第26話 ~千夏の友人 水無瀬桃香~
やばい。
いま俺が置かれている状況を一言で表すならこの言葉以外ないだろう。
何故なら、恋人のふりをしなくてはならないのにお互いをどう呼ぶかしか打ち合わせができていない。今回の都合上、確実と言っていい確率で恋仲になるまでの馴れ初めなどの話が出るはずだ。どういう経緯で出会ったのか。どっちから告白したのか、など先輩の友人が質問してくる内容は、数えたらきりがないほど考えられる。それなのに質問に対する用意が何ひとつできていない。こんな状況をやばい以外何と言えるだろう。
「ず、ずいぶん早く来たのね」
隣に座っている月森先輩も笑顔で話しかけたが、内心はとんでもなく焦っているようだ。
まあそれも無理もない。打ち合わせをするために1時間ほど早めの待ち合わせをしたのにも関わらず、何気に入ったファミレスで友人に遭遇してしまったのだから。それに月森先輩は、自分のペース以外では極端に打たれ弱くパニくりやすい人だし。
月森先輩、頼むからパニックになるのだけはやめてくださいね。あなたがパニック起こして逃亡でもしようものなら、初対面の人とふたりっきりって状況になるんですから……流れからして、確実に先輩の友人に事情を説明しないといけないよな。すると後日先輩から何かしらされる。
……月森先輩。俺もできるだけ頑張るから、あなたも今以上にパニックにはならないでね。現状を維持するか普段の冷静さを取り戻してね。
「まあね。千夏って待ち合わせに遅刻すると怒るし」
でしょうね。月森先輩って5分前に来い! とかは言わなさそうだけど、遅刻してバスとか電車に乗り遅れたら怒りそうだし。
それに普通に怒るならまだしも月森先輩の場合、さらっと傷つくことやテンションが下がることを遠まわしに言ったりする怒り方だろうから嫌だよな。バスとかに乗り遅れた場合とかは「○○が遅刻したらから……」じゃなくて「もうちょっと待ち合わせを早くすればよかったわね」みたいな感じだろうし。
そんなことを思いながら先輩に視線を向けると、笑っている顔が見えた。
うん、これは店員さん達と同じ作り笑顔だな。そんで一瞬顔が引き攣ってたから
『だからって1時間以上前に来なくていいでしょ。というか、今日はむしろ遅刻してきなさいよ。何でこっちの空気を読まないのかしら。それともあれかしら。私が嫌がる方の空気を読んだのかしら……』
みたいなこと内心で考えてるだろうな。
「だから早めに来て、ご飯食べたりそのへん見て回ったりして時間潰そうかなって思ってたんだ。そっちも同じこと考えてたみたいだけど」
違います。俺達はそんな純粋な気持ちでここに入ったんじゃないんです。あなたをどう騙すかってことを話し合うために入ったんです。月森先輩がいるので口には出しませんが、心の中で謝らせてもらいます。本当にごめんなさい!
「まあ、そんなことより……」
う……ついに俺を見てきた。
やばい、何か腹が痛くなってきた。ただ見られてるだけなのにどんだけ緊張してんだよ俺。美少女・美女の視線なんて生徒会のメンツに見られてきたんだから慣れてるだろうに……
「千夏のカッコいい彼氏さんの紹介してよ」
カッコいい彼氏?
えーと、いま月森先輩の彼氏を演じてるのは俺だよな。 つまりカッコいい彼氏=俺……えぇ!? 平凡な俺がカッコいい!?
いやいや落ち着け俺。流れとか常識から考えてお世辞に決まってるじゃないか。こんな自然と男が寄ってきそうなほど容姿端麗な人が、平凡男子たる俺のことをカッコいいなんて思うわけがない。何か自分で言ってて悲しいけど。
でも……お世辞と分かっててもかなり嬉しいな。カッコいいなんてブラコンの由理香くらいにしか言われたことないし――
「――ッ!」
突然右手の甲に痛みを感じた。
先輩の友人にいらないツッコミを入れてほしくなかったので、目だけ動かして確認すると、俺の手を思いっきり抓っている手が見えた。
「どうかした?」
「別に何でもないわよ。ね?」
うわぁ、すっごくイイ笑顔してるな。って、何で月森先輩は怒ってるの? 俺、まだ何もしてないはずだよな。
って痛い! 何でどんどん抓る力強めるの! さっさと答えろって催促か! それなら仕方がない……わけがあるか! 抓って伝えんじゃねぇよ、口で言えよ口で!
「え、えぇ……」
内心であれこれと文句を叫んでいたが、痛みを我慢しながら肯定の言葉を言うことしかできなかった。だって今日は先輩の言うことに従う。暗に逆らわないって言ってしまっていたから。
それがなかったとしても、にっこりと微笑んだ先輩の「言う言葉は分かってるよね?」みたいな視線を浴び、手の甲を引き千切ろうとしているようにしか思えないほどの力で抓られた状態で否定の言葉なんか言うわけがない。
もし言えるやつがいるなら、俺はそいつを勇者かドM、彼氏を演じるということを忘れているバカ。このどれかに認定する。
「まったく、お世辞って分からないの君は」
抓られた手を先輩の友人から見えないようにテーブルの下でさすっていると、月森先輩が顔を近づけて小声で話しかけてきた。理不尽に人の手を抓り、ちゃんとこちらは先輩の意に従ったというのに不機嫌な顔をしている。
「それくらい分かってますよ」
月森先輩に逆らわないという約束をしてはいたが、月森先輩の理不尽さに抱いた負の感情を消滅させることはできず、不機嫌さの出た返事をしてしまった。
「どうだか。カッコいいって言われてデレデレしてたくせに」
普段の先輩なら「あら、何かしらその反抗的な目は? 今日は私の言うことを聞くんでしょ」などと笑みを浮かべながら言って、こっちに反論できない雰囲気を作っただろう。
ただ今日の先輩は、普段とは違って冷静さを欠いているのか氷室先輩ほどではないがヒートアップした返事を返してきた。
ケンカ腰の先輩の言葉にカチンときたのは言うまでもない。異性の先輩で言うのはおかしい気もするが、こっちは先輩と違って容姿が優れている人種ではない。平凡なのだ平凡。故に人からカッコいいなんて言われることは滅多にないのだ。
加えて、目の前にいる先輩の友人のような清純な美人にカッコいいと言われたのだ。カッコいいなどと言われ慣れていないのだから、お世辞だと分かっても嬉しいと思うのが普通だろう。
こちらには自分のことを分かれと言うくせに、そっちはこっちのことをちっとも分かろうとしないじゃないか。
と、感情を言葉にすると色々と終わってしまうので心の中で毒づくのだった。
「えっと、確か紹介しろって話だったわよね。彼は桐谷真央くん。私と同じ学校でひとつ後輩よ」
月森先輩に紹介されたので「どうも」と言いながら軽く頭を下げた。
頭の位置を戻した後、先輩の友人さんが俺ににっこりと微笑んできた。その微笑みに込められているだろう「よろしくね」という意味は理解したのだが、俺は非常識さや変態さのない美人に微笑まれるというのに慣れていない。そのため何だか恥ずかしくなってしまい、少し顔を俯かせてしまった。
「……真央くん、こっちは私の中学のときの友人で、名前は水無瀬桃香」
「水無瀬桃香です。よろしくね真央くん。って、初対面なのにいきなり名前で呼ぶのは失礼だね」
「い、いえ。水無瀬さんがそう呼びたいのなら構いませんよ」
元々変な名称だったりしなければ、これといって他人にどう呼ばれようと構わない性分だ。秋本から呼ばれる場合は別だが。大抵は変な愛称だし……変ではなくても何か嫌だ。
「そう。じゃあ真央くんって呼ばせてもらうね。それと、私のことも桃香でいいよ。私だけ真央くんって呼ぶのもあれだし」
「そうですか。じゃあ、桃香さんって呼ばせてもらいます」
「うん。あっそれとね、別に私、お世辞でカッコいいって言ったわけじゃないからね」
桃香さんは、嘘をついているようには全く見えない、例えるなら高校生にもなって子供すぎる会長のような笑顔で言ってきた。
さっきの会話聞かれてたんだ……
「……お世辞じゃない?」
「うん」
「本気ですか?」
「うん」
「つまり本心だと?」
「その質問は同じ意味なんじゃないかな?」
「……確かに。すいません」
「別に謝ることはないよ」
桃香さんは、笑いながら言った。が、そのあと不安そうな顔を浮かべながら口を開いた。
「あのさ真央くん。私の言葉って嘘っぽいかな?」
「え?」
「だって真央くん、何度も聞き直してきたから……」
最後の方になるにつれて、声のボリュームは小さくなっていった。
桃香さんは、自分の言葉が嘘っぽく聞こえているのでは? という不安からか少し顔を俯かせている。ただ目だけは、正直に答えてほしいという意思を俺に伝えようとしているのかこちらに向いている。
つまり、上目遣いでこちらを見ているということだ。
俺は、常識人かつ清純系美人の上目遣いに耐性は全くない。そのため、視線を桃香さんから外しながら口を開くのだった。
「いえ、あのですね、あまりそういうこと言われたことがないので。まあ、自分でも自分が平凡だってのは理解してるんですけどね」
「そんなことないよ。真央くんは自分のこと低く見すぎだよ。私は、真央くんはカッコいい男の子だと思うよ」
真顔で言われた桃香さんの言葉に思わず下を向いてしまった。
別に嫌で下を向いたわけではない決してない。桃香さんのような人にカッコいいと言われて正直嬉しくて堪らない。ただその一方で、かなり恥ずかしい。耳まで赤くなっている気さえする。
桃香さんを見ていたら余計に恥ずかしく思うだろうし、赤くなっている顔を見られても恥ずかしく思うだろう。そのため顔を下に向けたのだ。
「……!」
再び右手に痛みが走った。それも先ほどよりも強い痛みだ。いってぇぇぇぇぇッ! と叫ばなかった自分と今も痛みに耐えている自分を褒めてやりたい。
(何でさっきよりも強く抓ってくるんだよ。別に彼氏じゃないってバレるようなことやってないんだから何も問題ないだろ。理不尽すぎるぞあんた……)
と、内心で文句を言いながら、桃香さんからは見えないようにやや俯きながら月森先輩を睨みつけた。
「いったいさっきから何なんですか! 言いたいことがあるなら口で言ってくださいよ!」
俺に負けないくらいこちらを睨みつけている月森先輩に可能な限り近づき、桃香さんに聞こえないようにひそひそ話程度のボリュームで言った。
先輩と逆らわないという約束をしていたが、さすがに平静を装えない痛みを与える理不尽さに抗議するのは普通だろう。
「じゃあ言ってあげるわよ。君はどれだけバカなの。女心を理解するとかどうの言ってたけど、本当に理解するつもりあるわけ?」
「何でその話が今出るんですか」
「はぁ……呆れた。君に彼女ができないのも納得だわ。あのね、君はいま私の恋人を演じてるのよ。つまり君は私の彼氏で、私は君の彼女なわけ。彼女がいるのに他の女にデレデレしたり、積極的に仲良くなろうとするのはおかしいでしょ」
ぐっ……言われると確かに先輩の言うとおりな気がする。個人的には桃香さんとは普通に会話しているだけで別にデレデレしたり、積極的に仲良くなろうというつもりはないけど、これは俺の主観だから客観的に見れば……
「……すみませんでした」
「分かればいいのよ分かれば……別に桃香と仲良くなるなって言ってるんじゃないのよ。君が会話しないと今回の場合はおかしいし、すでに会話してるから人見知りで話すのが苦手、みたいな設定は使えないしね。今からそんなことをすればかえって疑われる……桃香の場合は嫌われたとか思いそうだけど」
「あの、最後のほう聞こえなかったんですけど」
「別に関係ないから気にしなくていいわ。とにかく、桃香にデレデレしないように気をつけなさい。デレデレしていい相手は私だけよ」
……落ち着け俺。先輩はあくまで桃香さんに疑われないようにするために言っているんだ。その他に意味はないんだから変な勘違いをするなよ俺。
先輩だって頑張って、自分以外の女性と仲良くしてたらやきもちを焼く『彼女』って役を演じているんだ。おそらく手を抓ってきたのもやきもちを焼いているという演技だろう。そう考えると先輩の理不尽さも納得できるし……ただ、思いっきり抓り過ぎな気もするが……
とにかく先輩もやきもちを焼く普通の彼女を演じようと頑張っているんだから(桃香さんがそれに気づいてないと俺が無駄に痛い思いするだけだけど)俺も頑張って一般の『彼氏』って役を演じなければ……月森先輩みたいな美人を彼女にできた男は、一般の彼氏と呼べるだろうか? ……まあ頑張ろう。
「えっと、千夏ごめんね」
「え? ……桃香は何で私に謝ったの?」
「だって千夏、真央くんと口ゲンカしてたから」
「あ、ああ……別にケンカしてたわけじゃないから気にしないで大丈夫よ」
え……何でそこで嘘ついちゃうの? せっかくやきもち焼いたような演技したんだから、俺がデレデレしてたから云々かんぬん、って言えばいいのに。
「千夏、そうやって嘘つくの良くないよ。ただでさえ、千夏は自分の気持ちに嘘ついて誤魔化す傾向があるんだから。真央くんにはもっと素直な千夏を出すべきだよ」
「別に嘘ついてるつもりはないのだけれど……」
「やきもち焼いてたのに何言ってるの」
「……え?」
「え、じゃないよ。私が真央くんと話してるとき、今まで見せたことないくらいの不機嫌な顔で真央くん睨んでたのにさ」
月森先輩は、桃香さんの言葉を信じられないのか「本当?」という感じの顔でこちらを見てきた。
何で確認してるんだ? と思いながら頷くと月森先輩は両手で顔を覆いながら俯いた。そのあと両手で顔のあちこちを触り始めた。
(……えーと、先輩はやきもちを焼いた演技をしたんだよな)
だから桃香さんにデレデレするな。デレデレするなら自分だけにしろ、ってことを俺に言ってきたんだろうし。
でも今の反応を見ると……まさか自分がどんな顔をしているか分かっていないのか? 月森先輩に限ってそんなこと……ありえるな。
当初の予定が狂って今に至ってるんだし、自分のペース以外で色々と弱い先輩がパニックを起こしていないわけがない。見事に場にあった彼女役を演じてるもんだから完全に立ち直ったって思ってたけど。
「不機嫌? 睨んでた? 私がやきもち? い、いえそんなはずはないわ。確かに彼氏を演じてるのに他に女にデレデレするなんておかしい。フェイクだってバレるじゃないってことでイライラしたけど……」
「先輩」
「でもただそれだけであって、手を抓ったり冷たい感じで注意したのだって桃香にフェイクだってバレないように気をつけなさいって意味であって――」
やばいな。すっごくパニックってるぞ先輩。何かブツブツ言ってるし、話しかけても聞こえてないみたいだし。小声だからって可能性は充分にあるけど、桃香さんに聞かれるのは良くないから小声じゃないとダメだしな。
はぁ……正直な気持ちとしては、今の先輩何か怖いからそっとしておきたい。でも今の状態のままだと桃香さんに遅かれ早かれ確実にバレる。会長みたいに月森先輩の体調を気遣う方向に行くほどの天然じゃない限り……もう少し頑張ってみよう。
「――そりゃあ桐谷くんは私にとって1番仲の良い異性だけど。でもこれだって生徒会で一緒だからであって自然なことであって……異性として意識してるかしてないかといえばしてるけど。でもでも、これも海で押し倒されて……胸を……だからであって女性として普通の反応だわ。あんなことがあって意識しないのは桜みたいな天然かよほどのビ○チだけよ……」
「あのー月森先輩」
「というか、桐谷くんが悪いのよ。私は数ヶ月とはいえ、桐谷くんと生徒会活動で一緒の時間を過ごしたのよ。生徒会のメンバーが十何人もいるってわけでもないし、普通ならお互いを名前で呼び合う関係になっててもおかしくないはずよ。実際桐谷くん以外とはそれなりに親しくなってるわけだし。……まあ、私がふざけすぎたのも悪いけど。……でもだからって、今日会ったばかりの桃香とは名前で呼び合うことになるのはおかしいでしょ。何で数ヶ月一緒だった私よりも初対面の桃香に心開いてるのよ。……これよ、これだわ。この理不尽さに私はイラついたんだわ。だから不機嫌になったり睨んだりしたのよ。やきもちを焼いたわけじゃないわ……フフフ――」
こ、こここ、怖ぇぇぇぇ!
何か先輩から黒い瘴気が出てる! ように感じるし、最後なんて恐怖しか抱かない、いや抱けないような声で笑い出すし。
というか、何で笑い声だけ聞こえる大きさにしたのさ。笑う前の内容が分からないから余計に怖いじゃん。色々想像できて恐怖心が膨れ上がる一方じゃん。
どんな想像かって? それは例えば『桃香さんの前では千夏って呼ぶっていう約束なのに、先輩とか月森先輩って言ったわよね。ねぇ桐谷くん、バカなの? 死にたいの? 消すわよ』とかだよ。
ってやべぇ!
これ当たってそうじゃないか。先輩の最後の笑い声は、俺をどう消すか決まったからドS精神が全開になって発せられた可能性が高いし。ここは急いでリカバリーせねば!
「よし、大丈夫よ千夏。このまま落ち着いておけば、問題なく彼女役を演じきれるはず――」
「ち、千夏!」
「――だ……え?」
桃香さんに聞こえても特に問題ないので少し大きめの声で呼ぶと、月森先輩はこちらに顔を向けた。何で驚きの混じった顔をしているのかは分からないが。
「え、え……な、なな……いいいいま……」
月森先輩は、バグったゲームのような声を出しながらみるみる赤面していく。
今日は自分のことは月森と苗字ではなく千夏。しかも先輩やさんは付けないで呼び捨てにしろ、と命令したのは他でもない月森先輩本人だ。
それなのに、何で月森先輩は赤くなっているのだろう。俺にはさっぱり分からな……はっ!? まさかこれも演技なのか。
その可能性は充分にありえるな。打ち合わせができなかったから、付き合ってどれくらいの設定か聞いていないし。それに過剰なやきもちを焼いたり、名前で呼ぶと恥ずかしがる。これは一般的に付き合い始めの頃に起こす行動や反応のはずだ。
つまり、先輩の中での設定は付き合い始めてまもないカップルか……当たっているか分からないが。
「ふたりはラブラブなんだね」
一連の流れを見ていた桃香さんが突拍子もなく言った。
俺は桃香さんの言葉に「はい? ラブラブに見えるところですかここ?」という感想を抱いた。月森先輩はというと
「な、なななな……ら、ラブ……」
さらにバグりながら顔を赤面させて行っている。
恋仲を演じるのだから「ラブラブ」やら「イチャイチャ」などの言葉を言われるのは当然だと思う俺はおかしくないだろう。もし俺の友人が彼女を作り、目の前でイチャついたり惚気ようものなら間違いなく「お前らラブラブだな」と俺も言うし。
そもそも常識的に考えて彼氏彼女がいないやつからすれば、目の前でイチャつかれたり惚気られたりすればイラっとするものなのだから。
などと、口に出さないで考えていると『きゅるるる』という音が聞こえた。この可愛らしい音の正体は、おそらく俺以外どちらかのお腹から空腹を知らせるために発せられた音だろう。言わなくても分かるだろうが俺の場合は普通に『ぐうぅぅ』だ。だから俺以外のふたりから音が発せられたってのは間違いない。
「…………」
「な、何で私のほうを見るのよ。わ、私じゃないわよ!」
先輩、テンパりながら言われても……。それに顔、余計に真っ赤になってますよ。それじゃ私じゃないって言われても説得力ないです。
ですから、その彼女のこと疑うの? って目で睨むのやめてもらえませんかね。そもそも俺はフェイクであって本当の彼氏じゃないですし。
「えっと真央くん……その、私……です」
月森先輩と痴話げんか? をしていると桃香さんがこそ~と手を挙げながら白状してきた。
視線を向けてみると少し俯いてこっちを見ていた。俯いているのは恥ずかしさから赤くなった顔をできるだけ見せないためだろう。しかし、それによって上目遣いになっている。
恥ずかしそうにしている+上目遣い……きっと誰だってこう思うだろう。桃香さん可愛い! と。
「え、いや別に気にすることないですよ。ほら、今日はまだ何も食べてないって言ってたじゃないですか。それなら誰だってお腹くらい鳴ります――グッ……よ」
「その……フォローしてくれてありがと。えっと真央くん……」
「大丈夫です」
嘘だ。本当は大丈夫じゃない。だってノーガードの脇腹に隣でニコニコしてる先輩に肘鉄を入れられたんだから。声を上げなかった自分を褒めてやりたいし、このことを知ってる人間には俺を褒めてほしい。
というか、先輩に「今のところにやきもち焼く演技必要だったんですか?」と言ってやりたい。今の場合は、俺は主観的にも客観的にも話を進めようとしていたはずだ。
いや、こういうことを言うと余計に話が進まないか。ここは俺が我慢しよう……あとで我慢の限界が来るかもしれないけど、そのときはそのときだ。とにかく我慢して話を進めよう。
「とりあえず注文しましょう」
「そうだね。あのすいませんー」
ふぅ……良かった、簡単に話が進んで。普通は簡単に話が進んで良かったなんて考えるところでもないんだけど。どうも桃香と月森先輩って組み合わせだと何気ないことで俺に被害が出るからなぁ。
それを知らないから注文を取りに来た店員さんは、俺を「美人な女性ふたりとお茶とは良いご身分だね」って嫉妬が見て取れる営業スマイルしてるんだろうなぁ。
こっちとしては代われるなら代わってほしいのに……
「えっと、じゃあ……」




