2.カルの場合②
オレとルーロは、気付いた時には一緒に居た。常に一緒で施設の先生たちにいつも仲がいいわね、とよく言われていた。だけどそれは、オレの家族がルーロしかいなかったからだ。
オレたちは、所謂孤児だった。両親の顔も知らないし、ましてや自分たちがどこで産まれたのかさえ知らない。気付いた時には、この孤児施設に預けられていた。周りには同じような孤児たちが沢山いたが、オレとルーロは決して口を聞かなかった。自分たち以外の存在が、怖かったからだ。
施設では、毎日同じ時間が過ぎる。だけど、日曜日だけ『里親候補』がやって来て子どもたちを連れて行った。連れて行かれた子どもは、帰って来る事はなかった。きっと幸せに暮らしているのだろう、オレもルーロもそう思っていた。
そしてある日、ついにオレたち双子を引き取りたいと言う『里親候補』が現れた。けれどその男は変わった風貌をしていた。全身黒ずくめのローブに身を包み、だらしなく髭は伸び、髪もぼさぼさだった。正直こんな奴のところに行くくらいなら、施設にいた方がましだと思った。しかし男はオレたちにある言葉を投げかけた。「何でも思い通りに出来る|魔法«・・»を使えるようになりたくないか?」と。その言葉に、オレもルーロも魅了された。怪しげな男だったが、どこか信憑性があった。それはその恰好からなのか、男の醸し出す雰囲気からなのかは解らなかったが。オレたちは、男に着いて行くことにした。
*****
男の名は、ヴィアトルと言った。ローブで顔を覆っている為、年齢が定かではなかったが、彼の家についた時にローブを取ったので、その容姿がまだ20代後半程だという事が解った。
彼は、まずオレたちにお揃いのローブをくれた。そして、夕飯を作って振る舞ってくれた。その食事中にオレたちの国の情勢やこの国での彼の地位を教えてくれた。施設には、外の情報を得る物が一つも無かった。だからオレたちは外の世界の事を何一つ知らなかった。
この国は、≪インヴァール国≫。国は魔法使いによって統制がとられている。より強い魔力を持った者が国の政治の中枢を担う。十二歳になると魔術学校へ入学し、そこで授業を受けることになる。引き取られた当時のオレたちはまだ十歳だった為、その事を知らなかった。
「じゃあ俺たちは十二歳になったら学校へ行くの?」
ルーロがヴィアトルに問う。ヴィアトルは首を横に振った。
「俺にお前ら二人の学費を払える金があるように見えるか?」
オレたちは言葉に詰まった。ヴィアトルがはぁ、と息を吐き出し続ける。
「魔法については俺がお前らに教える。明日からだ」
急な話にオレもルーロも着いて行けない。オレたちに魔法なんて使えるのだろうか、という一抹の不安しかなかった。しかし、ヴィアトルはやる気いっぱいだ。オレたちは顔を見合わせて苦笑いするのだった。
*****
翌日から魔法の特訓が始まった。まずヴィアトルに言われたのは【何分間喋らずに集中していられるか】だった。オレたちはお互いだんまりを決め込み、唯々時間が過ぎるのを待つ。
途中でヴィアトルがわざとらしく注意を逸らそうとする。オレはそれが嫌でイライラしだした。早くこんな事やめてこの大人を怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られる。
しかし、ルーロはそんな事お構いなしと言う様に、涼しい顔をして集中していた。5分後、オレ耐え切れずに口を開いてしまう。
「こんなのやってられるか!!」
「……喋るな、と言っただろう」
冷たい視線がオレに突き刺さる。嫌な汗が流れて背中がひんやりとした。
「後から俺のところへ来い。今日はもうおしまいだ。ルーロは自分でもこの作業を続けろ、いいな」
「はい!」
*****
夕食後、仕方なしにオレはヴィアトルの部屋へ向かった。叱られるのだろうか、と少し怖くなる。部屋の前に立ちノックをした。中から声がして「入れ」と促される。俺はドアを開きヴィアトルの部屋へと入った。
「何故、あんな簡単な事が出来ない?」
開口一番、そう問われた。オレはしばらく悩んでから答える。
「集中するとか、苦手だ。オレには魔法は向いてないかもしれない」
「……続ける意思がない、と?」
冷たい視線で見降ろされる。また嫌な汗が背中から吹き出す。こいつのこの目は苦手だ、と思った。オレは小さくコクンと頷く。それを確認したヴィアトルは小さく溜息を吐き、俺の腕を掴んで勢いよくベッドへ押し倒した。
「……魔法が使えない奴はクズだ。お前は今日からクズだ。クズは主人の命令に従え」
「え……」
訳が分からず逃げようとするオレの腕をきつく握り、ヴィアトルはあろう事かオレの口唇に自分のものを重ねてきた。
「っ!」
「なぁ、クズ。お前は今日から俺の言う事だけを聞いていればいいんだ……」
こうして、オレの地獄の日々がスタートした。ヴィアトルはオレの出来が悪いと、その日の夜には自分の部屋にオレを呼びつけて、犯した。気持ち悪さしかなかった。逃げ出してやりたかった。けれど、ルーロはオレとは逆で良く出来た優等生だった。直ぐに新しい魔法を取得し、それを応用した。兄弟こうも違うものなのかと見せつけられた。
そして、ルーロだけは、こんな思いしてほしくなかった。幸いにも、ヴィアトルはルーロには優しかった。絶対俺と同じように扱わないし、ましてや夜に部屋に呼ぶ事もなかった。ルーロが大丈夫なら自分はこれ位耐えられた。
しかし――。ある日、ルーロがミスを犯した。その魔法は上級魔法でドラゴンを召還するというものだった。失敗して落ち込むルーロを何とか元気づけてやろうとする。
「これ位お前ならすぐに挽回できるって!」
「カルはいいよね! 簡単な魔法ばっかりでオレばっかりヴィアに期待されて……! 期待に答えるのがどれだけ辛いか解る!? 解らないだろ!」
「なっ!? じゃあお前は……!」
「何だよ!」
オレは毎晩あいつに抱かれて嫌な思いをしてるのに、お前に危害が加わらないようにしてるのにオレの気持ちだってわからないだろう! ――そんな事言える筈もなく、オレは口を閉じた。
もううんざりだ。今までオレのしてきた事は何だったんだ。虚無感に包まれた。
「……俺はここを出る。お前は好きにしろよ」
「ちょ、カロ!?」
あぁ、やっと自由になれるんだ―そう思ったら笑いが出てきた。もうあいつの嫌がらせに付き合わなくて済む。ルーロも好きにすればいい! もう知らない。オレはこんな所抜け出すんだ。
そうと決まれば準備は早かった。私物などなかったので、身一つで夜も更けた頃こっそりと自室の窓から家を飛び出した。森を走り行く当てもなく前へ進む。気分は晴れやかだった。