反撃の狼煙
三人を背中に乗せ、アルバスが森の中を駆け抜ける。
乱立する木々など何のその。アルバスは木々の間を縫うように、猛スピードで駆けていく。その様は、まるで森がアルバスのために道を開けているかのようだ。
「速い、速い!」
「これなら、あっという間に村へ帰れるぜ!」
「あまりしゃべるな。舌をかむぞ」
背中ではしゃぐ葵とカイを、アルバスがたしなめる。
「ごめんなさい、アルバスさん」
「別に謝らなくてもいい。急ぐから、しっかりつかまっていろよ」
アルバスに言われ、総司たちが身を低くして、彼の背中につかまり直す。それを感じ取ったアルバスは足に力をこめ、さらにスピードを上げるのだった。
* * *
村に帰り着いたカイたちが騎士団を訪ねると、彼らは迅速かつ丁寧に対応してくれた。
隊長自ら村の入り口まで出向き、アルバスを交えての話し合いに応じてくれたのだ。
「はじめまして。私が騎士団魔女討伐隊の隊長、エドワードです」
三人と一匹の前に現れた隊長のエドワードは、物腰柔らかで優しそうな青年だった。
「魔女について私たちに話があるそうですが、どのようなお話でしょうか?」
「はい、実は……」
エドワードにうながされ、総司が代表して今まで見聞きしたことを説明する。アルバスも総司の話に付け加える形で、説明を助けてくれた。
総司の説明に対するエドワードの対応は、誠実の一言に尽きるだろう。彼は総司を子供とあなどることなく、真剣に話を聞いてくれた。
エドワードの対応に感謝しつつ、総司は小一時間ほどかけて話をし終えたのだった。
「……なるほど。お話はわかりました。しかし、バラムがもどってきたというのは、魔女――メアリ殿とそこのアルバス殿の話以外に証拠がないのですよね?」
話を聞き終えたエドワードが、総司に向かって確認するように言う。彼は腕を組みながら、少し困ったという様子でほほ笑んでいた。
「正直なところ、今のお話だけで騎士団を動かすのは難しいです」
「そんな……」
エドワードの言葉に、葵が悲しそうな声を上げる。
すると、今度はアルバスが困り顔のエドワードの前へ進み出た。
「貴殿の言い分はもっともだ。証拠もない中、騎士団を動かせないのもわかる。――だが、無理を承知でお願いしたい。どうか、私たちの話を信じて、力を貸していただきたい。この通りだ……」
アルバスとて、自分達がどれほど無茶な頼みをしているか、わかっている。
だが、彼もここで引くわけにはいかないのだ。メアリとアイリスを助けるため、彼はエドワードに対して、深々とこうべを垂れた。
「お願いします。オレたちに力を貸してください」
『お願いします!』
アルバスに続き、三人も頭を下げる。
カイたちのひたむきな姿を前に、エドワードはどうしたものかという顔で彼らを見つめた。
エドワード自身も、本心からカイたちの話を疑っているわけではないのだ。いや、むしろ彼らの話を信じて、力を貸したいとさえ思っていた。証拠がないとはいえ、総司とアルバスの話におかしな点はない。 それに何より、子供たちのこれ以上ない真剣な眼差しに、騎士として応えてあげたかったから。
とはいえ、彼も討伐隊を預かる隊長だ。騎士たちの命を背負う身として、軽はずみな行動をとるわけにはいかない。
思い悩むエドワード。
その時だ。副隊長である騎士が、エドワードの肩を労わるようにたたいた。
「隊長、あなたが今どのようなことを考えて、悩んでおられるかはお察しします。だからこそ、差し出がましいこととは承知で、一つだけ言わせてください。――隊長、どうか御心のままに進んでください」
「デュラン副隊長……。だがな……」
君たちの命を、いたずらに危険にさらすことはできない。
エドワードがそう言おうとした瞬間、デュランはそれをさえぎるように言葉を続けた。
「隊長。我々はこの王国とこの国に住む人々を守る騎士です。そこに助けを求める子供たちがいるのならば、手を差し伸べるのが騎士の務めではないですか?」
デュランがニッと白い歯を見せて笑う。
辺りを見回せば、そこにいる騎士たちもまた、デュランと同じようにほほ笑んでいる。
彼らの顔を一人一人見回したエドワードは、自分が思い違いをしていたことを悟った。
「――ああ、そうだな。民の声に耳を傾けられないようでは、騎士失格だ」
民の声に耳を聞き、民を守る盾となる。
それが騎士としての本懐だ。
ここにいる部下たちは、すでにその覚悟を持っている。彼らの覚悟に泥をぬるようなことを、隊長である自分になぜできようか。
ならば、自分がここでとるべき行動は、ただ一つ。
心に決めたエドワードは、改めてカイたちに目を向けた。
「わかりました。あなた方の話が本当だったら、取り返しのつかないことになりかねません。この国を守る騎士として、我々もあなた方の力になりましょう」
『ありがとうございます!』
「感謝する」
三人と一匹が、エドワードや騎士たちに向かってもう一度頭を下げる。
その顔には、信じてもらえた喜びと安心の色がうかんでいた。
「さて、それでは早速、王都に使いを出しましょう。オーガ討伐のための装備と人員を送ってもらわないとなりませんね」
「あ、それは待ってもらえないでしょうか」
増援を呼ぼうとするエドワードに、総司がすかさず待ったをかける。
「どういうことですか?」
「先ほども話しましたが、バラムは王都を手下に見張らせています。ここで王都が目立った動きを見せれば、バラムにぼくらの行動がバレてしまうかもしれません」
そうなれば、バラムは手薄になった王都を直接攻めるかもしれない。
総司はエドワードに向かって、冷静にそう進言した。
「なるほど。しかし、それではこの村にいる百名ほどの騎士だけで戦わねばなりません。しかも、天然の要塞と化した城を正面から落とすとなると、かなり難しいでしょう。――アルバス殿、城にいるオーガはどのくらいでしょうか?」
「以前、私が確認した限りだと二百体ほどだと思われる。ただ、オーガたちは、力は強いが頭がおそろしく悪い。しっかりとした作戦を立てれば、勝機はあろう」
「それでも、二倍の数を相手にするのはきびしいですね。単純な力比べでは、完全に向こうが上ですし……」
「大丈夫です。ぼくに少し考えがあります」
自信満々といった口ぶりの総司。
彼の表情を見て、エドワードも興味がわいたらしい。「自信があるようですね。聞かせてください」と、先をうながした。
「作戦は単純です。まず――」
雪の上に絵をかきながら、自らが考えた作戦を説明する。
総司の作戦は、今ある戦力を最大限に活かす、大胆な作戦だった。
「……なるほど。確かに面白い作戦です。ただ、この作戦は君たちも大きな危険が伴います。それでも良いのですか?」
「アルバスもいっしょに来てくれるし、何とかしてみせるさ。オレはメアリと約束したんだ。『必ず娘を助けてやる』って。だから、絶対負けない!」
「バラムは百年前の戦いで右腕を失った。故に、今のヤツには百年前ほどの強さはない。それにこの子たちは、貴殿らが越えられなかったメアリの霧を突破した者たちだ。この子たちなら、必ずやってくれる。どうか貴殿も、この子たちを信用してはくれないだろうか」
カイの決意に満ちた言葉に、アルバスが賛同する。
さらに、総司がとどめの一言をエドワードに放った。
「それに、エドワードさんたちなら、必ずぼくらの応援に来てくれるって信じています。だから、きっと大丈夫です」
総司の言い分に、一瞬あっけにとられた表情をしたエドワード。
しかし、すぐに彼はいたずらっぽい笑みをうかべ、総司に言葉を返した。
「わかりました。あなた方を信じましょう。そして、我らも騎士のはしくれ。そこまで言われたら、必ず手下のオーガを退治して、みなさんの応援に駆けつけます。――なので、私たちの見せ場も残しておいてくださいね」
エドワードがウィンクをすると、一同も笑みで応える。こうして、バラムたちへの反撃の狼煙が、静かに上がり始めるのだった。




