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星天師〜星空の湊〜  作者: 下村美世
第2章 星天師として
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3000歳の土星星天師②

「悠さん、あの、なんというか。今日は私のためにお時間を割いてくれて、ありがとうございます…」


 悠さんが一番最高齢の星天師というのもあるけど、何より酸素マスクまでつけている状態だというのに私を出迎えてくれたことに申し訳ない気持ちになってきた。


「気にしないで。私もあなたにお会いしたかったの」


 首だけこちらにぐぐ…と持ってくると、彼女はようやくそのエメラルドのような、宝石みたいに瞬く瞳をこちらに向けた。それがとても綺麗で、だけどどこか不気味な雰囲気があった。


「へえ。サターン様からお話は聞いていたのだけど、噂以上に綺麗な容貌をしているね」

「え?」

「黒い髪に黒の瞳。今でいう日本出身の星天師は他にもいるのだけど、千鶴ちゃんみたいに黒一色の毛色もとてもいいわね」


 私と同じ日本出身の星天使がいることにとても驚いた。

 宇宙規模の活動をこれからするのだから、地球での出身国など気にしてはいられないと思っていたけど、やはり同郷の人がいるというだけでもかなり安心してしまうのは地球にいたころの性質が抜けきっていないから、なのかな。

 でもそれよりさあ。

 …あのアフロディーテの首をメリメリと締め上げたおっかない大悪魔。そんな悪魔神が私のことをそんな風に称しているだなんてとても思えなくて。


「あら、疑問を感じてる?」

「ええ…。私はあの人に特にアピールもしてませんし、そんな好印象を得られているなんて…」


 私がそうつぶやいた瞬間、悠さんの瞳の奥に一瞬。本当に一瞬だけど、たしかにキラリと何かがうごめいたように私は感じた。その雰囲気の変化に思わず身構えてしまう。


「…誤解させてしまったかな。私が聞いたのはあくまでもあなたの噂。あの人があなたにどのような印象を抱いているかまでは聞いていないわ。…でも、ひとつだけ。試練のときに目を見張るものがあったと言っていたね」

「本当ですか?」

「ええ。とても頭が良いと褒めていたよ。天王星の星天師は常々賢者が多かったのだけれど、千鶴ちゃんも例外ではないね」


 どこか懐かしむように目を細める悠さんが何を考えているのか分からなくて、私は性に合わずじっとその少女のようなあどけない、けれどこか老成したような貫禄のあるアンバランスな雰囲気に呑まれるしかなかった。


「ところで…」


 スッと空気を割くように、悠さんが話を切り出した。


「千鶴ちゃんはどうして星天師になったの?実力で星天師になった人、私は久々に見たから珍しくて」


 え、どういうこと?

 実力で星天師になれるのが珍しい?悠さんはそうじゃないのかな。

 戸惑いもあったけど別に話しても損はないから、私は正直にいきさつを話すことにした。


「事故に遭って瀕死になりかけて、親友に神剣?とかいう刀で刺されたらここにたどり着いたというわけです」


 由梨、だいぶ端折っごめんね。

 そう思いつつ、悠さんの反応をちらりと見ると、腑に落ちないような顔をしていた。


「神剣……。うーん、ごめんね。名前を聞いたこともないし、大体そんなことが出来るなんて、そのお友達ただものではない気がする」


 そんなことって!

 確かに親友を刺すなんてなかなか普通の神経ならできないことかもしれないけど、由梨を馬鹿にされたように感じてしまう。


「あの…あの子は私を救うために…っ」

「あ、ごめんね。そういうことじゃなくて、普通の人間が千鶴ちゃんをこうして宇宙に飛ばすなんて、限りなく無理だってこと。彼女の行いを責めているわけではないんだよ」


 ふう、と少し息を吐くと、悠さんはなだめる様に優しい声音で切り返した。

 こういう穏やかなところが私と彼女の精神年齢の差を如実に表しているようで、顔に熱が集まった。


「余暉くんから聞いてない?星天師になるのには二つの方法があるって」

「いえ、特には…」

「あらら。あの子、いい子だけど少し抜けているところあるよね。…まあ、そこが可愛いんだけどね」


 フフフ、と笑って、名実ともに最高権力を握っている余暉さんにそのように言えるだなんて…。

 やはり凄い人なのだ。


「私も長年やっているけれど、ご覧の通り基本的には病床の上の星天師。実権を握っているのはどちらかといえば私の補佐なの。だから私は言ってしまえば星天師の名前を持った傀儡のようなもの」


 さらりと衝撃的なことを言うから、途端にずっこけてしまう。

 いや、たしかに謎ではあったんだよ。3000年もの間病気を患っていて、それで仕事ができているのかって。今だって私とこうして会話はしてくれるけど、すごくしんどそうにはしているから心配になってくる。酸素マスクといい息の荒さといい、彼女の病は呼吸器系にまつわるものだろうか。


「それじゃあ、あなたはどうして…」

「星天師になったのかって?それには結構ドラマチックな出会いがあるんだけど、お婆ちゃんの昔話は長いからね。だから単刀直入に言うと、私はスカウトされたの」


 す、スカウト?

 いきなりの横文字に、原始人のような反応をする私。悠さんはプッと吹き出した。

 もしかしなくても、この人結構ツボが浅め?


「ふふ。というか、星天師はスカウトで選ばれている方が多いんじゃない。私はみんなのいきさつまでは聞いてないし、みんなも話さないしであんまり詳しくないのだけどね」


 な、なんですと?

 私が!あんなに!汚物と泥と血にまみれて!頑張ったあの試験を!

 受けていない推薦枠の方が多いだああ?


 許せねえ…とやり場のない怒りを何とか堪える。それは悠さんに当たることではないからだ。


「推薦…ですか」

「最初は驚きだよ。いきなり宇宙に飛ばされてね。それに今と違って、私の生きていた時代は宇宙なんて概念なかったから。私が星天師になったときにも何人か既に他に星天師はいたんだけど、結局代替わりをして、気が付いたら私だけが残されていたの」

「少し意外です。私は悠さんが最初の星天師だと思っていました」

「まさか。そもそも土星は星天師を取り入れたのも一番最後だったの。もともと私なんていてもいなくても成り立っていた星だったからね。それに恥ずかしいことに私、いまだに魔法開発について完全に理解できているわけではないし」

「それじゃあ何故あなたは…」


 今もこうして、土星の最高権力者として君臨できているのですか。

 そう聞いてみたかったけれど、失礼なような気もして。

 言葉を止めた私に、悠さんは悟ったようにこう返してくれた。


「うん、そうね。サターン様に選ばれたから。それしか言えないな」


 髪の毛と同じ、薄桃色の繊細なまつ毛が、彼女の目元に影を落とす。

 私は途端にあの神々の集いでのサターンの行動を思い出す。

 アフロディーテはサターンに、人間の小娘である悠さんに入れ込んでいることを嘲るような態度をとっていた。その様子からして、悠さんが皆に認められている星天師でないことは明白だ。

 でもそれ以上に引っかかるのはサターンが激怒したこと。

 サターンと悠さんの間柄は恋人関係だとは聞いているけれど、いくらなんでもあそこまで怒るかな。

 

 何度やめろといっても悠さんの悪口をやめなかったとサターンは言っていたから、アフロディーテ側にもかなり問題はあるけど、でも彼女が人間の小娘であることには変わりはないわけで。

 神様が何のメリットもなしにそこまで人間に惚れ込むとは考えられない。

 そう理論づけて考えてしまうのは、恋愛などロクにしたこともない私の驕りなのかもしれない。


 じっと彼女を見つめてみる。

 やはり恋人関係だとしても、ただのラブラブな関係ではない。必ず何か裏がある。

 そして高確率で、それは悠さんの珍しい容貌に関係がある……気がする。


「あなたとサターン様の関係を、新参者の私が深く聞くことは致しません」


 だけどいつか、それを知れる日がくればいいなという気持ちを語尾に込めると、悠さんは私の真意を見透かしたようだった。


「ありがとう、千鶴ちゃん」


 案の定にっこりと笑顔を浮かべるけれど、悠さんの目はさっきからずっと笑っていなかった。


「私はたまにしか会合に参加ができないけれど、お隣の星として、よろしくね」






 廊下に出ると、私に背を向け、紅い絨毯の上に胡坐をかいてババ抜きをしているローザさんとイノさんがいた。

 きょろきょろと左右を見渡しても誰もいない。いくら私が公の立場だからといって、病弱な星天師に警護をつけないのは異様だ。

 そうしている間にトランプの山はどんどん積み上がり、イノさんは二枚残っているローザさんのカードを睨み上げると、一気に右側の一枚を引き抜いた。勝負は終盤ようだ。


「ふふ、イノ残念ですね」

「う…これで三連敗…。ローザはやっぱり頭がいいね」

「あの…二人とも?」


 後ろから声を掛けると、ビクッと大袈裟に二人の肩が揺れた。


「あら、ご対面はお済ですか?」

「うん。…ところで二人は何してるの」

「ババ抜きです。ローザったら千鶴様が中に入っているとき、ずっとソワソワしていたので、緊張をほぐして差し上げようと思って」


 そうなの?と私がローザさんを見やると、彼女はばつが悪そうにぽつりぽつりと話し出した。


「だってぇ…。星天師同士の対面という、千鶴様のいちばん最初のお仕事ですよ…?ローザはもう、何か起きないか心配で心配で」

「悠様は他の星天師様と比較しても、穏やかで優しいからって言ってもこのありさまなんですよ?ローザは少し心配しすぎ」

「そんなことを言うけどねえ。悠様は決して穏やかなだけのお人ではないでしょう?穏やかなだけでこの星を仕切れるほど甘くはない。土星については未知な部分も多いですが、私にもそれくらい分かるのです。だからこそ、千鶴様がもし無礼なことを仰ったり、地雷を踏みぬく発言をしたら…と思うと、もう心配で心配で…」


 今さらりとdisられた気がしたけど、それより気になるのは最初の発言。


「穏やかなだけの人じゃないって、やっぱりローザさんもそう思う?」

「ちょっとちょっと、お二人してうちの星天師様をそんな風に言わないで…と言いたいところですが、まあその通りですね。初対面である千鶴様にもそのように印象づけれてしまうとは」


 イノさんは意味深な発言をすると、私たちを悠さんの部屋の反対側の応接間に通した。

 相も変わらず真っ黒な調度品に皮のソファ。私たちを座らせると、イノさんは頭だけ取っていたフードを全て脱かいだ。中に着ていたのは黒のロングワンピースに革靴という、いかにも魔女!という感じ服装で、さすが魔法の国の星天使補佐…としみじみとした。


「えっと、とりあえず改めて自己紹介をさせてください。私の名前はイノ。イノ・リーゼスと申します。先ほどは時間がなかったからと手荒な真似をしてすみませんでした」


 深々と頭を下げる彼女に、私は慌てて止めに入った。


「気にしないで。…でも、時間がなかったってどういうこと?」

「千鶴様もご覧になったでしょう。うちの星天師様のご様子を」

「う、うん。酸素マスクをつけてたし、かなり深刻そうだったけど…」

「それでも問題なく話せていたでしょう?悠様は、この時間…3時半から4時半、そして夜時間のみ、意思疎通が可能です。というか、それ以外の時間は静養をしていなければ、お身体がもたないのです」


 私はゾクッと背筋が凍る思いがした。

 病床について3000年もの間、そのように過ごしてきたのだろうか。

 どれほどの苦痛だったのだろう。私も少し、ほんの少しだけど彼女の気持ちが理解できるだけに、同情せざるを得なかった。




 

 

【キャラクター紹介】

・イノ・リーゼス

 身長156㎝。土星人で紫色の瞳と髪の毛をしている。少女のような外見をしているが実年齢不明。

 悠の直属の補佐の一人で、彼女とは比較的仲の良いほうである。

 不愛想だが土星人にしてはコミュニケーション能力は高く、同じく星天師の補佐であるローザとも旧知の仲。

 

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