捕獲とシマウマ
私は度肝を抜かれた。
大手SNS等で、どっかのシマウマが脱柵した出来事は知っていたが翌日の夕方のニュースで捕獲の様子が報道され、映像を見た瞬間ザッと血の気が引いたのが自分でも解った。
「おまわりさんカラダ張って対応しているよ!?」
ガチで逃げるシマウマに!
下手すりゃ死ぬって!
人間が!
いやマジで!
冗談でも誇張でもなく!!
国営放送の夕方ニュースだったから、時間的には、ほんの数秒。
けれど衝撃度はマックス。夕飯の支度の最中だったけれど動揺で私は混乱を極めた。
心臓が痛いくらい拍動する。
え?
え!?
警察官ってコレもシゴトなの!?
つか、無手!?
無 手 !?(驚)
盾板はああ!?(驚愕)
テレビの画像を見て、呆然と立ち竦んだのは五年ぶりだった。
* * *
〝パニクった動物は、素人の手に負えない〟
畜産王国の田舎に住んでいる、第一次産業従事経験者には常識かもしれない。
もちろん林業及び水田畑作等の植物を相手にし全く家畜に触れる機会の無い人もいる。
そういった点では、専門外の田舎人も都会の町っ子も経験値は等しい。
が。
飼い主が知らない間に脱柵した黒毛和牛が、信号機のない交差点の死角で反芻(意訳:牛的にはマッタリ)をしていたら帰宅途中の原付バイクと出会い頭に衝突したという、田舎にはフィクションのような実話がある。
最初ハナシを聞いたとき、ワケが解らなくて「は?」と思った。
次いで「マジか」と引き攣ったのを覚えている。昔の話だが今でも思い出せる。
田舎ネットワークは、時に。
偶に。
ナチュラルに。
思いがけない話題を、住民に提供する。
概要をサラっと説明すると。
事故当時は冬だったので疾うに日は沈んでいて、おまけに田舎なもんだから街灯なんて電信柱に付いている以外は全く無く。
宵闇の真っ暗な辻でマッタリとしていた真っ黒い牛を、いくら小回りの利く原付バイクでも避けられるハズも無い。そんでアッサリ正面衝突したという。
運転者は約二ヶ月の入院で、成獣になってもいない牛は無傷だったと聞き「スゲーな黒毛和牛マジか」と、たぶんニュースを知った全員がビビッた。
牛生イロイロ。
いやホント。
もう亡くなった方だけれど、あの演歌歌手さんはウソを歌っていなかった。
* * *
閑話休題。
と、まあ。
家畜とそれなりに付き合ってきた田舎人な私はシマウマと言う畜患データ的にはマイナーな家畜(?)(意訳:日本で野生は存在しない)の動物が、捕まりそうで捕まらない絶妙な間合いを取りつつプルプル震えながら逃走している映像を見てゾッとした。
一目見て解ったからだ。
私じゃ手に負えないしムリだと。
シマウマ(ゼブラ)は。
名前で〝ウマ〟とついているから信じて貰えないかも知れないけれど、奴らは馬じゃない。
どっちかっていうと、その本性はロバだ。
その証拠に、鳴き声だって馬と全然違う。
馬は嘶く(息を吐いて声を出す)が、ロバは違う。息を吸いながら音を出す。
機会があれば、鳴き声を聞いてみるといい。
ビックリするから。
少なくとも私は驚いた。
ロバって、ほのぼのとした愉快な模様をしている(シマウマ程じゃ無いにしろ)が、頑固になったら融通が利かない動物。
十頭数珠繋ぎのロバに言うことを聞かせられる調教師がいたならば、今回の事案はスマートに解決したかも知れないが、そんなん有り得ん。
フィクション・アイテム〝ソロモンの指輪〟を使って解決したよ二次元万歳と、現実逃避しちゃうくらい無茶な捕り物。
しかも、あの間合い。
シマウマは一見のんびり警察官と並走していたっぽいけれど、超ピリってた。
もしも並走している警察官が指一本でも妙な動きをしたら、脱兎の勢いで引き離すくらい張り詰めて。
実際、全力疾走かましたシマウマの進行方向にいた別の警察官は避けたけれど、アレ正解。
あのままだったら、大怪我していた。
また別の警察官が投網捕獲やロープを首にかけようとしていたけれど、ピリった動物は人間が思う以上に俊敏で、上手くいかなくて当たり前。
技量の問題ではないのです。
捕獲だけなら、逃げた牛馬の脚にロープをかけて引き倒すという方法もあるにはありますが、足を骨折しかねないという可能性と、シマウマの蹄は馬や牛と違って足の細さと同じくらい小さいという骨格上の問題が捕獲の難しさに拍車を掛けます。
(ハーネスが標準装備のパグ犬に、フツーの犬の首輪が無意味なのと同じ理屈)
通常、脱柵した動物は飼い主が責任をもって捕獲します。
飼い犬・飼い猫・ペット探していますの張り紙を見たことありませんか? アレと同じです。
中型・大型家畜の場合はモノが大きいので捜せばすぐに見つかりますが、まぁ捕まえる迄がひと騒動です。
だってパニクった動物が暴走して被害甚大った、というのは昔からあるハナシ。そうならない為に、板を重ねて作られた分厚い〝コンパネ〟と呼ばれる合板を盾に、囲い込んで追い込み捕獲。後に輸送車なり小屋なりに移動させ動物と人間の両方の安全を確保するのです。
だって、乳牛なら除角されているケースが多いけれど、黒毛和牛って角がそのまんまな個体があるんだもん。
ド突かれたら痛いってもんじゃないよ?
場合によっちゃ死ぬよ?
中家畜の豚だって油断できないよ。
最低六十キロの四足歩行動物の体当たりは、盾板で構えて踏ん張っていても吹っ飛ばされるし。
大人でコレ。
子供だったらもっと危険。
出来れば痛い系の思い出は要らなかった。私は。
で。
過疎った田舎の山ン中なら飼い主だけで捕獲できるけれど、ちょっとでも町が近いと「自己責任で対応する」とか言っちゃいられないし、非常にヤバい。
速やかに人員を集め対処しないと、人的被害が出てしまう。
結果は残念でしたが、人間側に怪我が無くてホント良かったと個人的には思っています。
実は前にシマウマサイズのポニーに顔面を蹴られたという思い出がありまして。
アクシデントは早番の時に起こったのですが、血みどろ朝礼は後にも先にもアレだけでした。傷を診た医者からレントゲンを示されつつ「アンタは本当に運が良かった。蹴られたエネルギーが頭蓋骨の形に添って逃げたから生きているけれどフツーなら死んでるか痕が残っている」と真顔で言われ、家畜が身近だった大正生まれの祖母ですら「仕事を辞めろ」と言いそうになったのを堪えた、と退職した数年後に言われました。
その位、動物は恐ろしい、という事実。
今回、私がゾッとしたのはシマウマが逃げた事よりも、現場の警察官が無手で身体張って対処していた、という事です。
勿論「それが仕事でしょ?」と言われればそうなんでしょうが、怯えてパニクり手加減も容赦も出来ない動物を、無手で鎮圧とか無茶です。
何ですかそれです。
どんなムリゲーですか。
せめて、機動隊が使っているような透明な盾を使うとか。
身体一つで職分を全うするとか、頭が下がりました。
野鳥がガラス窓に体当たりする話が有名なように、例の透明な盾は今回の役には立たなさそうです。が。
ガムテープを使って、裏に新聞紙でも貼れば見た目が違います。ぶっちゃけ、パッと見で透けてなければ即席の壁です。
野生動物の対応はまた違ってくるのですが、畜舎及び小屋に入れられて飼われていた家畜には、壁に突進するという習性はありません。精々が「壁と壁の隙間をつく」か「弱い箇所を狙う」くらいで、鍛えた人間が構えている板にタックルしてビクともしなければ壁と同じ扱いをします。
機動隊が使っているような盾の使い方なんて知りませんが、新聞紙はともかく無手で立ち向かうより人間も動物もずっと安全だと思います。
これから検証して、知恵を出し合っていけば良いと思いますし、余所にはもっと良い方法があるかも知れません。
シマウマ捕り物を見て感じた事を、私なりの文章にさせていただきました。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。




