夢の中のよび声
――総司君……。
誰かが、ぼくを呼んでいる。
ここはどこ? これは、夢なのかな……?
ぼんやりとした頭で、自分が今どうなっているのかを考える。
そうしたら、またさっきと同じ声がした。
――総司君……。
ぼくの名前を呼ぶ声が、よりしっかりと聞こえてくる。
女の人の声のようだけど、聞いたことのない声だ。けど、聞き心地が良い、とてもやさしい声。
――総司君……。お願い、物語をもう一度つむいで……。
この声と言葉からは、とても真剣な思いが伝わってくる。
『物語』って何のことだろう? それに、もう一度つむいでって、どういうこと?
うまく動いていない頭で、言葉の意味を考える。
だけど、当然答えなんて出てこない。
そんな時だ。ぼくは、ふいに体がうき上がるような感覚を得た――。
* * *
――ジリリリリリッ!
「う……う~ん……」
けたたましく鳴るアラームに、総司がうめき声をもらす。
目覚まし時計とカーテンからのぞく朝日が、総司の意識を夢から強引に引き上げた。
「ふぁ~。眠い……」
目覚まし時計を止めた総司が、まだ半分寝ている頭で部屋を見回す。
目に入ってくるのは、いつもと変わらない自分の部屋だ。まくらのそばには、寝るまで読んでいた『義経記』が置いてある。
いつもと変わらない、ふつうの朝。ただ一つ、いつもと違ったのは……。
(さっきの夢、一体なんだったんだろう)
意識がはっきりしてきた総司は、先ほどの夢のことを思い返していた。不思議なことに、夢の中の出来事でありながら、総司はその内容をはっきりと思い出すことができた。
あの声の主は誰だったのか。物語をつむいでとは、どういうことなのだろうか……。
総司の頭の中を、たくさんの疑問が駆けめぐった。
「あ~、なんだろう。なんか、すごく気になる~」
寝ぐせのついた頭を抱え、総司があれこれ考える。ひとり言が盛大にもれているのも、おかまいなしだ。
そうしたら部屋の外から、「総司!」という母親の声が聞こえてきた。どうやら、なかなか起きてこない総司を起こしに来たようだ。
「総司! そろそろ起きなさい。六年生にもなって遅刻したら、かっこわるいわよ」
「もう起きているよ!」
うるさいな、と思いつつ母親に返事をして、総司は目覚まし時計を見る。時間はすでに、七時を回っていた。
「――って、本当にまずい! 急いで支度しないと」
総司はあわててパジャマを脱ぎ捨て、学校に行く支度をするのだった。
* * *
準備を終えた総司は、急いで朝食を食べて、家を出た。
すると、玄関の前で長い髪をポニーテールにした女の子とはちあわせた。となりの家に住んでいる、幼なじみの葵だ。
「おはよう、ソージ。今日はジャストタイミングだったね」
「おはよう、アオイ」
あいさつを交わして、いつもと同じように二人で学校へ向かう。
四月も半ばに差しかかり、通学路も春の息吹にあふれている。そんな春のうららかな陽気にあてられたのか、総司が大きなあくびをした。
「ふぁ~。春眠暁を覚えずって本当だよね。すごく眠たい」
「ソージの場合、季節を問わずに『眠たい』って言っているじゃない。いつも本ばっかり読んで、夜更かししてさ」
総司の言い草に、葵がすかさずツッコミを入れる。
しかし、総司にとっては葵のツッコミもどこ吹く風。彼はひょうひょうとした顔で、こう言葉を続けた。
「仕方ないよ。だって、先週借りた源義経の本が、おもしろ過ぎるんだもん。続きが気になって、眠れないよ」
「もう! そんなだから、毎朝時間ギリギリになっちゃうんだよ」
あははと笑う総司を見て、葵があきれた様子でため息をついた。
「ああ、そういえば……。今朝さ、変な夢を見たんだよね」
「変な夢?」
「うん。どこからか知らない声が聞こえてきて、『私の物語をもう一度つむいで』って言うんだ。アオイ、これってどういう意味だと思う?」
「どういう意味も何も、そんなのただの夢でしょ。深い意味なんてないわよ」
腕を組んであれこれ考え始めた総司を、葵が明るく笑い飛ばす。
「それはそうなんだけどね。なんか気になっちゃって……」
「ソージのことだから、本の読み過ぎで、物語の世界が夢の中にまで出てきただけよ。気にしない、気にしない!」
それよりもさ、と葵が昨日見たテレビの話を始める。そうやって取り止めのない会話をしていると、二人が通う小学校の校門が見えてきた。
昨年塗り直されたばかりの真っ白な校門をくぐり、二人は校舎へと入っていくのだった。