霧を越えろ
霧の中に入ったカイは、ここからどうやって進むかを考えていた。
「さっきは、まっすぐ進んでみたら、元の場所にもどっちまったんだよな……。だったら今度は、別の方向に進んで見るとするか」
考えを口に出しながら、カイはまず右を向いて、霧の中を進んでいく。その後も何度か進む方向を変えながらズンズン進む。
そうして、ジグザグとでたらめな方向に進んでいったのだが……。
「あれ? もどってきちまった」
十分ほど歩いたところで、やはり元の場所にもどってきてしまった。
二人を見つけたカイは、残念そうな声を上げる。
「お帰り、カイ。どうだった?」
「やっぱりだめだった。一人で行くついでに、霧の中で進む方向を何回か変えてみたんだけどな~。結局、ここにもどってきちまった」
「そうか……。それじゃあ、やっぱり一人でなくちゃだめっていうのも違うのかな」
問いかけてくる総司へ、カイがお手上げといった顔で首をふる。
カイの話を聞いた総司も、あごに手を当てながら、どうしたものかと考えこむ。
すると、葵が総司の肩を叩いた。
「まだ決めつけるのは早いんじゃない? わたしたちも試してみましょう」
「アオイ、さっきまで一人は危ないって言ってたじゃないか」
「でも、カイも無事にもどって来られたじゃない。わたしたちも一応やってみましょうよ」
「うーん。じゃあ、やってみようか」
葵の言葉に、総司もとりあえず賛成する。
どうせいいアイデアはないのだ。とりあえず危険はなさそうだし、反対する意味もない。
「なら、わたしが先に行って来るわ。ソージ、それでいい?」
「うん、ぼくはそれでいいよ」
「じゃあ、行って来るわ。二人とも、また後でね」
そう言って、葵はさっさと霧の中に入っていくのだった。
* * *
霧の中を歩いた葵は、カイと同じように、これからどうするか考えていた。
(まっすぐ進んでもだめ。進む方向を変えてもだめだったのよね……)
葵が今までやったことを、頭の中で指折り数えながら思い返す。
するとその時、葵がはたと気づいたように後ろを向いた。
「だったら、来た道をもどったら、森を抜けられるかも!」
いいことを思いついたという顔で、葵は来た道をもどりだした。
これぞ、逆転の発想。アイデアの勝利。
今度こそ間違いないと確信し、意気揚々と霧の中を突き進む葵。
しかし……。
「あっ! アオイ、お帰り」
アイデアは不発。葵は霧の外で待つ総司とカイのところへもどって来てしまった。
「うーん、これも違ったか……」
元の場所にもどってしまった葵が、がっくりとその場に座りこんだ。
「何か試してみたの?」
「うん。来た道をもどれば霧を抜けられるかなって思って、途中で引き返してみたの。けど、ふつうに入口へもどって来ちゃった」
葵がため息をつきながら、自分のやったことを話す。本人としては自信があったため、ショックが大きい様子。その表情はくやしそうな色で満ちている。
そして、葵につられたのか、カイまでもため息交じりに頭をかいた。
「うーん。まっすぐ進んでもだめ、曲がってもだめ、もどってもだめってことか。これ以上、どうすりゃいいんだ?」
「とりあえず、次はソージの番ね。期待してるわよ!」
葵が総司の背中をパシンとたたく。
しかし、思った以上に力が強かったらしく、たたかれた総司はケホケホとせきこんだ。
「アオイ、そんな強くたたかなくても……」
「あはは、ゴメンゴメン。でも、がんばってね。こういう頭使うことは、ソージが頼りなんだから」
「そうだな。こうなったら、ソウジのひらめきにかけるしかねぇ」
葵に同調して、カイも元気にうなずく。
「まあ、やってみるけどさ。あんまり期待しないでね」
カイと葵の期待の眼差しに後押しされ、総司はとぼとぼと霧の中へ足を踏み入れた。
* * *
(……とは言ったものも、まったくいい手が思いつかない)
霧に入ったはよいものの、総司はたちまち途方にくれて立ち止まった。はっきり言って、アイデアの一つも出てきやしない。
そもそも、霧に入る人数は関係ない。その上、どの方向に進んでもだめだったのだから、どうしようもない。いじわるな無理難題だ。
(だけど、何か考えないと。――おわっ!)
考え事をしながらとりあえず進む総司だったが、考えるのに集中し過ぎたようだ。
雪ですべって、その場にひっくり返った。後頭部を地面にしこたま打ちつけ、目の前に火花が散る。
「痛たた……。――って、あれ? メガネがない!」
青い顔をしてあわて始めた総司。
どうやら転んだ時にメガネを落としたらしい。総司は地面にはいつくばって、メガネを探した。
何も見えない中、手の感覚だけを頼りに地面を探っていく。そうしたら、手に覚えのある感触が……。
「あっ! あった。良かったぁ」
ようやくメガネを見つけて、総司がホッと一安心する。
しかし、安心できたのも束の間のこと。メガネを探すのに夢中になっていた総司は、方向を完全に見失ってしまったのだった。
(うーん、困った。どっちから来たのかもわからなくなっちゃった……)
キョロキョロと辺りを見回す総司。
だが、周囲は何も見えないほど濃い霧だ。一度見失った進行方向を、再び見つけることなどできるわけがない。
(仕方ない。何も思いつかないし、適当に歩いて、アオイたちのところにもどろう)
そう決めた総司は、葵たちのところへもどるために歩き始めるのだった。
* * *
「……どういうこと?」
霧の壁を見上げ、総司は再び途方にくれた様子で立ち止まった。
それもそのはず。総司が霧の入口にもどろうと歩きだして、体感時間でおよそ十五分。しかし、総司はいまだ入口にもどれずにいたのだから。
(おかしいな。さっきまでは十分くらいで元の場所にもどっていたのに……)
総司は戸惑いながらも、霧の中を進んでいく。
おそらく、霧の中で時間の感覚がおかしくなったのだろう。そうに決まっている。
そうやって自分を納得させながら足を進めていると、ふいに霧が晴れた。
「ふう、やっと抜けた」
安心がにじみ出た口調でつぶやきながら、総司は辺りを見回す。
だが、そこで彼は自分のいる場所がおかしいことに気づいた。
「えっと……?」
突然の出来事に、総司が首を傾げる。
彼が真っ先に気づいたのは、景色が元の場所と違うことだ。それに、まだ日が落ちる時間ではないのに、辺りが薄暗くなっている。
そして、何より一番おかしいのは、カイと葵がいないことだ。
「ここ、どこだろう?」
誰にともなく尋ねてみるが、当然答えはない。
彼はギュッと目を閉じ、「三、二、一」とカウントした上で、もう一度目を開けた。
しかし、景色は変わったりしない。そこは、今までに見たことない場所のままだった。
「もしかして、霧を抜けられた? でも、どうして?」
どうやら霧を抜けられたらしいとわかった総司。
けれど、どうして霧を抜けられたのかが、さっぱりわからなかった。
(さっきまでと違うこと、何かしたかな?)
自分の行動の中にヒントがあるのは間違いない。そこに、霧を抜けるための鍵があったのだ。
総司が自分のやったことを一つ一つ、丁寧に思い返していった。
(霧の中で転んで方向を見失って……。仕方ないから、アオイたちのところにもどろうと歩き出して……。――あれ?)
そこまで考えたところで、総司は何か引っかかりを感じた。その引っかかりに手をかけるように、総司は思考を進める。
その時だ。総司の頭に一つの考えがひらめいた。
「あっ! もしかしたら!」
突然、総司がポンッと手を打った。総司の頭の中で、すべての事象が一つの答えへとつながったのだ。
(ぼくの考えが正しければ、入口にもどる方法は……)
確信を持った様子で、総司が魔女の霧を見つめる。
自らの推理を裏付けるため、総司は再び霧の中に入って行った。




