プロローグ
一人の青年が色とりどりの花弁に埋もれていた。
古式のゆったりとした衣服を纏うその青年の蒼い髪に年端もいかない子供たちが隣に寝そべりながらじゃれている。
子供たちに交じって恥ずかしがり屋の精霊たちも楽しそうに弄っているが、青年はされるがままにさせ、双眼を閉じていた。
穏やかにゆっくりと過ぎ去る暖かな昼下がり。
---しかし、そんな平穏な空気の中に突然変化が現れた。
見えない筈の空気が凪の湖面のように微かな振動を辺りに漂わす。
その様子にじゃれていた子供や精霊たちが一斉に動作を止め、皆一斉に辺りに耳をすませた。
瞳を瞼の中に潜めていた青年も億劫そうに眼を開き、気配を辿った。
青年が瞼を開けた瞬間、辺りは細い糸が張り巡らされたようにピンと空気が凍った。
「イー兄…」
子供たちの中でも特に幼い子が伺いをかけるかのように青年の傍に擦り寄った。
青年はその子を撫でると、安心させるように柔らかく微笑んだ。
「ラフォ、皆を村へ」
「うん、わかった」
青年は子供たちの中では最年長の歳少年に子供たちを託すと言うと、上半身を起こし、頭に付いていた一枚の花弁を愛おしそうに摘みながらそれに息を吹きかけた。
花弁は生を受けたかのように宙を舞ってラフォと呼ばれた少年の額へとピトッと張り付き、少年とくっ付いていた子供たちを淡い花弁の色をした薄い膜が覆った。
そして一瞬にして彼らは霞のように消えた。
その場に一人残った青年は、ゆっくりと起き上がると辺りを見回し、遠くを見通すように《眼》を見開いた。
そして遠くを見ていた焦点が合わさると、それまでの優しげな目元は冷徹な、そして残酷な様相に変わった。
口元も滑稽そうに歪める。
「来たか…」
青年は表情を崩し、頭上に広がる空を見上げた。蒼く、青く、碧く。
どこまでも広がる空に目を向ける。
雲一つないというよりは雲がひとつ残らず除かれたようなぽっかりとした空が青年を見下ろしている。
「せいぜい…楽しませてくれよ…」
――――大荒れになりそうだ。
青年はとても楽しそうに、もう一度、笑った。