3000歳の土星星天師③
「あ、そうだ」
パン、と手を叩くと、イノさんは私からローザさんへと視線を移した。
「ローザ、さっき千鶴様に移動魔法を教えてやってくれと言っていたね」
「ええ。スペースモービルの移動だと、やっぱり時間が惜しいもの」
「というわけで千鶴様、今から魔法について少しだけ説明を加え、そして習得して頂きます」
シリアスな話から一転してマジカルな話になる。
その展開の速さについていけなくて、私は目を白黒させた。
「行のモービルの中でも言ってたけどさ。そんな簡単に習得できるものなの?」
「それは千鶴様のお力次第です。まあ、でも基本的に魔法は理論ですから。ご理解が早ければ早いほど、習得も早くなります」
魔法=理論ってパワーワードすぎません?
そう思いつつ、バリバリの修行!とかにならなくて良さそうでほっとしていた。そういう体育会系は苦手分野だから。
「イノさん、よろしくお願いします」
居住まいを正して講師を仰ぐと、彼女はこくりと頷いた。
「それではまず、魔法の基礎から説明いたします。魔法。それは本来私たち悪魔族特有のものです。体内に魔力を生み出す固有の臓器がありまして…ってお見せしたほうが早いか」
イノさんはくるりと後ろを向くと、紫色の短い髪を手で振り払った。すると真っ白なうなじあたりに黒い魔法陣のような模様が。
「この模様の下にあるのが臓器…またの名前をマジックエンジンといいます。臓器といってもグロデスクなやつじゃなくて、球体の小さなものなので目立ちませんし、その他の構造は普通の人間とが変わらないのですが。とにかく、本来悪魔族意外に使えないものだということをご理解いただきたいです」
「分かりました」
「そして、更に重要なのが魔法を使うための制約です」
「制約?」
「ええ。先ほど申し上げた通り、マジックエンジンは球体の小さなもの。魔法を無尽蔵に生み出すことは不可能なのです。マジックエンジンの容量を超えた魔法をかけると、マジックエンジンが壊れてしまい、死に至ります」
「どうして?マジックエンジンが壊れても、心臓が止まったりするわけではないでしょ?」
私の質問を予想していたのか、イノさんはすらすらと何の滞りもなく返した。
「マジカルエンジンが壊れること自体は問題ではありません。そのことにより、魔力が生み出せなくなることが問題なのです。私たち悪魔族の生命エネルギーは魔力が基本です」
「つまり私たちでいうと食事からエネルギーを摂取できなくなる…みたいなものなんだね」
「ええ、その通りです。話を戻しますが、その危険性から私たちの魔法はあくまでマジカルエンジンが耐久出来る範囲までと制約で決まっているのです」
「なるほどね。……でもそれなら尚更、マジカルエンジンがない状態で私に魔法が使えるの?」
「使えます」
サラッと断言された。
「なぜかは私も存じませんが、星天師様には普通の人間にはできないことも可能にできる場合が多いのです。魔法もその一つ。ただし、星天師様が使用可能なものは星間を移動できる魔法『メテオ』に限定させていただいております」
メテオ。流星。
なんか…技の名前みたいで少しだけワクワクする。ただ英訳しただけなんだけど。
私がジッと黙っていると、イノさんったら不思議そうに顔を傾けていた。
「……聞かないんですか」
「え?何を?」
「メテオに限定する理由を」
「ああ、そんなこと?あらかた、星天師が神力に加護されているから魔力と相性が悪くて、あんまり体に良くないだとかじゃない?」
するとイノさんはびっくりしたように紫の瞳を見開いてしまった。
最初は不愛想な人だと思っていたけど、こうしてみると外見年齢に相応した少女である。
「正解です……。いやあ驚きました」
「だって、この星、ちょっと空気が重いし……」
さっきからずっと思っていた。
土星は悪魔の星。そう聞いていたからこそこのよどんだ空気にも特に違和感を抱かなかったけれど、それでも体が若干拒絶している分もあったのだ。
「でもそれって悪魔族の方からしたら私の神力も苦手なわけで。さっきからイノさんと悠さん以外の人を見かけないのは、私たちに接近すると体調を崩す可能性があるから。正解ですか?」
着陸した薄暗い森に人がいないのはまだわかる。でも王宮にさえ誰もいないだなんて流石におかしくて、なんとなく理由を考えていたのだ。
「個人的なことだし、答えなくてもいいけど、人間の悠さんはまだしもあなたが私に耐えているのは、あなたが悪魔族と、どこかの民族との混血だからなのでは?」
そこまで答えると、イノさんはお手上げだと言わんばかりに両手を挙げて、初めて笑顔を見せた。
悪魔だというのにその花が咲いたような笑顔はとても可愛らしくて、普段からそうしていればいいのにと盛大なブーメランになりそうなことをふと思う。
「ふー。そこまで言われてしまっては、完敗です。私たち悪魔族は本来孤立した存在。生き方や習慣が違うという理由以外に、そもそも体質的に他民族を許容できないのです。だから星天師も必要なかった。星天師が人間から選ばれるという理由ももちろんですが、土星はそもそも自星の中だけで完結していたので、星間を繋ぐ星天師の役割がいらないというのが一番の理由です」
「でも、悠さんがいるじゃない」
「……そう。彼女がこの星にやってきてからこの星は変わりました。閉鎖的なところはすぐには変わりませんでしたけど、私のようなハーフが生まれることなんて、それこそ考えられなかったことでしょうし、私たちが唯一他の星に共有できるものである魔法に対しても、以前より偏見の目は減りました」
「偏見?」
「私たちは長らく太陽系の中でも被差別階級でした。まあ無理もないですけど。ずっと薄暗いよどんだ空気の中で魔法という得体のしれない研究に明け暮れている連中なわけですから、不気味だとは思います。けれど星天師制度を導入し、形骸化しているものの、悠様の存在が他星と私たちを繋いでいることはたしかなのです」
ほ、ほへえと感心することしかできなかった。
悪魔族のことは詳しくはわからないけど、悠さんの存在が私の想像よりずっと大きくて。
そして私も彼女と同じ星天師になったのだ。身がキュッと引き締まる思いがした。
「おっと、話が脱線してしまいました。制約に話を戻しますが、星天師様が使えるのは先ほど申し上げた通りメテオのみ。メテオを使うのも、公務の際に限らせていただきます。これが魔法の制約です。ご理解いただけましたか?」
「ええ、分かりました」
「ありがとうございます。…木星の星天師様は1つしか魔法が与えられないことに嘆いていたので、するりとご納得頂けて助かります。それでは失礼しますね」
イノさんは私の目の前までやってくると、手に黒のコンパクトが握られていた。パかッと開かれると、中には赤い朱肉のようなものが。
イノさんの白くて細い指がその朱肉をひとすくいして、私の額に当てられた。
「大悪魔サターンよ。汝の魔力をかのものに……」
ぶつぶつと唱えられる呪文を聞いていると、ビリ…と全身に微量の電流が流れたような感覚がして、少し怖くなってきた。「もういいですよ」というイオさんの言葉に恐る恐る目を開けると、彼女は手に付いた朱肉をティッシュで拭っているところだった。
「お疲れさまでした。メテオを無事授けられましたが、惑星を回るまではローザと一緒だと聞いています。千鶴様が初めてメテオを使うのだとしたら、そのあとの星天師会議になるでしょうね」
「そうですね。イオさん、どうもありがとうございました」
「いえいえ、これくらい容易いことです。土星と交渉をするときなど、悠様より私の方が対応することも多いと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
差し出された手をギュッと握りしめる。
こうして、私の土星訪問はめちゃくちゃ平和に終わったのだった。




