第34話 ~夏祭りに誘われる~
……夜のように暗い。
いま目の前に映る風景を簡潔に表すならこの一言に尽きるだろう。ところどころ明かりが見えもするが、微々たるものだ。
なんで俺はこんなところにいるのだろうか?
『遅い。さっさと歩く』
突然、幼いが力強さのある声が聞こえた。
声の主は、青を基調とした浴衣を着た女の子だった。
不思議だ。俺は……この女の子を知っている気がする。
顔はよく見えないというのにおかしな話だ。
だが知っている気がしてならない。いったいなんで?
『別に祭りは逃げないんだから、そんなに急がなくてもいいだろ』
女の子とは別の……男の子の声が聞こえた。
しかもまるで自分が言ったと思えるほど近くからだ。
あたりを見渡そうとするが、別の意思が身体を乗っ取っているのではないかと思ってしまうほど、まったく身体が言うことを聞かない。
『楽しめる時間が短くなるでしょ。ほら急ぐ』
『ちょっ、急に引っ張るなよ』
状況からして女の子が強引に男の子を引っ張っているはずなのに、俺が女の子に引っ張られている。
……俺が男の子なのか?
いや、俺が男の子が見ているものを見ていると言ったほうが正しいか。
それなら俺の意思で身体が動かない説明がつくし、寝ていたはずなのに目を覚ますと訳の分からない状態なのも、いま見ているものが夢だとすれば理解できる。
夢を見ていると、夢を見ているときに分かるときがあるしな。まぁそのうち本当に目が覚めるだろうから、この夢を目が覚めるまで見るとしよう。
『どうしたんだよ。お前、何かいつもと違うぞ』
『当たり前でしょ……せっかくふたりっきりなんだから』
『なんだって? ブツブツ言わないではっきり言ってくれよ』
『うるさい、黙って歩く!』
……これと似たような光景を見たことがあるような気がする。
たしか……小学生のときだったか。
日頃から亜衣たちの面倒を見ててあまり遊んだりできなかったから、美咲の両親が亜衣たちの面倒を見てくれると言ってくれたんだっけ。それで俺は、美咲とふたりで夏祭りに行った。後で亜衣たちも来たんだったかな? 何年も前のことだからはっきりとは覚えてないな。
って、亜衣たちはどうでもいいか。
美咲と一緒に夏祭りに行ったときが、いま見てる夢そっくりなんだよな。男の子の言うセリフが俺っぽいし、女の子の今の理不尽な怒り方とかあのときの美咲と同じだし。
……よく考えてみると、単純にそのときのことを夢で見てるんじゃないだろうか?
男の子と女の子の会話は、そのときの俺と美咲にそっくりだし、状況も同じような感じ……。
「……うぅん」
…………。
………………なんでいまさら、あんな昔の夢を見たんだろう。
別にこれといって印象に残ったことなんてないはずだけど……いやあるか。なんであのときの美咲は理不尽にキレたり、俺には全く聞こえないボリュームの独り言が多かったのかとか。
「……おはよう」
「ふぁ~、おはよう…………11時半か」
正確には11時32分。
まだ昼にもなってないのか。昨日結構課題やって、寝るのが遅かったから眠いなぁ。あと2時間くらい寝るか。
今日は生徒会もないし、買出しとかは亜衣がやるって言ってたから、いつまで寝ても問題ないし。
「おやすみ……」
……って、待てよ。
俺、誰かと挨拶交わしたよな。いったい誰と会話したんだ俺は。
声から判断して、亜衣でも由理香でもなかったぞ。親は仕事で家にいるはずがないから候補から除外。 となると家族以外……まさか生徒会の誰かなんじゃ、ってそれはないか。今の俺なら生徒会の誰かなら声で分かるし。
そもそも俺の部屋に無断で入っているんだぞ。俺または出迎えたであろう亜衣と面識がある人間のはずだ。声も聞き覚えがある気がしたし。となると……必然的に誰か浮かびそうなんだが、浮かばない。
やっぱねみぃ。もう寝ようかな……でも誰か確認してからのほうがいいよなぁ。
なんて考えながら、のそのそと声がした方に寝返りを打ってまぶたを上げると、呆れ顔でこちらを見ている女性がいた。
「…………みっ!? ――ッ!」
……痛ってぇ。壁に頭ぶつければ痛いのは当たり前だけど。
にしてもまさか、驚いて壁に頭をぶつける日が来るなんて思わなかった。そんなに慌てたり、ドジなやつじゃなかったはずなんだけどな俺。
まぁ痛みで完全に目が覚めたけど。
「……あんた、大丈夫?」
声の主は、俺の従姉である綾瀬美咲だ。
今日もこの前来たときと似たような服装だが、ジャケットは脱いでイスにかけている。イスにかけているのはジャケットだけでなく、美咲自身もかけているが。
というか美咲さん。
なんであなたは俺のイスに足組んで座って、片手には本という今まで読書してました感を出してるんですかね?
なんて疑問よりも前に……ミニスカートで足組むんじゃないよ!
何でかっていうと、何か個人的にTVとかに出てくる水着姿の女性よりもエロく感じる。
エロさを感じるのは脚だけじゃないぞ。何たって美咲さん、おへそ丸出しだからね。真っ白な肌やら綺麗なくびれやらやばいよ。このへんがフェチの人なら一目で悩殺もんくらいやばいよ。
それに、他にもやばいところあるよ。
美咲さん、秋本並みに大きな胸なんです。本を持っていないほうの腕を胸の下にやってるから、それが強調されてる感がすっごいです。胸の谷間もチラッとだけ見えます。
「返事ないけど、まさか打ち所悪かったんじゃ」
「ストップ、痛いけど大丈夫だ!」
だからお願い動かないで!
言っとくけど、別に美咲を鑑賞したいからとか不純な理由じゃないぞ。
そもそもこのままだとね……俺にだって性欲はあるから元気になるよ。具体的なこと言わなくても、会長みたいなお子様以外は分かるはずだよね。
はぁ……正直こういうことは千夏先輩とか秋本が口走る分野なんだけどな。
でも仕方ないよな。元気になったのを美咲に見られでもしたら、殺されるかもしれないもん。俺の命そのものか、子孫を残すために必要なものだけかは分からないけど。
「あっそう……ならいいけど」
「ふぅ……それで今日はいったい何のようなんだ? と言いたいところだが、いったん部屋から出てくれ」
「なんで?」
「なんでって……」
そんなの下がパンツ一丁だからに決まってるじゃないですか。
なんて言えないよねぇ。言ったら間違いなく「なっ……下ぐらい履いて寝な!」みたいな感じに怒鳴られるもん。
今はタオルケットで隠れてるから美咲には見えてないから安心だけど、このまま会話を続行すると美咲の用件次第だが高確率でバレる気がしてならない。
……見えてないって思ったけど、さっきまで俺寝てたんだよな。どれくらいかは分からないけど、美咲は俺の寝ている姿を見ているはず。
こう考えると、そのときに見られたのではないか? と不安になるぜ。そのとき見られてて、今みたいに平然とされているなら……なんか傷つくな。
基本的に従姉として見てるけど、昔と違って異性として見てる俺もいるし。
「そのだな……」
「別に寝癖とかなら気にしないよ」
俺もそんなことは気にしてないよ。
そもそも寝起きなんだから寝癖はあるでしょ。起きたのと同時に寝癖直すなんてことしないし、部屋に鏡ないから自分の髪の状態分からんし。
「そうじゃなくて……」
「じゃあなに?」
「えーと……」
「……さっさと言いな」
「……下、パンツしか履いてねぇんだよ!」
怖いからドスの利いた声で脅すんじゃねぇよ!
このまま黙ってるとやばい。でも怒鳴られるから言いたくない、って思考がぐるぐる回って、他人に聞かれたらやばいこと叫んじまったじゃねぇか。
「なっ!? ……ズボンぐらい履いて寝な、バカ!」
うん……分かってた反応だけど、もうちょっとドアは優しく閉めてほしかったな。下手したら壊れてたかもしれないって思うくらいの音がしたし。
「……はぁ」
足音聞こえないからドアの前でズボン履くの待ってるんだろうな。さっさと着替えないと、さらに美咲の機嫌が悪くなるだろうからちゃっちゃと着替えますか。
それにしてもバカってのはひどいよなぁ。真夏にシャツとパンツだけで寝てる人間なんて俺だけじゃないだろうに。
というか、よほど良い環境で過ごしてる人間以外は、寝るとき俺みたいな服装になるだろ。
クーラーがあっても朝までずっとつけてると身体が冷えすぎて体調崩しかねないし、雨が降りそうなときは窓を開けて寝れない。扇風機だけだと暑いわけだしさ。
「美咲さん~」
「…………」
おお……こえぇな。
無言だし、さっきの衝撃で緩んだのか開いたドアはキィィみたいな音を出すし、何より美咲の顔不機嫌だし。ちょっと頬が赤く見えるのは……多分恥ずかしさより怒りだよね。
「…………」
あの……お気持ちは分かるんですが、イスにドスって座るのやめてもらえませんかね?
一応そのイス、勉強とか机で何かしらするとき使ってるんで……分かった、謝るからそんなに睨まないでください。
「変なことを言ってしまって……すみませんでした」
ハハハ……何か今年の夏は女性に土下座ばかりしてる気がするなぁ。
前回も今回も一概に俺が悪いってわけじゃないのに。でもこういうとき謝るのは男だって相場で決まってるしなぁ。誰がどの相場で決めたのかは分からんけど。
にしても美咲さん、何かしら反応してくれないだろうか。そうじゃないと顔上げられないし。
状況的にチラ見するわけにもいかないんだよな。
だってチラ見なんかしようものなら、下手すれば……って言い方よりある意味運良くとも言えるんだろうけど、美咲の下着が見えるかもしれないから。
ただでさえいま美咲は不機嫌なのに、下着なんて見ようものなら不機嫌度やら怒りメーターとかがリミットブレイクして、確実に俺はボコボコにされる。
考えただけで恐ろし過ぎる。千夏先輩とは別ベクトルで恐怖の塊だぜ。
「……許してあげるから顔上げなよ。私も悪いっちゃ悪いし」
ありがとうございます!
いやー恐怖の塊ではあるけど、このへんが千夏先輩とは段違いだな。あの人は悪いと思っても素直には認めないタイプだし。
それに不思議だよな。あの人に指摘しようものなら、何故かこちらよりも正しく聞こえる正論で返される気がするし。からかって怒ってるなら、こちらが余計に怒る(ツッコむ)ように誘導するだろうけど。
「ふぁ~、んで何の用なわけ?」
「あのさ、そこまで一気に切り替えられると反省してないって相手に思われるよ」
ふと思ったが、俺は土下座して謝ったよな。
他人に頭を下げることはあっても、土下座するってのは人生であまりないよな。俺もやったのはこの夏、今ので2回目だ。
それで反省してないと思われたのなら釈然としない。まぁ美咲の反応からして俺が反省してるのは理解してるんだろうけど。
「相手は選んでるさ。お前は土下座したやつを許さないやつじゃない」
「いや、許さないときは許さないよ」
「……え?」
「今回のは許せる内容だから安心しなよ」
怒ったりするとき以外でももうちょっと感情を出して言ってくれませんかね?
ポーカーフェイスにあまり感情の乗ってないように聞こえる声って結構怖い組み合わせだから。
「まぁあんただからって理由もあるけどね」
「……つまり、近しい関係にないやつには容赦ない制裁があると」
「……なんでそうなるのよ。というか、聞きたいんだけどあんた私のこと怖がり過ぎじゃない?」
「いや……そのなんだ。風の噂でお前が女番長って聞いた……」
「ハァ?」
分かってる、分かってます! お前は昔から善い子だったし、理不尽に暴力を振るうやつじゃないってことは!
でもね、そんなドスの利いた声と射殺すような目で睨まれたらよほど肝がでかいやつじゃない限り、誰だって怖がるよ。
「あんた、それ信じてるの?」
「いや信じてない」
女番長に見えるかって聞かれたら見えるって答えるとは思うけど。
「お前って昔から理不尽なこと言ったりとかしなかっただろ。叩いたりとかも、俺とかあいつらが危ないことしたときくらいだったはずだし」
「そうだっけ?」
「そうだ」
「そこまではっきり言うんだ……あんた、よく覚えてるね」
そりゃ覚えてるよ。一時期は親によりもお前に叱られて育ったようなもんなんだから。
にしても人ってのはする側よりもされた側のほうが覚えてる、って聞くけど本当だな。まぁ怒られたり、痛みがあったりしたら記憶には残るし当然といえば当然と言えるけど。
「そっちは覚えてないのかよ?」
「いや、あんたよりはっきり覚えてるよ。あんたが何をして怒ったのか、私がそのとき言った内容もほとんどね」
……そういや美咲って昔から記憶力が他人よりも格段に優れてたっけ。
暗記科目の点数とかで勝った記憶がないし。同点だったことはある気がするけど……。
テストとかで勝ってたのって理数系だけだよな。計算速度とかだけは俺のほうが速かったし。でも美咲はケアレスミスはなかった……だけじゃないな。数をこなすほど美咲の速度が上がって、最終的には勉強では勝てることがなくなったんじゃなかったか。
その証拠と言えるものとして、現在通う学校が段違い過ぎる。
俺が通ってるのは、1番家から近いという理由で選んだごく普通の高校。まあ一応進学校ではあるけど。でも美咲の通っている学校は勉強できるやつが入ろうとする進学校。その名も……なんだっけ?
そこに進学するつもりは全くなかったから、資料で名前は見た気がするけど覚えてないや。美咲が女番長っていう噂も俺と美咲の関係上伝わってきたもんだしな。久しぶりに会った大人がする話って長いから、色々と互いの情報が知れるし。
話が変わるんだが、なんで千夏先輩は美咲の学校に行かなかったんだろうな。
あの人の学力なら問題ないだろうし、同じ街にある学校だから通えないってことはないだろうから実に不思議だ。
「あんた、どうでもいいこと考えてない?」
「え? い、いや考えてないぞ! お前の記憶力が良かったってことを思い出してただけで!」
「だったらなんでそんなにうろたえてるのよ?」
余計なことも考えてたからです! なんて言えない。
言ったら嘘ついたってことで鉄拳が飛んでくるかもしれないし。
「いや、その……何かされるんじゃないかと」
「あんた、ついさっき自分が言ったこと思い出してみな」
「……すまん、許してくれ。(お前と同レベルの圧力を出せる)学校の先輩と色々とあってな」
思考がネガティブになったり、何かされたり言われたりしたら反射レベルで恐怖するように体質が変わったんだよ俺。
1番変わったのは、大声でツッコミを入れるようになったことだけど。
「ふーん……あんたも大変なんだ」
「まあな(生徒会のメンツがあんなだって知ってたら生徒会なんかに入らなかったよ!)」
「……って、こんな話をしに来たんじゃないんだった。あんまり長居するつもりもないし、本題に入っていい?」
「ああ」
俺は返事を返しながらベットに座り、美咲は姿勢を正してイスに座りなおした。
さてどんな話なのやら、と思って余計なことを考えないで、耳を澄ませた。だが、数分経っても美咲が口を開こうとしない。
「……美咲?」
「わ、分かってる」
分かってる?
……俺が早く言えって急かしてると思ったのか?
正直なところ、早く言えって意味で声をかけたんじゃないんだけどな。
いつも相手のほうを見てはっきりと言う美咲が、こちらを見ては視線を逸らし、言おうと口を開こうとしては口を閉じることを繰り返す。さっきまでと違って頬に赤みがあって、指先はもじもじとしている。
こんな見たことがない状態なので心配してはいるけど。
「その……さ。今度……夏祭りあるでしょ?」
「ん、ああ」
そういえばあと数日したら夏祭りがあるんだっけ。日時まではちゃんと見てないけど、買出ししとかしてるときにチラシ張ってあったの見たし。
……もしかして。
俺が今朝あのときの夢を見たのってそれが理由なんじゃないか?
チラシはぱっと見ただけだけど、夏祭りって文字を見たのは記憶に残ってるし可能性としては結構ありえるよな。
あのときのことをいまさら見た理由は、これでまあ納得がいった。だけど、また疑問が出来てしまった。なんで美咲が夏祭りの話をするんだって疑問が。
「で、夏祭りがどうかしたのか?」
「その……あのさ」
「…………」
「あんた……予定とかある?」
しばくぞてめぇ!
なんでちょっと「こいつのことだから予定はないだろうなぁ」みたいな感情が入った視線で言うんだよ。そりゃ予定ないけど、多少は傷つくんだぞ。またひとつ年齢が増えた、けど彼女はできなかったみたいに。
「……ねぇよ」
「ほんと? 亜衣たちと行かないの?」
なんで高校生にもなって妹たちと仲良く夏祭りに行かなくちゃならんのだ。
大体、亜衣は今年受験だぞ。夏ってのは大切なんだ……なまけると後で苦労するから。経験談から言っていることなので間違いない。まあ今の亜衣の成績なら多少なまけても俺の通ってるとこなら受かるだろうけど。
あっ、今思えば亜衣ってどこに進学するつもりなんだ?
その手の話まったくしないから全然分からん。
俺と同じ理由で俺の通ってる学校って可能性はあるが、たしか美咲に憧れみたいな感情を持ってた気がするし、美咲と同じ学校に行く可能性もある。
いったいどこに行くんだろうか? なんて考えるだけ無駄か。あいつの好きなようにすればいい。両親だって亜衣の意思を尊重するだろうし。
亜衣は心配ないとして……由理香はやばいな。
俺よりも勉強できないもんな由理香。
由理香の将来は色々と心配だ。
高校にはちゃんと受かるだろうか? っていう結構間近な心配。「お兄ちゃんと結婚する」みたいなことを言い出しかねないやつなので、将来はちゃんと常識人になるかっていう心配などだ。
あっそれと、ちゃんと計画的に夏休みの課題をやってるかって心配もあるな。
亜衣がある程度は無理やりやらせているだろうが……残り3日とかなった日に手伝ってって言ってきそうで不安だ。
夏祭りに行きたいって言いそうだが、課題をやれと言っておこう。まぁ課題をどこどこまでやったら行っていいという交換条件は出してやるけど。
「あのさ……確認した後でそういうこと言うのやめてくれ。自分がそのへんにいる平凡なやつだってのは充分に分かってるけど、一緒に遊びに行く女の子もいないってことで多少傷つくから」
知り合いの女子は……まぁあの生徒会がいるけど。
あのメンツに自分から遊びに行こうなんて俺は言えないぜ。……氷室先輩、それと……誠になら言える気がするけど。
「私、別にそういう意味で言ったんじゃ……」
「いや、真剣に取られると困るんだが」
「ああ大丈夫。真剣には取ってないから」
お前のポーカーフェイスと落ち着きのある声、実に紛らわしいな!
「あっそう……で、話の続きは」
「え、あっうん」
「俺には今のところ予定はないぞ。できるだけ入れるつもりもない」
「そこまで言わなくても、あんたに予定がないのは分かったから。……そのさ」
「なんだよ?」
「……私と……行ってくれない?」
…………どこに? 誰と?
この問いには、夏祭りに美咲としか解はないな。
って待て!
ここここれはあれか。おお俺は……み、美咲にデートに誘われるということか。
や、やばいぞ。さっきも言ったが、俺は美咲を『従姉』として見ているが『異性』としても見ている。
普段なら今ほどはうろたえたりはしないが、今朝見たあの夢。なんというか運命めいた何かを――って俺は乙女か!
「…………だめ?」
「い、いや別にいいぞ!」
「そっか……ふぅ、よかった」
……お前はクールキャラに見えて小悪魔系のキャラなのか。
なんで今になって感情を表情に出すんだよ。緊張がさらに一段階上がったじゃないか。
「じゃあ……話は終わったから私帰るね」
「あ、ああ」
「……あっ、そうだ。そのさ……ケータイの番号とメアド教えてくれない?」
「うん? ああ分かった」
そういや美咲とは中学の間会ってなかったからお互いの連絡先知らなかったな。
俺がケータイ買ってもらったのって中学のときだし、美咲もそれくらいか最近だろう。
あっ、これでひとつの疑問が解消したな。
なんで電話でもいいはずなのに、わざわざ家まで来たのかって疑問が。
「……今思ったんだが、さっきみたいに言い出すまでに時間がかかるんなら亜衣とかに俺の聞いて電話すればよかったんじゃないか?」
「それはダメよ。あの子意外と恋愛とかに興味深々でしょ」
「変な誤解されると面倒ってことか……」
亜衣ってそういうことになると積極的に色々と聞いてくるしな。
俺と美咲の関係は知ってるわけだから、案外「ん、兄貴の。分かった」くらいの素っ気無い反応をする可能性もあるけど。
「それと、亜衣に知られると由理香にも知られそうだからね。亜衣ってケンカしてるときポロッと言っちゃいそうだし」
「由理香に知られると……俺も面倒だなぁ」
「まあそんなわけ」
「そうか……あっ、最後に聞きたいことがあるんだが」
「ん、詳しい日時とかは」
「あぁそれは祭りの前日とかでいい。未来は不確定だし」
「じゃあなに?」
「お前、なんで俺の部屋にいたの?」
「……いまさら?」
いまさらだけど気になってしょうがないんだ。いったい誰が俺の部屋に美咲を通したいのかってことを。
可能性としては亜衣が高い。もしかしたら親という可能性もあるが……家にいない可能性のほうが高いしな。由理香はまずないので除外できる。
「亜衣だけど」
「……ニコニコと笑いながら何か言ってなかったか?」
「まあ笑ってたけど、普通についでにあんたを起こしてってことくらいだったよ」
……絶対あとで亜衣に美咲とのこと聞かれる。あいつ、何かしら誤解してやが……ってわけでもないのか。美咲にデートに誘われたことだし。
だから余計に色々と聞かれるのは面倒くさいな。
美咲に押し付けようかな……そんなことしたら美咲が怒るか。そっちのほうが面倒だなぁ。
「そうか。もうひとつだけいいか?」
「なに?」
「お前って何時に来たの?」
「なんでそんなこと聞くわけ?」
「お前に寝顔を見られたんじゃないかって不安だからだよ」
数分でも他人に寝顔を見られると恥ずかしい。よだれをたらしたりとかひどい寝相だったりとか、無防備な姿を見られるわけだから大抵の人間が俺と同じように思うはずだ。
数十分、数時間も見られてたら恥ずかしすぎるし、場合よってはこれからずっと口げんかとか勝てなくなるね。人に言いふらすとか言われたら黙るしかないもん。
「あぁ……別にいいじゃない。私に寝顔見られたって」
「ということは見たんだな?」
「まあね」
「なんで起こさなかったんだよ?」
「いや、気持ち良さそうに寝てる人間を起こすのは悪いって思うでしょ。夜遅くまで課題やってたみたいだし」
……。いや、あんた俺に用があって来たんでしょ。だったら起こしなさいよ。亜衣みたいふとんを剥ぎ取ったり、怒鳴りつけたり、踏みつけたりはしなくていいけど。
それと、起こすのが悪いって思ったんなら人の寝顔を見るってのも悪いって思えよ。
そして何で夜遅くまで課題をしたのが分かった? って、机の上に課題を置いたままだからか。
「別に寝言か言ってなかったし、寝相だって悪くなかったから安心しなよ」
「そうか……でも寝顔は見たんだよな?」
「それくらい恥ずかしがる必要ないでしょ。昔は一緒に寝たし、お風呂にだって入ったことあるんだから」
そうだね、ってなるか! 思春期を迎えた今だから恥ずかしいんだよ。!
それと、後半の部分は言わなくていいでしょ。一緒に寝たとか風呂に入ったとか言われると色々と考えちゃうんだから。
例えば、今の美咲と並んで寝てる。目を開けると岬の寝顔が……とか、美咲がお風呂入ってるところとか。
まあ元気になるほど興奮はしないけどね。美咲が俺のこと異性として見てる部分もあるけど、基本的に従弟として見てるって今までのやりとりで分かったから。
おかげで俺も『異性』<『従姉』になったから良かった良かった。
これが逆だとやばいしな。俺と美咲の関係上、何の理由もなく家に行くことだってできるわけだし。
「…………」
「考えてるとこ悪いけど、他にないなら私帰るよ」
「ん、おうまたな」
「またね……」




