第8話 ~少しの変化?~
大空の元に走って、これから起こる事を考えた俺は反射的に目を閉じた。
そして目を閉じてすぐ、カララーンといった感じに軽い物が発した音やキーンといった金属製の道具の発した甲高い音が倉庫に響き渡った。
その後、騒音の余韻以外耳には何も聞こえない沈黙の時間が流れ始める。倉庫にいた誰も言葉を発しようとはしない。
俺が声を発しないのは無痛の時間が終わり、徐々に身体中に痛みを感じ始めているからだ。
「…………ぇ?」
俺の胸辺りから訳が分かってないような声が聞こえた。
視線を下に向けると、パチパチと瞬きをしている大空の姿があった。現状を説明すると、俺が大空を抱き締めている形になっている。
言っておくが別にやましい気持ちがあって大空に抱きついたわけじゃない。落下してきた道具から大空を守るのに1番適していたから頭を守るような形で抱き締めただけだ。
「……平気か?」
「え……あっ、うん」
「そうか……」
大空が怪我をしていないことを確認できたので、抱き締めていた腕から力を抜く。大空から視線を外して周囲を確認すると、見事に落下した道具が散乱していた。
……見事に散らばったもんだなぁ。というか、よくこれだけ落ちてきて大した怪我をしなかったもんだな俺と大空。まぁ大空に怪我があったら、庇った意味がないってなるけど。
あぁ……身体のあちこちが痛い。特に肩とか腕が。このへんに多く当たったみたいだな。内出血してそうだし、あとで腫れてきそうだ。
「……ま、誠!」
秋本は現状を認識できたのか、勢い良く大空に抱きついた。大空の事をよく弄ったりするが、それは秋本なりのコミュニケーションだから大空のことが嫌いではない。というか大空が好きで、仲が良いから弄れるわけだ。
さっきみたいな危ない光景を見たら、今のように抱きついても仕方がないだろう。
「どっか痛くない? 怪我してない?」
「う、うん大丈夫」
「ホ、ホント?」
「ホントだよ。その……助けてもらったから。それと恵那、苦しいんだけど」
何か2人だけの空気になってるなぁ。これが親友のやりとりってことですかねー。
なんだか俺、ここにいちゃいけない気がしてきたよ。というか居づらい。でも仕事が終わってないから立ち去るわけにもいかない。
倉庫の整理整頓具合って最初よりも悪化してるもんな。床を綺麗にしたのに道具と一緒に落ちてきた埃でまた汚れたし、道具は散乱してるし。
まぁポジティブな捉え方をすればだ、下ろす手間が省けたということになる。何か生徒会に入ってから精神が丈夫になってきてる気がするな。
「あ、あの……」
大空たちの邪魔せず、気まずさを紛らわすために散乱していた道具を集めていると声をかけられた。
やっと2人だけの空気が終わったか、と思いながら首だけ回して振り返ると気まずそうな顔をした大空がいた。
なんでこいつはこんな顔を俺にしてるんだ? いつもは攻撃的な顔しかしないのに。そういや顔だけじゃなくて話しかけた言葉も違ったな。いつもなら「おい」って感じだろうし。
「なに?」
「そ、その……」
こいつ、誰? と素直に思ってしまう。
だって別に秋本に弄られて恥ずかしい事を言おうとしているわけでもない。なのに視線を逸らして言い淀んでいるのだ。いつもの大空と違いすぎるだろ?
「な、なんで……んだ?」
「は? 何て言ったんだ?」
何でこう肝心な部分を聞こえないように言うかねこいつ。秋本みたいに弄って楽しんでるわけじゃないから一々聞きなおすのって面倒なんだけどなぁ。
「なんで僕を助けたんだ? 僕は助けてもらえるほど仲良くないし、割とひどいこと言ったりやってたわけだし……」
急にしおらしくなったな。徐々に声も小さくなっていったし。
というかひどいこと言ったりしてるっていう自覚あったのかよ。ならやめてほしかった……過去のことだから変えられないけど。
「なんでってお前は『女』だろ?」
「え……?」
なんでこいつは本気で驚いたような顔をしてるのかねー。俺は何かおかしなこと言ったか?
「なんだよ?」
「今……女って」
「それが何なんだ?」
正直言って意味が分からん。心の中で散々イケメンだの美男子だの言っているが、性別は女って分かってるぞ俺は。それとも何か、本当は男とでも言いたいのかこいつは。
もしそうなら俺はドン引きするぞ。何たって女子の制服を着ている男子になるからな。文化祭とかでもないのに女装する男子がいてたまるか。
「さっきは僕のこと男っぽいって……」
…………。
うん、確かにさっき秋本に聞かれたときに男っぽいとは言った。だけど『男』とは言ってないよな。
大空ってまさか頭がダメな子なわけ? いやまぁー運動できるけど勉強ダメみたいなタイプに見えないこともないけどさ。
「あのさ、男っぽいってだけで誰もお前のこと男だなんて言ってないだろ。男っぽくたってお前は女だろ。それとなんで助けたかだったか。簡潔に言えばお前が女だからだよ」
「……!」
助けた理由は嘘ではないぞ。目の前で誰かに怪我なんかされるのって気分良くないからな。自分がしたら大空達にその思いをさせるんだぞって言われるかもしれないけど。
でも体格とかから考えてみてほしい。一般的に女よりも男の方が身体は頑丈に出来てるだろ?
俺は別に身体を鍛えてるわけじゃないが、背は170cm超えてるからそれなりに体格は良いほうだ。別にひょろいとか呼ばれるほど身体がほっそりしてるわけでもない。まぁ同じ体格で部活動しているやつよりは細いけど。
大空は身体能力が高くて身体を鍛えてるってのは分かる。だけど背は俺より低いし、手足だって太いって印象は受けない。無駄な肉がない筋肉質って感じだから逆に細い印象を受ける。
よって俺と大空、どっちが怪我をしにくいかって考えたら俺だろ。だから助けたってわけだ。さっきも言ったかもしれないが、別に大空に対して下心とかがあってやったわけじゃないぞ。
……まぁ他にも理由はあるよ。もし怪我なんかさせてみろ……うふふって笑い方が似合うドSな副会長さんに何されるか分からないからさ。
「……その……ありがとぅ」
…………。
なんだと!? あああの大空が俺に礼を言った!?
いったいどうしたんだこいつは。急に態度を変えすぎじゃないのか。しかも何か顔が赤いし、まさか体調を崩したのか。……そうだったらいち早く保健室に連れて行かないと、後で月森副会長様に何されるか分かったもんじゃない!
いや待て! 今までの俺と大空の関係を考えてみろ。決して俺と大空の仲は良いとは呼べるものではなかった。寧ろ悪いと言っていいだろう。言ってて何か悲しいけど気にしない。
仲が良くない相手にだ、もし俺が礼を言うとする。そのとき俺はどう思う? ……何か妙に恥ずかしいから素っ気ない感じで言いそうだ。
「(つまり、大空も恥ずかしくて顔を赤くしている可能性がある。というかさっきまで元気だったからこの可能性が高い)」
「……あの」
「(ふぅ……とりあえず一安心だ。さっき怪我はないって確認はしたし)」
「あの……どっか怪我したの?」
「(あぁー何か冷静さが戻ってきたからかまた身体中が痛くなってきやがった……)」
「おい、頭に手を当ててるけど頭が痛いのか?」
「ッ……!」
だぁぁぁぁぁ! 何やってんだテメェェェェェ!
いつの間にか人の目の前に来て、思いっきり道具の当たった腕の部分握り締めやがってぇぇぇぇ!
助けたのに何か恨みでもあんのかコラァァァァァァ!
「――何しやがる?」
「ぇ……あっ、ごめん。その……」
「……そのなんだ?」
「……怪我したんじゃないかと思って……だから」
…………。
………………嘘だろ!?
何かあの大空が俺のことを心配しているようなこと口走ったぞ! こいつ頭でも打ったんじゃねぇのか不安になってきた!
どどどどうする、このままじゃドSなお姉さまだけでなく、真面目な小さな先輩にまで何かされるんじゃないのか。
というか心配して話しかけてきたこいつ睨んじゃったよ俺。それって報告されたらやばいんじゃないか。特に真面目な小さな先輩なら「小さい言うな!」って……じゃなかった。「心配してきた相手を睨むたぁどういうつもりだ!」って言いそうだよ。
いやいやいや落ち着け俺、痛いところを思いっきり握ってきたからって言えばあの人は分かってくれるはずだろ。……よし、大分落ち着いてきた。
「あのさ……僕を庇って怪我したんだよな?」
「……してない」
「してない……って嘘つくなよ! さっき痛がったじゃないか!」
何で逆ギレしてんだよ! 誰だってぶつけた場所を握り締められたら痛がるだろうが! また道具が当たってから時間経ってねぇんだよ! 痛みが引いてないに決まってるだろうが!
「金属とかがぶつかったのに、すぐに痛みが引くと思ってんのかお前?」
「……思わないけど。……でも打撲とかしてるってことだろ。つまり怪我してるってことじゃん」
「何で打撲したって決めつける。別に紫に変色してないだろ」
腕を見せながら大空に告げる。
実際のところかなり痛いのでおそらく最低でも打撲はしてると思う。今は大丈夫だけど、そのうち絶対紫に変色するだろうね。
ならなんで大空に言わないかって?
そりゃ何かあれなわけですよ。目の前にいる大空がね、今まで見せたことがないほどやたらと心配そうな顔してんの。自分を責めてるのか泣きそうに見えるわけ。だからさ素直に痛いとか言えないわけ。いや痛いってことは「痛い」とか別の形で伝えたけどね。
みんなだって子供のときならまだしもさ、高校生くらいの歳ならこういうときこう言うでしょ?
「……ホントに大丈夫なんだよな?」
「そう言ってんだろ。それよりいいからさっさと片付けようぜ。下校の時間もあるだろ」
このままやっていたらそのうち変色してきてバレそうだったので会話をもっともらしい理由をつけて打ち切った。
大空も作業の遅れは理解しているようで渋々といった感じに了承した。
倉庫の整理整頓を再開してからは遅れを取り戻すべき黙々と作業を続けた。
身体の方の痛みは作業をしているうちに引いてきたのだが、腕や、肩の一部分はいっこうに痛みが引かなかった。すぐに確認できる腕を見てみると、予想通り打撲のようで紫色に変色して腫れていた。
……ここまで腫れたの今まで見たことがない。下手したら骨にひび入ってるかもしれない気がしてきた。動くから骨折はしてないだろうけど。家に帰って着替えたら病院に行くべきかもしれん。
「うぅ~ん……やっと終わったー」
秋本は今日一番の背伸びをしている。実に気持ち良さそうな顔をしているなぁ。
だけどその気持ちは分かる。あの埃まみれで道具が散乱していた倉庫の整理整頓が終わったのだ。かなりの達成感がある。俺も腕と肩が痛くなかったら背伸びをしていただろう。
「き、桐……谷」
「ん……」
誰だって思ったが大空か。こいつにおそらく初めて名前を呼ばれたから一瞬誰か分かんなかった。
「あのさ……ホントに大丈夫なのか?」
……お前って過保護だな!
マジで頭打ったんじゃないだろうなお前。ついさっきまでのお前と今のお前、変わりようが凄く異常に思えるんだけど。
というかやべぇよ……今確認されたらさっき嘘ついたのが100%バレる。打撲ってのが分からないよほどのバカとかじゃない限り。あの見た目は高校生、頭脳は子供な天然会長にさえ怪我してるって分かるだろうから大空を誤魔化せるわけないよなー。どうしよう……
「誠、これからどうしたらいいか先輩達に聞いてきて~」
「何で僕が行くんだよ?」
「あたし疲れた。桐谷も肉体労働を1番したから疲れてる。誠はまだ元気、だから誠が行ってきて」
「……分かったよ。でもちゃんとここで待ってろよ」
と思った矢先、秋本が大空を先輩達の元に向かわせた。
助かったぁ……ありがと秋本。お前は助けるつもりなかっただろうけどマジで感謝。口に出したら変に思われるだろうから心の中で言わせて貰うよ。
「……さてと、桐谷」
「……何だよ?」
「誠が行ってる間に保健室行くよ」
……今なんて言った?
何か保健室に行くとか言ったような気がしたんだけど。
「なに呆けた顔してんのさ。さっさと行かないと誠にその腕見られちゃうよ。せっかく誠のために嘘ついて、途中で変色して腫れてるのが分かっても我慢して作業したんでしょ。最後まで貫かないと、意味がなくなるよ。間違いなく誠にバレたらかなり怒ると思うしさ。それにあとで自分を責めるよ誠」
秋本は心配してこなかったから安心してたけど、最初から俺が嘘をついているのがバレていたということですか。
秋本さん、保健室に行くように進めてるように言ってるけどさ。俺からしたら脅しに取れるんだけど。
「――分かった、行く……」
「ほらほら急いだ急いだ」
「なんで背中押すんだよ! そこらへんも怪我してんだぞ!」
そう言ったのにも関わらず、秋本は俺の背中を押し続けた。
痛いのはご免なので、必然的に秋本に背中を押されないように移動速度を上げた。そしたら秋本が速度を上げてきてまた背中を押してきた。
あぁもう、笑顔で背中押すんじゃねぇよ! というか足が速いなお前、絶対中学で部活やってただろ! 陸上じゃなかったとしても陸上部並みの脚力持ってるよな!
そんな妙な追いかけっこをしている内にいつの間にやら保健室の前に来ていた。ドアをノックしてみたが、ドアの向こう側からは返事がない。
「……いないみたいだな」
「そうだねー」
「急いで来たけど無駄足か……」
「でもないみたいだよ」
来た道を戻ろうと歩き始めようとしたら、ガララというドアが開く音と共に秋本の声が聞こえた。確認してみると、予想したとおり保険担当の先生がいないのに保健室の中に入っていく秋本の姿があった。
「えーと……どこに置いてあんだろ」
秋本は保健室の中を歩き回り、棚などを覗き込んで何かを探している。無断で入っている以上、一緒にいる身としては止めないといけない。というか保険の先生が戻ってきたときになんで止めなかったって言われる。でも中に入ってたらそれはそれで怒られるんでは? ……いやちゃんと説明すれば大丈夫だよな。
「おい、無断で入って何やってんだよ」
「何ってあんたの治療に必要な物を探してるに決まってんじゃん」
「いやいや何当たり前のこと聞いてるって顔で返答するなよ。無断でってのはダメだろ」
「無断でも理由を説明すりゃいいだけでしょ。怪我ってのは治療しない時間が長いほどひどくなるもんだから。それに誠が戻って来るまで時間ないんだから、あんたはそのへんに座ってなって」
そりゃ怪我してるから説明すれば分かってはもらえるだろうけどさ……なんでこいつってこう脅すようなことを言うかねー。
それに素直に従う俺もどうかと思う……いや思わないぞ。大空に嘘がバレたら「何で嘘ついたんだよ!」って逆ギレされてボコボコにされるかもしれないし。これは自分の身を守るためにやっているのであって、決して秋本の言いなりになっているわけじゃないぞ。……なんでこんな訳の分からない言い訳してんのかね俺。
「おっ、あったあった。桐谷ー」
「何だよ?」
「服脱いで」
…………何言ってるのこの人!?
普通ここは「腕見せて」とかじゃないわけ! なんで服を脱げって命令が来るの!
「まさか腕動かせないの? まぁ結構腫れてるもんね。仕方がない、あたしが脱がせて上げる」
…………えええぇぇぇぇぇぇ!
いやいやいや何でそうなるの!? というか会ってそんなに時間が経ってない相手になんでそこまでやってくれるの!
「――いやいい! というかなんで服を脱がないといけない!」
「なんでって背中も怪我してるってここに来るときに言ってたじゃん」
……確かに言った。というか、テメェちゃんと聞いてたのかよ! 聞いてたなら背中押すのやめろよな!
「ほら、男らしくさっさと脱ぐ」
「そこに男らしくとか関係ない、言うなら潔くだからな!」
「こら、ツッコミしない。あたしがツボッたらどうすんのさ」
なんで俺が怒られんの!? というか怒ってる顔で言う事がおかしくない!?
「自分で脱がないなら脱がせるよ」
……目がマジだよこいつ。
何か物凄く秋本って肉食系女子って感じがしてきたよ。キスとかにあまり抵抗がないのも強引に男子を食べていらっしゃるから経験が豊富な所為?
普通はそういう女子と今みたいな状況なら興奮するのかもしれないけど、俺は怖いって気持ちで一杯。言う事聞かなかったら怪我してるところを叩かれたりしそうだもん。
Mじゃないからそういうのはガチで嫌だ。大人しく脱ごう。別に上だけなんだ、そこまで恥ずかしがることはないだろう。秋本だって俺の身体を見たからって赤面しないだろうし。俺と違って初心ではないと思うから。
「うわぁ……痛そうだねー」
「そう思うんなら指で突くなよ!」
「ごめんごめん」
笑いながら謝られてもこっちは謝られた気しないからな。
「……もう自分でやるから湿布よこせ」
「ダーメ」
「ダメって……」
「桐谷は自分で見れないところにちゃんと張れんの?」
「ちゃんとは分からんが、大体は張れると思うぞ」
「ちゃんとじゃないならダメー」
何なのこいつ。急に子供っぽい感じになってきたぞ。というか無駄にしていい時間ってないよな。
「いいから寄越せって。自分でやったほうが早い」
「何それ、まるであたしが下手みたいな言い方はさー」
別に下手とは言ってないだろ。自分で適当に張った方が早く終わるって言ったんだよ。
……まぁ何かがさつにやりそうな感じがしないこともないけど。
「何かお前、乱暴に張りそうだから怖いんだよ」
「あんたって女子に向かって乱暴とか怖いとか失礼なこと言うねー。誠みたいに怪我したところを握り締めたりしないよあたしは」
お前は軽く注意するねー。普通の女子なら怒って言ってる気もするよ。というかお前ってよく見てるんだね。
「とりあえずあたしに任せなって。時間もないんだからさ。それにあたしみたいな美少女に手当てしてもらえるなんて滅多にないんだからさ」
……分かったよ、実際に時間もないしとりあえず任せてやるよ。乱暴にした瞬間に自分でやるけどな。
それと最後の一言はいらねぇよ。確かに美少女に手当てされるなんて生まれて初めてだけど。
「……!」
「冷たいだろうけど、がまんがまん」
お前に言われなくても分かってるよ。さすがに湿布を張ったことはあるからな。冷たいのは分かってんだよ。
というか張るの早いなこいつ。指に引っ付いたり、湿布がしわしわにしてしまってる感じがしないし。かなり手馴れてる感じだ。
「……はい、おしまい。服着ていいよ」
手当てに文句を言えるようなことが一切なかったので、もう黙って従うしかない。腕や肩付近の痛みに耐えながら脱いでいた服を着る。
「次は腕見せて……うわぁー肩とかより腫れてんじゃん」
「そう思うなら触ろうとすんな!」
何なんだお前、さっきからやたらと触ろうとしやがって! 痛いって分かってるなら湿布を張るとか以外で触ろうとすんなよな!
「もぅ……心配してんのにそんな言い方ないじゃん」
「……泣きそうな顔でそう言えば誤魔化せると思うなよ」
「……意外と鋭いやつだね」
また余計な会話で無駄な時間を使ってしまった。と言いたいのだが、秋本の手当てがテキパキしているので簡単にリカバリーされてしまい、文句を言うに言えない。
「ねぇ……」
「今度は何だよ?」
「……正直に言うけどさ、痛いのを我慢するのはバカのすることだよ。さっきも言ったけど、怪我は手当てが遅れるほどひどくなるもんなだから」
今更そんなこと言うのお前。お前って俺が大空に嘘をついてるの分かってたのに、大空がいなくなるまで黙っててくれたよな。
「黙認してたやつが今更説教か」
「そりゃあんたってまたやりそうだからね。あたしが今回黙認してたのはあんたが誠のために嘘をついたってことが、あたしの誠が自分を責める姿を見たくないってのと一致したから」
つまり親友のために協力しただけであって、大空がいなかったら別の行動を取っていると。この治療も後々大空が自分を責めにくくするためにしてるってことかねー。
「何か誤解してるような顔をしてるから言っとくけど、あたしは誠がいなかったら即行であんたを保健室に連れて行ってたからね。治療は早いほうがいいんだから」
「……そういう考えなら、何で黙認したんだよ? 骨に異常があるほどの怪我かもしれないってのに」
少しでも早く治療しないっとって考えなら、大空のための黙認でもあるとはいえ、念のためってことで俺を保健室に行かせることはできたんじゃないだろうか?
「骨には異常がないって思ったから黙認したんじゃん」
「なんで異常がないって思ったんだよ?」
お前は医者でも保険の先生でもないだろ。
「骨に異常があるなら痛みを我慢して作業できるわけないじゃん。重い物とか痛みで持てないだろうし。仮に持てても、激痛に耐えながら作業してたら脂汗をびっしりかくでしょ。あんたはちゃんと作業できてたから我慢できる痛みってことだし、脂汗もかいてなかったから大丈夫って思ったの」
……どれだけ人のこと見てるんだよこいつ。そこまで言われたら何も言えねぇじゃねぇか。実際に骨に異常があるやつを見たことがあるような感じだったし。もしくはそういう怪我を体験したことがあるのかもしれないけど。
「……まぁ説教みたいなことしちゃったけどさ。誠を助けてくれてありがとね。男らしかったよ――」
……なんだよ、今度は急に笑いながらお礼言いやがって。しかも褒め言葉つきで。
お前は普通に言ったつもりだろうけど、俺みたいなやつにはかなり嬉しいんだぞ。
そもそも美少女が笑いながらそういうこと言うんじゃねぇよ。こういうことで自分に気があるんじゃないかとは思わないけど、お前と仲良くなりたい! って感情が湧いてくるだろうが……。
「――あたしの中での評価が、『面白い奴』から『面白くて少し男らしい奴』になるくらいにはね。はい、終わり!」
「ッ……!」
このバカ野郎ォォォォォォ! 怪我の状態が分かってるのに思いっきり叩くやつがあるかァァァァァ!
今日1番痛い思いしただろうが! 何が大空みたいなことはしねぇだ、思いっきり大空よりこっちが痛い思いすることしたじゃねぇか! この嘘つき女!
前言撤回だ! お前みたいな男心を弄んだ挙句、人を安心させてからは怪我したところをぶっ叩くようなやつとは仲良くはならなくていい!
「あっ……ごめんつい」
「ついじゃねぇよ! 1番痛い思いしたわ!」
「えっと……マジで怒ってる?」
「怒ってないと思ってんのかお前! あやうく泣くかと思ったわ! というかこれで怒らない奴は痛みが快感って思えるようなドMの変態しかいねぇよ!」
「……ごめん」
…………くそ、女って卑怯だ。
本気で落ち込まれたらこれ以上怒るに怒れんじゃないか。何か別にこっちが悪いわけでもないのに罪悪感が湧いてくるし。……イケメンでない男って悲しい生き物なのかもしれない。
「……手当てしてもらったからそれでチャラってことにしてやる」
「……ホントに?」
「あぁ……気まずい感じになってたら大空に何かあったかって疑われるだろ」
大空のときも思ったけど、お前もがらっと変わり過ぎで誰だか分からなくなるからさ。頼むからいつものさばさばしてフレンドリーなお前に戻ってくれ。
「……それもそうだねー。そんじゃ急いで戻ろうか」
……戻ってくれと思ったが、ここまで一気に戻られるとなんか腹が立ってくるな。いや我慢だ、我慢しないと水の泡になるし問題でも起きたらまずい。
「……ところで治療が終わってから言うのも何なんだが、このまま戻ったら大空にバレないか?」
肩や背中とかは服を着ているから湿布を張っているのはバレないけど、今着ている服は夏服だから腕は丸見えだ。しかも腕にはご丁寧に包帯も巻かれてる。
「それは大丈夫でしょ」
「なんで?」
「発想変えなって。腫れないようにするために張ったって言えばでしょ。包帯は剥がれないようにするためって言えばいいじゃん。まぁそのへんはあたしから誠に言ってあげるから心配しなくていいよ。てなわけでさっさと戻るよー」
秋本はそう言うとドアの方へ歩き始めた。
あまり考えてなさそうだから不安なのだが、なんだかんだで考えているやつだとさっき分かったのでとりあえす任せてみるか。ダメなときのために俺のほうでも考えておけばいいわけだし。