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生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
28/46

第27話 ~千夏と……キス~

 …………。

 ………………。

 ……………………誰か、何と言えばいいか教えてくれ。

 って、現状が分からないから無理だよね。現実逃避は良くないよね。それは俺も充分に分かってる。

 でもね……自分の目の前に数人分の食事を取ろうとしている女性がいるんだよ。その人が太って……ぽっちゃりしてるなら俺も分かるんだ。だけど目の前にいるのは、簡単に言えば爆乳美人と呼べる月森先輩と同レベルの女性の理想のひとつを体現している美人さん。

 そんな人が数人前の食事を今から食べるって状況を俺はいま目の前にしているんだよ。おそらく大抵の男子(恋愛経験のない平凡男子)は内心で俺と似たようなことを考えると思う。


 ……あぁ……何か腹が一杯になってきたなぁ


 今は学校がある日なら朝食と昼食の時間の中間と呼べる時間帯。俺も軽く空腹を覚えていた。だから軽くサンドイッチとコーヒーを頼んだ。

 だけど桃香さんの頼んだ品物を見てると食欲が失せてきた。軽いメニューだけどコーヒーだけでいいなって思う。


 はぁ……先輩に文句言ってやりたい


 桃香さんは月森先輩の友人だ。つまり先輩は、桃香さんが数人前を食べると知っていたはずだ。ふたりは、電話をするだけでなく彼氏云々という恋バナまでする仲なのだし。


「真央くんどうかした?」


 桃香さんは俺の様子がおかしいのに気づいたのか、首を傾げながら話しかけてきた。それに対しては俺は「何気ない仕草も可愛いなこの人」と思った。

 って、違う。思ったのは事実だから違うとも言えないんだけど違う。それと同時に、俺の様子がおかしいって思ったのなら、何でその理由が目の前の食事の量だって気づかないんだ? とか思ったんだ。

 何で弁解するようなことを言っているのか自分でも良く分からない……今日は月森先輩っていう彼女がいるんだった。

 月森先輩、俺の考えが読めるのか抓ったり肘を打ち込んだりしてくるからなぁ……俺、この短時間で無意識のうちに先輩に弁解する癖でも付いたのかな?


「いや、その……ちょっとお腹が痛くなってきたなぁと」


 桃香さんにいま言ったこと嘘だけど完全に嘘じゃないぞ。隣に座って表面上は優雅にコーヒーを飲んでいるが、内心では少しでも冷静になろうと努力している今日一日だけの彼女に、さっき脇腹に肘を打ち込まれたから痛いんだ。


「え、そ、そっか……大丈夫? トイレ行く?」

「桃香、食事前にそういう話しない。マナー違反よ。それと、別に真央くんはお腹なんか痛くないわよ。桃香がこれから食べる量に食欲が失せたのよ。お腹が痛いって言ったのは気を使ったんでしょう」


 ……あんたって人はァァァァァッ!

 何でそういうこと言っちゃうの? マナーがなってないのは桃香さんよりもあんたのほうだよ! 大体桃香さんは俺のことを心配してくれただけじゃないか!


「あはは……そっか、そうだよね。私、人よりもいっぱい食べるから……」

「え、あ、いやその、千夏の言葉は真に受けないでください。お腹が痛いのは事実なんで」

「真央くん、別にそんなに気を使う必要ないよ。割と慣れてるから。大体の人は真央くんみたいな反応するし」


 桃香さんは苦笑いを浮かべながら言った。それに罪悪感を感じずにはいられなかった。

 1番罪悪感を感じるべき人物は、いま行われた会話に全く興味がないといった感じの涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。

 この人はこんなんだから友人と呼べる人の数が少ないんだろうな。まあ――


「――自分の性格をよくわかってるから外面の良いキャラを被ってるんだろうな」

「真央くん……」


 月森先輩は、コーヒーを飲むのをやめながら俺の名前を呼んだ。普段どおりの声にも聞こえるが、どこか冷たさが混じっているようにも感じた。

 視線を向けてみると、目を閉じている先輩の横顔が見えた。

 先輩は徐々にまぶたを上げ、鋭さが感じられる目をこちらに向けてきた。


「何をブツブツ言ってるの? 言いたいことがあるならはっきり言ったら? 私は君の彼女なんだから」


 先輩の言い方からして、どうやら無意識のうちに口に出していたようだ。

 そういえば生徒会に入ってからこういうことが多くなったような気がする。どうにかして直さないといけないな。自分で自分の身を危険に晒しかねないし。

 とりあえず今は目の前の状況をどうにかしよう。幸いなことに先輩には何を言ったかは聞かれていない。だから黙秘せずに、この状況で俺が言いそうな現実味のある嘘を言えば誤魔化せるはずだ。


「じゃあ言うけど……コーヒーだけで足りるのか?」

「……真剣な顔で聞いてきたわりにしょうもないわね」


 よっしゃ、誤魔化せた! ナイスだ俺!

 と、決して口に出すような馬鹿な真似はせず、心の中で叫ぶだけにしておいた。気持ち的に普段はほとんどしないガッツポーズもした感じだ。


「しょうもなくないよ千夏」

「……桃香、いきなり会話に入ってきてどうしたの? というか、なんで怒り気味なの?」

「それは怒るよ。千夏は食べなさ過ぎ」


 桃香さんは、言ったとおり怒っているようでムスッとした表情を浮かべている。

 桃香さんって優しそうだから怒りそうにないな、と何となく思ってしまっていたが、どうやら違ったようだ。

 いや、優しいからこそ怒っているのか。本当に優しい人物は、友人が悪いことをしたときなどはきちんと指摘するものなのだから。


「ちゃんと……食べてるわよ」

「嘘つかない。千夏が少食なのと朝低血圧なの知ってるんだから。千夏は普通の子よりも背大きいんだし、血圧だって低い方なんだからちゃんと食べないと身体に悪いよ」

「別に何も病気になってもいないんだから問題ないわ。というか、そっちのほうは食べ過ぎよ。私と変わらないくらいなのに、どこにそれだけの量が入るの? って桃香の食べる様子を見るたびに思うわ。私よりも桃香のほうが身体に悪そうだけど」


 桃香さんは月森先輩に心配から言ったのだろうが、月森先輩はそれに対して素っ気無く返した。もうちょっと言葉を選べないのか、と言いたくなりそうな先輩の言葉に、場の空気がギスギスしたものに変わり始めたように感じた。

 ふたりからすれば単なる言い合いなのかもしれない。だが、ふたりと深い関わりのない俺からすればケンカに近い雰囲気に感じる。これが亜衣と由理香なら「またか」と思うだけなのだが。


「真央くんもそう思わない?」


 え? ここで俺に話を振るんですか。

 いやまあ、確かにふたりの意見は真逆。どっちかの意見に回るってことはないだろうから第3者である俺にどっちが正しいか求めるのはおかしくないけど。

 うーん…………どっちにも賛成できない。桃香さんの言うことも間違いではないし、先輩の言うことも胃とかのことを考えると間違いではないから。

 だがしかし、どちらかを選ばなければならない空気だ。

 何故なら桃香さんは「真央くんも千夏のことが心配でしょ。ここで言わないとダメだよ」みたいな目で見てきている。先輩は「彼女と今日会ったばかりの女のどっちに賛成するかは分かるわよね?」みたいな目で見てきている。

 どちらかに賛成しなければならないなら、今日会ったばかりだが先輩よりも遥かに人間性に優れる桃香さんに賛成したい。だが俺の今の立場は『月森先輩の彼氏』だ。それに今日を乗り切るにあたって先輩の言うことには逆らわないという約束もしている。

 考えろ、考えるんだ俺。桃香さんの気分を害さず、先輩の気分も害さない方法。できることなら桃香さんに俺と先輩が恋人同士だと思わせる方法も込みで考えるんだ俺。


「……千夏の言うとおり、桃香さんは食べ過ぎな気がします」

「真央くん……うん、まぁそうだよね。自分でも分かって――」

「だけど、桃香さんがいいなら別にいいと思います。桃香さんからすれば違うかもしれませんけど、俺から見た感じだと桃香さん全く太ってませんし」


 腕とかも細いし、もっと食べるべきなんじゃ……とはさすがに言えないな。今でも充分にそのへんの男性より食べてるわけだし。

 というか、何でそれなのに体重が増えないのだろう? 運動とかで摂取したエネルギーをきちんと消費しているのか? それとも……栄養が全て胸とかに行ってるのかなぁ。

 っていかんいかん。この状況で桃香さんの胸のことを考えてどうする。いつからそんなになったんだ俺。そんなに四六時中エロいことを考えるやつじゃないだろうが。それに今は先輩っていう彼女だっているんだぞ。他人の胸を見ている場合か。彼女ってのはフェイクだけど。


「え、えっと……そのありがと。……でも真央くん、私意外と二の腕とかが……」

「え? 充分細いと思いますけど」

「そうかな?」

「はい。まあ異性から見た感じですから同性からだと違うかもしれませんけど……。えっとほら、桃香さんは背だって平均より高いですよね。背が高いとその分骨とかの大きさも変わるわけですから。だからあまり気にしてダイエットするとガリガリになるんじゃないかと。男からすれば多少肉があるほうが健康的で良いってよく言いますし、あまり気にされない方が……その、桃香さんは今のままで充分魅力的ですし」

「……えっと、ありがとぅ」


 桃香さんは、顔を赤くして俯いてしまった。それを見た俺は自分の言った内容を思い出した。フォローと一般論を言っただけのつもりだったが、完全に最後のは違う。魅力的なんて言葉、異性に向かって初めて言った。

 その恥ずかしさから桃香さんから視線を外すと、片肘を突いて面白くなさそうな顔をしている月森先輩の姿が見えた。

 それを見た瞬間にやばいと思ったのは言うまでもない。両方の意見はそれぞれ正しいという内容でやるつもりだったのに、完全に桃香さん側の内容が多くなってしまったのだから。正直に言うならほんのわずかの間、先輩の存在を忘れていた。


「えっと……」

「…………」


 あっ、そっぽ向かれた。

 どうする、じゃない。どうしよう、でもない。どうにかするんだ。そのためにも今の状況をよく分析しなければ。

 そっぽを向いている月森先輩は機嫌が悪い彼女。俺は彼女の機嫌を直そうとしている彼氏。つまりはたから見れば、今の状況は彼女の機嫌を直そうと何とかしようと彼氏が頑張っている……まだ何もやってないから頑張ってないかもしれない。けど今から何とかするから気にしない。

 さてどうする……桃香さんに仲の良さをアピールすることも忘れちゃいけないし。それを踏まえて今の状況で俺(彼氏)がやることは……


「……千夏」


 名前を呼ぶと、月森先輩はこちらに少しだけ顔を向けた。

 俺の姿を視界に捉えた先輩は「……は?」といった感じの表情を浮かべた後、こちらに「君は何がしたいの?」という視線を向けてきた。

 それはまあ……無理もないだろう。何故なら


「千夏、あ~ん」


 こんなことを俺がやっているのだから!

 彼氏でもない男に「あ~ん」なんてされれば、それは先輩のように驚きの混じった表情を浮かべて疑問の視線を向けてくるだろう。人によっては軽蔑の眼差しで見る人だっていることだろう。だから軽蔑の視線ではなく疑問の視線を向けてくれた先輩に心から感謝。

 軽蔑の視線なんて異性から向けられたら俺……多分当分の間へこむと思う。そんな視線今まで受けたことないから耐性ないし、先輩とは生徒会で顔をあわせるわけだから思い出してへこむってパターンを繰り返しそうだし。


「…………」「…………」「…………」


 う……先輩は無反応だし、桃香さんは気まずそうに見てる……けど、どこか恥ずかしそうにも見てる。他人のこういうことを見るのが恥ずかしいって、桃香さんってかなり純情な人だなぁ。そういう人って嫌いじゃないけど……今は辛い。


「……(あっ……先輩顔背けた)」


 これは完全に先輩の機嫌を損ねてしまったか? いやだけど、先輩ならこっちの意図くらいは分かるだろうし。

 ……そうか! 恥ずかしくて顔を背けたのか……なんて思えたら楽なんだけどなぁ。でもそれはないよな。だって先輩だもの。嫌いなものには嫌い、みたいにズバッと言えちゃう人だもの。誠さんみたいに乙女じゃないもの……


「はぁ……」

「……食べる」


 いつまでこうしててもしょうがない。自分で食うか。と、サンドイッチを口に運ぼうとしたとき、顔を背けたまま月森先輩が口を開いた。

 それに反射的に動きを止め、頭は先輩の言ったことを理解しようと動き始めた。否定的なことばかり考えていたため一瞬で理解できなかったのだ。

 その間に先輩はこちらに振り向き、俺の手にあるサンドイッチにかじりついた。そして月森先輩は、サンドイッチを一口食べると再び顔を背けた。

 え、素っ気なさ過ぎ……と思ったが、よく見れば頬や耳が赤みを帯びていた。今回の場合は恥ずかしさから顔を背けたようだ。

 ……当然といえば当然か。

 月森先輩は、大人っぽい女性であるが大抵の人には仮面を被って接している。それに俺が1番親しい男子ということなので、決して男慣れしている方ではない。

 これに加えて、恥ずかしそうにしながらも決してこちらから目を離そうとしない友人の前で『あ~ん』をされたのだ。恥ずかしくないわけがない。『あ~ん』した俺だって恥ずかしいのだ。された側の先輩は俺よりも恥ずかしいに決まっている。

 さてと……先輩が一口かじったサンドイッチどうしよう。先輩に食べてもらうのが1番だが、友人の前で『あ~ん』という恥ずかしい思いをして一口食べてくれたんだよな。俺と先輩の立場が逆だったら、と思うとこれ以上の無理強いはできない。

 それにだ。先輩の純情なご友人さんがこちらの顔とサンドイッチを交互に顔を真っ赤にしたまま見ていらっしゃる。どう考えても「そのサンドイッチどうするの?」と暗に言っているようにしか思えないし、何かを想像しているに違いない。見るの恥ずかしいなら別のところ見ろ! ってすっごく言いたいね。

 だがしかし、今日の目的を果たすために我慢するしかない。そして目的を果たすために、俺は先輩の食べかけのサンドイッチを食べるしかないのだろう。俺は先輩の彼氏なのだから。……だけど、世の中の彼氏の誰もが間接キスをしてるわけじゃないよな。というか、今の俺のような状況ではほとんどやらないのではないか? いや、考えるまでもなく普通はやらないだろう。よほどのバカップルでもない限り。

 さて、そろそろ食べるか食べないか決めないといけない。桃香さんの視線が俺の顔だけに集中しつつあるしな。

 食べれば俺と先輩の仲は良いと証明でき――欺ける。だけど確実に今後の俺と先輩の距離感がおかしくなる。気まずさのある学校生活(生徒会活動くらいだけど)は嫌だなぁ。だけど食べないと仲の良さをアピールできるチャンスを無駄にすることになり、今日失敗に終わった場合は先輩に非難されることだろう。下手をすれば、やっぱり考えたくもない。

 食べる(気まずさ)か食べない(恐怖)か、を選ぶのなら俺はまだ改善する可能性のある前者を選ぶ!


『あ……』

『ん? ……な、なななっ』


 視線をふたりから外して口に入れたが、発せられた声で状況が想像できてしまった。きっと桃香さんは、顔を赤くした状態で俺とサンドイッチ、そして先輩を見ているだろう。月森先輩は、羞恥心で顔を桃香さん以上に真っ赤にさせていることだろう。俺もきっと先輩と同等に顔を赤くしてるに違いない。何故なら顔だけじゃなくて全身が熱いからだ。

 ……って流れになって、きっと俺逃げ出しただろうな。

 はい、力強く言ったけど実行してません。こいつへたれだ、って思ったやつ……悪いかよ! ここで簡単にやれるなら俺はもっと違う人生歩んでんだよ! というか、お前だったらできんのか!


「千夏。口つけたんだから最後まで食べような(お願い食べて! 先輩だって手を握ったりとかは良くても間接キスは良くないでしょ!)」


 俺の心の叫びが聞こえたのか、冷静に状況を分析したのか先輩は一口かじったサンドイッチを手に取り、そっぽを向いた状態で少しずつ食べ始めた。

 俺は一安心しながら残りのサンドイッチに手をつけ始める。桃香さんはそんな俺たちを見て緊張や羞恥が薄れたようで、顔から赤みが消えた。のだが、どこか残念そうに見えるのは俺の気のせいだろうか? いやここは気のせいだと思っておこう。

 言ってなかったけど桃香さんは、俺たちと違って顔を真っ赤にしてこっちを見てるときもちょくちょく食事を進めていた。真っ赤な顔でもぐもぐしてる桃香さん、正直に言って可愛かったです。桃香さんみたいな彼女がほしいって思うくらいに。


「ところでふたりに聞きたいんだけど」

「なに?」

「えっと、あのね……その――」


 来た! ついにどういう経緯で付き合い始めたか質問される時間が来てしまった!

 何でわかるかって? そんなの桃香さん見れば分かるだろ。妙に言いよどんでるし、また顔を真っ赤にし始めてるし。


「――えっとね」

「……さっさと言いなさい」

「(あんたは鬼か! というか、急かしちゃうの!? その分とんでもないのがいきなり来る気がするんだけど!)」

「わ、分かった。……その、ふたりはカップル用のドリンクは飲まないの?」


 ……この人はいったい何を言ってるんだ。そんな周囲から嫉妬の視線を集めるようなものが、カップルを見ると「リア充爆発しろ!」みたいな感情を抱く店員ばかりのこのファミレスにあるわけ……桃香さん、めっちゃメニュー指差してるよ……。

 つまり非常に残念なことにカップル用のがあるってことだ。

 桃香さん、何であなたはそんなに間接キスをさせようとするんですかね。そりゃさっきのサンドイッチよりはマシだよ。先輩のかじったところに口をつけるわけじゃなくて、グラスに入った液体を別々のストローで飲むわけだから。

 でもさ、俺と先輩はカップルじゃないんだよ。見栄っ張りな先輩に頼まれてカップルを装っているだけなんだ。って言えたら楽なのになぁ……言ったら別の意味で楽にさせるから言わないけど。

 ……はぁ。さっきよりマシな以上やるしかないか。やるまで似たような状況を繰り返すだけの気がするし。


「すいませんー」


 店員を呼ぶ声を発すると、月森先輩が「まさか頼む気なの!?」といった感じの驚愕の顔を浮かべた。

 気にせずに営業スマイルの店員にカップル用のドリンクを注文すると、店員が一瞬嫉妬めいた表情を浮かべた気がした。


「き、君は何をしてるの!」


 店員が去ると同時に、先輩が両手で俺の顔を固定し、少し距離を縮めればキスしてしまいそうなほど顔を近づけて話しかけてきた。

 怒っているようだが、桃香さんに聞こえないように小声のため冷静さは残っているようだ。

 普通の人間なら密談してる時点で恋仲じゃないな、と理解するだろう。だが桃香さんはおそらくケンカしていると思うタイプ、会長ほどではないが天然が入っている人なので大丈夫だろう。


「先輩と付き合っているってことを証明しようとしてます」

「証明するにしたって他に方法は色々あるでしょ!」

「例えば?」

「……私がかじったのを食べる、とか」


 ふざけるな! 何で俺の受けるダメージがでかいんだよ! 立場が逆だったらあんた絶対にしないだろ!


「それは嫌です。そんなことをしたら俺、恥ずかしくて絶対ボロ出します。というか、受けるダメージはお互い同じにするのがベストでしょ。片方だけダメージが多いと、もう片方に会うのが気まずかったりして今後支障が出るわけですし。お互いイーブンなら今日のことはなかったにしようってことで水に流せるでしょ?」

「それは……そうだけど。……でも、私は君ほど早く割り切れ――」


 こちらの言い分に納得はしたようだが、それでも不満があるのか先輩が小声で何か呟いていると、店員が注文したものを持ってきた。

 大きめのグラスに、それに挿さっているハートの形を模したストロー。目の前にあるドリンクは、まさに世の中の人目を気にせずにイチャつく、通称バカップルが飲んでいる飲み物に間違いない。


「――ぐだぐだ言わないで飲みましょうか。これを乗り切ったら多少のことは断れるでしょうし」

「…………分かったわよ。……この先本当の恋人できなかったら責任とってもらうんだから」

「なにボソボソ言ってるんですか?」

「気にしなくていいわよ。君への文句を言っただけだから」


 いや、文句なら気にするよ。

 そりゃ俺が独断先行しちゃったわけだから文句を言いたいのは分かるけど。というか、文句ならいっそのこと隠さないで言ってほしい。溜められて一気に解放されるほうがこっちは困るし。

 って、こんなことを考えている場合じゃない。先輩の気が変わらないうちに飲まないと……何でカップル用ってデカいグラス使うんだろう。見た目から判断すると二人分以上ある気がするんだが。まさか店側の嫌がらせか? 嫉妬してたみたいだし充分にありえる。

 でも待てよ、ドリンクの量を多くするってことは、それだけイチャつく時間が長くなる。それはかえって見る側としては嫌だろう。だから嫌がらせではない可能性が高いか。

 あっ、また別のこと考えてるよ俺。……よし、さっさと飲もう。


「…………」「…………」「…………」


 ……やばい。やばいぞ。今までに経験がないほぞ胸がバクバク言っている。

 第三者に見られている状態で、異性とひとつに繋がったストローでドリンクを飲むわけだから、恥ずかしく思うし緊張するのは分かっていたけど、予想以上の恥ずかしさと緊張感だ。

 予想以上に感じてしまう原因はまず第一に、桃香さんが顔を赤くした状態でこちらを見ていることだろう。桃香さんがニヤニヤしながら見ていたならば、「あんた分かって楽しんでるだろ!」と怒りの感情が湧き上がるので少なからず羞恥心と緊張は減少していたはずだ。

 次に、俺と先輩の座っている位置だ。カップル用のドリンクは、基本的に向かい合った状態で飲まれるものだろう。俺と先輩は向かい合ってではなく、隣り合って座っている。

 向かい合った状態で飲むのは、お互いの顔が至近距離にあるわけだからそれはそれで恥ずかしいだろうが、隣に座ってる状態で飲むよりはマシのはずだ。何故なら隣り合った状態で飲もうとすると必然的に互いの距離が近くなるからだ。さっきから何度も俺の手が先輩の手に触れてはお互いに少し離れるという行動を繰り返しているのが何よりの証拠だろう。

 身体を触れさせないで飲めばいいだけなのだが、それははたから見れば変だろう。それに今回の目的は俺と先輩が付き合っているということを証明することだ。変な体勢で飲むわけには行かない。

 ……だけど、自分からカップル用のドリンクを飲むと決断しておいてなんだが、ほんの少し前の自分を殴りたい。


「……!」


 迅速にドリンクを飲むという行為を終わらせ、なおかつ桃香さんには自然に見えるようにするため俺は覚悟を決め、何度も触れていた先輩の手の上に自分の手を置き、先輩の手を握った。先輩の身体が一瞬震えたのは言うまでもない。

 顔を赤くした先輩が何をやっているんだ、という目でこちらを見てきたが、すぐに視線をドリンクの方に戻した。おそらく俺も真っ赤になっていること、俺の取った行動からこちらの意図を理解してくれたのだろう。


『…………』


 俺と先輩は、桃香さんに見守られた……違うか。見られた状態の中、ストローの口へと自分の口を近づけていく。

 ストローに近づくに比例して俺と先輩の距離が縮まり、身体が密着していくので心拍数も上がっていく。

 手からは先輩の手の感触。ほっそりとしているけど柔らか味のある感触が伝わってくる。手に負担をかけないように密着する度に、握る場所を微妙に変えて先輩の手を握っているため、俺の手より約一回りちょっと小さいことも分かった。


「……ぇ」


 俺に一方的に手を握られるのがしゃくだったのか、手を必要以上に動かすなという意味を込めてなのか先輩も俺の手を握ってきた。

 先輩に握られたのは指先だけだが、思わずドキッとしてしまった。さらにその瞬間、先輩から香る甘い匂いが鼻腔に思いっきり入った。

 周囲の人にも心臓の鼓動が聞こえるのではないか、と思うほど自分の胸がうるさい。少しでもいいから落ち着いてくれ――


「――ぅん」


 隣から声とは言えない声が聞こえたため、顔を向けると純情な桃香さんよりも顔を赤くしている先輩の顔が見えた。

 先輩は俺以上に羞恥心を感じているのかこちらを見ようとはせず、少し俯いた状態で止まっている。ただ視線だけは動いていた。先輩の視線の先を見ていると、そこには俺に握られた先輩の手があった。

 そこで俺は、自分が先輩の手を強く握っていることに気づいた。おそらく心臓に少しでもいいから落ち着いてくれ、と思ったときに無意識に握る力を強めてしまったのだろう。


「……!」


 先輩が声を漏らした理由を理解した俺は、手に入れていた力を緩めて先輩の手から退けようとした。だが俺の手が少し離れた瞬間、先輩が俺の手を握ってきた。先ほどまでと違って手を繋いだ状態になっている。

 先輩の手のひらに触れる部分が増えたため、さっきよりも先輩の手から柔らかい感触が伝わり、先輩を意識してしまう。

 おそらく先輩の行動は、細かいこと気にしないでさっさと飲もうという意味が込められているのだろう。いや、だろうじゃない。そのはずだ。そう思わないと理性が持たないし、今日のこと勘違いして先輩のことを好きになりかねない。


「…………」「……(頼むから崩壊しないでくれよ俺の理性……)」


 ストローに近づくにつれ、先輩の綺麗な顔が近づいてくる。

 長いまつげに綺麗な瞳。健康な赤みの、実に柔らかそうな唇。唇に負けないくらい恥ずかしさや緊張で真っ赤に染まった頬。大人びてるように感じる一方で、年相応の少女らしさも感じる顔だ。と、内心思いながら先輩を見ていると、先輩もこちらを見てきた。

 視線が重なりあった瞬間、顔の熱が増した気がした。だけどストローは間近であるため、距離を取るようなことはしなかった。一度離れるとまた、今行っている恥ずかしくて、ドキドキして、何となくだが嬉しいと感じる時間を一から味わらないといけなくなるからだ。

 勘違いがないように言っておくが、別に嬉しいというのは月森先輩だから嬉しいってわけじゃないぞ。先輩みたいな美人といま俺がやってるようなことをしたら、男なら誰だって恥ずかしいけど嬉しいって思うだろ。俺が言いたいのはそういう嬉しさだ。


「「…………」」


 先輩と見詰め合った状態のままストローに近づき……ついにお互いストローに口をつけた。

 息を吸うようにすると、ストローにドリンクが徐々に浸入してきた。目の前に先輩の顔があるため、口にドリンクが届いた瞬間に先輩と間接キスをしたことになるんだと意識させられる。

 そうこう考えているうちにドリンクが到達し、口の中に爽やかな甘さと炭酸が広がった、ような気がした。

 何で気がした、と曖昧なのかというとだ。先輩を異性として意識している上に、先輩と間接キスをしたんだ。つまり今の俺は、恥ずかしさやら緊張やらで味が分かる状態じゃない。だから、さっさと解放されようと一気に飲もうと考えていたけど、一口飲むことしかできなかった。ただ一口といっても、口いっぱいに含んでの一口だ。それなりに飲んだんだぞ。


「ふぅ……」


 俺は、ストローから口を離すと月森先輩から顔を背けて息を吐いた。

 正直今すぐに先輩の顔を見ろと言われても見れない。見たら即行で顔を背ける。できることならトイレに行って間を置きたい。しかし、トイレに行くにも先輩に退いてもらわないといけない。

 俺に逃げ道はないな……


「……ぁ」


 ふと向かい側に座っている桃香さんと目が合った。

 桃香さんは、真っ赤になっている顔を両手で覆った状態で指の隙間からこちらを見ていた。

 月森先輩と見詰め合ったところらへんから桃香さんのこと忘れてたけど、今みたいな状態で見てたんだな。というか、現実に指の隙間から見る人っているんだな。生まれて初めて見た。他人のやってる行為を見てそこまで恥ずかしがるなら見るなよ、と思わなくもない。


「え、えっと……ふたりってすっごく仲良しなんだね。その、目的だった彼氏に会うってことは果たしたから私帰ろうかな」


 なんだって!?

 完全にドンドン切り込まれる流れだったのにまさかの展開だ。予想外だが、こっちにとってはとてつもなくありがたい展開だから感謝の気持ちしかない。


「ダ、ダメよ!」


 え……ええぇぇぇぇぇ!?

 先輩、何でダメなの!? ここは肯定の返事をして解散ってのが俺と先輩にとってベストな選択のはずですよね!


「ダメって……あのさ千夏。どう考えても私ってお邪魔だと思うんだけど」

「な、何言ってるのよ! 別に邪魔なんて思ってないし、むしろいないほうが困るわ!」


 いないほうが困る?

 ……考えられるとすれば、間接キス→桃香さんが帰る→俺とふたりっきりになる。ってところで先輩の思考が止まったってことくらいか。どう見ても今の先輩テンパってるから充分にありえる話だろうし。

 先輩に話しかけるのは恥ずかしいが、先輩の間違いを正して即解散するためにも話しかけるしかない。


「えっと千――」

「桐谷くんは黙ってて! 今は私と桃香が話してるの!」

「――夏……はい」


 俺には先輩を止めるのは無理だ。世の中の連中にへたれと呼ばれることになろうと無理だ。

 だって先輩……血走った目でこっちのこと睨んできたんだもん。それ以上口を挟んだらヤるわよ! って感じの本気の目だったんだもん。


「えーと千夏、ほんとに私、居ていいの?」

「いいって言ってるでしょ、というか絶対居なさい! まだ桐谷くんの良いところとか自慢してないんだから!」

「え、あっうん。分かった」

「それでいいのよ。……ふぅ、ちょっとお花摘みに行ってくるわ」


 先輩は、俺たちが了解の返事を返す前にさっさとトイレに歩いて行った。

 このとき俺は、あの月森先輩がちゃんとトイレに行くってことを花を摘みに行くって言うなんて――とか思ったわけではない。

 さっき俺もある目的のためにトイレに行きたいと思っただろ。だから先輩に対して思ったことは、自分だけ逃げやがった!? だったよ。

 それにしてもどうしよう。俺と桃香さんのふたりっきりになった。ただでさえ今日会ったばかりなのに、先輩のせいで妙な気まずさがある状態だ。


 先輩……早く戻ってきて



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