第9話 ~突然の襲来・・・?~
現在、昼休み。
昨日は秋本のおかげで大空の説得に見事に成功した。包帯の巻かれた腕をやたらと見ながら、何度も腫れないために張ってるんだな? とか我慢できないほどの痛みじゃないんだよな? とかやたらと聞かれたけどね。
そのあとがまた大変だったんだよねー。
家に帰るのがまず大変。だって教科書や筆記用具とかが入ってる学生かばんと、弁当箱とか辞書とかが入ってるスポーツバックっていう手荷物があったわけ。かばんは包帯巻いてない方の腕で持てばよかったけどさ、スポーツバックは肩にかけるしかないじゃん。
大空には知られてないけど肩にも怪我して湿布張ってるわけです。つまり……スゲェ痛いわけよ。でも帰るためには痛みを我慢するしかなかったの。痛みのおかげで何度立ち止まったことか……。
「(……これだけならまだよかったんだけどな)」
家に帰ってからがさぁ大変。
腕には包帯巻いてるし、制服は汚れてる。その姿を見た家族は普通に考えてケンカしたかいじめにあったかって考えるよね。うちの家族も例外なく「ケンカしたのか?」とか「いじめにあっているのか?」とかやたらと聞いてきた。
両肩を思いっきり握られて身体を思いっきり揺さぶられたよ。おかげでちょー痛くてさ、涙が出たんだ。それがまた誤解を呼んでさ、一段とカオスになったんだ。
まぁ、そのあと事情を説明したらちゃんと理解してもらえたよ。
「(でも……)」
そのあともまた面倒だった。今度は庇った女子が好きなのか? とかの子供の恋愛に首を突っ込みたがる親の精神が発動しちゃってさ。昨日は今までで一番心身共に痛い思いをした日だったと言えるだろう。
そして今日もさ、腕を怪我してるって分かってるのに弁当作ってくれなかったんだぜ。うちは当番制に近い感じで、できる人が作ってる。
確かに俺の当番の日だし、仕事で朝早く出るから仕方がないって思うよ。でも腕を怪我してんの知ってるんだから変わってくれてもいいと思わないか?
……それにしても、何やら教室が騒がしくなってきているような気がする。何かあった……
「おっす桐谷」
…………。
はぁ……よほど俺は疲れているようだな。そういや痛みとかもあって眠りも浅かったっけ……。
教室の入り口に秋本がいて、目が合った瞬間に挨拶されるっていう幻が見えるとは思わなかったぜ。
「顔を背けるとはあんたは今日も失礼だねー」
「(今度は凄い近くから秋本の声が聞こえる……これは重症だな)」
「こら、無視すんな」
声と共に何か柔らかい物で頭を叩かれた。
現実を受け入れた俺は視線を動かすことにした。動かした視線の先にいたのは、購買で買ったと推測できるパンを持った秋本の姿。
食べ物で人を叩くんじゃねぇよ。叩く癖でもあん……あるのか。昨日も人の腕を思いっきり叩きやがったんだった。思い出したらムカムカしてきたぜ……
「おっす桐谷」
おっす桐谷、じゃねぇよ! というかそれ入り口でやっただろ! 何か、月森先輩の「え……?」みたいな自分の中でのブームなのか!
「……何しに来た?」
「何しにって、分かんないの?」
秋本はそう言ってパンを自慢げに俺に見せてきた。
パン持って俺のところに来た理由は一緒に食べようぜ! みたいなことなんだろ。俺にパンをくれるために来る理由がないからな。
ただ俺が言いたいのは……
「食事しに来た、に決まってるみたいな顔しなくてもそりゃ分かるわ。俺が聞きたいのは何でここに食事しに来たってことだよ」
「あぁーそっち」
なに今気づいたような声を出してやがる。本当は最初から分かってたくせに。
「それは……全く、何やってんだが」
秋本は俺から視線を外して周囲を見渡したかと思うと、教室の入り口に歩いて行った。
そして入り口で誰かと会話した後、誰かの手を引っ張って再び教室の中に入ってきた。秋本に手を引かれて現れたのは大空だった。クラスの女子から黄色い声が上がっている。
テメェも何しにきやがったぁぁぁぁぁぁ!
「えっと、なんでここに来たかだったね。それは誠が『桐谷は大丈夫かな?』って朝からずっと心配ばかりしてたから」
「え、恵那!」
「事実でしょ。というか心配ばかりするくせに桐谷のところに行こうとしないでウジウジしてた……」
「あぁもう、それ以上言うな!」
お前は大声出すな、人の目をこっちに向けてるの分かってんのかコラァァ! というかお前の過保護はまだ続いていたのか!
「そ、その……き、桐谷」
「何だよ?」
「……大丈夫なのか?」
大丈夫! なんて言えるわけがない。だって……包帯は取ったけど、今日も腕と肩周辺に湿布張ってるから。1日で完全に腫れが引くわけないから今日も張りましたとも。一日でも早く痛みとおさらばするためにな! 登下校が今のところ苦痛の時間だから。
それにしても、いま湿布を剥がされたり剥がれたりしたら大変だよな。大空は大した怪我じゃないって思ってるわけだし。おそらく多少腫れてるくらいって思ってるだろうから、変色してるところを見られたら大騒ぎ間違いなし。
…………はぁ、包帯巻いてくるべきだった。
「――大丈夫だ」
「……本当に? 湿布を張ってるってことは腫れてるんだろ」
腫れてるよ、昨日から。
でも秋本に協力してもらって嘘を貫いた結果、大空は時間が経って腫れてきたって思ってるから絶対に湿布の下を見せるわけにはいかない。それと触らせてもダメだ。触ったらかなり腫れてるってことがバレる可能性が高い。
……予想外だった大空の過保護な性格を逆に利用するか。
「少しな。早く治したいし、触ると痛いから触るなよ」
「そうか……大丈夫だ、腫れてると分かってる場所を触るほどバカじゃない」
よし、これで大空は大丈夫だ。というか大空は湿布の場所をチラチラ見るだろうが、触ろうとしないということは何となく分かっている。治療するとき以外で相手に痛い思いをさせる過保護な性格の持ち主なんているわけないし。でも大空の近くに触ろうとするやつがいるんだよな。
おいこら茶髪、テメェのことだよ。触るなよって言っただろうが。何だその「触るなってのは触れっていうフリ?」みたいな目は。テメェは昨日怪我の状態見てるだろ。フリじゃねぇって分かるよな。
「誰のか知んないけどまあいいや」
秋本は俺の前の席のイスを手に取り、俺の机の方に向きを変えた。そして予想通り、イスに座って俺の机の上にパンを置いた。
「……大空の用件は終わったってことはここに来た目的は達成したってことだよな。さっさと自分の教室に帰れ」
「ふむ、確かに誠の用事という口実で来たのは確か。だが、桐谷の申し出は断る」
キリッ! って擬音語が聞こえそうなドヤ顔で言ってんじゃねぇ! そもそもドヤ顔で言う事でもねぇよな、おい!
俺は「帰ってくれないか?」みたいには言ってねぇよ、帰れって命令形でお前に言ったんだよ!
というか口実の目的が達成されたんだから帰れや!
「というか、そんなことあたしに言っていいのかな桐谷くーん」
うわぁ……くん付けしてきたってことは、絶対何かしら俺にとって良くないことを言う顔してるよこいつ。
「誠にホントのこと言っちゃうぞ」
予想してたけどやっぱ性格悪いなテメェ! 昨日は協力してくれたのに今日は脅すのかよ!
バレたら面倒なことになるってのはお前だって分かってるだろ。お前にも何で嘘ついたんだよって大空は言うだろうに。
……そうか! 秋本は「桐谷が協力してくれって言った」とか「男らしいことをしたのにそれを無下にしたくなかった」とか言う気か。そのへんのことを言えば、大空は何も言わなくなりそうだし。付き合いの長さから考えて俺の言葉よりも秋本の言葉を信じるだろうからこっちに勝ち目がない。
「ここで食べていいよね?」
「……好きにしろ」
「何を話しているんだ2人は?」
「誠は気にしない、気にしない」
「そう言われた方が気になるだろ」
大空の気持ちは良く分かる。人って気にするなとか、やってはダメと言われたら気になるしやりたくなる生き物だもんな。
「誠は仕方がないやつだなー。ただ一緒の机でご飯を食べていいか確認を取っただけよ。ほら、誠もイスに座わんなって」
「え……でも」
大空がいま俺に向けている視線から色々なことが考えられる。まず一緒に食べていいのか、ということ。次に怪我させたという思いから一緒にいるのが気まずい、ということ。そしてひとつの机に3人は狭いのではないか、ということ。
……というか、大空は全部考えてそうだな。
「桐谷は好きにしていいって言ったよ。だから私らの好きにすればいいってことじゃん。まぁ、誠が『桐谷となんか一緒に食べれるか』ってんなら……」
「別にそんなこと言ってもないし、思ってもいない!」
え……?
てっきり少なからず思ってると、俺は思っていたのだけれど。
人を何だと思ってるんだって? だけど考えても見ろよ。相手は初対面から勘違いして記憶を飛ばそうとしてきた大空くんだぜ。俺に対して冷たいことばかり言ってたんだよ。そう考えても仕方がないだろ?
「じゃあさっさと座りなよ」
秋本はにこっと笑いながら大空に言った。
うわぁ……こいつ、絶対退路を断つために言葉を選んで言いやがったな。大空に俺と一緒に食べるのが嫌ではない、と宣言させれば大空本人も一緒に食べるのを断る理由がなくなるし。
秋本って知的な印象はないけど、詐欺師になれるのではないだろうか?
「……失礼します」
大空は俺の席の隣のイスを借りて座った。そして可愛いイラストがある風呂敷に包まれた弁当箱を俺の机の上に置いた。
俺は弁当箱を見て、自分が弁当を出していない事を思い出してバックの中から弁当を取り出した。
「誠、何で弁当開かないの?」
「い、いや……」
「やっぱ戻って食べたら?」
「…………」
秋本の一言で大空は何やら覚悟を決めたようで、無言のまま風呂敷を外して弁当の蓋を開けた。大空の弁当の中身はタコ型にされたウインナーやら海苔などを使って何かの可愛らしいキャラの顔になっているご飯など、実に凝った中身だった。
「おぉ! 今日も凝ったの作ったね誠」
「ん……それ作ったの大空なわけ?」
「そうだよ、誠はこんな外見だけど実に女子力の高いやつなんだ」
秋本、なんでお前が自慢げに言うわけ? それと俺の心を読んだの?
お前が大空が作ったって言ったとき、ボーイッシュな外見で運動ばかりしてそうなのにとか色々と思ったんだよ俺。
「恵那、お前が自慢げに言うな。それにき、桐谷……僕がこういう作ったらいけないのか? そ、そりゃ僕みたいなやつは運動とかしてるほうが似合うだろうけど……」
待て待て待てェェェェェェェ!
急にしゅんって音が聞こえるほど落ち込むなよな! 別にお前に対して怒ったわけでもないのに落ち込まれたら展開についていけないから!
いや待てよ……遠回しにへこませるようなこと俺言ってた。大空って料理できたの? って。これはすぐに謝らなければ。
「大空、その悪い。運動の印象が強くてギャップが……でもよく思い出してみればお前って女らしい思考してたからおかしくなかった。秋本より断然女らしい」
「おい、ボーイッシュな誠よりもあたしのほうが女らしいだろ」
うるさい、口を挟んでくるな。確かにお前の方が大空よりも女らしい。だがそれは見た目だけだ。性格は大空の方が遙かに女らしいわ。というかなんで大空がへこんでるって分かってるのに、さらにへこませるようなことを言うんだお前は。
「そ、そうか……」
大空、お前ってスルーもできたんだな。何度もからかわれたからスルースキルが上がったのか?
それとも、これ以上落ち込まないように無意識に悪いことは聞き流す自己防衛をしているのだろうか?
「……き、桐谷。あの……」
……こいつは何を言う気なんだ。何やら顔が赤いぞ。秋本は大空が何を言うか分かっているのかニヤニヤしてる。
おい秋本、分かってるなら教えてくれ。大空が顔を赤らめているときは今までのことから推測すると、良からぬ言葉を言うときなんだから。しかも年頃の男子がドキってする言葉だし。個人的に教室で顔を赤らめたりしたくない。
だって顔を赤くしたやつに何か言われて、こっちも顔を赤くしたら何を言われたのか聞かれるはずだもの。
「……僕のことは大空じゃなくて、誠って名前で呼んでくれないか?」
……何故に?
俺の記憶が正しければ昨日、苗字も名前も呼ぶな! って感じのことを言われた気がするんだけど。
……すまん。さっき苗字で呼んでしまった。……でも怒ってないみたいだ。ってそうじゃなくて、今は何で急に名前で呼んでほしいって言い出したことを考えるべきじゃん。
「――何で?」
「……それはダメってこと?」
「いや、そうじゃない。記憶が正しければ昨日、俺に苗字でも名前でも呼ぶなみたいなこと言ったよな? だからどうしたのかって思って。さっき苗字で呼んじまったけど」
いったい大空に昨日の今日でどういう心境の変化があったんだ?
いやまぁ、こちらとしては態度が変わって嬉しくないことはない。ツンツンされるよりマシだし。でも今みたいにしおらしいのは何か大空らしくないって感じがする。
大空が男っぽいことにコンプレックスを持ってるのは知ってるから名前で呼ぶことは俺としては別にいい。だけど突然の変化の理由は知っておきたい。
そんな俺は別におかしくないだろ?
「そ、それは……その……」
「その?」
「……桐谷が男らしいって分かったから。別に名前で呼ばれてもいいかなって」
「……悪いんだが、もう1回言ってくれ」
「…………」
ごめんなさい、そんなに睨まないでください。あなたが頑張って何か言ったのは分かってますから。
でもね、俺も聞く努力はしたんだよ。だけど大空誠さんも悪いと思うんだ。だってこっちを向いてしゃべってくれなかったから。加えてちょー小声だったし。
「まぁまぁ桐谷、誠が名前で呼べってんだからあれこれ考えないで呼べばいいじゃん。理由なんてこれから一緒に仕事していく仲だから、とかだろうし。誠、そんな感じでしょ?」
「ぇ……あぁ、うん」
何か大空の反応からして違うような気が……。でもあれだけ冷たく接してた相手に一緒に仕事していく仲とか言いにくいのも確かだ。自分から大空に言うとなると……大空みたいになってても全く不思議じゃない。
加えてコンプレックスだから大空とは呼ぶなと言われていたのに、大空と呼んでしまったこともある。そこで怒られなかった貸しがあるので、本当は何を言ったのか追求するのは良くないか。
それに全然弁当を食べていない。
「おっ、やっと弁当箱を開いたね」
秋本は待ってましたと言わんばかりに俺の弁当のおかず、具体的に言うなら玉子焼きを掴み取った。そしてすぐさま玉子焼きを口の中に納めた。
何て早業だ……じゃなくて
「――おい」
「大丈夫、美味かったよ。実にあたし好みの玉子焼きだった」
「そんな感想はいらねぇよ。というか味なら食べなくても知ってるわ、自分で作ったもんだから」
「え……マジで?」
あんたって料理できたの? みたいな驚愕と、いやいやお母さんに作ってもらったでしょみたいな疑問の混じった視線でこっち見んな。
「マジだ。そもそも無断でおかず取るんじゃねぇよ。お前にはパンがあるだろうが」
「パンだけじゃ栄養が偏る」
「だったら玉子焼きじゃなくて野菜を取れよ」
「野菜より玉子焼きが食べたかった」
ああ言えばこう言いやがって。……なんでイライラしながら食事しなくちゃならんのだ。
それとさっきから、おかずを取ろうとするんじゃねぇ。おかずがなくなったら白飯を食べたくなくなるだろうが。
「よし、分かった」
「……突然何が分かったんだ?」
「やはり、あたしだけおかずをもらうのは不公平だったよ――」
今更だな、おい。というか、やはりってことは不公平と分かった上でおかずを奪いやがったなお前。
「――だからおかずをもらう代わりにあたしのパンをあげる。あっ、全部じゃないからね。もらった分だけの量だかんね。ほい、さっきの玉子焼き分」
「いらん、自分で食べろ」
「桐谷ひどー」
誰がひどいだ、誰が。大体な、なんでお前は食べかけのところをちぎったんだよ。それ食べたらお前と間接キスになるだろうが。
大体俺はお前の長年一緒に過ごした幼馴染でも、ましてやお前の恋人でもない。そんな相手に間接キスさせようとするな。お前は間接キスとか気にしないんだろうが、平凡男子の俺は美少女であるお前と間接キスなんかしたら絶対気にするからな。
やれるんだからやっとけって言うやつがいるかもしれない。だがな、ここは周囲に人の目がある教室だぞ。それに大空……じゃなかった誠だっているんだ。間接キスしようものなら面倒なことになるに決まってる。
「はぁ……誠、こいつの相手してくれ。飯が食えん」
「え……いま名前……」
「なんで驚いてるんだよ。誠が名前で呼べって言っただろ。まぁ誠が苗字で呼ばれたくない理由も知っているし。名前で呼ばないわけにはいかないだろ」
「そぅか……」
うん、そこで黙らないで秋本を止めに行って。
おいこら秋本、いい加減に諦めろや。お前は獲物を見つけた肉食動物か。ずっとおかずを取る隙を窺いやがって。
「ねぇねぇ、桐谷くんとあの2人とどういう関係なんだろう?」
「秋本さんとは仲良さそうに話してるよねー」
「でも大空さんのことは名前で呼んでたよ」
『……つまり、三角関係というやつなのかな♪』
何かとんでもないことが聞こえてきた。そちらに視線を向けると同じクラスの女子3人が食事をしながら話している姿が見えた。
もっと声のボリューム落として会話してくれませんかね。面白がってるだけで、男子達のように嫉妬の言葉を吐いてるわけじゃないからそこまで気にならないけどさ。
それと三角関係とかまずないから。秋本はともかく、誠とは今日やっと普通の友人って呼べそうな関係になったからね。無論秋本とも特別な関係じゃないぞ。今の大空と同じくらいの関係……フレンドリーな性格だから少し上くらいかもしれないな。でもそれくらいの仲だ。
「それにしても、予想以上にひどい状況だねー」
あぁ、お前の言うとおりひどい状況だよ。だけど今日は普段よりひどいからな。お前と誠が俺をところに来ただけでなく、一緒に飯を食べてるわけだから。
女子は基本的に問題ないといえば問題ない。俺と生徒会のメンツがどういう関係なんだろうか? みたいな話題で集まって話すだけだから。俺に向かって言うこともないし。まぁ、今日は秋本達が来たから気になるような発言が出たけど。それと、後で直接どういう関係なのか聞かれそうだな……。
男子は言うまでもなく嫉妬の視線をこちらに向け、おそらく嫉妬から来ているであろう嫉妬の言葉をブツブツと呟いている。
「……ぶっちゃけさ、ふざけてると思うんだよねー。特に男子達さー。自分以外の男が可愛い女子に囲まれてる状況を羨ましがるってのは理解はできるんだけど――」
秋本は急にさっきまでの態度から一変し、片肘をつきながら話し始めた。声も先ほどよりやや低いように感じる。
いったん話すのをやめた秋本はパンに噛り付いた。口の中でパンを味わい、よく噛んだあと一気に飲み込んだ。喉から発せられた音がやけに大きかったのが、今の秋本の機嫌を表しているように感じる。
「――でもさ、自分達だって生徒会に入ることはできたわけじゃん。だけど今の桐谷みたいになるのを恐れて入らなかったわけでしょ」
お前、俺に話しかけてるようにしてるけど実際は周囲に言ってるだろ。
顔は俺の方に向けてるけど、時折視線が周囲の連中に向いてるし。周囲に聞こえる声で言ってるし。
それにしても、今の秋本はさばさばしているというか冷めてる気がする。俺に向ける視線は普通……どことなく温かくて優しい感じ。だけど周囲への視線、特に男子へ向けたときの視線は鋭く冷たいものだ。
「正直さー、周囲の野郎が桐谷に今みたいに接するのっておかしいとあたしは思うわけよ。たとえあたしらと仲良くなりたい、っていう下心から生徒会に入ったとしても、あたしら役員からしたら人手が増えて助かるわけだし。……嫉妬の視線や言葉を浴びるのを恐れて生徒会に入らなかったのにも関わらず、入った人間には自分が恐れたことをやる連中より遥かにマシだね」
今日のこいつハンパねぇ! 氷のように冷たくて切れ味の鋭い言葉を躊躇なく言いやがった!
結果。クラスの嫉妬していた男子が気まずそうっていうか、申し訳なさそうな顔を浮かべ始めた。中にはよほど心をズタズタにされたのかうな垂れているやつもいる。
「誠はどう思う?」
「恵那の考えに同感。……桐谷」
「なんだ?」
「……その……ごめん。ここまでひどい状況だって知らなかったのに、情けないとか色々とひどいことを言って」
おぉ、同情からかもしれないけど凄く誠との関係が修正されることばかり起こってる。色々言われてイラっとしたときも多々あったが、ほんとに申し訳なさそうに謝られると水に流していいと思えてきた。
「別に気にしなくていい。そもそも出会い方が悪かったんだ。おそらくあれがなければそれなりに普通だったろうし」
「そ、そうか。……桐谷、困ったときはいつでも助けるから。そうだ、手始めに僕がクラスの連中にもっとガツンと言ってあげるよ」
……口調がどことなく柔らかい感じに変わったのは置いといて。
「待て」
と言いながら立ち上がろうとする誠の腕を掴んだ。
俺が腕を掴むと、誠は身体がビクッと震えた。まぁ急に掴まれたらそうなってもおかしくない。
誠の腕を掴んだ感想だが、実に引き締まっていると感じた。掴まなくても見ただけで分かるんだが。格闘技をやってるのかやってたのかは分からないけど、筋トレして鍛えてることは確かだろう。
感想の続きだが、引き締まっているので硬い印象を持っていたが、ちゃんと女性特有の柔らかさも感じられる。やはり誠は美少年に見えるけど女子だ。この柔らかさは男にはない。
それと無駄な肉や皮がないからだろうが、かなり細いと感じた。思いっきり握ったら折れるのでは? という疑問を抱くくらいに。……鍛えてもいない平凡な俺の握力では到底無理だけど。
「な、なに、ききき桐谷?」
誠から返事が返ってきたので視線を顔のほうに向けた。すると視界に顔が赤くなっている誠の姿を捉えた。なんでこいつは顔を赤くしてるんだろうか?
……って俺が腕を掴んでるからに決まってんじゃん! しかも感触とか何度か確かめちゃったし、マジマジと腕見てたよ俺!
純情な乙女である大空誠さんはそりゃ顔を赤くするに決まってる。……落ち着け俺。下手に取り乱すとかえって変な性癖があるとか疑われる。冷静に対処するんだ。
「とりあえず座ってくれ」
「う、うん」
「お邪魔ならどっか行くよ?」
「別に邪魔じゃない」
秋本、そういうことを言うんじゃない。別に告白するわけでも、良い雰囲気になってるわけでもないだろう。
まさかはたから見たら良い雰囲気に見えてたの? こういうときは女子の声に耳を傾けてみよう。
なになに
「桐谷くんが立ち上がろうとした大空さんの腕掴んだ!」
「それってつまり……」
「桐谷くんが大空さんにもっと一緒にいたいってアピールしてるんだよ!」
『きゃー!』
……誰も誠と一緒にいたいとか思ってないし、アピールしたわけでもねぇよ! それにいちいち黄色い声上げんなッ!
というか大声でそんな話しないで、他のクラスに聞かれたら面倒だから!
「誠……」
「な、なにかな?」
そんなに緊張した面持ちしないでもらえませんかね。おそらくあなたのその表情が色んな誤解を招いてると思うんで。
……元は言えば俺の所為ですね。誠を責める資格ありませんでした。
「頼むから周囲の奴らにガツンと言ったりするのはやめてくれ」
「ぇ……なんで?」
「こういうことは反応してると悪化するもんだからだ」
「……確かにその可能性はあるか。桐谷に『女なんか守ってもらってカッコ悪い』とか言うやつが出てくるかもしれないし」
いや、それくらいのことなら特に気にしないよ俺。言っちゃ悪いけどさ、誠の方がカッコ良いだろ。それに誠は守られる側じゃなくて守る側になると思う。お前と純粋にケンカしたら俺勝つ自信ないもん。 それと何かしら言われるとしたら『大空とずいぶん仲良くなったみたいだなぁ桐谷……』みたいなことを言われると思うよ。
「……でもさっき恵那は言ってたじゃないか?」
「秋本はあくまで俺に言ってるようにして周囲に言っただろ」
「なら僕も恵那みたいにして……」
「いやいやしなくていいから。ここの連中には秋本がもう言ったから」
まぁぶっちゃけると、お前に秋本みたいなことはできそうにないってのが本音です。お前って意識して何かやると意識しすぎて不自然になりそうだから。
「……そっか。でもこういう状況が続くのは良くないと思うんだ。解決策を考えるべきだと思う」
「別にそのうち納まるじゃないか? 今の状況は悪い噂が流れたときと同じようなもんだし。人の噂も75日って言うだろ。それに俺の問題だし、そこまで気にしなくても」
正直に言ってこいつらが関わると時間で解決するのが難しくなる気がする。生徒会の仕事で関わるだけなのと、食事をしたり他愛もない会話をする関わり方では嫉妬の度合いがかなり違うから。
「状況を知った以上気にするに決まってるだろ。同じ生徒会の仲間なんだから。それに僕達にもこの状況を招いた原因があるし――」
いや、個人的にはこの学校の独特の3年の人気投票っていう生徒会選抜システムがそもそも原因だと思うんだが。
まぁ美少年とかがいれば生徒会に選ばれるだろうから、女子だけになる年が多いわけじゃないだろう。一昨年は知らないが、去年は今年と一緒で女子だけだったらしいな。
……結局のところ、よく確認とかしないで今年生徒会に入った俺の自己責任ってことになるんだよな。システムとか以前に。
「――つまりこれは桐谷だけの問題じゃなく、生徒会の問題なんだ。だから協力して解決するべきだよ」
……誠さん、凄く熱い人だ。人生で初めて熱血と呼べそうな人に出会ってよ俺。
人間って人のためにここまで熱くなれるもんなんだな。……あのー誠さん、そのお前が一番考えないといけないんだから真剣に考えろよ! みたいな熱い視線向けないでもらえますかね。
さっきも言ったけど、個人的には自然と収束するほうがいいんです。
「誠は熱いねー」
「生徒会の仲間の問題を放ってはおけないだろ。恵那も真剣に考えろよ」
仲間……秋本とは大違いだぜ。秋本なんか役員と執行委員の上下関係を主張するやつだし。
そして「恵那も真剣に考えろよ」が「恵那も熱くなれよ」みたいに聞こえてしまった俺も通常の人とは大違いなのかもしれない。
「解決策ならあたしあるけど」
……なんだと!? そんなバカな!
秋本はやる気なんて微塵も感じない姿勢でパンを食べてて、人のおかずを狙ってたやつなのに。それに誠が解決策を考えようって言ってからまだ大して時間も経ってない。
それで解決策を思いつくなんてやる気がないように振舞っているが、実は頭が切れるやつだったのか秋本は……
「あたしさ、いま付き合ってる男いないんだよね。だからあたしと付き合ってることにすればいいと思うんだよね」
……意味が分かんないよ!?
なんでそんな解決策が出てくるんですかね! というか、その策をやると完全に周囲の俺へ対する嫉妬が激増するよね!
こいつは、頭が切れるやつだ。人が苦労する方向に話を持っていくとか、誠を弄ったりすることに関してだけだけど。
「お前さ、それのどこが解決策なんだよ」
「うわぁーひどいね桐谷。そんな嫌そうな顔で言うなんて。まるであたしに魅力なんてないって言われた気分で傷ついたんだけど」
その割りに顔は笑ってるじゃねぇかよ。いちいち周囲が誤解しそうな冗談を言うんじゃねぇ。さっきと違って俺と誠だけに聞こえる程度のボリュームだから口にはしないが。
「魅力がなかったら役員になってないだろうが。それとその解決策は今よりも状況が悪化するだろ。分かってて言うとかお前性格悪いぞ」
「あはは、今日のツッコミは一段と鋭いというか冷たいねぇー」
今のはツッコミじゃねぇよ! 正論を言っただけだ!
関係ないが、正論って冷たくて鋭い言葉になるときが多いよねー。
「でもさ、発想を変えてみなって。そりゃすでに付き合ってるのかよ! ってなって一時的に状況は悪化すると思う。だけどさ、生徒会の全員とイチャついてるわけじゃないって周囲の連中は思うじゃん。それに先月くらいから付き合ったってことにすれば、生徒会に入ったのもあたしと少しでも一緒にいたかったからってことになるでしょ。まぁこれはあたしから桐谷に入ってってて頼んだってことにしてもいいところだけど。それと、あたしと付き合ってるってことはあたしの友人である誠とも話す機会は多いわけだから仲が良くてもおかしくないわけ。そんで今日のことも桐谷が生徒会に入ったって表に出たから隠す必要がなくなったって感じにできるっしょ。だから周囲が落ち着くのは今のまま何もしないよりも早いと思うんだけど」
……こいつってやっぱり頭が切れるのかもしれない。
目先のことだけでなく、先のことまで考えれば秋本の案は決して悪くない。いや、俺からすれば秋本のような美少女と付き合えるというメリットがある。美少女と付き合うというのは、平凡男子なら誰もが夢見ることだ。
普段は平凡男子が美少女にアピールしても無駄な努力だと思って仲良くなろうと思わない俺だが、美少女と付き合いたいかと言われたらな。性格がよほど悪くない限り付き合いたいって答えるよ。
秋本はやや一部性格が悪いところがあるが、生徒会の中でも話しやすい美少女だ。付き合ってるという設定だが、秋本なら周囲が「美味しい思いをしやがって……」と無意識に言いそうなことを人前ではやってくれるはず。
考えれば考えるほど魅力的な解決策だ……
「まぁあたしじゃなくてもいいんだけどね。誠がやる?」
「やらないよ! 策として悪くないんだろうけどさ、会って間もない桐谷とそんな関係を演じれるわけないだろ!」
誠さんが小声で怒鳴っていらっしゃる。そんな周囲へ配慮した器用なことできたんだね。
やらないよ! って言われて傷ついてないのかって? そんなの傷つくわけがないじゃないか。
だって……恋愛に興味はあるけど誰よりも乙女思考な誠さんが「やってもいい」とか言ったらおかしいじゃないか。
「大体なんで恵那はそんな策を思いつくのさ!」
「なんでって、そりゃあたしにいま彼氏いないから」
「それだけ!?」
「いや他にもあるけど。桐谷とは相性がいいし」
「あ、相性!?」
秋本、誠が誤解しそうなこと言うんじゃねぇ! そして誠は変な方向に誤解すんなッ! 顔を赤くしてるからバレバレだかんな!
……ツッコミした所為か氷室先輩の口調入っちゃったよ。もしかしたら氷室先輩の今の口調って、月森先輩にツッコミを入れているうちに出来上がったのかなぁー。怒りの感情とかでツッコミしてると言葉が荒くなっていくようだし。
「こーら誠、変な想像するなんてまだ時間が早いんじゃないかなー。そういうことはもっと暗くなってからじゃないと」
「し、してない!」
「いや顔真っ赤で言われても説得力ないよ。あたしと桐谷が裸で何かやってるところとか想像したんでしょ?」
「そそそそそんなこと想像してないよ!」
嘘付け、絶対想像しただろお前!
そりゃ女子だって男みたいにそっち方面のことを考えたりするだろうけど、こんな真昼間からやるんじゃねぇ!
というか秋本ぉぉぉぉ! テメェはいらないことを言うんじゃねぇ! 俺とお前が裸で何かしてるところ、とか具体的に言う必要はなかっただろ!
「桐谷、あんた顔が赤くなってきてるけどあたしの裸想像しちゃったー?」
ここで矛先を俺に変えんな! おかげで誠が睨んでるじゃねぇか! 性格悪すぎるぞお前!
顔が赤くなってるのはお前への怒りの感情抱いてるからだよ!
…………ごめんなさい、白状します。少し……いや誠みたいに俺と秋本が何かするってことは想像してないけど、秋本の裸は想像しちゃいました。
でもさ、分かってほしい。俺は今年で16歳になる健全な男であること。秋本本人が『裸』という言葉を使ったということ。そしてその本人が目の前にいるということ。
この条件が揃っているのに想像するなって方が無理でしょ。今なんかわざと胸を強調させたりしてるんだよ。
「話がズレてるぞ」
「…………」
秋本、その「冷静に振舞ってるけど想像したんだ」みたいな視線で見ないで。
俺の対応は間違ってないから。付き合ってもいない女性にお前の裸を想像しました、なんて言える訳がない。それ以前にここは教室だもん。そんなこと言ったら今と別の意味で周囲からの視線が増えるからね。ドMでもないかぎり堪えられません。
それに、秋本。お前に「想像してない」って言ったら「男として大丈夫? 女に興味ないの?」みたいな返事を言うだろ。その流れにはさせない。
「まぁいいや、話を戻そう。相性が良いってのは話してて楽しいって意味ね。桐谷のツッコミとかあたしのツボをよく刺激するし」
「……ツボ……刺激」
誠、言わなくても分かるだろうけど秋本が言っているのは笑いのツボだからな。変な想像は今すぐやめなさい。
それと秋本、お前はもっと言葉を選べ。わざとその言葉を選んでる気がするから。
「それに料理ができるってところも良いね。あたしみたいな女にはさ」
…………そういうことか。秋本の狙いが今ので判った。
「なぁ秋本」
「ん、あたしの策をやる気になったの?」
「俺は好きでもないやつに毎日弁当作らないからな」
「……あたしのこと嫌い?」
「……嫌いではない。だが好きだとは接した時間的に言えん」
「…………毎日じゃなくて偶には?」
「よほどのことがない限り作らねぇよ」
「桐谷ってひでー。大きな借りを作っている相手にも作らないなんて」
弁当を食べるのを目的で問題解決に協力して彼女役をやろうとしているお前にはひでーなんて言われたくねぇよ。
「そもそも、まだお前の解決策は実行されてないだろ。それなのに作れみたいなこと言うな。弁当食いたいなら誠に作ってもらえばいいだろ」
「分かってないなー、男に作ってもらうのがいいんじゃん。それに誠は男っぽいけど女だし、無駄に可愛い弁当作るから遠慮してるんだよ」
「無駄にってなんだよ。可愛いほうがいいじゃないか」
「いや、あんたの弁当をあたしが持ってたらキャラブレるから」
確かに外見は活発で可愛らしいが、中身が男っぽい秋本が持ってたらキャラがブレそうだ。
そして秋本と誠って性格だけ入れ替えれば今よりグッと外見にマッチした少女になったのではないか? と思ってしまった。
生徒会のメンツは今のところ一度本格的に話がズレると、当分は続くのがお約束のようになっている。よって、この後はどうでもいいと思えるような会話で時間は過ぎていった。