5.林檎の木
その日の夕飯は、ピートの要望でシチューとなった。エシルが『White Land』に来て一週間が過ぎていた。ピートの言った通り、町に住む少年たちは、皆優しくて新参者のエシルにも食材を分けてくれた。そうして出来上がったのが今日の夕飯だ。
ピートは席に着き、スプーンを手にしてシチューをフーフー冷ましてから口に運ぶ。程良く柔らかい肉に、ゴロゴロと大きな野菜、それらを包み込むホワイトソース。すべてが抜群に美味しかった。
「エシル一生ここで暮らして。お願い」
「? どうして?」
「こんなに美味しい料理ボク食べた事ないもん」
「今までどうしてたの?」
ピートは目を泳がせながら口ごもる。
「自分で作ってなかったって事は解ったよ…」
苦笑いするエシルだった。
二人して食事していると勢いよく玄関扉が開かれた。慌ただしく双子が駆け込んでくる。
「エシル、明日の予定はー?」
兄であるカルがそう聞いてきた。エシルは何も予定が入っていない旨を伝えると嬉しそうに弟の顔を見つめた。
「じゃあ、明日はオレたちに付き合えよ!」
「うん、わかった」
そう言い残し双子は家を出て行った。ピートがニコニコとこちらを見ている。どうしたのか尋ねると嬉しそうに話し出した。
「エシルにもボク以外の友達が出来てうれしいなーと思って」
「そうなの?」
その後もピートは終始ニコニコしながら夕食を食べるのだった。
*****
翌日、朝一番に双子が訪ねてきた。朝食を食べていたエシルは、急いで食べ終えピートに行ってきますと挨拶してから家を出た。カルがパチンと指を鳴らすと何もない空間から白いハチマキが出現した。エシルがそれをぼーっと見ているとカルが近付いてきてそのハチマキでエシルの目を覆った。
「え!? ちょっと、何してるの!?」
「いーからいーから!」
どちらか解らない声がそう告げる。すると、グンッと体が持ち上げられて背負われる形になった。この背中はどちらのものだろうと考えているとそれを察知したのかルーロが話し出した。
「背負ってるのはルーロだよ、エシル。ごめんねオレはやめようって言ったんだけどカロが訊かなくて」
「べ、別にいいけどどこへ向かうの?」
「着いてからのお楽しみさ」
左側で声がした。カルの声だろう。
双子はどんどん走った。肌に風を感じる。こんなに走って大丈夫なのかと心配になったが、エシルの心配をよそに二人は楽しそうに談笑している。
それから三十分ほど経っただろうか、ようやくルーロが足を止めた。目隠しを取られる。目の前には立派な林檎の木が鎮座していた。
「うわぁ……」
「これをエシルに見せたかったんだ!」
「すごいでしょ」
エシルは林檎の木の大きさに目を奪われる。赤々と熟した林檎の実も美味しそうだ。吸い込まれるように林檎に手を伸ばす。しかしそれは、カルの声によって遮られた。
「ダメだよエシル!」
「え…?」
「その実を食べちゃダメだ」
「どうして……」
「毒があるんだ」
そう言ったカルはニヤリと笑って見せる。本当かどうか考えあぐねているとルーロにも同じ事を言われた。エシルは実を取るのをやめ、カルとルーロの後ろに隠れるようにして林檎の木を見つめた。
エシルの後ろからガサガサと草を掻き分けてこちらへ近づいてくるものが居る。エシルたちは振り返りその人物が誰なのか音の先を見据えた。
「やはり、お前たちか…」
「ゲッ! グレンだ…」
双子はバツの悪そうな顔をする。相手が誰なのかわからないエシルだけがきょとんとした顔をしていた。
「お前、新入りか」
男―黒髪に紅い目を持つ彼はエシルにそう問いかけた。黒のライダースジャケットの下にシャツ、ジーンズ、黒のブーツに身を包んだ彼はこの国の少年と比べたら背も高く大人びた表情をしていた。
エシルは訳が分からずオロオロとしていたが、ルーロが二人の間に入ってこう告げた。
「最近、この国に来た。ここへは彼に忠告するためにやって来ただけだよ。別に実を取ったりしない」
「ふん、どうだかな……」
そう言って男は木に近付き、手ごろな高さにある林檎の実を一つもぎ取った。
「じゃあな。白」
男はそう告げて森の中へと消えていった。エシルは訳が分からず呆然と男の背中を見付けるだけだ。
*****
ピートの家に戻って来た三人は、ピートの明るい声に出迎えられた。
「おかえりー! どうだった……ってどうしたの三人とも! 凄い顔してるよ!」
「ピート、黒に会った」
ルーロがそう告げる。するとピートも険しい表情になった。
「何かした?」
「いや…でも、林檎を取っていった」
「そうか……でも君たちに危害がなくてよかった。エシル、大丈夫だった?」
「う、うん……。ねぇ、黒って何?」
ピートが驚いた顔をする。しばらく考えてから彼は口を開いた。
「エシルもこの国の一員だ。黙ってることは出来ないね。黒…彼らは、この世界の別の国に住む連中だ。気性が荒い奴は、たまにこの国の住人に危害を加えたりする。だけど、そう易々入って来てくれても困るからね。こちらも色々と警護はしてるよ」
「その黒が林檎を持っていったのは何故?」
「それは……ボクたちにとっては毒だけど、彼らにとったらあれが栄養源だからだよ」
「そうなんだ…」
重たい空気が流れていたが、それを立ち切る様にピートが明るい声を出す。
「さ、この話はおしまい! 夕飯の準備をしよう? エシル。今日は双子も食べて行きなよ」
「いいの? やりー!」
「ご馳走になります」
「エシル、ボク今日は鮭のムニエルがいいな!」
ピートが右手を差し出す。エシルはピートの手を取り家の外へ出た。皆で買い物へ行くために。
聞きたい事はあったが、今はやめておこう。エシルは頭の中で今日の夕飯の献立を考え始めるのだった。