1.カルの場合①
カルはピートの部屋を舐めるように見つめた。そして、あるものがない事に気付く。
「ねぇ、ピート。一つ聞いていい?」
「ん? 何?」
「エシルはどこで寝てるの?」
「……ソ、ソファー…とか?」
「とかって何!? とかって!! まさかピート…」
疑いの眼差しでピートを見つめる。まさかとは思うが、その考えが頭から離れない。ピートは終始落ち着かない様子で目が泳いでいる。間違いない、とカルは思った。
「それはいくら何でも狭いでしょ」
「だ、だから!! たまに、だよ!?」
「どっちにしろソファーはかわいそうだよ。ベッドを作ろう!」
*****
そうして集められたのは、双子の弟ルーロと、トウガ、それにリクだった。カルがそれぞれに指示を出す。
「ルーロとオレは木を伐採しに行く。トウガとリクは布団用の綿を集めて裁縫! 解った?」
「めんどくせぇ…つか肝心のエシルはどこ行ったんだよ」
「秘密に決まってるだろ! 今夕飯の材料を頼んでるよ」
ピートが口を開いた。今までの罪悪感からか一番張り切っている。それにエシルは、この国に来てまだ心細いかもしれない、皆で何かプレゼントをしようと提案したのもピートだった。
各々が持ち場へ向かう中ピートは、部屋の片づけをすることになった。二人分のベッドスペースを作らなくてはならない。気合を注入し、作業を開始するのだった。
*****
双子は森の中へとやって来た。真っ直ぐ伸びた木を探すが、なかなか見つからない。手頃な木はあるがどれも曲がっていたり、太さが足りなかったりと双子は悪戦苦闘した。「これはどうかな」ルーロが真っすぐで太さもある木を一本見つけた。カルはこれなら大丈夫そうだと思い、ノコギリを空間から呼び出す。木を切ろうとした所でルーロが呟いた。
「カル、魔法は使わないの?」
カルは頭に血が上るのを感じた。だが、今喧嘩したところでどうなる。ノコギリで木を伐りながら「使わない」と呟いたのだった。それからも何本か良さげな木を見つけ、カルは淡々とノコギリで木を伐った。
ルーロが伐り終えた木をひとまとめにする。そして、何事か呟く。すると木の集まりだったものが形を変え、ベッドの骨組みへと変わった。
「相変わらず、お上手なことで」
「別に見せつけようとしてる訳じゃない。必要だったから…」
「はいはい、優秀な弟を持ってオレは幸せだよ」
カルが皮肉たっぷりにそう言う。ルーロはそれを無視してベッドを宙に浮かすとそのまま一人で帰ろうとした。カルは急いで後を追う。お互いにそれ以降会話はなかった。
*****
ピートの家が見えてきた。ルーロはベッドをピートの家の前で下し、一息ついた。それに気付いたのかピートが、家から出て来る。出来上がったベッドを見て嬉しそうに双子に話しかける。
「お帰り。早かったね」
「うん、じゃあオレは帰るから後宜しくね」
ルーロはさっさと帰っていってしまう。「もしかしてまた喧嘩?」と聞くピートにカルはバツの悪そうな顔をした。自分が火種なのはわかっている。しかし、謝るという選択肢はない。それはカルの兄としてのプライドが許さなかった。
ベッドを室内へ運んで一息つく。ピートにそろそろエシルが帰ってくるからばれない様に遠くへ連れ出してくれないか、と言われた。カルは正直面倒だなと思ったが、家に帰るのも気が引けたのでその役目を了承した。
エシルが帰ってくるのが見えた。カルは手を振って自分の存在をアピールする。それに気付いたエシルは満面の笑みで手を振り返してくれた。
「どうしたの? カル。こんな所で」
「あー、ちょっとお前に相談があってさ。その荷物ピートに届ければいいのか?」
「あ。うん……」
カルが小さく何か呟くと、エシルの手から荷物が離れピートの家の中に勝手に入っていった。驚くエシルに「行こうか」と告げて、二人並んで歩き出す。今日はルーロは一緒じゃないのかとエシルに聞かれカルは口を濁した。
*****
しばらく歩いて、エシルが初めにこの世界に来た時に着いた祭壇までやって来た。近くに座れる場所があり、二人してそこに座る。
「一人になりたい時は大体ここに来るんだ」
「そうなんだ。ルーロと何かあった?」
「まぁ、喧嘩だね」
苦笑しつつ、カルが告げる。子ども染みているだろう、と。しかし、そんなカルにエシルはそんな事ないと告げた。自分は兄弟がいないからわからないが、喧嘩できる相手が居るのが羨ましいと続ける。それを聞いたカルは一瞬驚いた顔を見せたが、「そうだね」と少し困った様に笑うのだった。
空は青々と輝いていた。気持ちの良いくらいの晴天でカルは大きく伸びをする。少し気分が晴れた気がした。
空を見上げていると、ちょんちょんと服の袖をエシルが引っ張ってきた。
「僕も、カルと喧嘩できるようになるかな?」
思わず、呆気に取られるが、次の瞬間には笑っていた。エシルの頭を撫でてやる。
「お前の口がもう少し達者になったらな!」
なんだか今回は、素直にルーロに謝れる気がするな、そう思いながらエシルと一緒に帰路につくのだった。