第28話 ~頭の回転がいいと、かえってドツボに嵌る~
今回は初の千夏視点での話となります。
私は、トイレに入ると同時に自分以外に人がいないか確認した。
手洗い場の前には化粧直しをしている人はいない。耳に聞こえてくるのは、扉越しに聞こえるファミレス内にいる人々の声などが混じり合ったガヤガヤした物音だけだ。それに加え、どの個室もロックがかかっていないようなので、いまトイレには私しかいないだろう。
「……ふぅ」
入り口の扉に寄りかかりながら大きく息を吐いた。
自分で思っていた以上に余分な力が身体中に入っていたようで、その場に座りそうになるほどの脱力感を感じた。
扉という背もたれもあるし、私以外に人はいないから座ろうかな。と、思ったりもしたが、トイレにはいつ人が来てもおかしくない。扉に寄りかかっていては確実に邪魔になるし、そのことで絡まれたりしたら面倒だ。
そう思った私は、扉に寄りかかるのをやめて手洗い場の鏡の前に移動した。手洗い場に両手を置き、鏡越しに見た自分の顔は、人に見られたら熱でもあるんじゃないか? と言われそうなほど真っ赤になっていた。
「……ああもう!」
何で私がこんなにドキドキしないといけないのよ。予定では桐谷くんだけがするはずだったのに……本来の予定と全然違ってるわ。
事情を知ってる人がいたら桃香との出会いからすでに予定は狂ってるだろって言われるだろうけど、誰も知りはしないのだから気にしない。
「はぁ……年上と年下ってことを生かして、私は余裕のある態度。桐谷くんは慌てたり恥ずかしがったりしてもらう予定だったのに」
そのために自分のことを名前で呼ばせる手筈も整えたのに……本音を言えば、少しだけ自分の願望も入ってるのだけれど――
「――べ、べつに桐谷くんに名前で呼ばれたいわけじゃないんだから。自分の彼氏には名前で呼ばれたいって話で」
って私は誰に言っているのだろう。落ち着きなさい千夏。冷静さを取り戻すためにここに逃げ……戦略的撤退をしたんでしょう。
……よし。
冷静さを取り戻したかどうか判断するために、まずは現状を確認してみよう。
最初に桃香との出会い。まずこれで予定が崩れたのよね。細かい打ち合わせができていない状態で桃香との戦闘に突入してしまったし。
これを聞いたら当日にしないで前日にでもしてればよかっただけじゃないか、って言う人がいそうね。
まぁ正論よ正論。私だってそれくらい分かってるわよ。
「……でも無理だったんだから仕方ないじゃない」
打ち合わせするってことは、桐谷くんと話すってことじゃない。桐谷くんの妹である亜衣ちゃんにケータイの電話番号聞いてるから面と向かって話をしないといけないわけじゃないけど。
だけど電話だろうと桐谷くんと話すってことは、桐谷くんの声を聞くってことなのよ。声を聞いちゃったら海での一件思い出しちゃうじゃない。男の子に押し倒されたのだって、胸に触れられたのだって初めてだったんだから――
「――ってダメ、ダメよ私!」
また思い出しちゃうじゃない。思い出したら恥ずかしくて、それを隠すために確実っていいほど桐谷くんにトゲのある言動をしちゃうわ。そうなればさすがの桃香でも私と桐谷くんが付き合ってないって気づくに決まってる。
「気づかれたら今までの苦労が水の泡になってしまうわ」
桃香の知り合いに見られた場合のことを考えて手だって繋いだし、桃香の嫌がらせとしか思えない天然発言で桐谷くんと――
「――き、きききき……ってキスなんて言葉、口に出して言えるか! ……はっ!? 言っておくけど桐谷くんとキ、キスしたわけじゃないんだからね! 私が言ったキスはキスといっても間接キスなんだから!」
…………ってバカバカバカ。私のバカ。何でひとりでツッコんだり、誰かに聞かれたわけでもないのに言い訳してるのよ。
「それに……」
口に出して言えるかって言ったのに思いっきりキスって言っちゃったわよね。
はぁ、落ち着くつもりが全然落ち着けてないわ。あれこれ考えるタイプではあるけど、何か口に出しながら考えるタイプじゃないはずなのに。
「……何もかも桐谷くんのせいよ」
他の男子と違ってあまり女の子にガツガツしてないようで、意外と胸とか見たりするし。私の裸とか想像するし。海では人前で押し倒すし(実際のところは奈々が発端だけど)……そ、そういうのは普通は人目を避けてやることでしょ。
って何を考えてるのよ私は!
付き合ってもない男子に押し倒されるのは下手したら犯罪じゃない。人目を避けてやるって、まるで私がされたいみたいじゃない。強引に手を繋いだりとかはべ、別に嫌いじゃないけど。まだ経験ないからそういうことは優しく……
ってバカ! 私のバカ! こんな真昼間から何を考えてるのよ!
「…………ものすごく考えることがズレてる」
現状確認のはずが人前では決して口に出来ない内容になってた。落ち着きなさい月森千夏。今は現状の確認をするんでしょ。
えっと、どこまで確認したかしら……余計なこと考えすぎて分からなくなったわね。でもまあいいわ。結果的に言えば、今のところ桃香に怪しまれてはいないでしょう。桐谷くんと色々やったから仲は良いって思ってるはずだし、桐谷くんと桃香の会話にもまずい部分はなかったしね。
「……というか桃香と桐谷くん。何かすっごく楽しそうに話してたわよね」
桃香は、まあ誰にでもあんな風に接するタイプだからいいとして。桐谷くんは本当に何を考えてるのかしら。仮にも今は私の彼氏なのよ。彼女よりも彼女の友達と話すってなによ。実際に付き合ってたら目の前で浮気されてるようなものじゃない。
そもそも何で桃香にはあんなに壁がないわけ?
私は桐谷くんとは学年は違うけど、生徒会っていう繋がりがあるのよ。まだ2ヶ月くらいだけど、一緒に仕事したし、おしゃべりだってしたし、海にだって行った。多少なりとも距離が近づくのが普通でしょ。
なのに桐谷くんって最初の頃からほとんど距離感変わらないじゃない。いったいどういう神経してるのかしら。普通男の子って可愛い女の子とか綺麗な女の子とは仲良くなりたいって思うんじゃないの。
「……まあ、私の接し方に問題があったといえばあったわけだけど」
でも仕方がないのよ。
私は男子を異性として認識しない子供の桜や、見た目で特定の男子以外から異性として認識されない奈々ほど男子と会話しないし。恵那ほど必要もないのに自分から他人に話しかけるタイプでもないし、誠みたいにスポーツとかで交友を持てるタイプでもないんだから。
よくよく思い返してみれば、私に男友達っていないんじゃ……
「……いえ、そんなことはないわ。だって私には桐谷くんがいるもの」
生徒会に一緒に所属している後輩を男友達って呼ぶのは何か違う気もするけど、私が男友達と思ってるなら男友達よ。
だから今回の件。そんな相手はいないって誤魔化さないで、桐谷くんに彼氏役を頼んで誤魔化そうって考えたわけだし。
「…………戻ろう」
ここにいてもあまり関係ないことを考えてばかりいる。しかも冷静さを取り戻すことに全く関係ないどころか取り乱す方向で。
それならまだ、桃香の前で桐谷くんとイチャイチャしてあたふたしていた方がマシだわ。……マシってのは語弊があるわね。
ここにいてもあっちにいても大差がないし、ここに長く居てふたりに私はアレしてるんだって思われたくない。それにここでごちゃごちゃ考えてあたふたするよりもあっちであたふたしたほうが、桃香には桐谷くんと私が仲良さそうに見えるだろうから桃香に、私と桐谷くんの仲を誤解させられる。
「普通は意図的に誤解させるものでもないものなんだろうけど……」
はぁ……なんで私は桃香に「か、彼氏……い、いるわよ」なんて言ってしまったのかしら。ほんの2、3ヶ月前までは「はぁ……またその話。あのね桃香、彼氏がいたからって……」みたいに言ってたのに。
……ま、まさか。自分では気がついていなかったけど、私は桐谷くんのことを――
「――そ、そんなはずはないわ!」
だって桐谷くんを好きになる理由とかきっかけがないもの。
私の胸を見る。外的要因があったとはいえ押し倒す。胸に頭でとはいえ触れる、って嫌いになる理由はあるけど。
「でも……別に嫌いにはなってないのよね」
桐谷くんが一方的に悪かったことはないし。それに桐谷くんだって、思春期の男の子なわけだし。
私だってもう高校2年生なのだから、思春期の男の子が女の子の胸とか見ちゃうのは仕方がないって理解している。
むしろ女の子に全く興味がなさそうにしている男子を見ると、あの子はまさかあっち系なのかしら? と考えるわね。
桐谷くんは……あっち系ではないわね……多分。
言っておくけど、多分ってつけたのには理由があるのよ。桐谷くんって、他の男の子よりも女の子にガツガツしてないじゃない。
それに自分で言うのはあれだけど、私を含めて生徒会に所属してる女子って外見は抜群に良いのよ。なのに桐谷くん――最初の頃は顔を赤くしたり(ときどき青ざめてた気もする)してたけど、ここ最近は何というか何をしても反応が冷たいか、奈々並みにツッコミを入れるのよね。
これは私を含めた生徒会が異性として見られる回数が減った。または単純に桐谷くんのスルーとツッコミのスキルが上がった、と推測できる。……生徒会の異常さからして両方って可能性もあるわね。
……ま、まあ桐谷くんの場合。血の繋がってると言われても信用しがたいほど容姿端麗な妹さんたちがいるし、女の子には飢えてないからでしょう。きっとこの可能性が1番高いわ。
「……って」
これじゃ桐谷くんが妹さんたちと……って変な意味になりかねないわね。まあ口に出していないのから問題ないのだけれど。
そもそもの話。何で私が桐谷兄妹の仲を心配しているのかしら。別に桐谷くんは、実の妹と禁断の関係になりたい! って思う変態じゃないのだし。妹さんもしっかり……
「……してるけれど……してなかったわね」
上の妹である亜衣ちゃんは、異性の前でも下着姿で居れる羞恥心をあまり感じない子だし。まあ桐谷くんはお兄ちゃんだからってことで別なのかもしれないけど。
でも亜衣ちゃんって顔・スタイル共に良いから普通の中学3年生より魅力的よね。桐谷くんの性欲が溜まりに溜まったとしたら間違いが起こるんじゃないかしら。強気な性格の亜衣ちゃんでも、桐谷くんに力では勝てないだろうし。
『お、おい兄貴! なにやってんだよ! や、やめろよ私ら兄妹だぞ!』
『やめろって言ってんだろ! 放せよ!』
『頼むから……やめてくれよおにぃ』
みたいになるんじゃかしら――って私は何を考えてるのよ!
こんな明るい時間からエッチなことを考えるなんてバカなの私は。というか、後輩と後輩の妹さんでなんてことを考えているのよ。最低にもほどがあるわ。
「…………ふぅ」
よし。何とか善からぬ妄想の進行をストップできた。
あれ以上は18禁の内容になるし、知り合いの血の繋がった兄妹で妄想したってことで、人として最底辺に落ちてしまうところだったのでストップできた自分を褒めてあげたい。
「……由理香ちゃんは問題ないわね」
言っては悪いけど、亜衣ちゃんと違って控えめの身体していたし、性格も幼さが残っているので見た目は亜衣ちゃんと同じくらい良いけど色気がない。
それに加えて、人の前でも桐谷くんに甘える。桐谷くんと話したりする女性への攻撃的な態度。そういえばあの子、私の胸を見て無駄に大きいとか言ってたわね。自分が小さいからって初対面の人間にそういうことを言うなんてどんな育て方されたのかしら。
私は温厚なほうだから手荒な真似はしないけど、強気な性格の女性に言ったら間違いなく怒鳴られるわよ。今度桐谷くんに言っておいたほうが彼女のためね。
って話が逸れてるわね。
胸っていうのは女性としての魅力のひとつなの。大抵の男性は小さいよりは大きいほうが好きっていうから無駄ってことはありえない。胸が小さかったら挟んだりできな……。
こほん、えー食文化が変化した現代においてAカップとかの人のほうが少ないわけで、男性も大きいな胸のほうが好きって人が多いから無駄ってことはないのよ。中には小さいほうがいいとか、奈々みたいにまな板みたいな胸がいいって人もいるでしょうけど、あくまでここは一般的に行かせてもらうわ。
……って戻る場所を間違えて、どうでもいい思考してるわね私。
えっと確か、由理香ちゃんは顔は良い。だけど胸と性格が残念だから桐谷くんと間違いは起きないってことだったわよね。
あっ、これに加えて桐谷くんが完全に由理香ちゃんを異性じゃなくて妹として見てるってことも理由ね。桐谷くん、由理香ちゃんに抱きつかれても赤面したりしてなかった。それどころか由理香ちゃんのこと少しウザがってたような気がするし。
「へぇ、真央くんって3人兄妹の1番上なんだ」
「ええ」
「真央くんの妹さんだから可愛いんだろうね」
「ええ……あの桃香さん。今の言い方だと俺が可愛いってことになる気がするんですけど?」
「え? あっ、うん。真央くん可愛いよ」
…………何なのかしらあの光景。
ただ桐谷くんと桃香が会話してるだけなのだけれど、あのふたり今日が初対面のはずよね。しかもさっき私が気まずい空気を置いていったはずよね。
なのに何ですっごく和んだ空気なのかしら。桃香なんか嬉しそうに笑ってるし、桐谷くんも……今は何か微妙な笑顔浮かべてるけど。
「あの……可愛いですか俺?」
「うん可愛いよ」
「そ、そうですか……」
桃香、あなたは桐谷くんに何を言ったの。桐谷くん、さらに微妙な笑顔になったじゃない。完全に世間で言うところの苦笑いよ。
桜ほどではない天然だってのは知ってるけど、天然なだけに自然と桐谷くんを傷つけること言ったんじゃないでしょうね。
もしそうだったら怒るわよ。桐谷くんは私の後輩……今はフェイクとはいえ彼氏なんだから。
「真央くん? ……あっ!?」
桃香は何に驚いたのかしら。話の内容は分からないけど、桃香が驚くような感じの流れではなかったと思うのだけれど。
って考え込んだらダメよ千夏。ここで考え込んだら肝心なところを見逃すわ。何が肝心なのかはよく分からないけど――だから考えたらダメでしょ私! すでに桃香の表情が申し訳なさそうな感じに変わってるんだから!
「ごめん真央くん。男の子は可愛いって言われても嬉しくなかったよね」
「え、いや、その……別に嫌だったわけじゃないですよ。この歳で可愛いって言われるなんて思ってなかったんで戸惑っただけで」
「真央くん……」
……何で桃香は桐谷くんを見つめてるのかしら。
桐谷くんが何か言ったのは分かったけど――何を言ったのかしらね桐谷くん。
桃香のことを気遣って優しい言葉でも言ったのかしら。私は桐谷くんにそういう言葉を言われたことがない気がするのだけれど、今日初めて出会った桃香には言ったのかしら。
「そうやって気を遣わなくていいんだよ」
なっ!? なななんなのこの展開は!?
何で桃香は、身を乗り出して桐谷くんの頭を撫で始めたの。
見つめた後にやることなんて、普通は笑いながら脅す……じゃなくて手を握ったりキスでしょ。
……ば、バカ! なにさっきのことを思い出してるのよ私! 小学生じゃないんだからべ、別に間接キスくらい……。
って今はそんなことより目先のことでしょ。ふたりから視線を外したらダメじゃない。
「と、桃香さん!?」
「あっ、ごめんつい」
「い、いえ別にいいんですけど」
「む、また気を遣う」
「え? いや別にそういうわけじゃ……」
さっきからコロコロと表情変わり過ぎでしょあなたたち。いったいどういう会話してるのよ。さっぱり予想がつかないじゃない。
これだから天然は嫌なのよ。今みたいにこっちの予測のできないことするし。……まぁ、だから相手するの飽きないのだけれど。
でも桜ほどになると時々ウザかったりするのよね。かといって桃香だと本当は分かってて言ってるんじゃないの? って疑いたくなるのだけれど。
「……ま、しょうがないか。真央くんはお兄ちゃんだからしっかりしないといけなかっただろうし。でもね真央くん、別に私にはそんなに気を遣わなくていいんだよ。友達と話すみたいにしてくれていいんだよ。そのほうが私も嬉しいし――あっ、甘えてくれてもいいからね。私、真央くんよりお姉さんだし」
桃香、あなた最後なんて言ったのよ。ニコニコしてるから気になって仕方がないわ。
今までの経験からして桃香がニコニコしながら言ったときに限って、普通の人には爆弾発言または勘違いを起こさせる発言だったりするし。
というか、私は何で空いてる席に隠れながらふたりを見てるのかしら。トイレに立つ前はあそこに居たのだから戻ればいいじゃない。今のままじゃ誰かに見られたらふたりをストーカーしてるように見えるわけだし。
よし、善は急げってことで戻るわよ。別にふたりが恋人が出すような良い雰囲気を出していたから戻りにくかったわけじゃないんだからね。
さて、何て言って会話に参加するべきかしらね。って、グダグダ考える必要はないじゃない。「あら楽しそうね。何を話してるの?」みたいに自然な感じで行けばいいだけなのだし――
「――あらふたりとも会話が弾んでるわね……良い雰囲気で。ねぇ真央くん、浮気かしら?」
……あれ?
おかしいわね。自然に話しかけたつもりなのだけれど、桐谷くんの表情が暗くなったわ。暗くなったというよりは青ざめたといった方がいいかもしれないけれど。
何で青ざめるのかしら?
私は笑顔で桐谷くんに話しかけたはずなのだけれど。
まさか桐谷くんは私を差別してるのかしら。桃香の笑顔は良くて、私の笑顔はダメと。
もしそうなら……ふふ、お説教ものね。
やるとしたらどんなことをしようかしら。さすがにこの程度のことでムチや蝋燭を使うハードなものはしないけれど。
……そうねぇ、桐谷くんを正座させて、私はずっと笑顔を浮かべて「桃香の笑顔に見惚れてたりしたようだけど、桃香のことが好きになったの?」とか桃香絡みの質問を投げかけてから、「桃香の笑顔は見惚れたのに、私の笑顔は怖がっていたわね」みたいな言葉を延々と投げかけようかしら。
これならはたから見た場合、私が桐谷くんに説教をしてるようにしか見えないだろうから、もし誰かに見られたとしても「あぁ、あの男子が何かしたんだな」みたいにしか思わないはず。学校でやっても問題ないわね。
……まぁ、彼の家には妹さん達がいる可能性が高いし、妹さん達の教育上やるわけにもいかない。私の家って選択肢もあるけれども……男の子を上げるのはちょっと――
「――ところで……何で桃香はそんなに笑っているのかしら?」
「それはねぇ、千夏は私が思ってた以上にやきもち焼きなんだなぁと思って」
な……何を言ってるのかしらねこの子は。
私は、楽しそうに話してるふたりを見てやきもちを焼いたりはしていないのだけれど。桐谷くんの接し方の違いにイラつきはしたけど。
まあいいわ。さっきまではテンパってて、あまり考えずに話していたけど今は大分落ち着いた。桃香の今の言葉を利用させてもらうわ。
「彼氏が他の女と楽しく話していたら誰だってやきもちくらい焼くと思うのだけれど。たとえ自分の友人だったとしても……ね?」
ふふ、完璧ね。
何が完璧か聞きたい? いいわ聞かせてあげる。
女子同士というものは意外と厄介な関係なのよ。仲が良さそうに見えて内心では腹黒いことを考えたりしてるものなの。
え、私? ふふ、知らないほうがいいことは世の中にはあるものなのよ。でもまあ私の腹黒さを知りたいと思った勇気に免じて参考程度に教えてあげるわ。私は『莫大な賞金を得るために嘘をついて他者を蹴落とすゲーム』みたいなテレビは大好きよ。
……さて、誰かに質問された場合の答えなんか考えてないで話を進めましょう。
現在の自分に彼氏あり友人はなし、自分の彼氏を紹介するというケースの場合。私が今言ったように、さりげなく自分の彼氏を取ったら許さないみたいなニュアンスを含んだ言葉を大抵の女子なら誰だって言うと思うの。
故に私の、彼女としての振る舞いは完璧。
「そうだねぇ……真央くんは彼氏だもんね」
……今の間と言い回しはどういう意味?
私みたいな女でも『彼氏』という特定の相手に対してはやきもちを焼くっていう意味なの。それとも「真央くんが彼氏なら……ね?」みたいな、私と桐谷くんの関係への疑問が込められているのかしら。
まったく天然って毒気やら嫌気のない顔で意味深な言動を取るから困るわ。私みたいに深く考えるタイプは特に……。
なんてことは今は置いておくとして、どう反応したらいいかしら。
桐谷くんに抱きついて仲の良さをアピールする、なんてのが無難だけど……言っておくけど、抱きつくたって桐谷くんの胸に飛び込むとかじゃなくて腕にだからね。
って誰に言い訳してるのよ私は。やる前からこれじゃ、やったらまたテンパりそうね。そうなったら失態を犯して今日の頑張りがご破算ってことに。
ご破算になるくらいなら、いっそのこと胸に桐谷くんを引き寄せて、ギュッと抱き締めながら「真央くんは私のなんだから取っちゃダメだからね」とか言おうかしら。腕に抱きつくより恥ずかしいけれど、初めて会った時に後ろから抱き締めてた経験があるからその感覚で行けば大丈夫……のはず。
「話は変わるんだけど、食事も終わったことだしここ出ない?」
桃香……私が返事するまで待ちなさいよ。流れからしても今のは私が言葉を発する場面でしょ。話を変えるにしてもその後でしょ。
桐谷くんの腕に抱きつこうだの、桐谷くんを自分の胸に引き寄せてギュッとしようだの考えた私バカみたいじゃない。それに、考えたことを行った際の展開まで想像しちゃったから恥ずかしいじゃない。
「千夏も真央くんもせっかく休日に会ってるんだからデートしたいでしょ?」
「あのね桃香」
「あっ、私のことは別に気にしなくていいよ。ふたりのこと黙って見てるから」
桃香、人ってのは気にするなって言われた方が気にするのよ。
それにデートしてるところを黙って見られるってのは、見られる側としては嫌よ。
そもそも前から面識のある私はまだしも、今日会ったばかりの桐谷くんはあなたを無視してデートなんてできるわけないでしょ。桐谷くんはあなたに好意的だから気になって仕方がないだろうし。
あなたが恵那みたいなキャラだったりすれば話は別だけれど。
「そういう気は遣わなくていいわ。私と桐谷くんは同じ学校なんだから毎日会おうと思えば会えるわ。まぁ生徒会に所属してるから顔を会わせない日のほうが少ないのだけれど」
言っておくけど、いま言ったことは嘘じゃないわよ。仕事がない日でも生徒会室に行くんだから。
『どうも』
『あら桐谷くん。今日は仕事ないわよ』
『そうですか。じゃあ失礼します』
『ええ、また明日』
みたいなやりとりがあるだけだけど。でも生徒会室に行ってるんだから嘘ではないわ。
というか、何で私が伝言役をしないといけないのかしら。普通こういう役目は会長である桜がするべきだと思うのだけれど……
『どうも』
『あっ真央くん。おはよう~』
『会長、今の時間帯におはようはおかしいです』
『じゃあ、こんにちわ? それともこんばんわ?』
『……16時過ぎってどっちでしょうね。15時くらいならこんにちわでしょうし、17時ならこんばんわって言うでしょうし』
『どっちだろうね……』
『……ところで会長』
『なに真央くん? あっ、答えが出たの!?』
『いや違いますけど』
『違うんだ……しゅん』
『今日仕事あるんですか?』
『お仕事? 先生に聞いてみたけど今日やることは特にないって言ってたからないよ』
『そうですか。じゃあ俺帰りますね』
『あっ待って。途中まで一緒に帰ろう』
なんで一緒に帰るのよ! それに肝心なことを伝えるまでにどれだけ時間がかかってるの!
って何ツッコんでるの私は。今のはあくまで私の予想した展開であって絶対ではないわ。それにツッコむなんてバカがすることよ。すでにツッコんでしまったけれど、誰もそのことは知らないわけだから問題ないはず。
今した予想は絶対ではないけど、高い確率で似たような展開になるでしょうね。桜にやらせないで私がやったほうがいいわね。みんなが来るまではその日の課題をやればいいし、帰ってやることも特にない日が多いし。
「千夏の言うとおりですよ。今日は彼氏の紹介ってことで集まったわけですから、俺のこと桃香さんに知ってもらわないとダメじゃないですか。だから何かするなら3人でやりましょう」
……何か釈然としないわ。
別に桐谷くんの言った事はおかしくないはず。なのに何で……彼女役にのめり込みすぎて本当の彼女が抱くような感情を抱いてしまってるのかしら。
桐谷くんのことは現状で1番仲の良い後輩としか思ってないから、今の気分の理由としてはこれが1番可能性が高いわね。なら一時的なものだろうし、すぐに元の気分に戻るでしょう。
「えっと、千夏?」
「気は遣わなくていいって言ったでしょ。ここでの用は済んだのだから早く出ましょう。人も増えてきてるみたいだから店側に迷惑だしね」
「……先輩が常識を語ってる」
「真央くん、何か言ったかしら?」
首をブンブン振るんじゃなくて口で言いなさい口で。
というか、何で君は私のことをそんなに怖がるの? 別にこれといって何かしたわけじゃないでしょ。むしろ私のほうが君に色々とされてるでしょ。私に何かされても多少のことは目を瞑るってのが普通じゃないの。
「じゃあお言葉に甘えて……」
桃香が折れたの同時に私達は立ち上がってレジへと向かった。
会計のときに桐谷くんが自分から全員分払うと言ったのが意外だったわ。私の分はまだしも桃香が食べた量はアレだったし。
桐谷くんは桃香に気があるのかしら……




