アイレーシアは死んだ
アイレーシアは死んだ。
権勢を誇る伯爵家の娘。美しきオードルーヴの薔薇。かつて栄華の限りを尽くした彼女は、誇り高く毒杯を仰ぐことも許されず、彼女にとって触れることも汚らわしい下賎な刑吏たちによって力尽くで<冥府の毒>を流し込まれ、その生を終えた。
アイレーシアという名前と、そこにまつわる全ての称号を、家を、かつて手にしていた全てを失って、彼女は反逆の大罪を犯した名もなき女として、処刑された。
彼女が横たわるのは溝の匂いに満ちた地下牢。かつて宝石を散りばめたドレスを纏った肢体が身に着けるのは、薄汚れたドレスとも言えない衣服。靴を奪われた裸足は饐えた臭いの泥に塗れ、労働を知らない腕には装飾品の代わりにもならぬ無骨な枷。
誰にも悼まれず、悲しまれず、惜しまれることのない、泥のように無意味な死だった。
冥神の鎌によって魂を刈り取られた彼女の肉体は、完全に破壊された精神とは裏腹に、少しも損なわれていなかったが、それは私にとって何の救いにもならなかった。
床に倒れた彼女は、虚空を見つめたまま、細い呼吸を繰り返している。その滑らかな白い頬。切れ長の大きな瞳。豊かな黒髪。全ては何も変わっていなかったが、最早かつての輝きはそこになかった。彼女の赤紫の瞳は虚空を見上げるばかりで、そこに、彼女の歪んだ魅力の源であった暗い光はない。
アイレーシアの魂は失われ、彼女は死んだ。
ここにあるのはかつてアイレーシアだった、彼女の魂を失った抜け殻に過ぎない。
それでも、彼女の身体が、再び処刑されることを思うと、私の心は痛んだ。
ナシカーデムによって魂を殺され、抜け殻となった肉体を衆目に晒されながら再度殺される。最も穢らわしく、おぞましい刑罰。存在は知っていたが、肉体がどのような方法で処刑されるのか、かつてのアイレーシア同様、私も知らない。
私に分かるのは、殺される瞬間のアイレーシアの絶望と憎しみ。
あの娘に向かう、矢のように純粋な殺意だけだ。
アイレーシア。彼女は確かに罪を犯した。
だが、ここまでの罰を受けねばならないほどのことだっただろうか。
イオナ=アイレーシア・オードルーヴ伯爵公女・バシュロム――アイレーシアは美しい娘だった。
彼女が一目流し見るだけで大抵の男は容易く膝を折ったし、彼女を嫌い、憎み、蔑む人間ですら彼女の容貌を貶す言葉を持たなかった。
神の手による奇跡。オードルーヴの薔薇。
彼女は光輝く容貌を誇り、己に与えられる賛辞と賞賛を当然の如く受け取って恥じることがなかった。自分が美しいことを充分に知っていて、それを武器とすることに何の躊躇いもなかったし、自らの欲するものが与えられて当然であると、心の底から信じていた。自分の意のままにならぬことを許さなかった。
美しい容貌の裏に、どろどろとしたドス黒い絶望と虚無を抱え込み、ほとんど全てのものを心の底から憎み、呪っている。とりわけ、美辞麗句を並べ立てて語られる、愛や友情、慈悲、そういったものを。
アイレーシアはそういう娘だった。
有体にいって、彼女はひどく性質の悪い人間で、彼女を好く人間は極稀だった。彼女の周りには、彼女の美貌とその歪んだ魅力に取り憑かれた崇拝者か、彼女の持つ財や権力に群がる有象無象たちしかおらず、彼女もまた、取り巻きたちを心の底から見下し、蔑み切っていた。
世界に対する憎しみがもう少し薄ければ、彼女はさっさと死を選んでいただろう。
私はここに至るまでに何度か思ったものだ。
彼女は生きる事に何の価値も見出していなかったし、死に対する恐れをこれっぽちも持たなかった。死ぬことにも傷つくことにも鈍感で、故に他者もそうであろうと考えていた節がある。勿論、他人の傷みを知っていても、彼女は他人を傷付けることを躊躇いはしなかっただろうし、むしろ嬉々として他者を貶めただろうことは間違いないのだが。
他人を傷つけ、操り、蔑むことを喜びとする美しい娘。
だが彼女が心底喜んでいればまだ救われる。彼女は他人を不幸に陥れることを好んだが、結局のところそれは人生の暇潰しに過ぎず、全てに対する憎しみの結果でしかなかった。
彼女は自らの抱える絶望に追いたてられるように、周囲に憎しみを撒き散らし続けた。
ただそれだけだった。
アイレーシアはそういう娘だったのだ。
この私だって、長じた後に彼女と出会ったのならば、彼女を嫌わずにはいられなかっただろう。憎しみを抱くほどの何かはなくとも、決して彼女を好きにはならなかっただろう。彼女の死に心を揺らすことも、彼女に何らかの思い入れを抱くことも。
そう。つまるところ、私はアイレーシアを嫌いになることができなかった。
彼女の為したことを知りながら、彼女を嫌うことがとうとうできないまま彼女は死に、私は今こうして、悲嘆に暮れている。途方に暮れている。
私の嘆きが冥府の彼女の慰めになるのであればいいのに、救われるのに。私には彼女がそんなものを何一つ望んでいないこともまた、分かるのだ。彼女は私の存在すらおそらく、認識していなかった。例え認識していたとして、私の嘆きに何の意味も見出さなかった。
彼女にとって、彼以外の全ては石くれに等しかった。
――私は未だに、彼女がどうしてあれほど彼に入れ込んだのかが、分からないでいる。
アドライーシュ。おそらく彼女が唯一愛した、彼女にとって神にも等しい少年。世界で唯一、価値あるもの。石くれの中で輝くダイヤモンド。愛に見せかけた憎しみしか知らぬ彼女に、無邪気なまでの好意を見せた少年。
彼は美しい少女に対する自らの気持ちを、浮ついた美辞麗句で飾ることを知らないくらい、子供だった。
彼がアイレーシアを救うことができれば、彼女がこの世界で幸せを見出すこともあったのだろうか。あの焼け付くような憎しみを忘れ、愛を認める事ができたのだろうか。
私は折りに触れ何度も考えた。
答えはノーだ。いつだってそうだった。
彼女は結局こういう風にしか生きられなかった。
アドライーシュに向ける自らの思いを、愛と認める事ができなかった。
愛。伯爵家に生まれ、何もかも与えられた彼女が得られなかったただ一つのもの。愛。故に彼女はそれを憎んだ。何もかもを許し、何もかもが肯定する、人生において最も重要で、美しく、価値あるもの。愛。それが得られなければ人生に意味はないと。そうしたり顔で迫る世界に、彼女は絶望した。
それがアイレーシアを作り上げた全ての原因とは言わない。
彼女にはきっと、元からそういう素質があった。アイレーシアはそういう娘だった。愛がなければ人生に意味はないというのなら、そんなもの全て滅びてしまえばいいのだと、滅びるべきなのだと、そう言い切って全てを憎む、暗い情熱の礎があったのだ。
だが、銃弾を込め、撃鉄を起こした銃も、引き金を引かねば弾は出ない。
アイレーシアという銃の引き金を引いたのは、間違いなく彼女の母親だった。
彼女もまた、憎しみの炎を燃やし続けるだけの暗い情熱を備えていた。
貴族にありがちな無関心であればまだ良かったのに、彼女が自分の娘に向けたのは、固く煮詰めた憎しみの凝りだった。彼女の憎しみは、世界ではなく、自分の娘だけに向けられたのだ。彼女は最早病的な勤勉さでもって、アイレーシアを憎しみ抜いた。そしてその反動のように、あるいはそれが代償のように、アイレーシア以外の子供たちを慈しんだ。
慈悲深い、伯爵夫人。
彼女の愛情に満ちた微笑は、決してアイレーシアには向けられなかった。
伯爵夫人の憎しみは、アイレーシアよりも数段周到で、欺瞞に満ちていた。彼女は愛情深い母親の顔で、アイレーシアから全ての愛情を取り上げ続けた。彼女の父は元々娘を愛情を向ける相手と認識しておらず、彼女の兄弟たちは愛する母から最も愛されるアイレーシアを、妬み、憎んだ。そう、彼らの母によって導かれた。
アイレーシアにとって、全ての人間は敵で、与えられる母の愛は、おぞましいものでしかなかった。
だからこそ、アイレーシアはアドライーシュに愛を告げることができなかった。彼への愛を認識できなかった。愛。人生において最も重要で、美しく、価値あるもの。そして、絶望をもたらすもの。愛。
アイレーシアは愛と憎しみを分けることができない。その術を持たない。
それが伯爵夫人がもたらした中で最も罪深く、救いのない不幸だ。私はやり場のない怒りを抱えていつもそう思ったし、かの美しい夫人を憎まずにはいられなかった。
そしてあの娘を。
アイレーシアとは雰囲気の異なる美しい娘を、私は脳裏に思い描いた。
アイレーシアが咲き誇る赤い薔薇ならば、彼女は匂い立つ白い百合だった。銀の髪と青い瞳、涼やかな眼差しの麗しい少女。マリア=イザリア・ローゼラム子爵公女。
アイレーシアは確かに全てを呪い、不幸を振り撒いたが、決して公に裁かれねばならぬことに手を染めたわけではなかった。彼女はただ、誘蛾灯に引き寄せられた虫を戯れに踏み潰しただけ。それは責められるべき所業ではあったが、少なくとも法に触れる要素はなかった。
アイレーシアは決して愚かな娘ではなかった。
彼女の暇潰しには彼女なりの守るべき一線があり、そこに熱意がなかった故に決してエスカレートすることもなかった。
マリア=イザリアと出会わなければ、彼女があんなことをしなければ、アイレーシアはこのままずっと、絶望を憎しみに変えて、彼女なりに世界を愛して、ある意味平穏に生涯を終えたのだ。
アイレーシアの身体が刑吏たちの手で無造作に運ばれていく。私は焦りを押し隠し、考えを巡らせ続けた。彼女の肉体が殺されるまでの時間は、もうそれほど残っていない。
あの娘は来るのだろうか?
全てを失ったアイレーシアを、あの娘は見に来るだろうか?
マリア=イザリア。彼女は美しい少女だった。そしてアイレーシアとは全く異なる娘だった。常に笑顔を振り撒き、優しく、気遣いを忘れない、気さくな令嬢。彼女の振る舞いを品がないと嫌う人間はいくらかいたが、それでも彼女は圧倒的に愛されていた。彼女の周りには明るい笑い声が絶えなかった。
彼女は、アイレーシアにも等しく天真爛漫に振舞って見せたが、私はその姿に作為を感じずにはいられなかった。彼女にはどこか、伯爵夫人を思わせるような、欺瞞に満ちた憎しみの匂いがあった。微笑みの裏に、突き刺す棘を持ち、それを友情という名で押し付けるような、そんな暗い影があった。
彼女の善意に見せかけた何かが、鼻について仕方がなかった。
言葉を選ばずに言うのならば、私は彼女が好きになれなかったのだ。
そしてそれは、彼女がよりによってアドライーシュと恋仲になったことで決定的となった。
婚約が整うまで、内密にして下さるでしょう? 彼と共にいるところをアイレーシアに見られた時、彼女はひどく嬉しそうな声で言ったものだ。粘つくように甘い、耳障りな声だった。
ねえ、アイレーシア様。アドライーシュ様のためにも、内密にして下さるでしょう?
その口調。目の色。僅かに歪んだ唇。
彼女はその瞬間、アイレーシアに対する敵意を剥き出しにして、隠そうとしなかった。
アドライーシュに向けるアイレーシアの”愛”に気付いた上で、彼女は彼を篭絡したのだ。そして戦利品を掲げて勝ち誇った。それがはっきりと分かった。アイレーシアも気付いただろう。
アイレーシアの奇妙な魅力。歪んだ憎しみと絶望が美貌を一層輝かせ、特定の人間を惹きつけ続けるのとは逆に、マリア=イザリアの持つ押し殺した憎しみは、彼女をひどく醜悪に見せた。歪で、目を逸らしたくなるような醜さがそこにあった。
アドライーシュがそれを一目でも見ていれば、彼はきっと百年の恋から醒めただろう。彼は愚かで、ぼんやりとした、のどかな少年だったが、その審美眼は確かだった。あるいは彼もまた、人の秘める歪みに惹かれざるを得ないような、そんな宿亞があったのかもしれない。
マリア=イザリアの勝ち誇った態度にも、言葉にも、アイレーシアは何も反応を返さなかった。ただ静かに微笑み、おめでとう、アドライーシュと、そう言っただけだった。
そこに悔しさを押し殺すような気配があればよかったのだろうか。ショックを見せまいとする、態度の綻びがあれば、彼女は満足したのだろうか。
アイレーシアが何を考えていたのか、何を思ったのか。正確なところを私は知らない。
ただひとつだけ分かっているのは、アイレーシアはアドライーシュを愛していたが、そこに彼を我がものとする欲望は髪の毛ひとすじほどもなかった。
彼女はそういう、愛の現し方も、終着点も、知らなかった。
彼女が願うのは、神とも思う少年が、自らの望むままに生きること、それだけだった。
だから彼女は、アドライーシュの恋の成就を心の底から祝福し、我がことのように喜んだ。喜んでみせた。彼のために。
アイレーシアの目に、意味あるものとして映るのは、ただアドライーシュ、彼だけだった。マリア=イザリアのことなど、彼女にとってはやはり、少しばかり角の立った石くれに過ぎなかったのだ。
マリア=イザリア。あの奇妙な娘はどうして、あれほどまでにアイレーシアに執着したのだろう。勝ち誇ってみせた相手に、勝負の存在すらないものとして扱われ、彼女の顔に浮かんだのは憤怒としか言いようのない表情だった。そしてアイレーシアにはその怒りですら、目に入らなかった。いっそ哀れなほどの、独り相撲だった。
マリア=イザリアという装填された銃の引き金は、アイレーシアによって引かれたのだ。
部屋の扉が開かれる。私はそこから現れた人々を見て、浮かびそうになった笑みを噛み殺した。
きっと彼女は、アイレーシアの惨めな姿を目にせずにはいられない。
必ず、魂を失ったアイレーシアの元へ来る。そして自らの勝利を噛み締めるだろう。
私の確信は、正しかった。
高級刑吏たちを引き連れるのは、堂々とした体躯を見事な礼装で飾った青年。パシュロール王子殿下。そして彼の横で溢れんばかりの喜びを押し隠し、悄然として見せるのは、紛れもなく彼女だった。
マリア=イザリア暫定王子妃殿下。
例え貴族の娘が同じ貴族の娘を殺害したとしても、最高刑は王から賜る毒杯止まり。そんなもので満足しない彼女のために、王子は聞いた事もない称号まででっち上げて、愛する娘を毒殺しようとしたアイレーシアを、精神と肉体を分けて二度殺す刑に処してみせた。
呆れた献身ぶりだった。
そして、それを引き出した彼女の手腕に、私は感嘆の念を抱かざるを得なかった。
マリア=イザリア。哀れで可哀相な、私と同じく彼女に囚われた娘。
私は愛しさすら感じながら、彼女を眺めた。
アドライーシュを奪ってもアイレーシアの目に自分が映ることはない。それを悟った瞬間、彼女はアドライーシュを手酷く捨てた。彼を痛めつけて、王子の手を取った。そしてアドライーシュの無念の死は、彼女の願い通り、アイレーシアに初めて彼女という存在を認識させたのだ
取るに足らぬ石くれではなく、破滅させるべき対象として。
彼女は、怯えている風を装いながら、伏せた目でアイレーシアを食い入るように見つめていた。誰もいなければ、高らかに哄笑でもしそうな、歪んだ喜びに満ちた目だった。
彼女の耳に、囁いてやりたかった。アイレーシアが死んだとき、彼女の心はあなたへの純粋な殺意で満たされていたと。アドライーシュを失った後、アイレーシアの心はあなたのものだったと。
私はそうと悟られぬように注意深く、彼女の目を見返した。
部屋の中の誰も、アイレーシアに注意を払ってはいなかった。彼女は最早魂を失った肉体でしかなく、ただマリア=イザリア、彼女だけが熱の篭もった目で彼女を見ていた。アイレーシアの肉体に価値を認めているのは、彼女だけだった。その足がおそるおそる一歩ずつ近付くのを、私は無感動に眺めた。
王子の制止の声も聞こえぬ素振りで、アイレーシアのすぐそばに立った彼女は、ゆっくりと、彼女の見開かれた赤紫の瞳を覗き込んだ。そこに、かつてアイレーシアが備えていた暗い光を探すように。
この期に及んで尚、私は身の振り方を決め兼ねていた。
マリア=イザリア。この美しい青の瞳の持ち主が、アイレーシアに呪縛されたままこれからを生きていくというのなら、それはそれでいいような気もした。結局のところ、私が何をしようとも、アイレーシアが救われることも慰められることもないのだ。
ひどく長い沈黙の後、マリア=イザリアはアイレーシアの瞳を覗き込むことを止めた。いくら探しても、もうそこに彼女の光は残っていない。アイレーシアは死んだ。彼女もまた、その事実を受け入れたようだった。
そして彼女は、マリア=イザリアはひどく無防備に微笑んで見せた。
晴れ晴れとした、美しい笑みだった。何もかも、憂慮すべきことは全て去ったと、そう確信したことが分かった。
彼女はアイレーシアに呪縛されたまま生きる気などこれっぽちもないのだ。彼女に囚われ続けるのは私だけなのだ。それを理解した瞬間、私の心も決まった。
残念だった。
ひどく物悲しい気持ちで、私は仕込み針を持つ手に力を入れた。
残念だ。私は極微かに、そう呟いていた。
本当に残念だ、マリア=イザリア。あなたがアイレーシアを忘れないのなら、私はあなたを見逃す気でいたのに。
目の前にある、彼女の顔が驚きと恐怖に歪むのが分かった。彼女はあり得ない事態に対する驚愕とともに、身を翻そうとした。最早無意味だった。アイレーシアに触れんばかりに近付いたのは、彼女だったのだ。
私は拘束された手に握り締めた針を彼女の首筋に突き立てながら、彼女の見開かれた目に、微笑みかけた。それがアイレーシアの微笑に見えればいいと、そう思った。私の目に、アイレーシアのものと同じ、あの暗い光が宿っていればなおいいと。
私の愛したアイレーシアは死んだ。
話し掛けることも思いを伝えることもできなかった、もう一人の私。私をこの肉体に閉じ込め続けたアイレーシア。
彼女は私の存在を知っていたのだろうか。だから、あの時、死を選ばなかったのだろうか。アイレーシアという魂が死んでも、まだこの肉体にはもう一人、私がいると知っていたからこそ、あの時刑吏たちの手を拒絶して、毒を呷らなかったのだろうか。
アイレーシア。彼女はきっと、誇りを賭けることを躊躇わないかった。
首筋を抑えて震える娘を眺めながら、私は奥歯に仕込んだ毒を噛み締めた。
マリア=イザリア。哀れで美しいこの娘とともに死ぬのも悪くない、そう思った。
そして今度こそ、アイレーシアは死んだ。魂も、肉体も。
そこに囚われたもう一つの魂とともに。