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星天師〜星空の湊〜  作者: 下村美世
第2章 星天師として
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天王星で、私は生きる

「……ん」

 

 深く眠っていたようだ。

 私はぼんやりとした頭で、薄暗い室内を眺めた。


「……そうだ、私、天王星にいるんだ……よね?」


 言葉にすると案外状況を理解できてしまうもので。

 昨日、月から直接この星に来たんだけど、その間の記憶がひどく曖昧だ。

 疲れがピークに達していたのもあるし、ゼウスのくれた、宇宙空間でも生きられるように私の体に施してくれた加護の力も切れそうになっていたからだ。

 停めてあったスペースモービルの中に入ったとき、誰かが私の口の中になにやら錠剤らしきものを入れた。当然、錠剤だけでは服用するのが困難なわけだから、そのあと水を口に突っ込まれたけど。

 あまりにもそれが苦しかったから、そこだけは鮮明に体が覚えていた。

 けれど、錠剤をのみ込んだ瞬間、私の体は苦しさから解放されて、とても心地よい気分になった。そして……。


「そっからの、記憶が無い」


 辛うじてあるのは、天王星に到着し、誰かに背負われているような感覚だ。

 私はガバッと布団を捲りあげ、自分の姿を確認すると、上下共に黒のスウェットだった。すん、と自分の手の匂いを嗅ぐと、ほのかに石鹸の香りがした。汗もべたつきも無いし、誰かがお風呂に入れてくれたのかな。


 今、何時なんだろ。

 地球にいたころのような、太陽が窓から差し込むなんてことは当然ない。

 多分謎の錠剤によって、私の体は保たれているのだと思うけど、天王星と太陽とでは距離があまりにも遠い。

 なんだかひどく自分の故郷が恋しくなって、この感覚に慣れるのだろうか、と物凄い不安が沸いた。



 目覚めてからも、寝すぎた代償からか、私はなかなか動けずにいた。

 ああ、地球にいたころは考えられなかったな。今が何日だとか、何曜日だとか、そんな感覚とっくにぶっ飛んでるけど、今頃私は椅子に座って授業を受けていたのだろうな。

 ていうか、しばらく勉強していないけど、大丈夫かな。

 次の考査範囲はもう発表されたかな。

 模試の結果が返ってきてると思うけど、どうだったかな。結構自信があったから、見たかったな……。


 まあ、でも、全部、もう関係ないか。


 いけないと分かっていても、ネガティブなことばかり考えてしまう。

 なんだか、自分がひどく惨めで、被害者だと感じるこの感情に名前を付けるとしたら、自己愛だとか、自尊心だとか言うのかな。


 私、地球ではめちゃくちゃ努力してきた。

 ハンデはあったけど、そんなの周りに気にさせないくらい努力した。

 だから、努力に対する正当な評価や立ち位置をもらってきた。

  

 その勉強が、星天師になるために全く生かされなかったとはさすがに言わないよ。

 役立った部分は少なからずあるしね。


 でも、さ。

 それでも、私は選べるなら地球に帰りたい。

 友達も少ないし、絡まれるし、嫌なことも山ほどあったけど、夢を叶えたかったし、もっともっと承認欲求を満たしたかった。

 宇宙でも頑張って活躍すればいいじゃん、とポジティブになれないのは、いくら宇宙で功を立てたところで、地球に住んでいる人には認知すらされないということによるんだと思う。

 


 由梨と一緒に地球に帰るなんて、とっくに諦めないといけないことなのに、いまいち飲み込めないのは、なんで?

 星天師になりたいからと、あんだけ奮闘したのに、それが叶えばもっと強い欲求が出る。

 

 なんだか自分らしくない。

 こんなの嫌だ。こんな風に考えたくない。無理。無理!


「失礼いたします」


 私が不安に押しつぶされそうになっているときだった。

 コンコン、と軽快なノック音と共に、部屋の扉が開いた。

 

「お目覚めになったのですね。私、千鶴様の身の回りのお世話をさせていただく、天王星研究員の、ローザでございます」


 女性は私に一礼すると、顔をパッと上げる。


 年齢はおよそ40代くらいだろうか。キュッと結んだ唇や、弓なりの眉からは、とても利発そうな雰囲気を感じる。

 顔立ちこそ、ラテン系とでもいうのだろうか。彫りが深く、目鼻立ちがしっかりとしていて、だけど特別顔が整っているのかと言われると、そういう感じでもないのだけど。

 しかし、目を引くのはその見事な青髪!

 これ、地毛なのかな。一瞬染髪かと思ったけれど、眉毛の色も髪色と同様で。とても、とても綺麗だ。

 目が慣れたものの、ここは薄暗いのに、その青色だけははっきりと見える。というか、はっきりと輝いている。

 女性はニコリと笑う。その笑った瞳も、髪と同じ、深い青色だった。


「え……と、ローザ?さん。その……、あなたが私を着替えさせたり、入浴させてくれたんですか?」

「ええ。失礼ながら、お召しになっていたお洋服がぼろぼろでしたので、廃棄させていただきましたわ。そーれーより!」

 

 ほっ、良かった。流石に異性にそういうことをされていたら、気恥ずかしいから。

 そう思ったのも束の間、グイッと間合いを詰められる。

 ぱ、パーソナルスペースの危機!


「敬語だなんてお止めになってくださいな。星天師様」

「え、でも。ローザさんのほうが私より年上のようですし……」

「確かに私は千鶴様より長く生きてはおりますけれど。ですが、位は貴女の方が比べ物にならないくらい高いのですから」

「は、はあ。分かりまし……分かった」


 あまりにもローザさんが真剣な顔で言うものだから、ここの序列は相当厳しいものなのだと悟った。あんまり大人にため口を使うことには慣れていないけど、本人の希望ならば仕方がないよね。


「ところで、今って……」

「ああ、はい。今は地球でいうところの11時でございます」

「地球でいうところの……?天王星は、地球の時間に合わせているの?」

「まあ、地球の時間自体、太陽にしたがっているものですし、太陽系は星によってはバラバラの時間感覚になるので、地球に合わせることになっているのですよ。天王星に限らず、太陽系の星は全てね」


 な、なるほど。地球人の私としてはとても助かるけどね。


「そっか。私、結構爆睡しちゃったんだね。まさかこんな昼近くまで寝ちゃうなんて」


 朝の11時まで寝るなんて、考えられなかったな。

 遅刻とか、そういう類のことはしたことがなかったし、基本的には規則正しい生活を送っていたからね。


「昼近く……?いいえ、今は夜の11時ですよ」


 ……え?


「ち、ちなみに。私が来てからどれくらい経ったの?」

「んーと。確か、3日くらいは経ちましたね」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カツカツ、とローファーを鳴らしながら螺旋階段を登る。

 ここは、本当に病院みたいな建物で、壁は白塗りだし、床も真っ白で、消毒臭いにおいが充満していた。

 いやまあ別に。病院自体あんまり私は好きではないけど、不潔な場所よりかはずっとマシだから、いいんだけどね。でも、神様の住んでいるところにしては、とても現代的というかなんというか。


 時間が時間なので、あんまり人はいなかったけれど、たまにすれ違うと、皆私に向かって一礼をする。すれ違う人は皆ローザさんのような見事な青髪だったので、もしかしたら惑星によって、住んでいる人の毛色は統一されているのかもしれない。

 だから、黒髪の私はとても目立ってしまうし、なによりこのローブが、天王星星天師の証みたい。


『いいですか?このローブは、天王星星天師が代々受け継いでいるとても大切なものですので、決して汚したりせぬよう』


 そう言ってローザさんに手渡されたはいいけど、これ、すっごく重いんですけど。

 とういうのも、ただのローブではなくて、エメラルドやダイヤモンド、パールといった様々な宝石が埋め込まれていて、白の布地に、緑を中心に、赤青色の刺繍が施されていて、とっても豪華絢爛。

 今後とも、長い付き合いになりそうだから慣れたいけれど、時間がかかりそう。


 ローブの重さに四苦八苦しながらも、私はなんとか最上階の部屋まで到着した。

 さっきまでの病院みたいな雰囲気とは一転、木造の、隠れ家みたいな部屋がそこにはあった。


「え、ここがウラノス様のお部屋……?」

「ウラノス様はもうご隠居されているので、あまりご自身に富を使わない方でして」


 そうなんだ。

 あんまり豪奢だと、それはそれで気が引けるけど、あんまり質素なのも少しだけ気が引ける感じがする。


「それでは、私はここで控えております」


 ローザさんはにこりと笑うと、私に一礼をした。

 

 何回か部屋をノックすると、中から許可が出たので、私は入室した。


「失礼します」

「やあ、千鶴。随分寝込んでいたみたいだけど、体調はもう良いのかな?」

 

 ウラノスは読んでいた本を閉じると、私の方に向かって微笑んだ。


「ええ、おかげさまで」


 ウラノスは二ッと笑うと、切り株に座った。


「わしは何もしとらんよ。しいて言うなら、千鶴にリミットを飲ませるように指示をしただけ。それ以外のことは、ローザがやってくれたしな」

「リミット?」

「薬を飲んだだろう。まあ、あの時の千鶴は意識朦朧としていたから、覚えていなくても無理はないがな」

「いえ。何か錠剤を飲まされた記憶はあります。リミットというのは、その錠剤のことですか?」 

「そう、その通り。簡単に言うと、リミットというのは、千鶴がどのような環境でも生きていけるための、万能薬のことだ」


 ウラノスは、上着のポケットから、ビニールに包まれた錠剤を出した。

 一見普通の錠剤だけど、それにはとてつもない効能があるようだ。


「ただ、千鶴は星天師なりたてで、そこまで耐性がないからな。リミットの効能が大きい分、必ず副作用が出る。それで三日三晩眠り込んでいたというわけだ。リミットは、この無重力・なおかつ極寒の寒さから、千鶴の体の状態を適温に保ち、なおかつ言語を翻訳する効果もある」

「それは……。すごい、です。地球にはそのようなものありませんでしたし」

「そりゃ、神々の生み出したものだからね。人智を超えることなんていくらでもある。ただ、本来なら人間にこのような加護は行き過ぎているのだから、あまり推奨はできないのだけどね。そうまでして、星天師を生み出すのは、それ相応の理由ってものがある」


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 そう言ったウラノスの顔があまりにも真剣で、そして、鋭いものだったから。


「良く聞きなさい。千鶴。リミットは、その人の身体の年齢をそのまま保つ」

「……つまり、リミットを飲み続ける限り、私は16歳のままでいるということですか…?」


 そんな不老不死みたいな話、まるでファンタジーみたい。

 まあ、今の状況はかなりファンタジックなのは間違いないんだけど……。SFじみた展開に、少しだけ胸が躍っているのも事実だ。


「その通り。あくまで、肉体はだけどな。……不老ではあるが、不死ではない」

「……」

「つまり、致命傷を与えられたり、病気になったりすると、星天師だろうと死ぬものは死ぬんだよ。我々神には、決してできないことがある」

「蘇生、ですか」


 ウラノスが少しだけ驚いたような顔をした。


「そうだ。一旦亡くなった者を、もう一度再生することはできない。生むことはできても、戻すことは、容易ではないんだ」


 さっき、ローザさんは、このローブを代々星天師が受け継いできたものだと言っていた。

 ということは、過去にも星天師は亡くなっているのだろう。

 在任期間の長短に限らず、私も決して、他人事ではないのだ。


なんだか、ローブが急激に重くなったように感じたのは、多分気のせいではない。

 


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