第29話 ~少しの変化~
ファミレスを出た後、私と桃香は久しぶりということもあって他愛もない会話に花を咲かせた。桐谷くんは空気を読んだのか、はたまた会話に入りにくいのか少し離れて歩いていた。
彼氏らしい行動といえば彼氏らしいのだが、桃香は天然なところがあるため、まさかのタイミングで話を振る恐れがある。それで桐谷くんが上手く反応できなければ今日の一件が失敗に終わる可能性がある。
少々恥ずかしかったけれど、打ち合わせにフォロー、仲の良さのアピールのために私は桐谷くんの腕を取った。
当然桐谷くんは驚きの表情を浮かべていたわ。その後は顔を赤らめてそっぽ向いてしまったけれど、私の手を振り払うようなことはしなかった。
今思えば今日の彼は、普段と違って男の子らしい反応を見せる回数が多いわね。今も顔を赤らめてるし。
普段もそんな感じならかわいいのに……。
奈々並みにツッコミが出来る子だから弄りがいがあるし。
奈々だとどうしても弄れる範囲が狭いのよね。具体的に範囲を言うなら、見た目とか見た目とか見た目とか、になるわね。
見た目だけじゃないかって思う人がいるかもしれないけど、仕方がないじゃない。奈々は成績は良い方だし、口は多少悪いけど性格は良いから交友関係はいいし。あっでも、ゲーム友達はいないみたいね。まぁ女子って男子と違ってゲームをしてても学校じゃ話さないからだろうけど。
でも奈々って不思議なのよね。誰かと一緒にゲームしたいって思ってるのに、私とはしたがらないのよね。ハンティングゲームを一緒にやったら「……お前とはあんまやりたくねぇ」とか言われた記憶があるわ。
別に死んで報酬が減ったとか、奈々の邪魔をしたとかじゃないのに言われたのよ。ひどいと思わない?
私がやっていたことなんて、たかがモンスターに与えたダメージを計算して空中にいるとき意図的に地面に叩き落したり、足を引きずり始めたら毒状態にしてじわじわと弱っていく姿を見ていただけよ。
あれかしら。奈々はできるだけ早く殺したかったのかしら。もしそうならそのときにそう言えばよかったのに。私はじわじわといたぶるプレイも好きだけど、奈々のように罠にかけたりして即行で仕留める! みたいな残虐なプレイも好きなのに。
「千夏、何か悪いこと考えてるでしょ」
……この子会わない間に性格悪くなってない?
私の記憶が正しければ、前はいきなりこんなことを言う子じゃなかったはずだけど。私が誰かにちょっかいとかかけられてどう仕返ししようか思考してるときくらいしか言ってなかったはずだし。
というか、別に私悪いことなんか考えてなかったわよ。何を根拠にこの子は失礼なことを言ったのかしらね。
「いきなり失礼ね。何を証拠にそんなことを言ったの? 理由によっては私でも怒るわよ」
「すでに怒ってる気がするんだけ――ぐふっ……!」
桐谷くん、君もそれなりに失礼ね。そんなだと寿命を縮める、とは言わないけどストレスを溜めることになるわよ。腕組んで歩いてるんだから独り言もバッチリ聞こえるんだから。
それにしても「ぐふっ」ってそんなに私の肘いいところに入ったのかしら。まぁ私に失礼なことを言ったのだからこれくらいは問題ないわよね。
桐谷くんの心配よりも「ぐふっ」って言葉から青を基調としたカラーリングの陸戦型で搭乗者は「ザコとは違うのだよザコとは」みたいなことを言ってたわね、みたいなことを思ってもいいわよね。
「理由? そんなの千夏がすっごく良い笑顔浮かべてたからに決まってるじゃない」
私の良い笑顔=悪いことを考えてるって法則は普通に考えておかしくないかしら。
私だって嬉しかったり楽しかったりすれば笑うのよ。桃香の言い方じゃまるで、私が人の弄り方を考えたり、他人を貶めることみたいな悪いことを考えてるときが1番喜んだり楽しんだりしてるみたいじゃない。
まぁ楽しんでたりしてることは事実だから否定はできないのだけれど。でも一番は、生徒会のみんなと面白おかしく話してるときなんだから。
「ねぇ桃香……その理由はおかしいと思うのだけれど」
「おかしくないと思うよ」
「いやおかしいから。普通に考えて私の笑顔=悪いことを考えてるって変だからね。あなたもそう思うでしょ?」
「おかしくもないし、変じゃないよ。真央くんもそう思うよね?」
「え、いや……その」
桃香……なんであなたまで桐谷くんに同意を求めるのよ。あなたは今日会ったばかりの良くて知り合いって呼べるレベルの相手でしょ。桐谷くんと言い争ってて私に同意を求めるなら話は分かるけど、今の場合はおかしいでしょ。
というか、何で桐谷くんは言い淀んでるのかしらね。
私は今日限りとはいえ君の恋人のはずよね。それを抜きにしても同じ学校の先輩なのよ。対して桃香は、君のとって今日会ったばかりで、良くて知り合いと呼べるレベルの相手。
それなのに、何で君はこの場において私と桃香どっちの味方をしようって迷うのかしらね……。
「ま、真央くん急にどうしたの!?」
「い、いえ大丈夫です……」
「それより真央くん。さっさと答えてほしいのだけれど」
「え!? ちょっ、ちょっと千夏、少しは心配しようよ。突然顔が青ざめたんだよ。病気だったりしたら大変だよ!」
「桃香さん大丈夫です。そういうのじゃないんで……」
あら桐谷くん、心配して慌てる桃香のことを考えてとはいえ嘘ついちゃってダメじゃない。君は『私の笑顔恐怖症』でしょ。
まったくひどいわよね桐谷くん。たかが私が、100%の作り笑顔で見ただけなのに顔を青ざめさせるなんて。
とはいえ、このままじゃ先に進みそうにないし、私が手を打ちましょう。
「え……」
「ふぇ……」
桐谷くんは予想通り驚いてるわね。
まぁ私が急に抱き締めたんだから当然といえば当然の反応だけれど。
女の子に抱き締められたんだから少しは男の子らしい反応をしなさいよ、と思わなくもないけど……ってよく見れば顔真っ赤ね。それにチラチラと視線を下にしてる。
……意外と桐谷くんっておっぱい星人なのかしら。今までのことを振り返ってみると、なんだかんだで胸を見てるし。
でも年齢的には全くおかしいことではないわよね。それに生徒会のメンバーの半分以上は、女子高生の平均のバストサイズより大きい。俺は貧乳派だ! って男子以外は胸に目が行くのは普通と言える。おっぱい星人と決め付けるのは早いかしら。
それにしても桃香。あなたって見た目の割りに子供よね。私達を見て顔を真っ赤にするなんて。
そんなことじゃ恋人が出来たとき困るわよ。ただ触れ合うだけのキスから舌を絡めあうキスに時間と共に発展するし、ベットの上では裸であんなことやこんなことをするんだから。
ま、まあ……どういう感じなのかは私もまだ経験なくて分からないから桃香には言わないけど。
「大丈夫よ桐谷くん。こんなことでは何もしないから気楽にしなさい」
「それって場合によっ……」
「それ以上しゃべったら君のムスコを蹴り上げるわよ」
君の顔は桃香に丸見えなんだから、何かしゃべったら桃香に気づかれるかもしれないのよ。君はそれくらい理解できるでしょ。なのにどうして顔色をまた青くするの君は。
自分のを蹴り上げられたときのことを想像でもしたのかしら。
女だからさっぱり分からないけど、きっとよほど痛いのでしょうね。今度から桐谷くんへの殺し文句はこれにしようかしら。実行すると桐谷くんの子孫を殺すことになってしまう可能性があるけれど。
「桃香、放置してごめんなさいね」
「え、あっうん。別にいいけど……桐谷くんは?」
「大丈夫心配ないわ。実は彼、かなり緊張してたのよ。それで急に顔色が変化したみたい」
「え? でもさっきは普通に私とお話ししてたと思うけど」
「あのね桃香、彼はあなたが思ってる以上に平静を装うのが上手いの。桃香さん綺麗だな、すっごく可愛い。やばい惚れそう……でも俺には千夏が……。みたいに内心なってても何ともないって顔ができるの」
「え、き、綺麗? 可愛い? べべ別に私なんか……」
……桃香に話しかけていると見せかけて、桐谷くんに「ちゃんとフェイクを演じないとあることないこと言うわよ」って言ったつもりだったのだけれど。
ねぇ桃香。もしかしてあなた、桐谷くんに一目惚れしたの?
私の記憶が正しければ、間接的に可愛いとか言われても「そんなことないよ」って反応だったわよね。
桐谷くんは桐谷くんで今までの反応から桃香のこと気に入ってるみたいだし。
……なんだか私ってここに居ない方がいいんじゃないの? って気分になってきたわ。案外本当のこと話して私が帰ったらこのふたり上手く行きそうな気もするし。
でもすでに今日色々とやっちゃってるのよね……それを考えるとここで帰るって選択肢は取りたくないわね。
「ちょっ、千夏に桃香さん」
「なに?」「は、はい!?」
「ゲームセンターで遊ぶんでしたよね? このまま歩くと通り過ぎますよ」
桐谷くんが指差した先を見ると確かにゲームセンターがあった。
この街でも大きい部類に入るゲームセンターにも関わらず、気づかないで通り過ぎようとしていたなんて私はどれだけ集中して思考していたのだろう……。
いやそれだけが理由じゃないわね。だって隣には桐谷くんがいるのだから。
私と桐谷くんの背丈はほとんど変わらない。別に桐谷くんが低いというわけじゃなくて、私が女として高い方なだけだか……あら?
桐谷くん……少し背が伸びたのかしら。
最初会った頃は、私の視線の高さと彼の視線の高さはほとんど一緒だった。だけど今は私よりも少し高い。
でも今は普段見ている学校での桐谷くんじゃない。靴の底が厚いならこれくらいの差は出る可能性は充分にアル。
けれど男の人は25歳くらいまで伸びる人は伸びるって聞いたことがある。
できれば180近くまで伸びてくれないかしら。そしたら桐谷くんを見上げられるし……って何を考えてるのよ私は。
恋人のふりしてたせいで頭がボケたのかしら。
別に私と桐谷くんは今だけ恋人であって、今日が終われば学校の先輩後輩って関係に戻るのだから変な想像するのは止めなさい千夏。まるでずっと今の関係を望んでるみたいじゃない。
「えっと先輩」
「な、なに!」
きゅ、急に耳元でささやかないでよね。君への願望というか私の願望を考えてたから恥ずかしいじゃないの。……って違う。びっくりするじゃない。
「何で急に怒るんですか?」
「怒ってないわよ」
「いや、どう見ても怒ってるだろ」
桐谷くん、何か言いたいことがあるならこっち見て堂々と言いなさい。
人が顔を背けて言うことは大抵の確率でこちらが言ったことと真逆のこと。みたいな法則から君の言ったことが「いや、どう見ても怒ってるだろ。この人、いま自分がどういう状態か分からないのか」って分かってるんだからね。呟いたことだけじゃなくて内心まで考えて。
「で、なに?」
「あぁーえっとですね、さっきからこっち見ては何か考えてたみたいですけど」
「……何を考えてたのか聞きたいの?」
君はいつから桜みたいな勇者と書いてバカと読む存在になったのかしら。桜みたいな相手の毒気を抜くタイプは何もされないけれど、君に対してはヤるわよ。何をとは言わないでおくけど。
「え? いえ聞きたくないですよ」
……本心から言ってます、みたいな顔をして言わなくてもいいんじゃないのかしら。少しは聞きたいって興味を持ってもいいんじゃないかしら。
「じゃあなに?」
「えーとですね……」
「早く言いなさい。それとも私には言いにくいことなわけ?」
「いえそんなことはないです。ただ立ち止まってないで入りませんか? って言おうとしただけで。桃香さんが早く入りたいみたいですし」
桃香が? ……確かに早く入りたそうね。ちらちらとゲームセンターを見ては、私達に「入らないの?」みたいな目を向けてきているし。
はぁ……それにしても何で桐谷くんはさっさと言わないのかしら。別に言いにくい内容でもなかったわけだし、私は普段どおり話を聞こうとしていたのだから。
「そうね、ここにいても時間の無駄だし入りましょうか。桃香」
「ん? ……えっと千夏、その手は何かな?」
「あら、そんなの桃香が迷子にならないように手を繋いであげるって意味に決まってるじゃない」
「それおかしいよね!? 確かに私、友達にどこか抜けてるとか言われたりするけど、でもゲームセンターで迷子になったりしないよ!?」
あのね桃香、人間は歳を重ねるほど素直じゃなくなる生き物なのよ。
ほら、小さな子は迷子になると泣いたりするでしょ。それで周囲の人は迷子だと分かる。
でも高校生くらいだったら……というか、桜や桃香のような人種だと違うわ。
普通の人なら自分ひとりになったら「あっ……はぐれた」ってなるはずよね。だけど天然が入った人間は「あれ? みんながいない……もう、世話が焼けるなぁ」ってなるの。桜や桃香の場合、下手したら泣く可能性もあるから周囲が助けてくれる可能性があるけど。
迷子なのに迷子だと自覚しない人間ほど探すのに苦労することはないわ。自分が迷子になってると思ってないからケータイを見ようとしないだろうし。
ゲームセンターみたいな音であふれてる場所やマナーモードなんかにしてたら、こちらが電話をしたとしても取らない可能性大よ。
「そういう人間ほどなるのよ(自覚なしでね)。私が嫌なら真央くんと繋ぐ? あなたってナンパとかにあったとき、『えっと、あの……』みたいになってはっきりと嫌だって言えないタイプだろうし」
「う、ううんいいよ! ま、真央くんとそういうことしていいのは彼女である千夏だけだし! そ、それに……は、恥ずかしいし」
「なんなんだこの可愛い生き物は――ぐ……ふ……」
桐谷くん、今のもじもじしてる桃香が可愛いってのには同意するわ。
だけど……そういうことは内心で留めておいた方がいいわよ。時と場合によっては、今みたいに私から肘うちされたりするし、相手が相手なら気持ち悪がられるわよ。
それと君のために言っておくけど、考えてることを口に出す癖直したほうがいいわよ。私が本当に恋人だったら「ハァ? なに私以外の女にデレデレしてるわけ?」みたいにケンカ腰になってるだろうから大変なことになってたわよきっと。
「ま、真央くんどうしたの!?」
「別になんでもないわよ」
「いやあるでしょ! すっごく痛そうだよ!」
「食中毒とかじゃないから平気よ。桃香が手でさすってあげると早く痛みが取れるかもね」
「え? ……えっと、その、そういうことは千夏が……」
何で桃香は私にやれみたいなことを言いかけたのに急に黙って「今の真央くんを千夏に任せたら危険」みたいな目で見始めたのかしら。
弱ってる人間をじわじわと痛めつけるなんてことしないわよ。桐谷くんがへましたり気に触るようなこと言わない限り。
「……真央くんが元気になるまでは私が面倒見るよ」
ふぅ、やっと折れたわね。これで見た限りだと桃香と桐谷くんがカップルになるから桃香はナンパされないでしょう。まったく天然が入った子を友人の持つのは大変だわ。
こんなに私は桃香のことを思っているというのに、桃香は私が悪いことを考えてるとか、危険なものを見るような目で見たりとか扱いがひどくないかしら。
私だって嘘をついてるわけだから許容するべき、と思わなくもないけど……嘘を最後まで貫けば真実になるのよ。そうなれば悪いのは桃香だけ。
「大丈夫真央くん?」
「え、ええ……生徒会に入ってから痛い目に遭うこと多くなったから慣れました」
「なにかボソボソって言わなかった?」
「え、えっと……こんなときに腹が痛くなるんて、って思いまして――と、桃香さん何やってるんですか!?」
「ふぇ? こうやって手を当ててると不思議と痛みが和らいだりしない?」
「いや、まぁ……しなくもないですけど。……じゃなくて、とにかくそれくらい自分でやれますから離れてください!」
……周囲からカップルに見えるように、と思って手を打ったけれど、何で本物のカップルみたいにイチャつくのかしら。目の前でイチャイチャされると非常に「よそでやれよこのバカップル」みたいな感じにイラつくのだけれど。
なんだか凄く帰りたくなってきたわ。私が邪魔って雰囲気だし。こそっと帰ろうかしら……桐谷くんが上手くやって意外と丸く収まるかもしれないしね。桐谷くんと桃香が付き合うことになった、とかも充分にありえる空気だし。
「ごめん……」
「えっと、その、あの……別に怒ってるわけじゃなくてですね」
「『桃香さんの顔が近い……やっぱり可愛いよな桃香さんって。千夏よりも無邪気な感じで。って待てよ、桃香さんの胸が当たってる。や、やわらかい……じゃないだろ俺! とにかくさっさと桃香さんと離れないと!』みたいな感じに思ったのよね」
「そうなんですよ……じゃない! 何で勝手に人の心情を騙るの! しかも疑問系じゃなくて断定で!」
あら、奈々並みにこの場に適切かつ迅速な良いツッコミね。
ふふ、君も成長したわね。それでこそ君の弄りがいが出てくるってものよ。これからもちゃんと弄ってあげるから奈々を追い越すつもりでツッコんでね。
それと……できれば普段も今みたいに敬語なしで話してくれると嬉しいのだけれど。
あっ、言っておくけど私はMじゃないからね。ただ別に年下に絶対敬語でしゃべりなさい、みたいな考えを持っていないだけよ。まぁ生意気な子は……フフフ。
それと、彼はあまり生徒会のメンツと距離を縮めようとしない子だからね。敬語がなくなったら少しは距離が縮まったって実感できるじゃない。
あっでも誠とは結構距離を縮めたみたいよね。最初は険悪、というか誠が一方的に……いや2人とも嫌ってたかしら。まあ仲が悪かったってことでいいわよね。
でも今ではそれなりに仲が良いみたいよね。恵那から聞いた話によるとお昼を一緒に食べたりしてるらしいし。まぁ恵那も含めて3人でらしいけれど。
誠って結構桐谷くんのこと意識してた気がする。恵那は恵那で桐谷くんが好きみたいだし。まぁふざけあえる悪友って感じでだろうけど。
将来的にこの3人って修羅場になるのかしら?
できれば……なってほしいのだけれど。はたから見てる分には面白そうだし。
「あのさ、おそらく絶対関係ないこと考えてるよね! それは今やる――」
「今でしょ」
「――ことじゃないでしょ、って俺は『いつやるの?』なんて言ってねぇよ!」
君は奈々の後を継げるわね。ツッコミどころがあったらツッコまずにはいられなくなってきてるみたいだし。
さて、桃香は立て直したかしら……まだ顔赤いわね。まったく高校2年生と思えないわ。心だけでなく身体もだけど。
「ギャーギャーうるさいわよ」
「誰のせいだよ!」
「なに、私のせいだって言いたいの?」
「何で自分のせいじゃないって思ってるの!?」
「そんなの私の言った君の内心が、かなりの確率で当たってると思ってるからに決まってるじゃない。間違ってたかしら私の予想?」
「それは……早く中に入りましょう」
話を変えたわね。ということは当たってたのね私の予想。
おそらく私より無邪気ってところを抜かせば、『桐谷くんの心情』ってテストがあったとしたら100点取れたんじゃないかしら。
「な、なんか色々とあるね」
「えっと、桃香さんってゲーセン来たことは?」
「な、何度かあるよ。あまり幅広くはやってなかったけど」
「そ、そうですか」
…………実に居心地の悪い空気ね。例えるならお見合いで緊張しきってるふたりのところに送り込まれた感じかしら。
「えっと……桃香さんは何をやってたんですか?」
「えっとその……クレーンゲームとか」
「ああ。ぬいぐるみとかありますもんね」
「う、うん……」
桃香は微妙な笑顔で桐谷くんに返事を返した。
まあそう返事するしかないわよね。実際のところ桃香がクレーンゲームで取ってたのって、何十円のお菓子の詰まったお菓子セットだものね。
さっき少し抑えて食べてたみたいだし、大方これからお菓子を取るつもりだったのでしょうね。
でもこの流れだとしないわね。桃香は桐谷くんに、さっきあれだけ食べてたのにまだ食べるの!? って思われるの嫌だろうし。男性の目ってのを気にしない桜ならするでしょうけど。
「千夏は何するんだ?」
「私? ……って私にはゲームセンターに来るのか? って質問はしないのね。ゲームセンターに来たのは初めてのはずだけれど」
「えっと……」
「千夏、そんなことで真央くんいじめない」
「いじめてはいないわよ。ね?」
「え、ええ……先輩は来たことは?」
「ん?」
「あっ……」
……桐谷くん、いつかやるんじゃないかって思っていたけど自然に言ってどうするのよ。テンパってたならまだ分かるけれど。
……落ち着くのよ千夏。まだリカバリーできる範囲よ。それに今のはこちらにも多少非があるとも言えるわ。
「はぁ……真央くん」
「は、はい……」
「本当に君はなかなか直らないわね。私が少し上から言うとすぐ敬語に戻る。今は先輩と後輩じゃなくて恋人で対等なんだからいい加減に直しなさい」
「はい……じゃない、分かった」
本当に分かったでしょうね。次うっかりやらかしたらタダじゃ済まさないわよ。
注意されてまた、ってなるのは不自然。故にこの手はもう使えないんだから。
「千夏のそういうところ、ちょっと羨ましいなぁ」
「そういうところってどういうところよ?」
「自分の意見をズバズバと言えるところ。私だと……」
桃香だと「あのね……私のことさんとか付けないで……桃香って呼んでほしいな」って言うんでしょうね。きっと桐谷くんはイチコロでしょうね。私でも「何かしらこの無駄に可愛い生物は」ってなりそうだし。
ん? ふと思ったけれど
「ねぇ桃香。あなたって真央くんに桃香って呼び捨てにしてもらいたいの?」
「ふぉぇ? ……べ、別にそんなことはないよ! た、たしかに千夏にとっての真央くんみたいな人が出来たらそうしてほしいな、と思わなくもないけど。でも真央くんに呼んでほしいとは……あっ、別に真央くんに呼ばれたくないとかじゃないから!」
「え、はい分かってますよ。桃香さん、とりあえず落ち着きましょ。ね?」
またふたりでイチャつきはじめたわね。
まあ別にいいのだけれど。よそでやれって気持ちもなくはないけど、はたから見てて面白くもある光景だし。それにある程度意図的にやらせてるわけだしね。
こうやって少しでも時間を潰せば、ボロが出ないで今日を終えられる可能性が高くなるし。
……あら?
あのクレーンゲームの中にあるクマのぬいぐるみ可愛いわね。サイズも部屋に飾れるくらいだし……ほしいわね。奈々にあげたら面白いことになりそうだし。
きっとあげたら
『なんだよこれ』
『見て分からないの? クマのぬいぐるみよ』
『それは言われなくても分かる。なんでこれをわたしにくれるんだって意味だ。別に今日わたしの誕生日でもねぇし、お前に何かされた覚えもねぇぞ』
『あら、友達にプレゼントするのに理由がいるの?』
『お前は、純粋な気持ちでそんなことをするやつじゃないからいるだろ。何が目的だ?』
『奈々ったらひどいわ。私はただ、このぬいぐるみを奈々にぴったりだろうなって思っただけなのに。奈々の容姿にもぴったり合ってるから、奈々がそれを抱きながら歩いてたら素直に可愛いって思うわ』
『何で後半を言うんだテメェは! 前半だけでいいだろうが!』
みたいな流れになるでしょうねきっと。
そしてガミガミ言いながらも受け取って、自分の部屋に飾ったりするのよね奈々って。
それで遊びに行ってそのことを指摘したら「他に置くとこがなかったんだよ」って言うでしょうね。そういう素直じゃないところがまた可愛いのよね。
「……え?」
な、なんでクレーンゲームの中にあったクマのぬいぐるみが目の前にあるのかしら。
あれ? ぬいぐるみを持ってる手……それに服とか見覚えがあるわね。それもつい先ほどまで見ていたものに。
「……真央くん?」
「そうだけど……というか何で疑問系なんだよ? どうかしたのか?」
「いやだって……それ」
「ん? ああこれ。さっきこれ見てただろ。だからほしいのかなって思って取ってきた」
……ちょっと待って。
桐谷くん。君は言ってはなんだけど、可愛い妹さんたちがいるってことを除けば平凡に属する男の子じゃなかったの。
今の君は、漫画やらアニメという創作の中でのイケメンがやりそうなことをやったのよ。君の大好きな平凡から逸脱した行為なのよ。
というか、亜衣ちゃんに聞いた限り君って女の子とデートしたことってないはずよね。今回が初めてなのよね。……まぁ私もだけれど。
って、私のことはどうでもいいのよ。今は真央くんよ……じゃなくて桐谷くんのことよ。
桐谷くん、なんで君恋人いないの?
今みたいに女の子の視線だけで気の利いたことができる男の子ってなかなかいないわよ。君が本気で青春したいって思ったら学校のアイドル的な存在はともかく、それなりの女の子とは今までに付き合えたんじゃないの?
あ……考えていないでとにかく受け取らないと。桐谷くんの顔が「余計なことしたかな……」みたいな感じになっていってるし。
「あ、ありがと」
そして、ごめんなさい。
普通の子みたいに「あっ、あれ可愛いな」って理由で見てたわけじゃないの。奈々とかを弄るのに使えるなって見てたの。
君が今みたいにするって分かったから今後はもの欲しそうな目をしないように気をつけるわ。純粋にほしいものがあった場合はすると思うけれど。
「真央くんってクレーンゲーム上手なんだね」
「まあ割りと得意ですね。昔よく妹たちがあれこれほしいって言うから練習した時期あったからでしょうけど」
「ふふ」
「何ですか急に」
「いやね、真央くんはいいお兄ちゃんだったんだなぁって思って」
「別に普通ですよ。兄っていうのは下のお願いはできるだけ聞いてやりたいって思うんですから。下の子が小さいときだけですけど」
「真央くんって素直じゃないね」
「素直なほうと思いますけどね。あっ……桃香さん」
「なに?」
「お菓子取ってきましょうか? 桃香さんさっきからチラチラ見てましたからほしいんでしょ?」
「う……真央くんのいじわる」
「俺は素直に言っただけですよ」
「素直に言った人はそんなしてやったり、みたいな笑顔はしません」
……実に複雑な気持ちだわ。
もの凄くふたりに対してよそでやってと言いたい。けど今の立場上できない。
そもそもの話。なんでこのふたりは、私と話してるときよりも楽しそうなの。ふたりの共通の知り合いは私のはずよね。
普通は私との会話が多いんじゃないの?
「もう、真央くんはいじわるだよ。千夏にしたみたいにこそっと取ってきてくれてもいいのに」
「いやいや、あんなにチラチラ見られてたらこそっとは無理でしょ。今から堂々とでいいなら取ってきますけど?」
「自分で取るからい・い・で・す。というか、なんで率先して私に食べさせようとしてるの?」
「モグモグしてる桃香さんを見てると和みますから――」
「ふんッ!」
「――いッ!? ……な、何で今回は蹴り。しかも弁慶の泣き所」
「まったく、初対面の人間に食べてるところに関して言うなんてデリカシーに欠けるわね」
たしかに桃香が何かを頬張ってる姿は和むけど。ハムスターとかよりも遥かに可愛いけれど。
あぁもう、なんだかむしゃくしゃするわ!
「私ちょっとゾンビでも撃ち殺してくるからふたりでイチャイチャしてなさい」
ふたりの返事を待たずに私は歩き始めた。
このふたりと一緒にいるには、定期的に今の感情を発散しないとやっていられないわ。
というか、桐谷くんはもっと私だけに優しくしなさいよ。今は私の彼氏でしょ。
……落ち着きなさい千夏。いま手にしているぬいぐるみに罪はないわ。潰そうとしたりとか、ぬいぐるみにやつあたりしても仕方がないわ。
「……桐谷くんはともかく、この子だけ大切にしてあげようかしらね」
やつあたりして破けでもしたら直すの面倒だし……後輩からもらったものを大切にしないってのも失礼だし。




