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生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
26/46

第25話 ~こういうときに限って予想外が起きる~

「あら――」


 待ち合わせ場所の駅前に到着して2、3分後。黒を基調としたジャケットに、白のミニスカートと夏らしいオシャレをしている月森先輩が現れた。頭のてっぺんからつま先まで何往復も見てしまった俺は、男子としては当然の反応だろう。

 ミニスカートということで月森先輩の太ももあたりが見えているのでは? と期待して興奮している人に言っておこう。残念だが、先輩のつま先から太ももはロングブーツによって守られている。先輩の白い柔肌が見える場所なんて、ミニスカートとロングブーツの間。つまり、世間で絶対領域と呼ばれる場所だけだ。

 ……絶対領域最高! なんて考えは持っていないのだが、どうしても見てしまっているな俺。いや、俺じゃなかったとしても大抵の男子は見てしまうはずだ。俺はおかしくない。むしろ年頃の男子としては正常な反応のはずだ。


「――早いわね桐谷くん」


 現在の時刻は、午前9時32分。待ち合わせの時間が10時だったので、確かに早いだろう。だがしかし


「いつ来たの? 大分前から待ってたのかしら?」

「いえ、待ってませんよ――」


 くそ、先にしゃべられた。先輩も早いじゃないですか、って言おうとしたのに。


「――ついさっき来たところです」


 こういうセリフを言ってみたかったってわけじゃないからな。先輩の数分前に着いたわけだし。


「そう……ところで桐谷くん」


 月森先輩は、温和な表情から一変し、こちらに鋭い視線を向けてきた。

 俺、現段階で何か間違ったことしたっけ? いや、何か間違いがあるほどまだ会話していない。先輩は、何で急に雰囲気を変えたんだ? ……まさか、亜衣は良いって言ってくれたけど、俺の服装が先輩はお気に召さなかったとかだろうか……


「人のことジロジロと見たのに感想のひとつもないというのは、どうなのかしら?」


 ……え、先輩のご機嫌が悪くなったのってそれが原因なの? 個人的には、俺くらいの平凡男子の感想なんてどうでもいいものだと思うんだけど。

 はっ!? なんか今、亜衣に「全く兄貴は乙女心が分かってねぇな」って言われた気がする。そのあとに「いいか、兄貴が自分の服装を気にしたように、相手の月森先輩だって気にしてんだよ。だから『似合ってる』だけでもいいから言わないとダメだ。女って兄貴が思ってるよりも格段にそういうの気にするんだからな」とも言われた気がした。

 先ほど亜衣に諭された影響か、はたまた俺の妄想か。……いや、どちらにせよ俺は間違いを起こす前に気づけたんだ。


「えーと、そのとても似合ってますよ。最初、どこのモデルだ? って思っちゃいましたし」

「ふーん……」


 自分から感想を言えって催促してきたのに、俺の感想なんかどうでもいいみたいな雰囲気だ。顔も全く笑ってない、というかこっちを見てすらいない。

 先輩、海の一件があるとしても、いくらなんでも反応が冷たすぎませんか? ……それともただ単に俺の言葉が悪かったのか? 素直な感想を言うより、思っていない嘘をつけてでももっと褒めるべきだったのか?


「ま、彼女いない歴=年齢。女性経験0の童貞くんならそんなものよね」

「何言ってんだよあんたは! 時と場所を考えろよ!」


 今はまだ朝だよ! それに、ここはある程度好き放題にあることないこと言っていい生徒会室じゃなくて駅前なんだよ! あの一件があるにしたって、毒気がありすぎるでしょ!

 くそ、あの一件のせいで「面と向かって童貞とか言うな!」と言えない自分が憎い。


「桐谷くん、大声出さないでほしいわね。ここは生徒会室じゃなくて駅前なのよ」

「あっ、すみません……って、理解してるならさっきの発言やめといてくださいよ!」

「小声で怒鳴るのもダメ。私は、Mじゃないからちっとも嬉しくないわ。私のことを思って、ということなら話は別だけど」

「もうちょっと考えて! 俺のためであるのと同時に、あんたのためでもあるんだから!」


 と訴えてみたが、月森先輩には知らんぷりされた。もう今日のこの人の相手嫌だ、内心で嘆き始めると、突如月森先輩が俺の手を握って歩き始めた。

 手から伝わってくる先輩の手の温もりと柔らかさ、先輩から漂う女性特有の匂いにドキドキし始める。それを表に出さないように気をつけながら、突然行動を起こした先輩に話しかけた。


「ちょっ先輩、どこに行くんですか?」

「そのへんの店に入って作戦会議よ。私より先に来たってことは、私と一緒で何も食べてないんでしょ」


 確かに先輩との一日を考えれば考えるほど食欲がなくなったため、何も食べてきていない。これを言うと確実にアウトなので口にしないし、これ以上考えない。生徒会の連中には読心術めいたものがあるのだから。


「確かに食べてきてませんけど……というか、作戦会議?」

「何で疑問系なのかしら。君はこれから恋仲を演じるというのに、何の作戦も立てずに挑むつもりなの?」

「え、いや……作戦会議って言われたからピンとこなかっただけで、打ち合わせはしたいと思ってましたよ」


 早く来た理由には、先輩を待たせるわけにはいかないという理由の他に、先輩が早めに来てくれたら先輩の友人が来る前に打ち合わせができるなっていう理由もあったわけだし。


「あらそう。なら時間が許す限りみっちりと打ち合わせしましょう」

「ええ、そうですね。あと25分くらいしかありませんし」

「? 何を言ってるの君は。あと約1時間25分よ」


 ……はい? 1時間25分?

 待ち合わせの時間が午前10時だよな。そして現在の時間がおよそ午前9時35分。俺の計算は間違っていないはずだよな。


「あぁ言ってなかったけど、私の友人が来るのは11時よ」

「……それをさっきに言ってくださいよ! もうちょっとで彼氏役を演じないといけないって思って、緊張してきてたんですから!」

「この私が何の打ち合わせもしないで今日に挑むわけないでしょ。ちゃんと打ち合わせをする時間を作るに決まってるじゃない。というか、これくらい私のことを知ってる君なら予想できるでしょ。私が思っているほど、君は私のことを理解していなかったのね……」


 落胆するなよ! 普段ならちゃんと予想してたよ! だけど今日は無理に決まってるでしょ!

 今日は俺にとって、人生初のデート(と呼べるのか微妙だが)なんだよ。それはあなたも理解してるでしょ。さっき彼女いない歴=年齢とか言ってたんだから。そっちも少しはこっちのことを予想してよ。


「出会って数ヶ月ですよね俺達。それに会ってるのは生徒会活動のときだけ。それで月森先輩の深いところまで理解しろってのは無理な話――」

「桐谷くん」


 月森先輩は、俺が反論している途中で急に立ち止まって振り返った。あの一件より前に見せていた温和な表情の面影が、全くないほどの無表情だ。こちらを見る視線も冷たい。恐怖心を抱いてることとあの一件への罪悪感から、そう見えているだけかもしれないが……


「私のこと月森先輩って呼ぶの禁止。今日の彼氏役が終わるまで千夏って呼びなさい」


 ……先輩は今なんて言った?

 月森先輩と呼ぶの禁止だと……彼氏が彼女を苗字で呼ぶってのは、なかなかないからこれは理解できる。次に『千夏』って呼べって言ったよな……おそらく先輩の雰囲気とか口調とかから考えて『先輩』や『さん』を付けることはダメな気がする。

 うん……先輩を呼び捨てで呼ぶなんて、正直に言って無理だ!

 何たって俺が気軽に名前を呼べる女子は、妹達を含めても数名。その中に年上は誰ひとりとして存在しない。先輩を名前で呼ぶことにかつてないほど羞恥心を感じる。

 よし。言っても無駄だろうなって分かってる自分が居るけど、名前の後に『先輩』または『さん』とか付けていいですかって先輩に訊こう。


「ダメよ」

「……あの、俺まだ何も言ってませんよ」

「どうせ君のことだから名前の後に『先輩』または『さん』って付けたらダメですか? みたいなこと言うつもりだったんでしょ」


 ……はい、そのとおりです。先輩は、俺のことよく分かっていますね。だがしかし


「本当にダメですか?」

「ここでさらに聞いてくるとは予想外だけど、ダメなものはダメよ」


 ですよねー

 ここでいいって言ってくれるなら、そもそも先輩は最初からダメって言ってませんもんね。だけど今日の俺は、まだこれくらいじゃ諦めませんよ。


「何でダメなんですか?」

「何でって……」


 言いよどんだ先輩は、顔をこちらから少しズラした。

 何かを考えているようだが、答えを用意していなかったから考えている、という風にはあまり見えない。

 とはいえ、俺の予想が当たっているとは限らない。だが先輩が言いよどんでることからして、こちらが上に立てている。この隙を逃さずに攻めるべきだろう。


「先輩は友人に年上の彼氏って言ったんですか?」

「……言ってないけど」

「じゃあ別に問題ないじゃないですか。俺は先輩より年下なわけですから、月森先輩のことを『先輩』はまだしも『さん』付けで呼ぶのはおかしくないでしょうし」


 月森先輩は、俺の言葉は正論だと判断したようで反論せず、視線だけ俺からズラして黙っている。

 この調子ならイケる! と、思いたいのだが、先輩が少し頬を膨らませているように見える。朝、亜衣に色々と諭された俺は、今の先輩の表情から『少しは女心ってものを分かりなさいよ』と読み取った。


(もしかしてだが……先輩はドSなくせに、彼氏には呼び捨てにしてもらいたい人なのか?)


 こう考えると、先輩が頬を膨らませている(ように見える)理由も分からなくもない。とりあえず確認してみようかな


「もしかしてですけど、先輩って彼氏には呼び捨てにしてもらいたいんですか?」

「……何か悪い!!」


 突然先輩が、耳をつんざくような大声を発したため、俺の身体は反射的に一瞬震えた。

 ただでさえ俺と先輩は、手を繋いでる(正確には一方的に握られている)状態。つまり、すっごく近かった。1歩で顔と顔が目と鼻の先になってもおかしくないほど近かった。

 それに加えて、怒った美咲が見せるような睨みの利いた鋭い目で見られたことも、驚いたことの理由のひとつだろう。怯えた、とも言えるかもしれないが。

 美咲の睨みがどんなものか分からない人もいるだろうから余談になるが言っておこう。でも、俺もここ数年見ていないので簡潔にさせてほしい。

 強気な性格の亜衣の身体に恐怖が染み込むほど怖い。小さい頃に怒られたからって理由では? というツッコミは受け付けない。

 次に由理香。亜衣とケンカしているときのヒートアップした状態やブラコンモードと呼べそうなあの暴走状態があるだろ? そんな状態でも、美咲に睨まれると亜衣同様に恐怖心が身体に染み付いてるのか大人しくなっていた。前のことなので今は不明だが、おそらく今も大人しくなるだろう。

 続いて俺だが、一度もケンカで勝ったことがない。勘違いがないように言っておくが、拳でのケンカはしてないからな。口でのケンカだけだぞ。男が女と拳でやるのはまずいだろう。それに……風の噂で、美咲が学校では『女番長』って呼ばれているらしいと耳にしたことがある。拳でのケンカなんか絶対にしたくない。誠並みの戦闘能力があったら、俺の命がやばいし。

 長くなったが、桐谷兄妹は美咲には頭が上がらないってことだ。使い方が間違っているかもしれないが、そのへんは気にしないでくれ。今は美咲のことより月森先輩のことが先決なのだから。


「い、いえ、別に悪――」

「ふん、口ではどうとでも言えるわ。大体、そういうことは思っても口に出さないものよ。女心も分からず、デリカシーも欠けるから、君は彼女ができないのよ」


 ぐっ、正論だから全く言い返す言葉が浮かばない。だが、このまま黙っていては完封されて俺の心が折れる。どうにか打開できるように考えるんだ俺!


「だからですね、別に俺は悪いなんて思って――」

「ドSのくせに呼び捨てにされたいんだ、とか思ったくせに。ふんだ、自分だって分かってるわよそんなこと。でも、しょうがないじゃない。今まで異性から名前を呼び捨てされたことないんだから」


 無理! 絶対無理だぁぁぁぁ!

 今の月森、怒ってるんじゃなくて拗ねてる。口を尖らせたり、頬を膨らませたりと、普段の大人っぽさが感じられないほど子供じみた拗ね方してる!

 精神が子供の会長や長い付き合いの姉妹達ならまだしも、年頃の女子の機嫌の治し方なんて俺には分からん。今までクラスの女子とか不機嫌にさせるような真似しなかったし……ただ単に深い付き合いをしてなかっただけだけど。


「……あぁもう、俺が悪かったです! 先輩の言うとおりにしますから機嫌治してください!」


 要求を受け入れることと謝罪することしか浮かばなかったため、それを実行した。

 すると、先輩は唇を尖らせ、頬を膨らませたままだが、視線をこっちに戻してくれた。

 ほんのわずかだが、機嫌が良くなった気がする。


「……名前」

「ちゃんと先輩の友人の前では呼び捨てにしますから、今は勘弁してください。妹とか近しい女子以外呼び捨てにしたことないんで、心の準備をさせてください」


 昼前とはいえ、充分に人気のある駅前で頭を下げた。

 きっと俺は、いま周囲の人間から彼女に謝っている彼氏のように見えていることだろう。恥ずかしさと周囲の人間への勘違いするな! という怒りが湧いてくる。だが、俺の中では先輩を名前で呼ぶことへの恥ずかしさが勝っているのだ。


「……ちゃんと呼ばなかったら怒るからね」


 月森先輩は、小声でそう呟くと俺の手を引いて歩き始めた。

 どうやら俺の気持ちが伝わったとホッとする一方、今度は何で俺の手を握って移動するのだろうか? 自分のことは名前で呼ばせるようだが、俺のことは何と呼ぶつもりなのか? などの疑問が生まれてきた。


「あのー先輩」

「なに?」

「何で手を繋いだ状態で移動するんですか? 正直に言って、俺かなり恥ずかしいんですけど」


 今日の先輩に、海での一件より前の変態さ・非常識さは全くない。

 それ故に、俺の中で『非常識人な美人の先輩』から『美人な先輩』に意識が変わりつつある。これは極めてやばいことだ。下手をすれば、先輩の友人の前で彼氏役を演じている最中にふとしたことでテンパるだろうから。


「あのね、私だって恥ずかしいんだから我慢しなさい」


 先輩は、顔を少しだけこちらに向けながら言った。

 頬にほんわりと赤みがあるのが見えたので、恥ずかしがっているということに嘘はないようだ。


「あのー先輩、我慢するくらいなら手を放したらどうですかね。そのほうがお互いの良いわけですし」

「ダメよ」

「何でですか?」

「今日会う友人はね、社交的というか人に好かれるから友人が多いのよ。友人の友人に私達が全然仲良くなさそうなところを見られていた場合、今日の誤魔化しが成功したとしても友人が友人に聞いたりしたらバレるじゃない。今日の一芝居が無駄な努力になって、私は見栄っ張りの女ってなるじゃない」


 あのー先輩、友人友人って使いすぎです。先輩の言いたいことを理解するのに、苦労しましたよ。俺には誰だか分かりませんけど、友人の名前を使って言ってもらった方が嬉しかったです。

 それと、俺からすれば先輩はすでに見栄っ張りの女になってますよ。


「そこまで用心深く考えなくても……今日会う先輩の友人って、先輩並みに性格悪いんですか?」


 無意識のうちに発してしまった自分の言葉を理解するのと同時に、月森先輩がくるっと振り向いて笑みを浮かべたのが見えた。その次の瞬間、先輩に握られていた手に痛みが走った。


「ねぇ桐谷くん。確かに私は、桜や奈々たちと比べたら性格悪いわ。自分でも理解してる。それに、今日会う子は容姿・性格とも良い子よ。だ・け・ど、今日一日とはいえ彼女に向かって性格が悪いって言うのはどうなのかしらね。彼女ってことを抜きにしても、私は君の先輩なのだけれど」

「すみません、いやごめんなさい。もう絶対に(今日は)言いません。だから――」

「だから?」

「――手を放して……握る力を緩めてください。すっ、ごく……痛い、んで」

「ふふ、痛みに耐える君の顔、最高よ」


 その返答はおかしいでしょ! 普通は「嫌よ」って言うところでしょ! 個人的には「嫌よ」って返答も嫌だけど!


「このままじゃ、せん……ぱいの爪が、俺の……皮膚を突き破って……血が出る気がするんですけど」

「ふふふ、別に大丈夫よ。私、血見ても何ともないから。むしろ時々血が見たくなるわ。でも、そうなると私、君にけがされちゃうわね」


 土下座でも何でもして謝るからいい加減許して……! って、おい! あんたが人を出血させようとしてんだからけがされはしないだろ! 他人に出血させられる俺が、自分の手をけがされるわ!

 とは、今以上にひどくなるので言えるはずもないな。ここは俺が折れるしかない。


「す、みま……せん。心の底から反省、してるんで緩めて……ください」

「そう、まあ私も鬼じゃないから許してあげるわ。でも次は、というか彼氏役をへましたら……言わなくても分かるわよね?」


 恐怖心を抱くほどの作り笑顔で言われた言葉に、俺は反論はおろか口を開く気力すら湧かず、少しのへまでいたぶられる。大きな失敗は、死にも等しい。失敗を起こした場合、俺は亜衣の慰めの言葉だけで立ち直ることができるのか? と、心の底で思いながらコクコクと素直な子供のように頷いた。

 それを見た先輩は、こちらに向かって「善い子ね」と言うと、再び俺の手を引っぱりながら歩き始めた。

 そんな先輩に俺は、胸の内で「善い子って、善い子にしなかったら場合危ないでしょ。あなたなら平気で肉体的な抹殺はしなくても、社会的な抹殺はするでしょうし」と呟いた。この人相手に口に出せる他人がいるなら、俺はある意味尊敬するよ。その一方で、自殺志願者かドMと思うけど。


「ところで先輩」

「今度は何?」

「俺は先輩のこと……ち、千夏って呼ぶってことですけど――」


 やばい。先輩に話しかけるために『千夏』って声に出したわけじゃないのに恥ずかしい。月森先輩が『千夏』と呼ばれたわけでもないのに、何か顔を少し赤らめているから余計に恥ずかしい。

 くそぅ……何か新たなフィルターが掛かり始めているのか。先輩は、朝から基本的に鉄仮面のような冷たい、というか無愛想だったのに、何で赤くなったように見える。

 ……よし、今日が終わったら生徒会活動がない限り、できるだけ先輩とは距離を取ろう。じゃないと恥ずかしさとかで悶えそうだ。それに、俺の先輩を見る目が変わってしまう。


「――先輩は、俺のことなんて呼ぶつもりですか?」

「……あぁ、『真央くん』だけど」


 何だ今の返事が返ってくるまでの間は。俯いてこっちに顔を見せないようにしていた。ようにも見える感じに考え事をしていたのかもしれない。

 いったいどっちなんだ? ってそんなことはどうでもいい。


「あの先輩。何でそっちはくん付けとか、微妙にこっちよりハードル低いんですかね?」

「あら、何か文句でもあるの? 私の記憶が正しければ、君はさっき私の言うとおりにするって言ったわよね? 私は友人の前では君を『真央くん』と呼ぶ。これはもう決定事項なの。それでも、私の言うとおりにすると言った桐谷くんは意義を申してるのかしら?」

「……いえ」

「それに、私は君よりも年上。桜や奈々と違って、性格や見た目が子供っぽくない。つまり、世間で言うところのお姉さん系なのよ。お姉さん系が年下をくん付けするのはおかしいかしら? あっ、桐谷くんは『真央』って呼ばれたいのかしら? お姉さん系よりお姉さま系が好みなのかしら?」

「ごめんなさい。真央くんでいいで――真央くんがいいです」


 先輩が俺のことを何と呼ぶのか? という疑問の答えは知れたけど涙が出そう。だって先輩、言葉がもう精神をズタズタにする鋭さを持った武器なんだもん。


「……俺、先輩みたいな人と付き合ったら、確実に彼女の尻に敷かれる彼氏になるだろうな」

「謝った割りに、なにブツブツ言ってるのかしらねぇ。言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」

「将来先輩みたいな美人の彼女を作れるように、ちゃんと女心や乙女心を理解できるようにならないとな。みたいなことを言ってただけですよ」


 いつのまにか、さらっと誤魔化しを言えるようになってるな俺。

 生徒会の相手が少し楽になる。そういう成長と思って喜ぶべきか……でも、人としてダメな方向に進んだ気もするんだよな。

 というか、そんなことより今のはちゃんと誤魔化しになってるのか? 相手が会長とか誠とか素直な部類ならまだしも、月森先輩だからこっちが誤魔化してることを簡単に見抜く気がするし。


「……ふーん。いい心がけね」


 おっ、反応が冷たいけど見抜かれていないみたいだぞ。


「まあ、今頃って思わなくもないけど。普通の男の子なら中学生になるかならないかくらいでモテようとするはずだし。桐谷くんが彼女いない歴=年齢なのはそれが原因じゃないのかしら」


 うん、見抜かれているのかどうかってのは分からなかったけど、どっちにしろ傷つく言葉を言われただろうってのは分かった。

 それに今日はいつになく毒舌だなぁ。って、あの一件があったんだから当然か。機嫌を直してもらえるかどうかは、今日の結果次第だろうから今は機嫌悪いままだろうし。


「それも理由のひとつかもしれませんね。その頃は妹達のことを優先して考えてた時期ですし。上の方は手間が掛からなくなった――というか、大分色々と手伝ってくれてたんですけど、下の方がじゃれついてきてばかりだったんで……」

「今もじゃれついてるでしょ」


 先輩は、一度口を閉じて1秒ほど間を置いてから「この前だって君に抱きついてたし。そもそも、君が甘やかしてばかりだったから今みたいに育ったんじゃないの」と言ってきた。

 全く先輩の言うとおりなので、俺は苦笑いしながら乾いた笑い声を出すことしかできなかった。

 言葉で返事をしなかったからか、そこで会話が途切れた。

 会話が途絶えたことで意識が先輩の匂いや手の感触に行き始めた。

 このままで先輩のことを過剰に意識してしまい、彼氏役を失敗する。失敗したら先輩からのお仕置き(そう呼べるレベルなら幸運だろう)が待っている。それは絶対に嫌だ。俺はまだ死にたくないし、生き残れたとしても性格が変わったりするのは嫌だ。

 心の底からそう思った俺は、今から食事を取る予定だ。食事関係の話題を振ろう。あっ、打ち合わせもするわけだから先輩の友人のこともいいな。と考え、とりあえず先輩に話しかけようとした。

 だがしかし、話しかけようと口を開こうとした瞬間、先に先輩が言葉を発した。


「私は一人っ子だから分からないけど、妹さん達にとって君は良いお兄ちゃんなんじゃない。君のこと信頼してるみたいだし、年頃なのに全く避けたりしてないみたいだし」


 俺は、月森先輩が言い終わってすぐに返事を返すことができなかった。今日の先輩が散々毒を吐いていたため、突然のフォローの言葉に俺の頭が「先輩、いま俺を励ますようなこと言わなかったか?」とパニックを起こしてしまったからだ。


「でも、上の妹さんは兄であるとはいえ君の前でパンツ姿でいるわよね。一般女子からずいぶんと羞恥心が欠けてるわよね。下の妹さんは君のこと好き、大好き、そんなの生ぬるい、愛してる。ってレベルのブラコンみたいだし……いつ過ちが起きてもおかしくないわよねぇ。過ちが起こったら、桐谷くんは間違いなく悪いお兄ちゃんね」


 そうだねぇ、悪いお兄ちゃんだねぇ。というか変態だねぇ。家族分裂とか少年院行きだって充分にありえるねぇ。

 でもね。あいつらは『女』じゃなくて『妹』って分類なんだよ。だから俺は欲情なんかしないよ。だから過ちなんか起きないよ。

 それにしても、人に凹ませるようなことを言ったのに励ましとも取れるフォローの言葉を言う。だけどすぐに凹ませることを言う。

 この人はいったい何を考えているんだろう?

 完全に凹ませたら弄ったりできなくなる。おもちゃがないのはつまらない。それに彼氏役が使い物にならなくなるのは困る。みたいなことを考えてるのかな?

 などと考えている間にも、先輩に手を引っ張られていたので歩き続け、いつの間にかファミレスの中に入っていた。気が付いたのは「いらっしゃいませ」という元気な声が聞こえたからだ。

 声の主はもちろん営業スマイルの店員達。大抵の店員が営業スマイルで俺達の顔→繋いでる手→俺達の顔、という順番で見てきた。営業スマイルの笑顔なのに「公共の場で手を繋ぐとかこのバカップルめ」とか「男のほう平凡でつり合ってない」って表情の顔が見えた気がした。

 普段ならこれといって何も行動しないはずだが、今日は緊張や羞恥心でおかしくなっているようで「つり合ってないのは、俺が1番分かってるよ」「友人を誤魔化すために用意された今日だけの彼氏なんだからしょうがないだろ」など、心の中で店員に呟きつつ先輩に手を引かれて奥の方へと進むのだった。


「……ぇ」


 空いているテーブルを探して店の中を歩いていると、突然先輩が小声で驚いたような声を出して立ち止まった。


(急に立ち止まってどうしたんだ? 何かあったのか?)


 そう思った俺は、半歩ほど左に移動した。

 そのあと視線を月森先輩の顔に向け、月森先輩の視線の向きを確認。確認が終わると同時に自分の視線を先輩の視線の先へと移動させた。

 視線の先にいたのは、3人ほど座れる座席にひとり座っている同年代か少し上くらいと思われる女性だった。

 月森先輩と同じくらいの長い栗毛に、服の上からでも分かるふくよかに発育した(これまた月森先輩と同じくらいの)大きな胸。手入れの行き届いていると分かる綺麗な髪や抜群のスタイルにも負けないくらい目を引く端整な顔立ちをしている。


(月森先輩に負けないくらい美人だな……)


 そう思いながら、それを確かめるように視線を女性から月森先輩に戻して先輩の容姿を再確認。そのあとまた女性に視線を戻した。

 視線を女性に戻してすぐ、女性はこちらの視線に気づいたようで、メニューに伸ばしかけた手を止めてこちらに顔を向けた。


「ん? 誰かと思ったら千夏じゃない」


 こちらに顔を向けた女性は、見惚れそうなほど綺麗な笑みを浮かべながら、少しのんびりした口調で言った。

 先輩の反応に月森先輩を千夏と呼んだことからしてこの人は……


(月森先輩の……友人だよな……)



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