雪の真実
「私がこの国に雪をふらせている理由。それは娘を人質に取られて、脅されているからです。ここに留まり、雪をふらせなければ、娘の命はないと言われています」
「娘を……人質に……?」
メアリが明かした理由に、総司が言葉をつまらせる。
目を丸くする総司にうなずき返しながら、メアリは表情をくもらせたまま話を続けた。
「もちろん、どのような理由があろうと、私のしていることは許されざること。それは、よくわかっています。――でも、私には娘を見殺しにすることができなかった」
メアリの頬を涙が伝う。
娘をさらわれた悲しみ、何もできない自分への怒り、王国の人々への罪悪感……。
メアリの涙には、そういった感情が押しこめられているように見える。
その姿を同情しつつも冷静にながめていたカイが、メアリに向かって問いかけた。
「……で、あんたの娘を人質に取ったヤツって、一体誰なんだ?」
「それは、私から話そう」
カイの疑問に答えたのは、メアリのとなりに座っていたアルバスだ。
「お前たちは、この国に伝わる昔話を知っているか?」
「当然だ。オーガたちをぶったおした四英雄の話だろ」
「そうだ。――メアリの娘、アイリスをさらったのは、その話に出てくるオーガの王バラムだ。バラムと手下のオーガたちは百年の時を経て、再びこのケセド王国にもどってきた。これは、バラムによる復讐の一端なのだ」
アルバスの言葉を聞いた三人が、息をのむ。
当然だ。まさか百年前の昔話が今回の事件にからんでくるなんて、予想外もいいところ。まさに寝耳に水というものだ。
「でも、どうしてバラムは回りくどいことを? メアリさんに雪をふらせて、ケセド王国の人々を苦しめるなんて、変です。百年前は直接国を襲っていたのに……」
総司がアルバスに向けて疑問を投げかける。
昔話から得たイメージと今のバラムの行動が、総司の中でどうしてもかみ合わないのだ。
バラムは、人間が苦しむ姿を見るのが好きと聞く。それほど残忍なオーガの王が、表に出ることなく他人を使って復讐を行うだろうか。むしろ自ら率先して暴れまわり、王国の人々が苦しむ姿をその目で見なければ、気がすまないのではないか。
総司には、そう思えて仕方かった。
そんな総司の考えを読み取ってか、アルバスが簡潔に答えを返してきた。
「バラムの復讐は、ケセド王国に対してだけではない。ヤツは、メアリとアイリスにも百年前の恨みをぶつけているのだ」
「ちょっと待ってください。何でバラムは、百年前の恨みをメアリさんたちにぶつけているんですか? バラムの復讐とメアリさんたちに、どんな関係があるっていうんですか!」
葵がバラムの理不尽さに怒りを見せる。
対してアルバスは、感情を押し殺した声でその理由を告げた。
「メアリとアイリスはオーガたちを倒した英雄の一人、大魔女マリアの子孫なのだ。つまり、バラムにとって彼女らは、これ以上ない復讐相手というわけだ」
努めて冷静に話そうとするアルバス。
だが、その言葉の端々から押さえ切れない怒りが見て取れる。バラムの理不尽に怒っているのは、アルバスも同じなのだ。
「バラムは、ケセド王国と英雄たちを逆恨みし、その両方に復讐する方法を考え続けていた。百年もの間、ただひたすらに……。そして、ついにやつは、ここへもどって来た」
心の奥から怒りがわき上がってくるのか、アルバスがさらに顔をゆがめる。彼はそのまま、はき捨てるように言葉を重ねていった。
百年もの間、復讐の方法を考え続けたバラムは一つの妙案を思いついたそうだ。それが英雄の子孫であるメアリを使い、ケセド王国を苦しめるというやり方だった。
ケセド王国が苦しみ末に滅びても良いし、メアリがケセド王国の人間に倒されても良い。バラムにとっては、どちらに転んでも恨みを晴らせる、愉快な遊びというわけだ。
「あなたたちが越えて来た霧も、バラムの指示でかけてあるのです。私が簡単に倒されては面白くないから、王国の者が近づけないようにしろ、と……。バラムは手下のオーガを通じて、そう命令してきました」
「そうだったんですか……。――わたし、バラムを絶対に許さない」
アルバスの怒りが乗りうつったのだろう。アルバスとメアリの話を聞いた葵の目に、真っ赤な炎が燃え上がる。
だが、それと反比例するかのように、アルバスは沈痛な面持ちになっていった。
「オーガたちが襲ってきた時、私はアイリスを守ることができなかった。あの時、私があの子を守れていれば、このようなことにはならなかったのだ……」
「あなただけの所為ではありませんよ、アルバス。私も魔法で抗うことさえできなかった。何もできなかったのは、私も同じです」
アルバスとメアリが、己を責めるようにうつむく。
すると、その時だ。
「あの、二つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
重苦しい雰囲気を断ち切るように、総司がメアリとアルバスに向かって口を開いた。
「どうぞ。私たちに答えられることでしたら、何なりと」
「ありがとうございます。では、まず一つ目。バラムたちは今、どこにいるのですか?」
「ヤツらは、この家からさらに森の奥へ進んだ、山々の麓にいる。そこに三方を崖で囲まれた、天然の要塞のような場所があるのだ。バラムはその場所に城を建て、住処としている」
「崖、ですか……。その崖、人が下ることが可能なものですか?」
「下るだけなら可能だろうが、確実に見張りに見つかるだろうな。私ならば短時間で駆け降りることもできるが……」
総司の問いに、アルバスが思案顔で答える。
その答えは、総司にとって有益な情報だったようだ。総司は誰にも聞こえないような小声で、「それは使えるかも……」とつぶやいた。
「よくわかりました。では、二つ目ですが、バラムは常にここやケセド王国を監視しているのですか?」
「いいえ。ここには月に一度、手下のオーガが様子を見に来るだけです。バラムも、娘を人質に取られている以上、私は逆らえないとわかっているのでしょう」
「雪がふり続いている限り、メアリが無事なことはわかるからな。メアリ自身を常に監視する意味はないと、バラムは考えているのだろう。それとケセド王国の方は、王都のみ常に監視しているようだ」
「なるほど……」
メアリとアルバスから情報をもらい、総司が考えごとに集中し始める。
どうやら今もらった答えで、総司の中に必要なピースがそろってきたようだ。考えにふける総司の口元には、かすかに笑みがうかんでいた。
「わかりました。お二人とも、ありがとうございます」
しばらくすると、考えがまとまったのだろう。
総司はすっきりした顔でメアリとアルバスにお礼を言った。
「いえ、お気になさらずに。それと、私とアルバスから教えられることは以上です。この話を信じるかどうかは、あなたたち次第。先ほども言いましたが、私がしたことは許されざることです。ここであなたたちに倒されたとしても恨むつもりはありません」
メアリがまっすぐ三人の方を見つめながら言う。
覚悟を固めたメアリに対し、真っ先に言葉を返したのは――カイだった。
「確かに、あんたのしたことは許されることじゃない。オレも王国の人たちも、この雪のせいですごく苦しんだ。正直、オレはまだあんたを許せない」
カイがメアリを見つめ返しながら、言葉をつむいでいく。その声には、少しだがメアリを責める色が含まれていた。
しかし、カイの言葉はそこで終わらない。
「けど、さっき森の中で、アオイがそこの狼と話をしようとする姿を見て思ったんだ。誰彼構わず戦って、倒せばいいってわけじゃない。今自分がどうするべきか、しっかり見極められるようにならないといけないって……」
カイは一度、葵をふり返り、またメアリのへ目を向ける。
その場にいる全員の視線が集まる中、カイは自らの考えを語っていった。
「そう思って、あんたやそこの狼の話が本当かどうか、オレなりに考えてみた。でも、オレはバカだからさ。あんたらの話がウソかホントかなんて、わからなかった……」
はずかしそうに、カイが頭をガシガシと掻く。
だが、カイは「だけどさ」と、どこか照れくさそうに続ける。
「あんたの『娘を見捨てられなかった』っていう言葉……。これだけは、うそ偽りない言葉じゃないかって思えたんだ。だってあの時のあんた――オレのじいちゃんと同じ目をしてたから」
カイが思い出していたのは、魔女を倒しに行くと言った時のヘンリーの目だった。
娘の身を案じるメアリの姿は、あの時の祖父の姿と重なって見えたのだ。
「あの目をしたあんたと、オレは戦えない。だから、オレはあんたを信じることにする。あんたの娘を想う心を、オレは信じる!」
はっきりと自分の意志を言い切ったカイ。彼は、メアリにいつもの人なつっこい笑みを向けた。
「オレが戦わなきゃいけないのは、あんたじゃない。本当に向かい合うべき相手は、裏で糸を引いていたバラムの方だ。オレがオーガたちを退治して、あんたの娘を助けてきてやる。それで、あんたがもうこんな辛いことをしなくて済むようにしてやるよ!」
「そうだね。そのバラムを退治しないと、みんないつまでも苦しむことになる」
「当然、わたしも手伝うわよ。オーガたちなんかコテンパンにしてやるんだから!」
カイの言葉に、総司と葵も力強い笑みで同調する。カイ、総司、葵の言葉を聞いたメアリの目からは、涙があふれ出ていた。
「ありがとう。本当にありがとう……」
メアリは泣きながら、カイたちに礼を言う。
娘のためとはいえ、メアリは自分の行いにずっと心を痛め続けていた。カイたちの言葉は、そんなメアリの心の傷をいやしたのだ。
「……やはり、お前たちは彼らに似ているな」
「アルバスさん、さっきもそんなこと言っていましたよね。彼らって誰のことですか?」
やさしく目を細めるアルバスへ、葵が不思議そうに尋ねる。
首をかしげた彼女に向かって、アルバスはほほ笑みながら答えた。
「お前たちが英雄と呼ぶ四人のことだ。私は少々長生きをしていてな。子供のころ、マリアに助けてもらったことがあるのだ。以来、私は彼らと行動を共にしていた。お前たちを見ていると、当時の彼らの姿が重なって見えてくるのだよ」
「わたしたちが、英雄に……」
「そうだ。特に葵、君はディアナにそっくりだ。私を一喝したあの気迫……。あれはとても効いたぞ。負けん気の強さといい、君は彼女の生き写しのように思える」
昔を懐かしむ様子のアルバスが、少しからかうような様子で葵を見る。
アルバスの言葉にはにかみつつ、葵もハッと何か気が付いた様子で手を打った。
「アルバスさんがメアリさんたちといっしょにいるのって、もしかしてマリアさんへの恩返しなんですか?」
「その通りだ。私はマリアに約束したのだ。私が生きる限り、彼女の子孫を守り続けるとな」
葵が聞くと、アルバスが過去の約束を思い出すように語った。
そして、彼は覚悟を決めた様子で三人を見た。
「お前たちがバラムに挑むと言うのなら、私も力を貸そう。私も今度こそ、マリアとの約束を守りたいのだ」
「ああ、もちろんだ。よろしく頼むぜ、アルバス」
信頼をこめた笑みで、カイがうなずく。
過去はどうあれ、今は同じ目標を持つ仲間。カイは、アルバスのことをそのように認めたのだ。
「ありがとう。――だが、簡単なことではないぞ。バラムはとてつもなく強い上に、ヤツには手下のオーガが山ほどいる。私たちだけでは、正直どうにもならない」
打つ手がないと言うアルバスに対し、力強く答えたのは総司だった。
「手はあります。メアリさん、次にオーガが様子を見に来るのはいつですか?」
「おそらく二週間後だと思いますが、それがどうかしましたか?」
突然の質問に、メアリが面食らった様子で答える。
それを聞いた総司は、何かを計算するように自分の額を指でつついた。
「そうですか……。なら、少し急いだ方がいいかな。アルバスさんがここにいないことがばれると困るし……」
素早く考えをまとめる総司。計算を終えた彼は、メアリへテキパキと指示を出した。
「メアリさん、すみません。辛いとは思いますが、バラムにぼくたちの動きが覚られないように、もう少しの間雪をふらせてください」
「え、ええ。わかりました」
総司の勢いに押されたメアリが、コクコクとうなずく。
メアリへの頼みを終えた総司は、続いてカイ達の方へ向き直り、こう言った。
「行くよ、みんな。すぐに村へもどるんだ」
「ちょっと待って! いきなりどうしたの、ソージ」
突然エルピスにもどると言いだした総司に、葵がおどろいた様子で待ったをかける。
すると総司は、自信満々にニカッと笑ってみせた。
「戦力が足りないなら増やせばいい。村に留まっている騎士団に力を貸してもらうんだ」
そう。オーガの見張りが付いているのは王都だけ。つまり村にいる魔女討伐隊の騎士たちに、オーガの目は及んでいないのだ。これを利用しない手はない。
総司は目を丸くしたカイたちに向かって、高らかに宣言した。
「さあ行こう、みんな! 今こそ、反撃の時だ!」




