第五章 ―苦難の日―
少しだけ、考えが変わりました
あなたが教えてくれた『尽くす』ことに対する共感はあります
家族の役に立ちたいという気持ちもあります
でも私は『己を殺す』ことに抵抗を覚え始めました
あなたは裏切りと取るかもしれません
ですが私は、あの人のようになりたいと思っています
「師匠、本当に行かないんですか?」
「うん。前に言ったように、大事な用事があるからね」
「でも、結社が行動を起こすのは確定的なんですよね?師匠も行った方が戦力になると思うんですが」
「元々、協会に肩入れしないという条件で日本に渡ってきたからねぇ。それに、戦力でいえば協会側の圧勝だよ。協会側の首領は有能だけど、結社側の首領は選民思想をこじらせた出目金だし。所属はしていても命令に従おうというやつは少ないんじゃないかな」
「出目金……」
「まあ、お守りはあげるから。楽しんでおいで」
そうして送り出された総会当日。私は迎えに来たお父様の部下である十河さんの運転する車に乗って、会場であるビルにやって来ました。
並んでエレベーターに乗ると、スーツ姿の麗人が話し掛けてきます。
「お嬢様は支部長ではなく、別の魔術師に師事を仰いでいると聞きましたが、どうですか?」
どうやら、十河さんは師匠の正体をご存知ではないようです。まあ、私もこちらに来るに当たって、師匠から無闇に言いふらさないようにと言い付けられましたし、お父様にもある程度の口止めを求めたのかもしれません。
「楽しい、と思います。師匠は変な人ですが、物知りですし」
「未知を知るのか楽しいと感じられるなら、お嬢様はこちらに向いているのかもしれませんね」
微笑を見せる十河さんには、女性的な可愛さや綺麗さではなく男性的な格好よさがあります。服装のせいでしょうか。
「魔術は未開の洞窟です。深くに潜れば潜るほど道は多岐にわたり、未だに奥底が見えずにいる。我々は新たな同胞を歓迎しますよ」
「ありがとうございます」
私が返事を返した所で、タイミングよくエレベーターの扉が開きました。
「参りましょう」
階下と同じく十河さんが前を歩き、私は追従します。
突き当たりにある扉を開いて中に入ると、立食場の中で汐を伴って外国人の青年と話しているお父様の姿を見つけました。
「……何故、あの方が」
「十河さん、どうしました?」
立ち止まって困惑した様子の十河さんは、声をかけると気を取り直すように咳払いをして口を開きました。
「……いえ。支部長と話しておられるのは、魔術協会英国本部の本部長です」
「え、あの人が協会の一番偉い人なんですか?」
本部長だという青年は、遠目から見てもそうだとは思えない若々しさを持っています。ああ見えてやり手というやつでしょうか。
「正確には二番手ですよ。所属は魔術協会なので、一番上は会長になります」
まあ、会長はほぼ名前だけの名誉職ですが、と小声で付け足す十河さん。つまり、事実上のトップということですか。
「……そうは見えませんけど」
赤みがかった金髪に皺気のない横顔。どう見ても二十歳半ばくらいです。
「お嬢様、魔術師は外見だけで年齢を特定できるものではないんですよ」 訝しげにしている私に、十河さんは若干黒さの混じった笑みを浮かべました。
「あの方はああ見えて、二世紀を生きている長老株ですよ」
「えぇ!?」
思わず声を上げてしまいました。周囲の視線独り占めです。……恥ずかしい。
俯きながら横目で十河さんの顔を覗き見ると、なにやらご満悦の様子でした。この人、師匠と同類な気がします。
「お前たちは一体何をやっているんだ」
そう声を掛けられて顔を上げると、すぐそこにまでお父様がやって来ていました。その後ろで汐が同情的な視線を向けてきているのも気になりますが、それよりも噂の本部長が目の前に立っています。
「二百年……」
つい呟いてしまいました。視界の端でお父様の眉間がピクリと動きます。
しかし本部長は朗らかに笑って、私の頭を撫でてきました。
「正確には更に五十年生きているんだよ。長老どころか枯木に近い」
ああ、どうやら私と十河さんの会話が聞こえていたようです。十河さんも同じ考えを抱いたのか頬をひきつらせています。
「僕はセシル・クロムウェル。君の名は?」
「水川渚、です」
「ああ、やはり君が例の。彼とはうまくやっているかな?」
彼、というと、思い当たるのは師匠くらいなのですが、お知り合いでしょうか。
「ええと、たぶん」
とりあえずそう答えておくと、セシルさんは楽しげに「だろうね」と笑いました。
「彼との距離は計りがたいだろうが、今日まで大人しく受け入れている辺り、気に入られてはいるはずだ。その調子で頼むよ」
「……頼む?」
妙な言い回しに首を傾げると、お父様が耳打ちをし、セシルさんは私に一瞥を投げてお父様と小声で話始めました。
いくつか言葉を交わしたあと、セシルさんは微笑みながら手を差し出してきました。
「失礼、言葉を間違えたらしい。君のような若い女子と話すのは久し振りなものでね。彼のこと、よろしく頼むよ」
「あ、はい」
握手に応じると、セシルさんは満足そうに頷いて踵を返しました。他の参加者との顔合わせが終わっていないのだそうです。
「師匠にも友達がいらっしゃったんですねぇ」
そう小声で同居人に話し掛けたつもりのですが、どうしてだか紅茶ちゃんは返事をしてくれませんでした。寝ているのでしょうか。
「私も準備があるので行く。十河、銀条、渚を頼むぞ」
「はい」
「……銀条?」
突然出てきた名前に首を傾げているうちに、お父様も汐を連れて行ってしまいました。結局、直接話せず仕舞いでしたね。
仕方ないので、残った疑問を十河さんに訊ねます。
「十河さん、銀条って誰ですか?」
「さあ」
白々しく明後日の方向を見る十河さんに疑いの視線を向けますが、この年長者はまったく動じることなく「さて」と手を合わせました。
「今しばらくの時間があるようですし、食事にしましょう。色々と大きくなるためにも、しっかり食べてくださいね」
私の頭や胸をじろじろと眺めながら、十河さんはかなり失礼なことを言ってきました。出るところが出ていなくて悪かったですね。
十河さんにからかわれながらもビュッフェを堪能していると、軽い地震のような振動を感じました。
それは気のせいではなさそうで、周りの方たちも辺りを窺ったり顔を見合わせたりしています。そんな中で、誰かの声が耳に入ってきました。
「始まったか」
何が、と訊ねる方は一人もいません。当然です。ここにいる誰もが、今起こっているだろう事件を想定していたのですから。
その予想を裏付けるように、館内放送が流れます。
『――エントランスにて過激派の攻撃及び侵入者多数。職員は配置につけ。繰り返す――』
『――配置につけ。以上』
広いエントランスに響いていた放送が終わると、魔術協会日本支部支部長である水川雲水は対峙する面々へと語りかけた。
「随分と派手にやったものだな。認識阻害の結界を張り巡らせているとはいえ、危うい真似をする」
銃器で武装している過激派――魔術結社の構成員たちは、呆れたような雲水の口調に不快さを隠そうともせずに銃口を雲水に向ける。
「我らの理念と貴様らの卑屈を並べて語るな。我らの魔術に恥じるところなどない。故に隠し立てする意味もない」
「だからお前たちは過激派などと呼ばれるのだよ。お前たちの行動で被害を被る者は居ても、救われる者など居はしない」
「貴様らを救う気など、元よりない」
雲水と話していた男が引き金を引くと、カシュッと音はしたものの、銃口から弾丸が飛び出すことはなかった。代わりに次の瞬間、銃器から水が溢れだし、過激派の構成員は慌ててそれらを投げ捨てた。
壁からも続々と水球が現れ、エントランス内をふわふわと漂い始める。
「そうか、お前たちの意思は分かった。私の城に攻め入った無謀、後悔するといい」
同じ頃、屋上にも多数の人影があった。
「入り口の部隊が水川雲水と交戦を始めました」
無線のようなものに耳を当てていた男が、仁王立ちしている男に報告する。
火傷の後が色濃く残った相貌を歪め、報告を聞いた男が口を開く。
「雲水がいなけりゃあ、あとは雑兵ばかりだ。行動を開始する」
企てが上手くいって上機嫌な男は讃美歌をくちずさみながら、鍵の壊れた扉から建物の中へと入っていった。
「……また揺れましたね」
「直に収まります。こと守戦において、支部長に勝る者はおりません」
十河さんが必然のように語りますが、何故か同席しているセシルさんが異論を挟みます。
「さて、それはどうだろうね」
「……どういうことですか?」
「城攻めは多方面から行うのが定石、ということだよ。僕なら、下には囮を置いて上から少数精鋭の本命を送り込むかな。目的地は、監視機器のモニターがある制御室と――」
そこで一旦区切り、セシルさんは廊下に繋がる扉へ目を向けました。
ほぼ同時に扉は乱暴に開け放たれ、細長い銃のようなものを手にした男の人たちが続々と会場に駆け込んできました。
「てめえら妙な真似はするなよ!この銃をただの銃と思うと痛い目を見るからな!」
「協会の要人が集まっているこの部屋かな」
そう言い残して、セシルさんは男たちの死角に入り込むように、ざわつく関係者の合間に消えていきました。
「お嬢様、危ないのでお下がりください」
十河さんに肩を引かれて、彼女の後ろの壁際に移動します。十河さんは軽く首を振って辺りを確認し、ズボンのポケットに手を入れました。
「おう、壁の側にいるやつも中央に集まれ。じゃなきゃ丸焼きになるぞ」
入り口を占拠したリーダーらしき男が指示すると、銃を持った男たちが威嚇しながら私たちを誘導していきます。同時に部屋の四面に札のようなものを貼り付け、自分たちも壁から離れて集められた人たちを取り囲むように待機しました。
「準備は出来たな?よし、やれ!」
銃声が響きます。
思わず目を閉じましたが、銃口は私たちではなく、壁に向いていました。彼らは部屋の四面に弾を撃ち込むと、また私たちに銃口を向けて待機状態になりました。
その様子を見届けたリーダー格の男も、銃口を下に向けて引き金を引きます。
「――『家禽の檻』」
男が唱えると、壁に残った銃創から炎が噴き上げ、燃え広がり、床を除いた全てが炎に包まれました。突然の熱波に顔が焼かれそうです。
「好き勝手やってくれる」
「まあ待て。まだ早い」
周囲からそんな会話が聞こえてきました。なんだか余裕のある声に疑問を抱きましたが、側にいる十河さんが私の唇に人差し指を当ててきたので、黙って成り行きを見守ることにします。
「お前たちは人質だ。大人しく従っていれば危害は加えない。だが、もし反抗の意思を表した時は、『家禽の檻』がお前たちを焼くだろう」
同調するように炎がうねりをあげます。
「あれは過激派の幹部ですね。日本出身の魔術師で、確か火野と言いましたか」
ひとまず落ち着いたと見たのか、十河さんが小声でリーダーの男の情報を教えてくれました。
火野というらしい男は、無線に向かって会話しているようです。顔の左頬から右のこめかみにわたって火傷の痕があり、そのせいか全体的に顔が引きつって見えます。
注視し過ぎたのか、私の視線に気づいた火野氏が無線と話しながら視線をこちらに向け、怪訝そうに眉をしかめました。
無線を下げて部下二人を連れ、こちらへ向かってきます。
「見覚えがあるぞ。お前、水川の娘だな。どうしてここにいる」
「私は見覚えがありません」と答えたくなりましたが、この状況で軽口を叩けるほど心臓が強くないので、口を塞いでおきます。
火野氏も私の返答を望んではいなかったようで、すぐに舌打ちして引き返していきました。
「あの野郎、これだから信用できねえんだよ。大将も何であんなのを重用したがるんだか」
なんだか、凄く気になる言葉を吐き捨てた火野氏は、再び無線を手に取りました。
「C班、状況を報告しろ。………………おい、聞こえてんのか?C班応答しろ!」
次第に声を荒らげていく火野氏は、一旦無線のダイヤルを切り替えてまた話し掛けます。
「D班、C班に異常が発生した。確認しに向かえ。………………チッ。おい、無線を寄越せ」
部下の無線を引ったくって話し掛けますが、こちらでも用を為せないのか舌打ちして投げ返しました。
今度は直視しないように様子を窺っていたのですが、何故かまた火野氏が私の方へと向かってきました。
「知っていることを喋れ」
いきなり眉間に銃を突きつけられて「喋れ」と言われても、従える人間などいないことをこの方は知らないのでしょうか。師匠に何度も命の危険に晒されていなければ、悲鳴の二つや三つはあげているところです。
「お前に構った少しの間に、部下との連絡が取れなくなった。水川の娘だ。何も知らないとは言わせんぞ」
いや、知りませんよ。ルンペン氏といいこの人といい、どうして私に過度な期待をするんでしょうか。
「まあ、いい。来い」
返答に困って沈黙を貫く私の様子に何を思ったのか、火野氏は私の首の後ろ側を掴んで引き摺り、壁際まで移動しました。壁に広がる炎に髪が焦げそうです。
「お前ら、これ以上妙な真似しやがったらこの娘を『家禽の檻』に突っ込ませるからな」
そう言って掴んだ首を炎壁に近づけます。無論私も抵抗はしているのですが、火野氏の力は強く、抗いきれません。
「あつい、です」
「お前もあいつらにお願いしておけ。生きたまま燃やされるってのは、この世で最も残酷な死に方らしいぞ?」
にやりと、酷薄な笑みを見せてくる火野氏に、冗談の影などはありません。
火野氏を睨み返しながら、どうすればいいか必死に思考を巡らせます。どうにかしてこの男から離れなければなりません。
その時、入り口の方が騒がしくなりました。火野氏も視線だけですがそちらへと向けます。
「おわぁぁ!」
廊下から結社の構成員らしき人間が、大量の水と共に室内に流れ込んできました。
水が『家禽の檻』に触れると、蒸発して白い気体となって室内を満たしていきます。
あっという間に、濃霧に覆われたかのように視界がほとんど失われてしまいました。
「くそっ、やられた」
未だに『家禽の檻』は健在ですが、こうも視界が悪いと誰がどう動いているのか分からず、火野氏も一瞬の動揺の後は周囲を警戒するだけで直接的な行動に出られずにいます。
「水川ぁ!お前の娘の命は俺の手の内だ!大事な娘が黒焦げになる前に、この霧をどけろ!」
声高に叫ぶ火野氏は不意打ちに備えていて、私への注意が散漫になっているように見えます。――今しかありません。
ポケットに手を突っ込み、師匠から貰った御守り――小瓶に入った液体の蓋を指で開けて、中身を火野氏に向かってぶちまけました。
「な、てめぇっ……うぉっ?」
目眩を起こしたのか、火野氏がフラッとよろめきます。拘束が弛んだ隙に火野氏から距離を取ろうと背を向けると、誰もいないはずなのにいきなり腕を引かれました。
「ふぇ!?」
「お静かに。お父上の部下の銀条です。声で位置を悟られます」
男性の声がしました。
透明人間のように姿は見えませんが、銀条という名前はお父様が口にしていたのを覚えています。もしかして、ずっとこうして姿を隠していたのでしょうか。
「くそ、ガキがっ!何を掛けやがった……!」
部屋中から戦闘の音がしている中、後方から火野氏の苛立った声が聞こえてきました。しかし、先程までの力強さは感じられません。
私が彼に被せたのは、師匠から頂いたエーテル水です。
エーテル水は魔力を回復させる薬のようなものなのですが、純度が高すぎたり低すぎたりすると毒になります。例えばルンペン氏の服用していたエーテル水は品質が悪かったため、麻薬のような副作用が発症していました。
師匠から御守りとして頂いたエーテル水は純度がとても高く、下手に触れれば魔力酔いという状態に陥ります。
師匠曰く、立つことすらままならない濃度なのだそうですが、声を荒らげるほどに火野氏には余裕が残っています。流石は結社の幹部ということなのでしょう。
しかし、すぐにその声も聞こえなくなり、周囲も静けさを取り戻していきます。
霧が晴れると、下火になった『家禽の檻』と床に倒れた結社の人たちの姿が現れました。火野氏も彼ら同様、床に臥しています。
「お父上は制御室に向かわれました。十河に案内させましょう」
事態が収束したと見たのか、私の腕を掴む感覚がなくなりました。どこが顔なのか分かりませんが、銀条さんがいると思わしき場所へ頭を下げます。
「ありがとうございました」
「いえ、私共はお嬢様を危険に晒してしまいました。賛辞は自力で脱したご自身に向けてください」
最後まで姿は見せてもらえず、銀条さんとの会話は終わりました。
入れ替わるようにやって来た十河さんが、私の無事と身体に異常が無いかを確認した後、お父様のいるという制御室へと連れていってくれました。
その道すがら、今回の一件はほぼ協会側の思惑通りに事が進んでいたのだと教えてくれました。
事前の情報収集によって相手が掴んでいるこちらの情報、襲撃要員、指揮官が分かっていたお父様は本部長であるセシルさんを秘密裏に日本へ招き、遊撃手として協力を仰ぎました。セシルさんは吸血鬼の一族で、霧となって他人に気付かれずに移動する事が可能なんだそうです。吸血鬼まで実在していたということには驚きです。
私が捕まることは予想の範疇だったそうで、万一の事態になりそうであれば銀条さんが救出してくれる予定だったのだそうです。
師匠の御守りは無駄遣いだったのかと落ち込むと、十河さんが「火野を迅速に無力化出来たのはお嬢様の機転のお陰です」とフォローしてくれました。ありがとうございます。
結果として、個人的には命の危険を感じましたが、協会による確実に結社の戦力を削ぐことを目的とした今回の作戦は見事に成功しました。
建物の損壊や怪我人は出ましたが、大筋は予定通りといったところでしょう。
制御室に入ると、お父様はモニター越しに各所へ指示を飛ばしていました。
「ああ、姉ちゃん無事だったか」
「汐も怪我はない?」
「うん」
出迎えてくれた弟と無事を確認しあい、二人でお父様の仕事を見守ります。
一仕事を終えた充足感からか全体的に安堵した空気が流れる中、突然けたたましいブザーの音が鳴り響きました。
「何事だ!」
発生した警報に、お父様がオペレーターの人に視線を向けます。
「象頭山より無許可の大魔術反応を感知。属性は……アンノウン?」
「解析を急げ。現場に近隣の職員を派遣。過激派の企ての可能性もある」
「了解」
降って湧いた緊急事態に、制御室は慌ただしさを見せ始めました。
「さっきの警報はなにかな?」
入ってきたセシルさんがモニターを覗きこむと、眉間に皺を寄せてお父様へと顔を向けます。
「これ、不味いよね」
「ええ、おそらくは」
渋い表情を浮かべるお父様に、オペレーターさんが慌てた様子で顔を上げます。
「か、解析完了!属性をアンノウンから時空間魔術へと変換。第三禁域魔法です!」
「……やはりか」
魔法という単語に、制御室がざわつきます。険しい表情を浮かべているお父様の隣で、セシルさんが大きく息を吐きました。
「まったく……」
何を考えているのか、瞑目して呟いたセシルさんはモニターから背を向けると私の方へと足を向けてきました。
「水川、君の娘を借りるよ」
「………………」
沈黙を返すお父様を放って、セシルさんが私の腕を取って制御室を外へと走り出しました。
「ち、ちょっと、セシルさんっ?」
「口を閉じて。舌を噛むよ」
セシルさんの力は火野氏よりも強く、壁に向かって速度を緩めることなく突進していきます。壁が目前まで迫ったところで、セシルさんは空いた腕を振り上げて壁に叩きつけました。
壁を破壊し、その勢いのまま身を放り出したセシルさんと一緒に、私も空中に飛び出していきます。
「ひ、やぁぁあ!」
私をぶら下げたセシルさんの背中から、服を突き破って血色の翼が飛び出しました。翼を強く羽ばたかせ、セシルさんは鳥のように空を飛んでいきます。
「湖の姫、分かっているね」
『…………ちっ』
久し振りに紅茶ちゃんの声……というか舌打ちが聞こえました。セシルさんは師匠とも知り合いのようですし、紅茶ちゃんのことを知っていても不思議ではありません。
「あの、どうして私を?」
「………………本来なら、君を巻き込むべきではなかった。僕達は、いろんな弱味に漬け込んだ。全ては目論見通りに進み、個人の願望を無視して事態は終局へと向かっている」
返答として向けられた言葉の意味は分かりません。ただ、なんとなく懺悔のように聞こえます。
「酷なことを強いているのは分かっているんだ。だが、事此処に至ってしまった以上、後は君達に委ねるしかない」
ぱっと、セシルさんは私を掴んでいた手を離し、軽く腕を振って私を払い落としました。
「どう転んだとしても、この業は僕が責任をもって背負おう」
一瞬の浮遊感のあと、すぐに私の体は重力に引かれて落下し始めます。
「へ、ひ、ゃああああ」
尾を引くような悲鳴をあげて間も無く、ぼわんと膜のようなものを突き破り、地面に墜落しました。
「い、たぁ……」
思ったよりも滞空時間が短かった辺り、何処かの山にでも落とされたのでしょうか。
周囲を見回してみると、某かの寺社なのでしょうか、本殿のような建物が見えます。
そして何故か、地面が光っています。一面が、という訳ではなく、所々で折れたり途切れたりの直線的な模様を描くように輝いています。
「おやまあ」
茫然とする私に向かって、光輝く境内の中を歩いてくる人影がありました。
遠くからでも一目瞭然の、頭から全身を覆う白衣をたなびかせ、頭を掻きながら彼は嘆息します。
「何で間に合っちゃうかな、君は」
「……師匠?」
珍しく魔術師らしい杖を片手に、師匠は仕方ないとでも言うような笑顔を向けてきました。
「やあ、なっちゃん」




