を見れば、そのページも同じ色の光を発している。まるで二人のことを呼びこもうとしているように……。

 光は瞬く間に強さを増し、二人の視界を白の世界で満たしていった。


「わぁああああああああああ!」


「きゃああああああああああ!」


 光に全身を包まれた総司と葵が、大きな悲鳴を上げる。しかし、その悲鳴も光の中に吸いこまれ、ただ消えていくだけだった。


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