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第三章 ―魔王と紅茶―

その夜、 ルンペン氏の掛けた言霊の解呪を済ませ、念のためにと空き部屋のベッドに寝かされていた私の所に、師匠が訪ねてきました。

「いやしかし、みっともないところを見せたね。まさか、よくて二流程度の魔術師に遅れをとるなんて」

椅子に腰掛けて朗らかに笑っている師匠の衣装はいつものそれとなんら変わりなく、発言内容以外は夕刻の惨事が嘘のようです。

師匠が訪れたのは事情の説明であることを理解した私は、とりあえず直球を投げつけてみることにしました。

「師匠って、何者なんですか」

「随分とありきたりで漠然とした質問だねぇ。自己の証明ほど難しいものはないと、昔の人はよく言ったものだよ」

「茶化さないでください」

真面目な話です、と軽口を叩く師匠を諫めます。すると師匠は尚も楽しそうに、睨む私の頭に手を伸ばして撫で付けました。

「分かっているとも。だがね、楽しい話でもないし、雰囲気だけでも明るくしておかないと」

話す意思はあるらしく、師匠は手を戻すと腕を組みました。

「さて、まずは始まりから話そうか。なっちゃんは〝魔王〟って知ってる?」

「……えーと?」

物語に出てくるような、魔族の王とかのことでしょうか。それともゲーテやシューベルトの作品?

「ははは、知らないよね。魔術史を学ぶには君は初心者過ぎるし」

……何故でしょう。事実なんでしょうけど、イラッとします。

「魔王というのは、まあ、称号だよ。魔術を究めたとかそういう」

「魔術を……究めた?」

魔術って常に発展途上の学問だと思っていたんですが。究めることって出来るんでしょうか。

「ま、普通は無理だね。魔術はいわばバベルの搭だ。果てなく続く探求の道でありながら、頂が見えれば神によって崩壊させられる」

「神によって崩壊させられる……?」

妙な言い方です。まるで神様が実在していて、途中で邪魔をするみたいに。

「魔術という神秘があるくらいだし、神様がいるっていうのは分かります。でも、どうして……」

「簡単な話さ。神は人間が魔術を扱うことは黙認するが、一定以上まで登り詰めると制裁を下す」

笑顔を嘲笑に変えて、師匠は言いました。なんとなくですが、師匠は神様が嫌いなようです。しかしそれもすぐに収められ、真面目な顔になった師匠は話を続けます。

「何度も、何人もが道を阻まれて命を落とす内、魔術師をまとめる連中は神の介入と思われる力を抑止力し、抑止力が働く領域を禁域と定めて、探求することを禁じた」

禁域に定められた魔術は、死者の蘇生、生命の創造、過去未来への渡航、平行世界への介入、そして完全な不老不死の実現の五つだそうです。

どれも完成すれば、世界の崩壊を招く恐れがあるから神が介入しているのだと、魔術師たちは考えていると師匠は言います。

一人の例外を除いて、と一言付け加えて。

「魔王は神の介入は抑止力などではなく、人に神の領域へ踏み込む覚悟があるのかを試す試練であると考えていた。魔王は自分が魔王と呼ばれながらも、寿命を持った唯人であることを嘆いていたこともあり、彼は不老不死の研究に手を出した」

魔王にはそれを成せるだけの自信と実力があり、研究は順調に進んだそうです。そして、遂に人体実験に踏み切りました。

「試行錯誤を重ねた魔王は、一人の女に自分の子供を宿させた。女の腹の中で育ちゆく赤子に、毎日のようにほんの少しずつ魔術を溶かし、あと一歩というところで産み落とさせた。どうしてだと思う?」

「…………わかりません」

考えてみても答えは出ず、素直に白旗を掲げます。

「赤子のまま術式を完成させても、なんの役にも立たないからだよ。魔王は実験を抑止力の働かない程度に止め、赤子の成長を待った。もちろん、自分の子であるから魔術の知識を叩き込みながらね」

そうして子供が二十の誕生日を迎えた日に、魔王は術式を完成させたそうです。不思議とその時には抑止力は働かず、魔王の実験は成功に終わってしまいました。

「魔王は、茫然とする息子の前で歓喜の叫びを挙げたんだ。『やはり私は正しかった!神は私を同類であると認めたのだ!』とね。その時になって、魔王の息子はようやく、自分が実験動物であったことを悟った」

なんとなく、師匠の話はただの昔話ではないことが分かってきました。魔王の息子とは恐らく……。

「だがそのあと、魔王にとって誤算が生じた。息子を産ませた女が魔王の元から逃げ出し、他の魔術師に魔王の研究を明かしてしまったんだ」

その時魔王は息子を拘束し、不老不死の確実性の検証と共に、術式を自分自身に転用出来るように更なる実験を行っていて、女が逃げたことに気付くのが遅れてしまったのだそうです。

「女から話を聞いた魔術師たちは、すぐに魔王の討伐隊を結成した。魔王が本物の怪物になる前に討ってしまおうと考えたわけだ。魔王は仕方なく実験を中断し、応戦の準備を整え、そして――戦争が起こった」

一対大勢では戦争と呼べないのではないかとも思いますが、実際、その惨状は戦争と呼ぶに値する壮絶なものだったそうです。

「魔王は一人とはいえ、魔術を究めた男だ。群れただけの魔術師では相手にならず、一流と呼ばれる連中でも束にならなければ拮抗すら出来なかった。しかし、数の有利は次第に有効性を見せはじめた」

魔王も人間です。いくら人並を外れていようとも、力を振るい続けていれば限界が来ます。

「最終的に追い詰められた魔王は、奥の手を使うことにした。実験のために拘束していた息子を解放し、討伐隊に差し向けようと考えたんだ。自分には届かずとも、不老不死の体と教え込んだ知識があれば足止めは出来るだろうと、ね」

喋りっぱなしだった師匠はそこで話を止め、瞑目してため息を吐きました。

「愚かだよね。父親とはいえ、裏切られ、あらゆる苦痛を与えた相手に力を貸すはずがないだろうに。そこまで追い詰められていたということなんだろうけど」

独白するように言って、師匠は目を開きました。その口から紡がれる言葉を、私は半ば予想しつつ耳を傾け続けます。

「魔王は、解放した息子に裏切られて殺された。その亡骸は魔術師たちによって焼き払われ、強い魔力の籠った遺灰は厳重に封印された。しかし、処置しきれない問題も残っていた」

「……魔王の息子と、その母親ですね」

「うん。息子は魔王の亡骸を討伐隊に引き渡したあと、母親を連れて姿を暗ましていてね。魔術師たちは話し合った結果、彼らは被害者でもあり、見つけ出しても対処しようがないとの意見にまとまって、魔王の一件には終止符が打たれた。――あ、気づいてるとは思うけど、魔王の息子っていうのが僕だよ?」

「分かってますよ」

流石にそこまで鈍くありません。

「まあ、そういう訳でね。死ねないんだよ、僕。不治の病ならぬ不死の病だ」

ははは、と笑っていますが、予想以上に重い話でした。師匠はもっと、気楽に楽しそうな人生を歩んできていたとばかり。

「それで『魔王の忘れ形見』ですか……」

ルンペン氏との会話を思い出す内に、いくつか気になることを思い出しました。

「そういえば、『奇跡の遺物』とか魔法とか言っていましたけど、あれは?」

「記憶力がいいねぇ。奇跡や魔法っていうのは、俗語みたいなものだよ。魔術は神秘を起こすけど、魔法はそれ以上の奇跡を造り出すっていうね」

「……なるほど」

言われて納得です。

「さて、と」

一通り話終えた師匠は腰を上げて、私の頭をまた一撫でしました。

「今日はもう休むといい。色々と疲れただろう」

「えっと、はい。わかりました」

頷いた私に微笑んで、師匠は部屋から出ていきました。



翌日、目を覚ました私は一瞬、見知らぬ天井に「あれ?」と首を傾げたあと、「ああ」と師匠の家に泊まったことを思い出しました。

人生初の、男性の家でのお泊まりです。水川渚、十五才にして大人の階段を上ってしまいました。

「ふぁ……あふ」

……寝起きだからでしょうか。馬鹿なことを考えてないで、そろそろ起きることにします。

体を起こして辺りを見回すと、入り口近くの置棚に私の着替えらしき衣服が置いてあります。ベッドから降りて着替えを手に取ると、全く見覚えのないワンピースでした。

「これ……、誰のでしょう?」

まさかとは思いますが、これは師匠の私物なんでしょうか。

ワンピースを広げて見ていると、置棚の上にまだ何かあるのに気付きました。

「…………………………」

下着です。

スカートとかそういうものではなく、直接肌に身に付ける下着です。

「………………ええと」

置いてあるということは、これを着けろということなんですよね?……まあ、それはいいでしょう。

問題なのは、何故師匠がこんなものを用意していたのか、ということです。

まさかとは思いますが、女装癖でも持ち合わせているのでしょうか。それとも、たまに聞く下着収集を趣味にしているというヘンタイさんなのでしょうか。

「………………。…………うん」

悩んだ末、師匠兼命の恩人がそういう趣味でも、受け入れる器量こそ女性として重要なのではないかという結論に行き着きました。

すいません、師匠。一瞬だけ下着を眺めて品評している姿を想像して、軽く引いてしまいました。不肖この渚、これからは師匠の趣味に理解を示すよう努力します。

「とすると……」

自分の体を見下ろします。

……今身に付けているものは、洗わずに提出した方がいいのでしょうか。

いや、流石にそれは羞恥心が勝ります。しかし、許容すると決めた後で言葉を覆すようなことをするのも……。

しばらく用意された衣服一式を見つめながら考え、とりあえずお風呂を借りてさっぱりしようと思い立ち、着替えを持って部屋を出ました。



シャワーでさっぱりした私は、脱いだ衣服を持って師匠の部屋を訪れました。

「一応持ってきたんですが、どうしましょう?」

「……朝っぱらからぶっ飛んだ方向に思考を巡らせたものだね。とりあえず、それは洗濯機に放り込んでくるといいよ」

私の推察と趣味への理解を聞いた師匠は、吹き出しかけた紅茶をなんとか嚥下しつつ、口から漏れた液体を袖で拭います。

「ただの善意が誤解を招くなんてのはよくある話だけど、まさか勘違いを起こした上に、それを一人でこじらせるとは。大物だね、君は」

「それは誉められてるんでしょうか」

遠回しに馬鹿にされている気がします。

「まあ、わかりました。……洗ったら提出した方が」

「持ってきたら燃やすよ?」

「……わかりました」

満面の笑みにも関わらず背筋に冷たいものが走り、一昔前の人形のようにカクリと頷きました。

「まったく、僕はそんなに変態に見えるのかね。変態というのはね、長生きしすぎて性的嗜好が一回りして、男に目覚めたやつみたいなことを言うんだよ」

やけに具体的ですが、知り合いにそんな人がいるのでしょうか。まあ、師匠も長生きしているみたいですし、人脈の幅は広いのかもしれません。

「いやはや、昨日の今日でこれとは、随分とたくましい。少しは畏敬の念でも抱くものだと思っていたんだがね」

呆れたように師匠は言いますけど、私としてはこれでも敬っているつもりなんですよ?……まあ、畏れてはいないかもしれませんが。

「だって師匠ですし」

「信頼されているのか、微妙なところだね」

そんなことを言いつつも一応は納得したのか、師匠は頷いて紅茶を一口飲みました。

そんなに変なことを言いましたかね?

「あ、そういえば家へ連絡してません」

昨日は解呪に師匠の話の整理にと、電話するのを忘れていました。お父様と汐に心配をかけてしまいます。

……でもなんと言えばいいんでしょうか。無断外泊な上に、師匠とはいえ男性です。説明すると妙な勘繰りをされる可能性が。

「ああ、君の家族には昨日の後始末を頼んだ時に、ついでに報せておいたよ」

「………………」

まあ、経緯を考えれば気にするようなことではないんですけどね。しかし男性の家でのお泊まりを家族に知られるというのは、なんというか、複雑な心境です。

何故でしょう、帰るのが嫌になってきました。

「……帰りたくないです」

「小学生かい、君は」

「元中学生です」と言い返したくなりましたが、だからどうしたのだと思い直しました。どうも今朝から思考回路が不具合を起こしているようです。

「ん、どうかしたのかい?」

気がつくと、考えていることが顔に出ていたのか、師匠が片眉を持ち上げて私を見ていました。

「いえ、大したことではないんです。多分、寝慣れないベッドで寝たから変なスイッチが入ってしまっているんだと思います」

「ああ、なっちゃんは枕が変わると眠れないタイプの人間なのかな」

「そうなんですか?」

「……僕に聞かないでくれるかな」

そう言われても、外泊なんて幼少期くらいしかしたことありませんし。

「…………そうだ、忘れるところだった」

呆れたように首を振っていた師匠が、何を思い出したのかいきなり私の手を取って、指先をまだ中身の残っているカップの上に誘導しました。

「痛むよ」

そう言われた瞬間は、何を言っているのか理解出来ませんでした。しかし一瞬の後、師匠はどこから取り出したのかも分からない小型のナイフで、私の指先を引っ掻きました。

「っ」

たらりと、滲み出た血が滴になって紅茶へと落ちていきます。

血が紅茶に落ちたのを見て、師匠は手を離してカップを見下ろしました。

「起きているんだろう?早く出てこい」

らしからぬ命令口調で、師匠はカップに向かって話し掛けました。

私が疑問符を浮かべていると、紅茶がゆっくりと渦を巻き、その中心から小さな女の子が出てきました。

女の子は紅茶色の透けた自分の体を見回し、不満げに師匠を見上げ、口を開きます。

『ちっさいんだけど』

「文句は宿主に言え。それより先に、君の不手際について謝罪があるはずだがね。何故何もしなかった」

『私は悪くないわよ。アンタが私の扱い方をちゃんと教えてないのがいけないんじゃない』

「馴染んだなら説明しろと事前に言っておいたはずだ。何のために君の使役権を彼女に移したと思っている。君は守護する対象を危険に晒したんだぞ?」

『………………』

どうやら、紅茶の女の子は師匠に責められているようです。話が見えませんが、どうやら私が関わっているようです。

「あの、師匠。その紅茶……ちゃんはどなたなのでしょうか?」

「……はあ。人選ミスだ。もっと素直な働き者を渡せばよかった」

『ちょっと、どういう意味よ!』

キーキーと金切り声をあげる紅茶ちゃんを見下ろしたまま、師匠は彼女を指差します。

「これはこの前、君に飲ませた水精だよ。能力はあるんだが、重度の怠け癖があるようでね。まったく、守護精霊の名が泣くよ」

「ああ、あれですか」

師匠の荒療治で溺れかけたのは、つい先日のことなのですがね。昨日の出来事のせいで忘れかけてました。

「紅茶ちゃんが精霊なんですね。お世話になってます」

「現状はただの無駄飯食らいだがね」

『うっさい。……そんなことよりアンタ、まさかとは思うけど、紅茶ちゃんって私の名前じゃないわよね?』

カップに顔を近付けると、紅茶ちゃんは両手を腰に当てて私を見上げました。近くで見ると、かなり人間っぽい体の作りをしています。

「あ、いえ。まだお名前を伺っていないので、仮称です」

『ならいいわ。こうやって顔を会わせるのは初めてだし、特別に教えてあげる。私の名前は――』

名乗ろうと髪(?)をかきあげた紅茶ちゃんでしたが、急に口だけをパクパクと動かすだけで声を出さなくなりました。

どうやら口パクは自分の意思ではないらしく、紅茶ちゃんは顔をひきつらせて喉を押さえ、ゆっくりと師匠の顔を仰ぎ見ました。「あまり調子に乗るなよ。ここは僕の工房であり、君の生殺与奪の権を奪うくらい簡単なことなんだ。自我を無くした人形になりたいなら、続きをさえずるといい」

無表情に、淡々と警告を口にする師匠に紅茶ちゃんはカタカタと震えて、次第にカップ全体が音を立てて揺れ始めました。温度の低い怒りほど怖いものはありません。

「あの、師匠。昨日のことなら私が悪いんですし、そのくらいで許してあげては」

流石に可哀想になり、師匠に許しを乞うと、紅茶ちゃんは驚いたように私を見上げた後、物凄い勢いで首を振り始めました。

私と紅茶ちゃんの様子を見て嘆息した師匠は、仕方ないとでも言うように首を横に振りました。

「宿主が許すと言ってしまったら、僕が叱責している意味が無いんだがね」

空気が弛緩し、私と紅茶ちゃんも肩の荷が降りた気分になって息を吐きます。

同じ動作を起こしたことが気に障ったのか、紅茶ちゃんはじっと私の顔を半目で見つめてきました。そして腕を組んで、ぷいっと顔を逸らしました。

『昨日のことは謝る。それと、これからはあんな三流魔術程度なら無効化してあげるわ。アンタになにかあったら、私もゆっくりしていられないし。……あくまでも、私自身のためなんだからね!別にイイヤツだと思ったり、ほだされたりなんかしてないんだから!』

来ると思っていたのとは違う言葉に、目を丸くします。……なんと言いますか。

「紅茶ちゃんはツンデレだったんですね」

しかもテンプレ型です。王道です。

『つん……?よくわかんないけど、紅茶ちゃんって呼ぶのはやめてよね』

一瞬だけ疑問符を浮かべたあと、紅茶ちゃんは横目で私を睨みました。

……やめて、と言われましても。

「私、紅茶ちゃんの名前を知らないんですが」

「君が名付けるんだよ。ひねくれ者でも三年寝太郎でも、好きに名付けるといい」

見かねたらしい師匠が助言をくれました。精霊との契約は、互いを認知することが仮契約で、宿主が名を与えることで本契約になるんだそうです。

「君の体に馴染んだそうだから、何かあっても手助けするだろうと思っていたんだがね。まったくもって期待外れだ。ああ、昼行灯とでも名付けてはどうかな?」

師匠、まったく許していませんよね。

紅茶ちゃんも師匠を睨んでいますが、さっきの今でまた怒りを買うのは避けたいのか反論はしません。

「名前……、あ、ニン――」

『却下!』

言い終わる前に却下されてしまいました。

紅茶ちゃんは眉を吊り上げて、私の顔を指差しました。

『水精だから、なんて安易な名前許さないんだから!特にニンフなんて絶対に嫌!』

どうやら逆鱗に触れてしまったらしく、紅茶ちゃんの怒りは冷めるどころか、怒髪天を衝く勢いです。

ちなみにニンフとは、ギリシャ神話の妖精で、若くて美しい女性と言われています。時には女神扱いされることもあるそうですよ。

「ヨーロッパの方では、ニンフは情欲的な意味合いで使われることがあってね。それを耳にして以来、これはそう呼ばれることを酷く嫌っているんだよ」

師匠は朗らかに笑っていますが、私個人としては納得出来る理由です。私だって、名前に『婬』や『淫』とか入ってたら恥ずかしいですもん。

しかし、困りましたね。水精関連の名前は拒否されてしまうようですし、紅茶ちゃんが喜びそうな名前なんて想像出来ません。

「…………やっぱり、紅茶ちゃんじゃダメですか?」

『紅茶……』

私の提案に紅茶ちゃんの怒気は鎮火しましたが、その顔には苦渋の表情が浮かび上がっています。

『そりゃあ、ニンフよりはマシだけど……。でも紅茶って。……これは却下して、もっとマトモな名前を……思い付きそうもないわね。ポチとかタマとか言ってきそうだわ』

なにやら馬鹿にされています。流石にそこまでペット扱いはしませんよ。……まあ、全くよぎらなかったのかと問われれば、否定は出来ないのですが。

『……よし』

紅茶ちゃんが意を決したように頷きました。

『紅茶でいいわ。高貴なイメージもあるし、考えようによっては悪くないもの。ええ、悪くないわよ』

私にというより自分に言い聞かせるように、紅茶ちゃんは『紅茶』という名前を受け入れました。

紅茶ちゃんの向こうで師匠が口元を押さえていますけど、お願いですから吹き出さないでくださいね。

「えーと、それでは紅茶ちゃん、今後ともよろしくお願いします」

『……よろしくしてやるわよ』

堪え忍ぶように表情を曇らせながら言われても、困ってしまうのですが。


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