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白紙の本の物語  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第一章 白紙の本
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夢の中のよび声

 ――総司(そうじ)君……。


 誰かが、ぼくを呼んでいる。

 ここはどこ? これは、夢なのかな……?

 ぼんやりとした頭で、自分が今どうなっているのかを考える。

 そうしたら、またさっきと同じ声がした。


 ――総司君……。


 ぼくの名前を呼ぶ声が、よりしっかりと聞こえてくる。

 女の人の声のようだけど、聞いたことのない声だ。けど、聞き心地が良い、とてもやさしい声。


 ――総司君……。お願い、物語をもう一度つむいで……。

 

 この声と言葉からは、とても真剣な思いが伝わってくる。

『物語』って何のことだろう? それに、もう一度つむいでって、どういうこと?

 うまく動いていない頭で、言葉の意味を考える。

 だけど、当然答えなんて出てこない。

 そんな時だ。ぼくは、ふいに体がうき上がるような感覚を得た――。



          * * *



 ――ジリリリリリッ!


「う……う~ん……」


 けたたましく鳴るアラームに、総司がうめき声をもらす。

 目覚まし時計とカーテンからのぞく朝日が、総司の意識を夢から強引に引き上げた。


「ふぁ~。眠い……」


 目覚まし時計を止めた総司が、まだ半分寝ている頭で部屋を見回す。

 目に入ってくるのは、いつもと変わらない自分の部屋だ。まくらのそばには、寝るまで読んでいた『義経記(ぎけいき)』が置いてある。

 いつもと変わらない、ふつうの朝。ただ一つ、いつもと違ったのは……。


(さっきの夢、一体なんだったんだろう)


 意識がはっきりしてきた総司は、先ほどの夢のことを思い返していた。不思議なことに、夢の中の出来事でありながら、総司はその内容をはっきりと思い出すことができた。

 あの声の主は誰だったのか。物語をつむいでとは、どういうことなのだろうか……。

 総司の頭の中を、たくさんの疑問が駆けめぐった。


「あ~、なんだろう。なんか、すごく気になる~」


 寝ぐせのついた頭を抱え、総司があれこれ考える。ひとり言が盛大にもれているのも、おかまいなしだ。

 そうしたら部屋の外から、「総司!」という母親の声が聞こえてきた。どうやら、なかなか起きてこない総司を起こしに来たようだ。


「総司! そろそろ起きなさい。六年生にもなって遅刻したら、かっこわるいわよ」


「もう起きているよ!」


 うるさいな、と思いつつ母親に返事をして、総司は目覚まし時計を見る。時間はすでに、七時を回っていた。


「――って、本当にまずい! 急いで支度しないと」


 総司はあわててパジャマを脱ぎ捨て、学校に行く支度をするのだった。



         * * *


 

 準備を終えた総司は、急いで朝食を食べて、家を出た。

 すると、玄関の前で長い髪をポニーテールにした女の子とはちあわせた。となりの家に住んでいる、幼なじみの(あおい)だ。


「おはよう、ソージ。今日はジャストタイミングだったね」


「おはよう、アオイ」


 あいさつを交わして、いつもと同じように二人で学校へ向かう。

 四月も半ばに差しかかり、通学路も春の息吹にあふれている。そんな春のうららかな陽気にあてられたのか、総司が大きなあくびをした。


「ふぁ~。春眠暁を覚えずって本当だよね。すごく眠たい」


「ソージの場合、季節を問わずに『眠たい』って言っているじゃない。いつも本ばっかり読んで、夜更かししてさ」


 総司の言い草に、葵がすかさずツッコミを入れる。

 しかし、総司にとっては葵のツッコミもどこ吹く風。彼はひょうひょうとした顔で、こう言葉を続けた。


「仕方ないよ。だって、先週借りた源義経(みなもとのよしつね)の本が、おもしろ過ぎるんだもん。続きが気になって、眠れないよ」


「もう! そんなだから、毎朝時間ギリギリになっちゃうんだよ」


 あははと笑う総司を見て、葵があきれた様子でため息をついた。


「ああ、そういえば……。今朝さ、変な夢を見たんだよね」


「変な夢?」


「うん。どこからか知らない声が聞こえてきて、『私の物語をもう一度つむいで』って言うんだ。アオイ、これってどういう意味だと思う?」


「どういう意味も何も、そんなのただの夢でしょ。深い意味なんてないわよ」


 腕を組んであれこれ考え始めた総司を、葵が明るく笑い飛ばす。


「それはそうなんだけどね。なんか気になっちゃって……」


「ソージのことだから、本の読み過ぎで、物語の世界が夢の中にまで出てきただけよ。気にしない、気にしない!」


 それよりもさ、と葵が昨日見たテレビの話を始める。そうやって取り止めのない会話をしていると、二人が通う小学校の校門が見えてきた。

 昨年塗り直されたばかりの真っ白な校門をくぐり、二人は校舎へと入っていくのだった。


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