第36話 ~美咲との夏祭り その1~
夏祭り当日。
日が傾き始めた頃、俺は美咲との待ち合わせ場所である神社の鳥居に向かった。
待ち合わせ場所に近づくに連れて、人口密度が増して行く。仲良く話す子供たちや子供と話す親たちはいいのだが、年頃の男女が楽しそうに話してる姿を見ると……今年はこれといって何も思わない。
きっと待ち合わせの相手が妹たちではなく美咲だからだろう。
もし今日が妹たちとだったなら、いま目に映っている光景を見たら考えるまでもなく家に足を向けていたことだろう。せがまれた場合は、いやいや祭りに行って妹が満足するまで家に帰らないだろうが。
……思ってた以上に人がいるなぁ
今年の祭りって例年と何か違うのか? それともただの偶然か?
などの疑問も浮かんだが、俺と美咲が待ち合わせ場所にしたところって他の人たちも待ち合わせにしているのではないか。ちゃんと俺は美咲と会えるのだろうか、といった疑問が湧いたため、すぐに頭の隅に消えてしまった。
ケータイは持ってきているが……
待ち合わせ場所付近で多くの人間がケータイを使った場合、混線してしまうのではないだろうか。
そうなった場合、人ごみを掻き分けながら美咲を探すことに……お互い探し回ると見つからないんじゃないだろうか。
考えれば考えるほど嫌な気分になってきた。だけど帰るわけにはいかない。体調は悪くないし、美咲との約束以外に用事もないから。
……急用が入る気配は0に等しいしな
まぁそもそもの話。俺に電話をかけてくる人間自体が少ないんだが。
かけてくる可能性があるのは家族と美咲……それに千夏先輩や氷室先輩くらいか。比較的多いのは買出しの途中で冷蔵庫の中身を確認するためにかけてくる亜衣。それと生徒会活動について連絡してくる千夏先輩か。
冷静に考えてみると……俺ってケータイ持ってる意味あるのだろうか。
外出してるとき以外は、ほとんど電話やメールくらいしか使わないし、自分からすることはないに等しい。
ケータイを持ってない人からすれば「持ってるんだから使えよ」ってなるだろうけど、俺の部屋にはパソコンがある。調べものなどをするときはパソコンを使う。だから家に居る間はケータイよりもパソコンを触っている時間の方が多い。
「……くだらないことを考えてる間に着いてしまった」
……どうしよう。
予想してたとおり待ち合わせ場所人でいっぱいだし、電話も混線してるみたいだ。ケータイのこと考えてて、美咲を探すための有効な手段は考えてないぞ俺。早く美咲を見つけないと、あとできっと怒鳴られる……かもしれない。
いや、落ち着くんだ俺
なんで美咲が先に着いているという前提で考えているんだ。
俺のほうが先に着いているという可能性も充分にある。浴衣とか着てたり、ゲタを履いてたりしていたら移動は遅いだろうし――
「…………」
――なんて考えてたら、鳥居にスペースがあるのが気になった。人であふれているのに鳥居から2、3メートルもスペースがあるのはおかしいからだ。
人ごみを掻き分けながら鳥居に近づくと、うなじあたりで髪を結んでいるボーイッシュな服装の女性が鳥居に寄りかかっているのが見えた。
あの顔にへそを出した服装、間違いなく美咲だ。
へそを出している服装で判断するのはおかしい気もするが、再会してからの美咲は俺の見た限り、いつも服装って全部へそ出していた。そのため俺の中では『へそ出しスタイル=美咲』というものが確立しつつある。
それにしても、周囲の人が美咲から離れているせいだろうか。とても美咲に近づきがたい雰囲気を感じる。でも俺から声をかけるしかないよね。
「えーと、美咲……さん」
「ん?」
近づいて声をかけると、美咲は顔だけこちらに向けた。
関係ないのだが、周囲の人間から「あの男、あの子の連れなのか」みたいな視線をひしひしと感じる。美咲さんは俺が来る前にいったい何をしたんでしょうねー
「あぁ、やっと来たんだ」
「待たせてすみません」
「別に待ち合わせの時間より前だから謝らなくていいよ。というかさ、なんであんた敬語で話してるわけ?」
美咲さんが怖いからです。なんて、俺は会長のような勇者と書いてバカと読む人間じゃないので言えません。
「いや、なんか少し機嫌が悪そうだったから怒ってるのかなぁと」
「ああー、それはごめん。あんたが来る前に声をかけてきた男どもがいてさ。それでちょっとイライラしてね。別にあんたに怒ってるとかじゃないから安心しなよ」
「そ、そっか」
安心できるようで安心できねぇ。
声をかけてきた男たちがどうなったがすごく気になる。周囲の人たち、美咲に近づかないようにしてたし。いったい美咲は何をやってたの? って聞きたいけど、聞いても美咲の機嫌が良い方向に向かう可能性は0だろうから言わないでおこう。誰だって見知らぬ他人より自分の方が大事だし。
「まぁ無事に合流できてよかったよ」
「そうだね。昔あんたと行った時よりも遥かに人がいるし」
「そうだったか?」
俺としてはあまり変わらない……というか、そのときに視界に映ってた大抵の人間って腰までだったからよく分からない。
まぁ抜群の記憶力を持つ美咲が言うのだからそうなのだろう。
「あんた、人の数くらいは印象に残るでしょ。いったいあのとき何を見てたわけ?」
「お前みたいに記憶力良くないんだよ。これだけじゃ納得しなさそうだから質問に答えるとだな――」
……俺、何を見てたっけ。
やばい、やばいぞ。冷静によく思い出してみると、これといって何も印象に残ってない。なんで俺は質問に答えるなんて言ってしまったんだ。よく考えてから口にしろよ俺。
「――その……だな……」
「……ねぇ、別に昔のことで怒ったりしないから正直に覚えてないって言っていいよ」
ははは、なんだろう。いつも無表情で淡々と話す美咲が、優しい笑みと声で言ってくれてるのに傷ついている俺がいる。優しさは時に人を傷つけるって言うけど本当だね。今回の場合、本来の意味とはずれている気がするけど。
「悪い。浴衣姿のお前くらいしか印象に残ってない」
「……は?」
…………何を言っちゃってるの俺!?
今のじゃまるで、あのとき俺が美咲ばかり見てたみたいじゃないか。美咲が「何を言ってるの?」って顔するのは必然だよ。
なんて考えてないでどうにか対処しないと。
「ご、誤解するなよ。別にお前ばかり見てたってわけじゃなくてだな。このあいだお前、俺の家に来ただろ? あのときちょうどお前と夏祭り行ったときの夢を見てさ。だから印象に残ってたって話で」
「……ふふ」
どうにか弁解しようと考えながら言葉を発していると、美咲が軽く笑った。
「なに必死になってんの。別に誤解なんてしてないから落ち着きなよ。そもそもの話、浴衣姿の私が印象に残ってたっておかしくないでしょ。浴衣なんて普段着ないんだから」
「そ、そうだな。ふぅ……」
「まぁあんたが浴衣フェチとかだったら話が違ってくるんだけどね」
子供がいたずらをするときに浮かべるような笑みで言われた一言は、俺をマニアックな人物だと誤解されかねないものだった。
「そんなわけあるか!」
「へぇ、じゃあ見たくないの? 私の浴衣姿」
……それは……見たいか見たくないかのどちらかと言われたら見たいけど。俺だって男だし。
普段髪を下ろしてる子が髪を上げたり、活発な子が落ち着いて見えたりとか、浴衣姿ってのは普段とのギャップを見ることができる。
今の美咲が浴衣を着たならば、そのへんの大学生よりも落ち着きがあって大人びているお姉さん的な感じになるだろう。
「……見たくないことはない」
「ふふ、あんた昔より素直になったね」
お前は昔よりも性格が悪くなったよな。
それと、優しさの見える笑顔でこっちを見るんじゃねぇよ。
「お前は子供の成長を喜ぶ親かよ……」
「ごめんごめん、謝るからそうふてくされた顔しないでよ。お詫びに浴衣姿を――」
え、浴衣姿を見せてくれるの!
って何を喜んでいるんだ俺は。口に出してたら完全に、さすがあの生徒会のメンツだけあるぜ、みたいなことになるじゃないか。生徒会の本性を知ってる人ってほとんどいないから自分で自分を責めるだけなんだけど。
でも美咲が見せてくれるというのだから見てもいいだろう。お詫びってことだから断るほうが美咲にも悪いだろうし。
「まあそれなら」
「――見せようかって言いたいところだけど、私いま浴衣持ってないんだよね。分かってると思うけど手元に、じゃないから。まぁ家にもないんだけどね」
「……なら言うなよ」
「いやさ、あんたたちと会わなくなってから祭りに行ってなかったから、今の背丈に合う浴衣持ってないのよ。というか、なんでそこまで落ち込んでるの? やっぱ浴衣フェチ?」
「違うって言っただろうが!」
いったいなんなんだよ。
どうして今日のお前は、そこまで俺を浴衣フェチとか言っていじめてくるの。そりゃお前はSかMか言われたら、見た目も性格もSだけどさ。
「はぁ……祭りを楽しんでないのにどっと疲れた」
「ちょっ」
肩を落とした矢先、美咲が少し慌てた様子で俺の服を掴んできた。
俺は疲れたとは言ったが、別に帰る素振りはしていない。それなのになぜ?
「どうしたんだよ急に」
「いや……あんたが帰ろうって言い出すと思って」
「一緒に来てるのが亜衣とか由理香だったら言ってるだろうが、お前相手に言わねぇよ」
お前相手に理由もなく帰れるなんて思ってないし、今回のことで生徒会から受けたストレスを発散しようと思ってるんだから。
「お前が帰るって言うまでは付き合うさ」
「そ、そう……」
おい、なんで視線を逸らしての返事なんだ。しかも何か言わなくちゃいけないけど言うのが躊躇われるみたいな顔をして。
お前は普段感情を顔に出さないから、感情を出したときは案外分かるんだからな。
顔を会わせない期間があったとはいえ、昔は従姉じゃないなら幼馴染と呼べるくらい顔を会わせていたんだから。
「美咲、お前俺に何か隠してないか? 待ち合わせとかの電話も最低限の会話だったし、今日は普段と違って俺を弄ったりしてきたよな。まるで会話を長引かせて、ここから移動しないようにしているかのように」
「…………」
「……言わないなら帰るぞ」
ついさっき美咲が帰るまで付き合うと言ったが知ったことではない。何か隠された状態で付き合ってられるほど俺は心が広くない。
というか、気になって気になって仕方がなくて気分転換できそうにない。
「その……ごめん」
「謝ったってことは何か隠してたんだな。何を隠してたんだ?」
「……実はさ、あんたを夏祭りに誘ったのって……私の知り合いがあんたに会わせろってうるさかったからなんだ」
つまり美咲が俺とデートとかしたいわけじゃなくて、ただ友人に俺を会わせるためだけに誘ったと。
……いやまぁ、デートとかじゃないってのは分かってたけどさ。でも思春期の男の子だから少しは期待しちゃうでしょ。美咲は従姉とはいえクール系美人だもの。
にしても、俺に会いたいってやつって何を考えてるんだろうな。
俺はイケメンでもないしお金持ちでもない。家事をやってることを除けば、そのへんにいる顔・学力共に平凡なただの高校生だ。そんな俺に会いたいって物好きにもほどがあるだろ。
なんて思っていると、カツカツというゲタで走っているかのような音が耳に聞こえた。徐々に聞こえる音が大きくなっていることから、こちらに近づいてきていることが分かる。
音がするほうに視線を向けると、息を切らしている浴衣姿の女性がいた。
ひざに手を置いて立ち止まっていることと、髪を上げているためうなじが見える。それに走ってきたからだろうが、頬が少し赤く染まっている。これに加えて、ほんのり汗を掻いていることもあってグッとくる色気のようなものがある。
「ご、ごめん美咲……遅くなっちゃって」
「理沙……」
「……えっと、なにそのあたしが間の悪いタイミングで登場したってのを物語ってる顔は」
おぉ、さすが美咲の友人だけあって美咲の感情を読むのが上手い。
まあ名前で呼び合ってる時点でかなりの仲だってのは分かるんだけど。美咲が下の名前で呼ぶ、自分の名前を下で呼ばせる相手なんてなかなかいないだろうし。
中学と最近のことは知らないけど、小学生のときは俺とかを除いてはみんな苗字で呼んでたはずだし、みんなからは綾瀬さんって呼ばれてた……はずだ。昔のことだから記憶が曖昧だな。
「まさか美咲、今日のこと言わないで連れてきたの?」
「いや……一応言ったよ」
「(ほんの数秒前にな)」
「その言い方からしてさっき言ったんでしょ。まったく、美咲のとって特別な人だってのは分かるけどさ、段取りはちゃんとしないとダメでしょ。さてと、はじめまして重森理沙です」
このタイミングで挨拶するなんてどういう神経をしているんだこの人。
挨拶の前にツッコむべきところがあった気がするんだけど。俺が美咲にとって特別とかあたり。
「えっと……」
「桐谷真央さん……って同い年だっけ。桐谷くんでいいよね?」
「え、えぇまあ」
「いやー会えてよかったよ。男の気配が全くしない美咲に男の知り合いがいるって聞いたときからずっと気になってたんだよね」
な、なにこの人。初対面なのにすっごく押しが強いんだけど。
俺としては一定の距離を保って話したい。だけど重森さん、ガンガン行こうぜって感じにどんどん距離を詰めてくる。
美咲、ヘルプ! と視線で訴える行動を取った俺は全くおかしくないだろう。
美咲も俺の気持ちを察してくれたのか、すぐさま俺の視線の意味を理解してくれて重森さんに話しかけた。
「ちょっと理沙」
「ん、あぁーはいはい分かってるって。別に取ったりしないから」
「全然分かってないじゃん」
「にしても、桐谷くんって美咲が言ってたとおりの子だね」
この人やばいよ。下手したら会長よりもやばい人だよ。いくらなんでも自分のペースで話を進めすぎでしょ。
実際に何か起こしたわけでもないのに女番長と恐れられている美咲を、ここまでスルーして話をするのはこの人くらいだと思うレベルの進め具合だし。美咲の知り合いの中でも最も親しい部類に入るであろう俺でも無理だよ。
って、そんなことを考えている場合ではないぞ。いまこの人、俺が美咲が言ったとおりのやつだって言ったよな。美咲がどういう風に言ったのか気になる。そのへんにいる平凡、みたいな感じだろうと思ってはいるけど。
「理沙、人の話を聞きな」
「美咲はなんて?」
「――ッ、真央!」
そ、そんなに怒鳴るなよ。
しょうがないじゃないか。俺に関係することなんだから気になるわけだし。
「まあまあ美咲、落ち着きなって。そんなに怒ってるとしわが増えるよ」
「あんたが黙れば怒らないわよ!」
「きゃ~、怖~い」
人を殺せるんじゃないかって思えるほど鋭くなってる美咲の目に直視されているのに、笑顔でふざけるなんて重森さんパネェ!
きっと今の美咲を目の前にしたら、最近Mッ気が出てきたあの変態の秋本でも無理なはず。
「あんたね……!」
「そんなに人を殺せそうな目で睨まないでよ。そんなんだから女番長とか言われるんだよ」
ねぇ重森さん。あなたは美咲を落ち着かせようとしてるんじゃなかったの?
はたから見ている限り、落ち着かせようとしてるようで、美咲がさらに怒るように弄ってるようにしか見えないんですけど。
「決めた……あんた殺す」
「きゃ~、桐谷くんたすけて~」
重森さんは悲鳴とは思えない悲鳴を上げながら俺の背中に隠れた。美咲の視線は、必然的に重森さんを追うので俺の視界にブチ切れている美咲の姿が映る。
や、やばい……今の美咲の目は2、3秒くらいでも直視したら蛇に睨まれたカエルのように身体が硬直するレベルになってる。正直に言って怖過ぎだ。
海に行ったときにいた、誠に成敗されたあの男たちも一目散に逃げ出すことだろう、なんて考える場合じゃない。
「あっ、さっきの続きだけど」
「この流れで!?」
「真央……退きな」
美咲の鋭くなった瞳が、後に続く言葉は「そいつ殺せない」ではなく「退かないならあんたも殺す」と物語っている。
そのため即行で退こうとしたのだが、重森さんはぴったりと俺の背中に張り付いてきた。
「桐谷くん、盾が逃げちゃダメでしょ」
「いやいや、俺はあなたの盾じゃないから!」
「あれ? 桐谷くん、なんか聞いてたキャラと違う。顔は中の中、成績も総合的に中の中、性格は同年代より落ち着いてるって聞いてたんだけどな」
「今の状況で落ち着けるわけないでしょ!」
「それは確かに。美咲怖いもんね」
笑顔で俺に聞かないでよ!
あなたは俺を美咲のターゲットにして、そのうちに逃げる算段でも立ててるんじゃないかって思っちゃうでしょ。
「さてと、あたしはそろそろお暇しようかな」
「ここまで美咲を怒らせて逃げんの!?」
「うん。痛い目には遭いたくないものでしょ?」
分かってるなら何でやったんだよ!
あんた、そのうち絶対痛い目に遭うぞ。というか、遭わなかったら不平等だ。
「それに、桐谷くんならどうにかできる。と、あたしは信じてるから」
「出会って間もない相手を何で信じるの? それに、ここまで怒った美咲をなだめたことなんてないんだけど」
「あっ、待ち合わせに遅れちゃう。じゃあ、あとはごゆっくり」
重森さんは、ふたりでデート楽しんでね、みたいな意味がこもっているにやけた顔で逃げて行った。
おいおい、ブチ切れてる美咲さんどうするのよ。俺があんたの代わりに1発殴られろとでも?
いや、1発で済むのなら殴られてもいいけどさ。それくらい美咲切れてるし。
はっ!? 俺は何を考えているんだ。美咲に殴られてもいい? アホか。なんで俺が何かしたわけでもないのに理不尽な目に遭わなくちゃいけない。
そもそも今回の場合、全てにおいて俺は被害者。あの人の代わりに美咲に殴られるなんてごめんだ。でも……誰かが美咲を止めないとダメだよね。
と思いながら振り返ると、顔に手を当ててため息をついている美咲がいた。
「……美咲?」
「……ごめん」
「はい?」
「隠し事して待ち合わせした挙句、あんなバカと会わせちゃったじゃない。だから……ごめん」
……美咲さん、落ち着いてるよね? 俺に謝ったんだから落ち着きを取り戻してるはずだよね?
…………やったぁぁぁぁぁッ! 俺、助かったんだぁぁぁぁッ!
「……帰ろっか」
「は? なんで?」
「あんたも理沙とかの相手して疲れただろうし……それに、私なんかとふたりじゃ楽しくないでしょ」
美咲を言い切ると、こちらの返事を待つことなく歩き始めた。
俺は急いで美咲の後を追い、人を立ち止まらせるくらいの力で美咲の腕を掴んだ。
「勝手に決め付けて帰るなよ」
「でも……間違ってないでしょ?」
「確かに間違ってない――」
「ほら、やっぱ……」
「――けどそれはあの人とのやりとりで疲れたってことだけだ。お前とふたりなのが楽しくないなんて思ってない」
はっきりとした声で言い切ると、こちらに顔だけ向けていた美咲が身体ごと振り返った。
「むしろ……」
「……なに?」
「……その……なんだ。お前とふたりだってことで今日は楽しめるって思ってたんだ」
あぁ……下手したら誤解される言い方だよな今の。
でもここで生徒会のメンツを話に出しても意味がないし、美咲にそいつらと行けば? みたいに言われたりするかもしれない。
ストレス発散のために来たってのに、ストレスを感じさせる人間と一緒に祭りを回れるわけない。だから美咲に帰ってほしくない。
「というか、あれだ。理由はどうあれそっちから誘ったんだから帰るな」
「ちょっ!?」
強引に美咲の手を引っ張りながら歩き始めると、美咲はよろけたのか声を上げた。
そんな美咲に俺は、「最低でも俺が満足するまでは付き合え」とだけ言い、視線を美咲から外して前を向いた。
……あのときとは逆だな
あの日夢で見た美咲との昔の記憶。そのときは美咲が俺を引っ張っていた。
いま思えば、あの日を境にして美咲と顔を会わせる回数が減っていったような気がする。中学に入ってからは全く会わなかった。
顔を会わせなくなってからの3年で、俺の中で美咲との関係は大きく変わった気がしていた。いや、距離感が分からなくなったと言ったほうが正しいかもしれない。
何せ、顔を会わせなくなってから俺が美咲のことなんて忘れていた、と言えるくらいに美咲のことを考えてなかったからこと。これに加えて、従姉としてだけでなく異性として見てしまうようになったからだろう。
……だけど
昔と同じ、とまで言えないが、美咲とのやりとりも昔に近くなった。多少昔よりも俺のほうが立場が下になった気もするが……まぁ、美咲を怒らせたりしなければ問題ないだろう。
美咲はどんな風に思ってるんだろうな……
俺と同じように距離感が分からなくなったりしたのだろうか。
と思って、チラッと美咲の顔を見てみたが、昔のように感情を表に出さないのでさっぱり分からなかった――わけじゃない。あんた強引、みたいな目でこっちを見てたから。
下手をすれば後で怒られる……とまでは行かなくても、小言を言われるかもしれない。だけどそれでいい。
言っておくが俺はMじゃないからな。バカなことをしたりした俺を美咲が説教するっていう昔のやりとりになるからいいって言っただけで。
……とにかく今日は祭りを楽しむことにしよう。曖昧になっている俺たちの距離を従姉弟っていう距離に戻すために




