3000歳の土星星天師①
「ゴホッ、ゴホゴホゴホッ」
酸素マスクを付けた少女は、苦しそうに咳をする。それでも涙を溜めた目元は優しく笑んでいて、私を歓迎してくれているのが伝わった。
「ようこそ風間千鶴さん。私が土星の星天師、悠です」
さて、ここまでのいきさつをザッと説明させてもらおう。
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「悪魔の星?」
「ええ」
ローザさんはハンドルを握りながら、視線をこっちによこした。
ん?これが欲しいのかな?
彼女の口元そっとビスケットを寄せると、面白おかしそうに瞳を細められた。
「ふふっ。いや、そうじゃなくて、お手元のマップを見せていただこうかと……ふっ、ふふっ」
は、はずっ!
私は顔を真っ赤にしながら、膝の上の地図を差し出した。
ローザさんは後手に受け取ると、ついでといわんばかりにビスケットを食む。
「あ、ビスケットとっても美味しいです。星天師様が食べさせてくださると、なおさら美味しく感じますね。ふふふ…っ」
や、やめれ…。
普段はなるべく冷静沈着見せようと意識しているだけに、人に笑われるのってあんまり慣れていないし、なんだか不思議な気持ちがする。
そんなくすぐったさをごまかすために、私は先ほどから考えていた土星の異名について尋ねてみることにした。
「ところで!悪魔の星とは、いったい…」
「悪魔の星の…つまり、土星の民は、全てが悪魔か魔女と言われています。正直、お隣の惑星なのに、私共もあまり実態を把握していないのですよ」
困ったように笑うローザさん。
けれど私なんてそれ以上に困惑していた。
はい!?悪魔?魔女?
その、いきなりメルヘンチックというか、ファンタジーというか…。まあそんな表現、神様の秘書である私が言えたことではないんだけど。
ていうかそんな得体の知れない星に、行かないといけないわけ?大丈夫なの?呪い殺されたりしない?
「…ちょっと怖いかも。サターン様も、少し怖いし」
神々の集会で、アフロディーテの胸ぐらを掴んだ時の彼の形相。あの時は婦女子になんてことを!と憤っていたけど、冷静になって思い返すと、かなり怖かった。
余計なことを言わなくて大正解だった。過去の自分を褒め尽くしてあげたい。
「あら、サターン様にお会いしたことがおありなのですか?」
「試練の時にね。なんかアフロディーテ様に噛み付いてて」
アフロディーテ、という単語が出たとき、たしかにローザさんは眉を潜め、私はその変化に目を見張った。だって、その眉の潜め方がなんというか、嫌悪感だとか蔑視感だとか、そんなものを含んだようなものだったから。
「…あー、またですか。さしずめ、土星の星天師様のことをアフロディーテ様が良くおっしゃらなかったのでしょう?」
「あー、うん、そう、正解。よく分かったね」
「有名なのですよ、星天師様とサターン様の間柄はね。太陽系一番のスキャンダルだとみんな捉えています」
うわぁ。星天師になったらそんな芸能人みたいな扱い受けるのか。あんまり叩かれるようなことをしない方がいいかな。
ローザさんは私の引き顔に苦笑いをすると、ハンドルを手際よく回す。モービルもその動きに合わせて、大きく揺れた。
「うわっ!」
「申し訳ありません、千鶴様。土星に間も無く到着しますが、いかんせん小惑星が多すぎて、自動で避けられない分は、手動で避けるしかないのです」
土星に間も無く着くと言われ、急いで閉めっぱなしのカーテンを開けた。
そこに映るのは、とても巨大な惑星。その周りには、1番の特徴ともいえる、美しくて壮大な円環が華を添えている。
私たちが向かうのは、もちろんガス星である土星本体ではなく、土星人が住まうと言われている「土星住居星」だ。地球では、タイタンと呼ばれる衛星である。
ちなみに、私たち天王星もガス星の上に地軸が真っ逆さまに傾いているから、とても住めたところじゃない。まあ、青くて綺麗なんだけどね。その近くの、チタニアという衛星を「天王星住居星」として天王星人は生活している。
「やっぱ、スペースモービルってすごい。ものの、30分くらいじゃない」
スペースモービルは、人智をはるかに超えた速度で星間を繋ぐ乗り物だけど、やっぱりその速度には慣れそうにもない。
私の体が速さに耐えているのは、やはりリミットのおかげなのだろう。
「それでも、天王星から太陽まではかなり距離があります。小惑星の量にもよりますが、12時間くらいかかりますよ、モービルだと」
12時間で天王星から太陽まで行けるのだとしたら、地球の天文学者は卒倒してしまう。
でも、余暉さんとは仕事で会うことも多いのだろうし、12時間は結構長いかも。
「それは……由々しき問題だね……」
「ご心配なく、千鶴様。土星で教えてもらえばいいのですよ」
「え?何を?」
「瞬間移動の魔法です」
へ?
マホウ?まほう、魔法……?
これまたファンタジー。
「ローザさん。あのね、魔法なんてこの世に」
「存在するんですよ、これが。土星の主な役割は、魔法の普及と生成です」
やばい。目の前がチカチカしてきた。
10000歩譲って、魔法があるとする。それを、私に教えるとはどういうことなのだろう。そんな、誰にでも使えてしまうものなの?それとも私が星天師だから?
「私、魔力とかそういうのゼロだと思う」
「あら、まだ千鶴様に申しませんでしたっけ?星天師固有スキルですよ」
いや待って。情報が多すぎてパンクしそう。
星天師固有スキル?星天師の、固有の、技術ってこと?
「星天師には、神からの加護として、力が授けられています。契約時に、授けられるとされる星天師固有スキルと、後天的に獲得する固有スキルの2つです」
「ん?契約した時にもらってるってことは、私にも固有スキルが既にあるってこと?」
「ええ、そうです。ただ、星天師固有スキルは星天師によって違うのですよ。そして、後天的に獲得するものは、星天師であれば取得できるものです。我々のような一般人では、取得できるものではありません」
ほへー。それはすごいことを聞いた。本来ならウラノスの口から聞きたかったけど、結果と知り得たから良いとしよう。
てか、めちゃくちゃ便利じゃん、瞬間移動の魔法とか。ちょっとワクワクしてきたかも。
「あ、ほら、千鶴様。着きましたよ」
ガタンとスペースモービルが着陸し、私たちは地面に足を踏み入れた。
「すごい」
降りたところは拓けた芝生なんだけど、見渡す限り鬱蒼とした森、森、森!!
しかも樹高がおかしい。大体1つの木でも50mくらいある。全てモミの木で、均一に生えているのが、とても気味が悪い。
「お待ちしておりました。天王星星天師様」
「ぬおっ!?」
ひょこっと、黒頭巾を被った女の子が、私の目の前に現れた。
「え、あなた、どこから……?」
「そんなのもちろん、魔法で移動しました」
早速出ました、魔法!
「え、と。それで、貴女は星天師……?」
「まさか。私は従者の一人にすぎません。今から、星天師様とお会いしていただきます」
その少しもニコリともしない無愛想な話し方に、冷たさを感じる。そして、何もなく私と雰囲気が似ていた。
「貴女、お名前は?」
「イノです。ああ、頭巾を被ったままでは失礼でしたね。失敬」
頭巾を取ったその姿を見て、ヒュッと変な息が出た。
深い紫色の髪と瞳、深く刻まれたクマと、異常なほどに白い肌。顔立ちこそはまだ幼い女の子という感じなのに、醸し出す雰囲気はとてもアンニュイで。
「それでは、参りましょう。……と、貴女はどうするの、ローザ」
星天師の従者同士、どうやら二人は知り合いらしい。名前で呼び合う仲なので、結構親しいのかもしれない。
「もちろん、私もご同行いたします」
「分かった。それじゃお二人とも、私の手を握ってください」
こ、こう?
おずおずと手を出すと、イノさんはガシッと力強く私とローザさんの手を握る。
「それでは参ります。土星の王宮へ」
ビリッと、静電気のような感触が指越しに伝わり、あっという間に視界が揺れた。
気がつくと、先ほどの鬱蒼とした森は姿を消して、赤い絨毯の上に転がっていた。
そこは広々としたホテルのロビーのような場所で、黒を基調とした室内だった。 部屋のど真ん中には上へと続く螺旋階段が設置されている。
床は黒の大理石。絨毯の赤以外、全て黒で揃えていて、少しだけ威圧感を感じる。
「うう。相変わらず慣れません」
ローザさんは少しだけ手をさすった。
「ローザは一般人だからね。魔法に耐性ないんだよ」
「ローザさん、大丈夫?無理しなくても良かったのに」
ローザさんはふわりと笑うと、首を振った。
「いいえ。千鶴様についていくのが私の役目ですから」
きっぱりとそう言い切る彼女を、とても頼もしく感じた。
ローザさんが近くにいてくれて良かった。私ひとりでは、この非日常的な空間にきっと困惑していただろうから。
それに、歳が離れているせいかな。彼女といると、少しだけ、懐かしいあの人を思い出す。
「ありがとう、ローザさん」
私も微笑み返す。
「おふたりとも。星天師悠様は、御病気を患っておられます。そのため、大変恐縮ですが、病室にてお引き合わせします」
「病気って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫…ではないかと。もう、3000年以上患っておられますから」
はぁ!?3000年以上!?
「どういうこと?」
小声でローザさんに尋ねると、なんてことないといった風に返ってくる。
「星天師が、不老ではあるけれど、不死ではないことはご存知ですよね?」
「うん」
「つまり病気にかかったとしても、治療して必死に延命する限りは生き続けられるということです。悠様は最も昔から星天師を務めていらっしゃる方ですが、病気を発症してからはずっと病床の上です」
それって星天師としての仕事ができているの?なんだか凄く心配なんだけど。
それに、私と会ってくれるのは嬉しいけど、そんな体調で大丈夫なのかな。
「さあ、行きましょうか」
イノさんがパチンと指を鳴らすと、私はまたあの少し痺れるような感覚に陥るのだった。
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トン、と爪先が床に触れる感覚がして、私は目をそっと開けた。なんだか、厭に重い…鉛を粒子にしたかのような淀んだ空気に、思わず肩が震えてしまう。
「はじめまして、だね」
そんな淀んだ空気の中心部にいる人が、こちらを見て声をかけた。この人が、土星の星天師なのだろうか?
この部屋も真っ黒な壁に、真っ赤な絨毯と、実に毒々しい配色だ。部屋は甚大なほどに広く、私たちがいる位置からその星天師と思しき人物まで、100メートルほど距離がある。
「は、はじめまして」
ドキドキとしながら、一歩、二歩と歩みを進めていく。だんだんとその人の顔が見えてきそうになると、私は「あっ」と口から感嘆の声を上げた。
いやだって、驚いた。
その人の髪の色と、瞳の色は、私が見たこともない色だったから。いや、人類の系統的に、出せるはずのない毛色だったから。
「あら、やっぱり驚いちゃうよね。私は、少し毛色が変わっているみたいだから」
少しどころではない。
桜色の髪の毛を紺色のリボンで緩く二つ結びにし、マスカットのような薄緑色の瞳は優しく細められている。外見から察するに、歳は私より3歳ほど幼いだろうか?真っ黒なネグリジェにはたくさんのフリルとリボンが付いていて、かなりの少女趣味なのが伺えた。
しかし、とても可愛らしい人だ。
大きな瞳に、酸素マスクに覆われた桃色の唇、紅色に染まった頬。あんまりよくわからないんだけど、まさに男子の好きそうな女子といった感じである。
…でもやっぱり気になるこの毛色。
この人本当に地球人なの?
突然変異にしても、こんな色見たことないし。すごく綺麗だけど、き、気になる。
「あ、いえ。とても綺麗だなって」
「そうかな。地球にいた頃は、あんまりそうは言ってもらえなかったのだけどね」
私はその3000歳を超える少女の手前まで行くと、居住まいを正した。
「ゴホッ、ゴホゴホゴホッ」
酸素マスクを付けた少女は、苦しそうに咳をする。それでも涙を溜めた目元は優しく笑んでいて、私を歓迎してくれているのが伝わった。
「ようこそ風間千鶴さん。私が土星の星天師、悠です」




