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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第五章 魔女の正体
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雪の真実

「私がこの国に雪をふらせている理由。それは娘を人質に取られて、脅されているからです。ここに留まり、雪をふらせなければ、娘の命はないと言われています」


「娘を……人質に……?」


 メアリが明かした理由に、総司が言葉をつまらせる。

 目を丸くする総司にうなずき返しながら、メアリは表情をくもらせたまま話を続けた。


「もちろん、どのような理由があろうと、私のしていることは許されざること。それは、よくわかっています。――でも、私には娘を見殺しにすることができなかった」


 メアリの頬を涙が伝う。

 娘をさらわれた悲しみ、何もできない自分への怒り、王国の人々への罪悪感……。

 メアリの涙には、そういった感情が押しこめられているように見える。

 その姿を同情しつつも冷静にながめていたカイが、メアリに向かって問いかけた。


「……で、あんたの娘を人質に取ったヤツって、一体誰なんだ?」


「それは、私から話そう」


 カイの疑問に答えたのは、メアリのとなりに座っていたアルバスだ。


「お前たちは、この国に伝わる昔話を知っているか?」


「当然だ。オーガたちをぶったおした四英雄の話だろ」


「そうだ。――メアリの娘、アイリスをさらったのは、その話に出てくるオーガの王バラムだ。バラムと手下のオーガたちは百年の時を経て、再びこのケセド王国にもどってきた。これは、バラムによる復讐の一端なのだ」


 アルバスの言葉を聞いた三人が、息をのむ。

 当然だ。まさか百年前の昔話が今回の事件にからんでくるなんて、予想外もいいところ。まさに寝耳に水というものだ。


「でも、どうしてバラムは回りくどいことを? メアリさんに雪をふらせて、ケセド王国の人々を苦しめるなんて、変です。百年前は直接国を襲っていたのに……」


 総司がアルバスに向けて疑問を投げかける。

 昔話から得たイメージと今のバラムの行動が、総司の中でどうしてもかみ合わないのだ。

 バラムは、人間が苦しむ姿を見るのが好きと聞く。それほど残忍なオーガの王が、表に出ることなく他人を使って復讐を行うだろうか。むしろ自ら率先して暴れまわり、王国の人々が苦しむ姿をその目で見なければ、気がすまないのではないか。

 総司には、そう思えて仕方かった。

 そんな総司の考えを読み取ってか、アルバスが簡潔に答えを返してきた。


「バラムの復讐は、ケセド王国に対してだけではない。ヤツは、メアリとアイリスにも百年前の恨みをぶつけているのだ」


「ちょっと待ってください。何でバラムは、百年前の恨みをメアリさんたちにぶつけているんですか? バラムの復讐とメアリさんたちに、どんな関係があるっていうんですか!」


 葵がバラムの理不尽さに怒りを見せる。

 対してアルバスは、感情を押し殺した声でその理由を告げた。


「メアリとアイリスはオーガたちを倒した英雄の一人、大魔女マリアの子孫なのだ。つまり、バラムにとって彼女らは、これ以上ない復讐相手というわけだ」


 努めて冷静に話そうとするアルバス。

 だが、その言葉の端々から押さえ切れない怒りが見て取れる。バラムの理不尽に怒っているのは、アルバスも同じなのだ。


「バラムは、ケセド王国と英雄たちを逆恨みし、その両方に復讐する方法を考え続けていた。百年もの間、ただひたすらに……。そして、ついにやつは、ここへもどって来た」


 心の奥から怒りがわき上がってくるのか、アルバスがさらに顔をゆがめる。彼はそのまま、はき捨てるように言葉を重ねていった。

 百年もの間、復讐の方法を考え続けたバラムは一つの妙案を思いついたそうだ。それが英雄の子孫であるメアリを使い、ケセド王国を苦しめるというやり方だった。

 ケセド王国が苦しみ末に滅びても良いし、メアリがケセド王国の人間に倒されても良い。バラムにとっては、どちらに転んでも恨みを晴らせる、愉快な遊びというわけだ。


「あなたたちが越えて来た霧も、バラムの指示でかけてあるのです。私が簡単に倒されては面白くないから、王国の者が近づけないようにしろ、と……。バラムは手下のオーガを通じて、そう命令してきました」


「そうだったんですか……。――わたし、バラムを絶対に許さない」


 アルバスの怒りが乗りうつったのだろう。アルバスとメアリの話を聞いた葵の目に、真っ赤な炎が燃え上がる。

 だが、それと反比例するかのように、アルバスは沈痛な面持ちになっていった。


「オーガたちが襲ってきた時、私はアイリスを守ることができなかった。あの時、私があの子を守れていれば、このようなことにはならなかったのだ……」


「あなただけの所為ではありませんよ、アルバス。私も魔法で抗うことさえできなかった。何もできなかったのは、私も同じです」


 アルバスとメアリが、己を責めるようにうつむく。

 すると、その時だ。


「あの、二つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 重苦しい雰囲気を断ち切るように、総司がメアリとアルバスに向かって口を開いた。


「どうぞ。私たちに答えられることでしたら、何なりと」


「ありがとうございます。では、まず一つ目。バラムたちは今、どこにいるのですか?」


「ヤツらは、この家からさらに森の奥へ進んだ、山々の麓にいる。そこに三方を崖で囲まれた、天然の要塞のような場所があるのだ。バラムはその場所に城を建て、住処としている」


「崖、ですか……。その崖、人が下ることが可能なものですか?」


「下るだけなら可能だろうが、確実に見張りに見つかるだろうな。私ならば短時間で駆け降りることもできるが……」


 総司の問いに、アルバスが思案顔で答える。

 その答えは、総司にとって有益な情報だったようだ。総司は誰にも聞こえないような小声で、「それは使えるかも……」とつぶやいた。


「よくわかりました。では、二つ目ですが、バラムは常にここやケセド王国を監視しているのですか?」


「いいえ。ここには月に一度、手下のオーガが様子を見に来るだけです。バラムも、娘を人質に取られている以上、私は逆らえないとわかっているのでしょう」


「雪がふり続いている限り、メアリが無事なことはわかるからな。メアリ自身を常に監視する意味はないと、バラムは考えているのだろう。それとケセド王国の方は、王都のみ常に監視しているようだ」


「なるほど……」


 メアリとアルバスから情報をもらい、総司が考えごとに集中し始める。

 どうやら今もらった答えで、総司の中に必要なピースがそろってきたようだ。考えにふける総司の口元には、かすかに笑みがうかんでいた。


「わかりました。お二人とも、ありがとうございます」


 しばらくすると、考えがまとまったのだろう。

 総司はすっきりした顔でメアリとアルバスにお礼を言った。


「いえ、お気になさらずに。それと、私とアルバスから教えられることは以上です。この話を信じるかどうかは、あなたたち次第。先ほども言いましたが、私がしたことは許されざることです。ここであなたたちに倒されたとしても恨むつもりはありません」


 メアリがまっすぐ三人の方を見つめながら言う。

 覚悟を固めたメアリに対し、真っ先に言葉を返したのは――カイだった。


「確かに、あんたのしたことは許されることじゃない。オレも王国の人たちも、この雪のせいですごく苦しんだ。正直、オレはまだあんたを許せない」


 カイがメアリを見つめ返しながら、言葉をつむいでいく。その声には、少しだがメアリを責める色が含まれていた。

 しかし、カイの言葉はそこで終わらない。


「けど、さっき森の中で、アオイがそこの狼と話をしようとする姿を見て思ったんだ。誰彼構わず戦って、倒せばいいってわけじゃない。今自分がどうするべきか、しっかり見極められるようにならないといけないって……」


 カイは一度、葵をふり返り、またメアリのへ目を向ける。

 その場にいる全員の視線が集まる中、カイは自らの考えを語っていった。


「そう思って、あんたやそこの狼の話が本当かどうか、オレなりに考えてみた。でも、オレはバカだからさ。あんたらの話がウソかホントかなんて、わからなかった……」


 はずかしそうに、カイが頭をガシガシと掻く。

 だが、カイは「だけどさ」と、どこか照れくさそうに続ける。


「あんたの『娘を見捨てられなかった』っていう言葉……。これだけは、うそ偽りない言葉じゃないかって思えたんだ。だってあの時のあんた――オレのじいちゃんと同じ目をしてたから」


 カイが思い出していたのは、魔女を倒しに行くと言った時のヘンリーの目だった。

 娘の身を案じるメアリの姿は、あの時の祖父の姿と重なって見えたのだ。


「あの目をしたあんたと、オレは戦えない。だから、オレはあんたを信じることにする。あんたの娘を想う心を、オレは信じる!」


 はっきりと自分の意志を言い切ったカイ。彼は、メアリにいつもの人なつっこい笑みを向けた。


「オレが戦わなきゃいけないのは、あんたじゃない。本当に向かい合うべき相手は、裏で糸を引いていたバラムの方だ。オレがオーガたちを退治して、あんたの娘を助けてきてやる。それで、あんたがもうこんな辛いことをしなくて済むようにしてやるよ!」


「そうだね。そのバラムを退治しないと、みんないつまでも苦しむことになる」


「当然、わたしも手伝うわよ。オーガたちなんかコテンパンにしてやるんだから!」


 カイの言葉に、総司と葵も力強い笑みで同調する。カイ、総司、葵の言葉を聞いたメアリの目からは、涙があふれ出ていた。


「ありがとう。本当にありがとう……」


 メアリは泣きながら、カイたちに礼を言う。

 娘のためとはいえ、メアリは自分の行いにずっと心を痛め続けていた。カイたちの言葉は、そんなメアリの心の傷をいやしたのだ。


「……やはり、お前たちは彼らに似ているな」


「アルバスさん、さっきもそんなこと言っていましたよね。彼らって誰のことですか?」


 やさしく目を細めるアルバスへ、葵が不思議そうに尋ねる。

 首をかしげた彼女に向かって、アルバスはほほ笑みながら答えた。


「お前たちが英雄と呼ぶ四人のことだ。私は少々長生きをしていてな。子供のころ、マリアに助けてもらったことがあるのだ。以来、私は彼らと行動を共にしていた。お前たちを見ていると、当時の彼らの姿が重なって見えてくるのだよ」


「わたしたちが、英雄に……」


「そうだ。特に葵、君はディアナにそっくりだ。私を一喝したあの気迫……。あれはとても効いたぞ。負けん気の強さといい、君は彼女の生き写しのように思える」


 昔を懐かしむ様子のアルバスが、少しからかうような様子で葵を見る。

 アルバスの言葉にはにかみつつ、葵もハッと何か気が付いた様子で手を打った。


「アルバスさんがメアリさんたちといっしょにいるのって、もしかしてマリアさんへの恩返しなんですか?」


「その通りだ。私はマリアに約束したのだ。私が生きる限り、彼女の子孫を守り続けるとな」


 葵が聞くと、アルバスが過去の約束を思い出すように語った。

 そして、彼は覚悟を決めた様子で三人を見た。


「お前たちがバラムに挑むと言うのなら、私も力を貸そう。私も今度こそ、マリアとの約束を守りたいのだ」


「ああ、もちろんだ。よろしく頼むぜ、アルバス」


 信頼をこめた笑みで、カイがうなずく。

 過去はどうあれ、今は同じ目標を持つ仲間。カイは、アルバスのことをそのように認めたのだ。


「ありがとう。――だが、簡単なことではないぞ。バラムはとてつもなく強い上に、ヤツには手下のオーガが山ほどいる。私たちだけでは、正直どうにもならない」


 打つ手がないと言うアルバスに対し、力強く答えたのは総司だった。


「手はあります。メアリさん、次にオーガが様子を見に来るのはいつですか?」


「おそらく二週間後だと思いますが、それがどうかしましたか?」


 突然の質問に、メアリが面食らった様子で答える。

 それを聞いた総司は、何かを計算するように自分の額を指でつついた。


「そうですか……。なら、少し急いだ方がいいかな。アルバスさんがここにいないことがばれると困るし……」


 素早く考えをまとめる総司。計算を終えた彼は、メアリへテキパキと指示を出した。


「メアリさん、すみません。辛いとは思いますが、バラムにぼくたちの動きが覚られないように、もう少しの間雪をふらせてください」


「え、ええ。わかりました」


 総司の勢いに押されたメアリが、コクコクとうなずく。

 メアリへの頼みを終えた総司は、続いてカイ達の方へ向き直り、こう言った。


「行くよ、みんな。すぐに村へもどるんだ」


「ちょっと待って! いきなりどうしたの、ソージ」


 突然エルピスにもどると言いだした総司に、葵がおどろいた様子で待ったをかける。

 すると総司は、自信満々にニカッと笑ってみせた。


「戦力が足りないなら増やせばいい。村に留まっている騎士団に力を貸してもらうんだ」


 そう。オーガの見張りが付いているのは王都だけ。つまり村にいる魔女討伐隊の騎士たちに、オーガの目は及んでいないのだ。これを利用しない手はない。

 総司は目を丸くしたカイたちに向かって、高らかに宣言した。


「さあ行こう、みんな! 今こそ、反撃の時だ!」


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