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第六章 ―譲れないもの―

「師匠、なんでこんなところに?」

首を傾げる私に、師匠もまた首を傾げます。

「なんでって、知ってるから来たんじゃないのかい?」

「いえ、私はセシルさんに連れてこられて」

互いに首を傾げたまま見つめあっていると、師匠が「なるほど」と首を戻しました。

「古い友人の企みがどんなものであれ、来ちゃったものは仕方ない。まだ時間もあるし、解説してあげようか」

そう言って師匠は、手に持った木杖の頭で地面を叩きました。

「まずは君の疑問への答えだ。僕がここにいるのは、とある魔術を発動させる為だよ。四国には霊場八十八ヵ所と言うくらいに地脈が多く走っていてね。特にこの象頭山は日本有数の霊地なんだ。山全体の魔力を独占してしまえば、難なく大魔術を起こせる」

「……象頭山」

そういえば、制御室で象頭山から魔法の反応があったと聞いたような。

「僕はね、ずっと待っていたんだ。僕に付けられた監視の目が弱くなり、協会の動きが鈍くなるのを。そうでないと、すぐに邪魔が入るのは目に見えていた。今みたいに、ね」

まるで、私が邪魔者だとでも言うように、師匠が私に視線を向けます。事実、そうなのでしょう。

おそらく……いえ、確実に、師匠は協会を敵に回すような事をしているのです。

「思い付いたのは、去年の年末かな。監視を撒いてとある演奏会に出掛けた時に、君の父親に会ったんだ。彼とは昔、ちょっとした縁があってね。少し助けられたからお礼に『願い事を聞いてあげる』なんて、お伽噺めいたことを言っちゃったんだよ」

事実、師匠なら大抵のことは実現可能なのでしょう。師匠の知識や不死という特性を最大限に活用すれば、世界征服すらも容易いはずです。

「でも、君の父親のお願いは予想外だったなぁ」

回顧する師匠が口にした、お父様の願いは『いつか産まれる自分の子の一人目が女子ならばその子を、一人目が男子ならば二人目の子を、貴方の弟子としてほしい』でした。

「暇潰しにいいと思って了承したんだがね、まさか二十年も経ってから履行を求められるとは思わなかったんだけど、彼の役職を聞いて閃いたんだ。――もしかすると、成せるかもしれない、って」

「何を、ですか」

「まずは経緯を聞きなよ」

疑問を口にした私を軽く窘め、師匠は木杖で地面を撫でました。

「僕が彼の子供の面倒を見ている間は、監視を一切止めるという条件で、弟子とりを改めて請け負った。その一月後に、僕は結社と接触した。そして取り引きを申し出て、僕と彼らは協力関係になった」

「!」

私を弟子にとると決めてから、師匠は結社と繋がっていたのです。何を言えばいいのかも分からなくなり、口をつぐむ私に師匠は続けます。

「日本に入り、魔術の下準備を整えながら、僕は協会側から情報を盗んでは結社に伝えた。そうして信頼を得た頃に、今度は結社の情報を協会に渡した」

どうしてそんなことをしたのか。答えは単純でした。

師匠は結社よりも、セシルさんの属する協会の方に愛着があった。それだけです。

「結果は現場にいた君も知っての通りだ。まあ、古い友人まで出張っていたのは僕も知らなかったけど」

空を見上げ、師匠は杖で中空を指しました。

「予定外の存在は想定外の事態を招く。わざわざ囮まで用意して、ここにも結界を張っていたというのに、古い友人のお陰で台無しだ」

私を遠ざけた理由は、その結界が師匠の家に張られているものと同じのものだから。師匠が立ち入りを許可した人間以外の侵入を拒む、要塞染みた防壁。

それを通り抜けられるのは、師匠の弟子であり通行を許可された水川渚だけ。だから、師匠は私を騒動の中に置き、到着を妨げようとしたのです。

しかし、結社の戦力は師匠の予想よりも遥かに短い時間で敗北し、セシルさんによって運ばれた水川渚は魔術が形を為す前に到着してしまった。

「どうして、師匠はこんなことをしたんですか」

ようやく、頭の中の整理がつき始めた私は、核心とも言える質問を口にしました。

師匠は木杖を肩に置いて、小さく溜め息を漏らし、口を開きました。

「なっちゃんはさ、自分がどうしたら死ぬかって考えたことはある?」

「え?」

「焼死、溺死、餓死……。色んな死に方があるけど、どれを試しても僕は死なないんだよね。水槽一杯の酸の中に体を沈めて、全身を溶かし尽くしても、この体は再生する。あらゆる毒を口にしても、苦しむだけで死にはしない。――僕はね、死ねる方法を探していたんだ」

試したと、師匠は言いました。

聞いただけでも背筋が凍るような方法を、師匠は実行したのだと。

「魔法によって生まれた奇跡は、魔術や技術じゃ消せない。同じ奇跡じゃないと駄目だ。だから僕は、僕を消せる奇跡を探し始めたんだ」

長かった、と師匠は言います。

長かった、と感慨深げに。

長かった、と無表情に。

「過去に戻って魔王を殺す。それも考えたけど、そんな直接的な魔法はすぐに感付かれる。ヒントを探している内に、人が死ぬのは誰の心からも忘れられた時だと、誰かが言った。僕はそれを参考にしようと思った。

人の心だけじゃ駄目だ。世界自体の認識を変えなければ、この身は消せない。人は存在するだけで痕跡が残る。その帳尻合わせも必要だ。協会に気取られないよう慎重に研究を続けたよ。……そして術式を完成させた」

すぐに実行出来なかったのは、必要となると思われる魔力が桁外れだったから。

師匠は魔力を少しづつ宝石に溜め込み、都合のよい霊地を探し、時期が来るのを待ちました。

そんな時にお父様が声をかけ、師匠は時期が来たと判断したそうです。

「……じゃあ、私を側に置いたのは」

「隠れ蓑にするため、だね。君を弟子として扱ったことに偽りはないが。それに、僕の遺産を押し付ける相手も必要だった」

「………………」

「存在を消しても、痕跡が残れば記憶は戻る。そうなれば元の木阿弥だ。君は、僕の役割を担うにうってつけの人材だったよ」

もう決まっているかのような過去形で、師匠がのたまいます。

そんな一方的に利用されて、納得できる人間がいますか。

「私は、嫌です」

「………………」

口を閉ざして、師匠が私を見つめます。

「まだ、何も教わっていません。一ヶ月しか、一緒にいられていないんですよ」

「それもすぐに忘れるさ。君は、協会の誰かが遺した遺産を引き継ぐことになった。僕の弟子という立場から、そう替わるだけだよ」

「私は、師匠がいいです」

「それは無理だね。僕はもうすぐ世界から忘れられる」

「……私は、師匠に生きていてほしいです」

涙声になりながら、本音をぶつけます。

師匠は嘆息して頭を掻き、俯いて呟きました。

「だから、君を遠ざけたというのに」

一瞬、師匠が視界から消えました。

次の瞬間、私の胸から太い木の枝が生えてきました。

「が、ふっ」

違います。

これは、背中から、貫かれているのです。

「悪いね。僕としても弟子殺しはしたくなかったんだけど、これも大願の為だ」

ずぶりと、背中へと木の枝が引き抜かれていきます。

倒れ際、木杖に付いた血肉を拭う師匠の姿が見えました。

「ししょぉ」

熱い。

胸が熱い。

顔も熱い。

目が熱い。

「し、しょ……」

目の前が霞んで見えるのは、



「ふぅ……」

倒れ伏した愛弟子の姿を見て、藍楽は深く息を吐いた。

彼自身も渚のことは気に入っていた。

もし次の機会があるならば、彼女がまっとうに生涯を終えるまで面倒を見ていてもよかった。しかし、そんな機会は有り得ないことを彼は知っている。

彼の計画は、彼女に出会うよりも前から口火を切っていた。今や火薬にまで到達した導火線の火は、もうじき行き場をなくして破裂するだろう。

「………………」

遠方に目をやる。

山の麓では、藍楽の結界を破ろうと攻撃が始まっている。

そこに古い友人の存在もあるとすれば、危険だ。

彼が渚を運んできたということは、藍楽の企てを悟った上で動いているということ。寝食を共にしたこともあり、あの男は自分の魔術について一角の知識を有している。

今退けば、彼を筆頭とした協会の追っ手が藍楽を追い詰めることだろう。そしてもし捕らわれれば、父の遺灰と同じく封印されるか、協会の研究資料として鎖に繋がれることとなる。

そんなことは御免被る。

「人として死にたいと、そう願うことの何が悪い」

一人ごちて、そろそろ魔力が行き渡る頃だと魔法陣の起点へと歩き出す。

――――――。

ぬらりと、濡れ手で背筋を撫でられたような、奇妙な寒気に目を見開いた。

油を塗りたくった体に火を近付けられるような忌避感に、まさかと思って振り返る。

「……おいおい」

視線の先には、幽鬼染みた動きで立ち上がり、怒気の籠った瞳で藍楽を睨む渚の姿があった。

「そんな芸当が出来るなんて、聞いてなかったんだけど」

「馬鹿じゃないの。心臓なんて血液を、酸素を送り出すためのポンプでしかない。私なら、そんなものが無くても全身に行き渡らせることが出来るわ」

渚らしくない口調で喋る少女に、藍楽はなるほどと頷いた。

「流石は湖の姫だね。――ああ、今は紅茶ちゃんか。やはり、君をなっちゃんにあげるんじゃなかったな」

紅茶ちゃんと呼んだ少女の足元で、流れ出た血液が泡立つように蠢いた。

今の少女は水川渚ではなく、数多の物語の題材となった湖の姫だ。その脅威は、彼女と契約を交わした時に身に染みている。

「君は、僕に敵対しないだろうと踏んでいたんだがね。どういう心変わりだい?」

「この子ね、本心からアンタを慕っていたのよ」

その言葉と、視線から感じる怒気が回答だった。

「絆されたわけか。しかし、僕が応える気がないということも、君は知っていたはずだがね」

「アンタに心変わりを期待した私が馬鹿だった。自分の愚かさにヘドが出るわ」

「君は僕を信じすぎていた。人間を愛するが故の盲目だね」

「アンタ、クズね」

吐き捨てる紅茶に、藍楽も苦笑する。その通りだ。

「それで、君はどうするのかな?そのまま山を下りれば、なっちゃんの命は助かるかもしれないよ?」

心臓を壊されたとはいえ、紅茶が血液を操作していることで代用は効いている。蘇生の余地は十二分にあるといえる。

愚問と知りつつ、そんなことを問うた藍楽を紅茶が睨む。

「その前に、やることがあるのよ」

「ほう、なにかな」

「この子の代わりに、アンタを止める。ついでに一発ぶん殴る」

蠢く血液が少女の体を伝い、両の腕に巻き付いた。

臨戦態勢に入った紅茶に、藍楽も杖を置いて半身に構える。

「以前、負けて契約したというのに、僕を止められると?」

「前とは違うわ。今のアンタは魔力の大半を魔法陣に回していて、魔術を扱う余裕がない。アンタに魔術を使わせるか、自由を奪えば私の勝ちよ」

「ふうん」

あくまでも強気な態度を崩さない紅茶に、口角を持ち上げて藍楽が笑う。

「確かに、根拠としては充分だ。君の勝機が正しいかどうか、試してみるといい」

「言われなくても!」

紅茶が右腕を振るうと、鞭のようなしなやかな動きで血液が藍楽へと伸びていく。

藍楽は背を低くして、軌道から逸れるように曲線を描いて疾走し、紅茶との距離を詰めていく。

「もう一丁ぉお!」

藍楽の進路上に被せるように、左腕を振って血鞭を伸ばす。藍楽も身を捩ってこれを躱すと、一気に間合いを詰めて引き絞るように力を溜めた右腕を紅茶に打ち込む。

「……む」

紅茶は鞭を解いて腕を交差させ、腕に残った血液を固めて盾にしてこれを防ぐ。すぐに盾を液化させて藍楽の拳を包み込み、再び凝固させ封じた。

藍楽の動きが止まった所に、後方にて液体に戻った血が弾丸のように藍楽へと襲い掛かる。

「ふっ」

前後を挟まれた藍楽は紅茶を足蹴にし、そのまま横向きに飛び退いて弾丸を回避した。

立ち上がった紅茶は血をまた腕にまとわりつかせ、蹴られた腹部を擦る。

「弟子の、しかも女の子を蹴り倒すなんて、酷いじゃない」

「追い込んだのは君だろうに。……しかし、このハンデは確かにキツいな」

右腕を見やると、拳を封じた血塊が徐々に腕を侵食していた。少量なのでさほど脅威と為り得ないが、今後の要所にて形状を変えて襲い掛かってこないとも限らない。

「このやり方は本意じゃないけど、仕方無いか」

左腕を前方に据え、右腕は曲げて肘を腰の後ろまで大きく引いた。

「今は絶えたとある一族の奥義だ。再起不能にしてしまえば、君でも体を動かせまいよ」

そう言って、藍楽は地面を踏み込んで矢の如く突貫した。

紅茶も両腕を前に突き出して、針のように尖らせた血液を複数本打ち出す。しかし、藍楽は体に針が刺さるのも厭わず、直進し続けた。

不死性に任せた捨て身の突進に、紅茶は舌打ちして凝固を解き、前面に盾を展開した。

「柳流――『破門』」

地面を大きく窪ませるほどに強く踏み抜き、引き絞った腕を身を捻らせるようにして盾めがけて叩き込む。

血色の盾は一瞬の均衡の後に砕け散り、藍楽の拳はその奥の紅茶までも強打した。

「ま、だまだぁ!」

盾によって相殺された分衝撃が弱かったのか、口鼻から血を流しながらも紅茶は自身に突き入れられた腕を引き、藍楽の体を引き寄せた。

藍楽を抱き抱えるような形になった紅茶は、両手で藍楽の頬を挟んで近寄せた。

「これは、私の分!」

至近距離から頭突きを打ち込み、次いで藍楽の口に自分の唇を重ねた。藍楽の口内に舌を捩じ込み、抵抗される前に引き抜いて体を突き放します。

「これは、私の分です」

「……なっちゃん?」

「そして、私たちの勝ちです、師匠」

突然戻ってきた主人格に師匠は動揺して、そして気付いたようです。

「体が」

「今の師匠は、紅茶ちゃんの支配を退けられるほどの力はありません。逃れるにはこの山に仕掛けた術式を解くしかないんです」

先程の口づけは、確実に紅茶ちゃんを師匠の体内に潜り込ませるためのものでした。

今、私の体は紅茶ちゃんの残してくれた術式をなんとか動かして保っています。

「師匠の、負けです」

改めて告げると、師匠は呆けたように茫然とした後、薄く笑いました。

「……そのようだね」

大きく息を吐き、師匠は瞑目します。

「また死ねない、か」

地面に描かれた紋様が輝きを失っていきます。師匠が術式を解除し、その魔力を霧散させたのです。

「師匠」

「まず、君に返そう」

顎を持ち上げられ、今度は師匠から口づけされました。

先程とは違って心の準備も無しにいきなり口づけられ、頭が真っ白になる私の中に、女の子の声が響いてきます。

『まったく、アンタも二回目なら堂々と受け入れなさいよ』

戻ってきた紅茶ちゃんに茶化され、顔を真っ赤にしていると、師匠が背中を向けて麓の方に視線を向けました。

「結界も破られたか」

師匠がそう呟くと、空から金色の影が落ちてきました。セシルさんです。

「間に合った……訳ではなさそうだ」

血に濡れた私と師匠を順に眺めて肩を竦めた後、セシルさんは師匠の腕に腕輪のようなものを嵌めました。

「古い友人よ、禁域に踏み入ろうとした疑いで君を査問する。その腕輪は魔力の流れを乱すから、迂闊に魔術を行使しようとすると暴発するよ」

「やれやれ、ついに首輪まで着けられたか」

軽口を叩きながら自嘲する師匠に、セシルさんは沈んだ表情で問いかけました。

「……なぜ、思い止まってくれなかった?途中で止めておけば、誰も苦しまずにすんだだろうに」

「僕は自分勝手に生き、自分勝手に死にたかった。それが人というものだからね」

「……なんとか減刑を量ってみよう」

「裁量に従うさ」

二人がそうして話し合う中、私は急に体から力が抜けて倒れ込みました。

『新米が無理し過ぎたわね。ま、治療までは私が繋いでおくから死なないわよ、多分』

うっすらと紅茶ちゃんの声が聞こえ、ならいいかと私は意識を手放しました。

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